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第13話 嫉妬の視線
〇
侯爵夫人主催のお茶会を経て、私が「宰相様の膝の上にいる令嬢」として認知されてからというもの、王都の社交界では日ごとにざわめきが増していた。屋敷に届けられる花や贈り物は「憧れ」と「羨望」の入り混じったものばかりで、使用人たちも困惑しながらも嬉しそうに処理していた。
けれど、その一方で――必ず現れるのは「嫉妬の視線」だった。
ある日の午後。執務室で書類の写しを任されていると、秘書官が控えめな声で報告をした。
「閣下、先ほど公爵家の若い令嬢方が、エリナ様のことを……『身の程知らず』などと」
胸がぎゅっと縮む。やはり陰口は避けられない。
私が俯くと、宰相様は羽ペンを置き、すぐに私の顎を指先で持ち上げた。
「聞き流せ」
「……でも」
「嫉妬する者が現れたということは、それだけ君が羨ましがられている証だ」
冷徹な声で言い切る。だがその瞳は、私を守ろうとする優しさを宿していた。
「私は……社交の場に出るのが怖いです。皆が見ていると考えると……」
「恐れるな。君は一人ではない」
宰相様の腕が背を支え、ぐっと引き寄せられる。膝の上に抱き寄せられたまま、耳元に低い声が落ちた。
「嫉妬も陰口も、私の庇護の下では無力だ」
その断言に、胸が甘く震える。羞恥と安堵が入り混じり、心の奥が熱で満ちていった。
ちょうどそのとき、扉が開き、侯爵夫人のお茶会で顔を合わせた令嬢のひとりが訪ねてきた。彼女は礼儀正しく微笑んでいたが、その瞳にはわずかな探るような色が宿っていた。
「まあ……やはり本当に宰相様の膝の上に……」
広間のざわめきを思い出し、顔が真っ赤になる。だが宰相様は動じず、むしろ誇示するように腕を回した。
「当然だ。彼女の居場所はここだ」
令嬢は目を丸くし、それから羨望と嫉妬が入り混じった笑みを浮かべた。
「……羨ましいですわ」
胸がざわめいた。けれど宰相様は私の手を握り、はっきりと囁く。
「誇れ。君は選ばれたのだ」
――そう、宰相様が選んでくれた。
どんな視線が向けられようとも、この言葉だけで胸を張れる気がした。
△
令嬢が去った後も、胸のざわめきは収まらなかった。彼女の言葉は丁寧で礼儀を失していなかったけれど、瞳の奥に潜む嫉妬の色は私の心を針のように刺していた。
膝の上で小さく拳を握りしめると、宰相様がすぐに気づいた。
「……まだ気にしているな」
「……はい。どうしても……」
「ならば、よく聞け」
宰相様は羽ペンを置き、私の両手を包み込むように握った。
「嫉妬する者が現れるのは、君が確かに価値ある存在だからだ。価値なき者に嫉妬など向けられはしない」
「……」
「それに、彼女らが何を言おうと、事実は一つ。君は私に選ばれ、私の膝の上にいる。それがすべてだ」
淡々とした声なのに、胸に深く沁み渡る。私は思わず視線を逸らし、俯いた。
「……でも、もし宰相様に迷惑がかかってしまったら……」
「迷惑だと?」
宰相様は静かに笑った。
「君を庇うことで私の威信が揺らぐと思うのか。むしろ逆だ。――君を守ることで、私の立場はより揺るぎないものになる」
強い言葉に、胸の奥がじんわりと温かさで満ちていく。私は小さく頷き、そっと彼の胸に顔を寄せた。
そのとき、外から侍従の声が響いた。
「閣下! 先ほど街で、殿下に肩入れする貴族の娘が、エリナ様のことを公然と非難していたとの報告が……!」
一瞬で血の気が引いた。社交の場での陰口ではなく、街で広まる悪意――それは避けがたい形で私に迫っていた。
けれど宰相様は眉一つ動かさず答えた。
「放っておけ。吠える犬に構う必要はない」
「は、はい……」
侍従が退室すると、宰相様は私の肩を抱き寄せ、低く囁いた。
「心配するな。すでに君は人々に見られている。宰相の膝に抱かれた姿を、羨望の眼差しでだ」
「……羨望、ですか」
「そうだ。君はもう、憐れまれる存在ではない。――誇れ」
その断言に、羞恥と安堵がないまぜになり、胸がじんわりと熱を帯びる。
宰相様はさらに言葉を続けた。
「嫉妬や悪意に心を乱されるのは仕方ない。だが、それらは私がすべて受け止める。君はただ、膝の上で笑っていればいい」
涙がにじみ、頬を濡らす。宰相様は何も言わずに拭い取り、代わりに髪を撫でてくれた。
――嫉妬の視線が向けられても、宰相様がいる限り、私は揺らがない。
そう思えた瞬間、胸に確かな安らぎが宿った。
◇
夜、執務を終えた宰相様は私を抱き上げ、廊下を歩いて寝室へと運んでいた。雨は降っていないのに、屋敷の外は静まり返り、まるで世界に二人きりになったように感じられる。
「……宰相様」
「ん?」
「嫉妬の視線や陰口に、私……これからも耐えられるでしょうか」
小さな声で問いかける。胸の奥に潜む不安を隠すことはできなかった。
宰相様は足を止め、私を抱いたまま真っ直ぐに瞳を合わせてきた。
「耐える必要はない」
「……え?」
「耐えるのは私の役目だ。君はただ、私の膝で笑っていればいい」
その断言に、胸が甘く痺れた。頬が熱を帯び、涙がにじむ。
「……でも、私が原因で宰相様に非難が向けられたら……」
「構わん。君を守るための非難なら、いくらでも受けよう」
迷いのない声音。その強さに心臓が震え、視界が滲んだ。
「エリナ」
名を呼ばれ、はっと顔を上げる。
「忘れるな。君を選んだのは私だ。――君は私の誇りだ」
言葉が胸に突き刺さり、抑えていた涙が溢れ出した。宰相様の胸に顔を埋めると、彼は何も言わずに背を撫で続けてくれる。その仕草の一つひとつが、どんな言葉よりも雄弁に「大切にしている」と伝えてきた。
寝室に着き、ベッドに下ろされても、私は彼の手を放したくなかった。
「……宰相様。もう少しだけ、手を握っていてもいいですか」
「好きなだけ握っていろ。私は離さない」
温もりが指先から胸へと広がり、安心感が全身を満たす。涙が止まり、代わりに甘い笑みが浮かんだ。
「嫉妬の視線も陰口も、宰相様がいてくださるなら……怖くありません」
「その通りだ。君は私の膝の上にいる限り、何者にも傷つけられない」
彼の言葉を胸に刻みながら、瞼を閉じる。夢へ落ちる直前まで、強く握られた手の温もりを感じ続けていた。
――たとえ嫉妬の視線がどれほど降り注ごうとも、私は宰相様の誇りとして生きていける。そう信じられた夜だった。
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侯爵夫人主催のお茶会を経て、私が「宰相様の膝の上にいる令嬢」として認知されてからというもの、王都の社交界では日ごとにざわめきが増していた。屋敷に届けられる花や贈り物は「憧れ」と「羨望」の入り混じったものばかりで、使用人たちも困惑しながらも嬉しそうに処理していた。
けれど、その一方で――必ず現れるのは「嫉妬の視線」だった。
ある日の午後。執務室で書類の写しを任されていると、秘書官が控えめな声で報告をした。
「閣下、先ほど公爵家の若い令嬢方が、エリナ様のことを……『身の程知らず』などと」
胸がぎゅっと縮む。やはり陰口は避けられない。
私が俯くと、宰相様は羽ペンを置き、すぐに私の顎を指先で持ち上げた。
「聞き流せ」
「……でも」
「嫉妬する者が現れたということは、それだけ君が羨ましがられている証だ」
冷徹な声で言い切る。だがその瞳は、私を守ろうとする優しさを宿していた。
「私は……社交の場に出るのが怖いです。皆が見ていると考えると……」
「恐れるな。君は一人ではない」
宰相様の腕が背を支え、ぐっと引き寄せられる。膝の上に抱き寄せられたまま、耳元に低い声が落ちた。
「嫉妬も陰口も、私の庇護の下では無力だ」
その断言に、胸が甘く震える。羞恥と安堵が入り混じり、心の奥が熱で満ちていった。
ちょうどそのとき、扉が開き、侯爵夫人のお茶会で顔を合わせた令嬢のひとりが訪ねてきた。彼女は礼儀正しく微笑んでいたが、その瞳にはわずかな探るような色が宿っていた。
「まあ……やはり本当に宰相様の膝の上に……」
広間のざわめきを思い出し、顔が真っ赤になる。だが宰相様は動じず、むしろ誇示するように腕を回した。
「当然だ。彼女の居場所はここだ」
令嬢は目を丸くし、それから羨望と嫉妬が入り混じった笑みを浮かべた。
「……羨ましいですわ」
胸がざわめいた。けれど宰相様は私の手を握り、はっきりと囁く。
「誇れ。君は選ばれたのだ」
――そう、宰相様が選んでくれた。
どんな視線が向けられようとも、この言葉だけで胸を張れる気がした。
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令嬢が去った後も、胸のざわめきは収まらなかった。彼女の言葉は丁寧で礼儀を失していなかったけれど、瞳の奥に潜む嫉妬の色は私の心を針のように刺していた。
膝の上で小さく拳を握りしめると、宰相様がすぐに気づいた。
「……まだ気にしているな」
「……はい。どうしても……」
「ならば、よく聞け」
宰相様は羽ペンを置き、私の両手を包み込むように握った。
「嫉妬する者が現れるのは、君が確かに価値ある存在だからだ。価値なき者に嫉妬など向けられはしない」
「……」
「それに、彼女らが何を言おうと、事実は一つ。君は私に選ばれ、私の膝の上にいる。それがすべてだ」
淡々とした声なのに、胸に深く沁み渡る。私は思わず視線を逸らし、俯いた。
「……でも、もし宰相様に迷惑がかかってしまったら……」
「迷惑だと?」
宰相様は静かに笑った。
「君を庇うことで私の威信が揺らぐと思うのか。むしろ逆だ。――君を守ることで、私の立場はより揺るぎないものになる」
強い言葉に、胸の奥がじんわりと温かさで満ちていく。私は小さく頷き、そっと彼の胸に顔を寄せた。
そのとき、外から侍従の声が響いた。
「閣下! 先ほど街で、殿下に肩入れする貴族の娘が、エリナ様のことを公然と非難していたとの報告が……!」
一瞬で血の気が引いた。社交の場での陰口ではなく、街で広まる悪意――それは避けがたい形で私に迫っていた。
けれど宰相様は眉一つ動かさず答えた。
「放っておけ。吠える犬に構う必要はない」
「は、はい……」
侍従が退室すると、宰相様は私の肩を抱き寄せ、低く囁いた。
「心配するな。すでに君は人々に見られている。宰相の膝に抱かれた姿を、羨望の眼差しでだ」
「……羨望、ですか」
「そうだ。君はもう、憐れまれる存在ではない。――誇れ」
その断言に、羞恥と安堵がないまぜになり、胸がじんわりと熱を帯びる。
宰相様はさらに言葉を続けた。
「嫉妬や悪意に心を乱されるのは仕方ない。だが、それらは私がすべて受け止める。君はただ、膝の上で笑っていればいい」
涙がにじみ、頬を濡らす。宰相様は何も言わずに拭い取り、代わりに髪を撫でてくれた。
――嫉妬の視線が向けられても、宰相様がいる限り、私は揺らがない。
そう思えた瞬間、胸に確かな安らぎが宿った。
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夜、執務を終えた宰相様は私を抱き上げ、廊下を歩いて寝室へと運んでいた。雨は降っていないのに、屋敷の外は静まり返り、まるで世界に二人きりになったように感じられる。
「……宰相様」
「ん?」
「嫉妬の視線や陰口に、私……これからも耐えられるでしょうか」
小さな声で問いかける。胸の奥に潜む不安を隠すことはできなかった。
宰相様は足を止め、私を抱いたまま真っ直ぐに瞳を合わせてきた。
「耐える必要はない」
「……え?」
「耐えるのは私の役目だ。君はただ、私の膝で笑っていればいい」
その断言に、胸が甘く痺れた。頬が熱を帯び、涙がにじむ。
「……でも、私が原因で宰相様に非難が向けられたら……」
「構わん。君を守るための非難なら、いくらでも受けよう」
迷いのない声音。その強さに心臓が震え、視界が滲んだ。
「エリナ」
名を呼ばれ、はっと顔を上げる。
「忘れるな。君を選んだのは私だ。――君は私の誇りだ」
言葉が胸に突き刺さり、抑えていた涙が溢れ出した。宰相様の胸に顔を埋めると、彼は何も言わずに背を撫で続けてくれる。その仕草の一つひとつが、どんな言葉よりも雄弁に「大切にしている」と伝えてきた。
寝室に着き、ベッドに下ろされても、私は彼の手を放したくなかった。
「……宰相様。もう少しだけ、手を握っていてもいいですか」
「好きなだけ握っていろ。私は離さない」
温もりが指先から胸へと広がり、安心感が全身を満たす。涙が止まり、代わりに甘い笑みが浮かんだ。
「嫉妬の視線も陰口も、宰相様がいてくださるなら……怖くありません」
「その通りだ。君は私の膝の上にいる限り、何者にも傷つけられない」
彼の言葉を胸に刻みながら、瞼を閉じる。夢へ落ちる直前まで、強く握られた手の温もりを感じ続けていた。
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