家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます

さら

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第6話 政務の顔、氷の刃

 翌朝、邸の窓から差し込む光は冷たく澄んでいた。私は朝食を終えると、アルベルトに誘われて王宮へ向かう馬車に乗り込んだ。革張りの座席は柔らかいのに、胸の奥は石のように固い。宰相の妻として初めて政務に同席する――そう思うだけで、背筋に冷たい緊張が走る。

 王宮の廊下は白大理石で造られ、柱に刻まれた紋章が連なる。赤い絨毯を踏みしめるたび、足音が高く響き渡り、息を詰めるほど荘厳な空気が漂う。私は隣を歩くアルベルトの背に視線を向けた。彼はすでに冷徹な仮面をまとい、歩みも一分の隙がない。昨日の台所で卵の割り方を教えてくれた彼と、今この場に立つ彼が同一人物だなんて、信じられないほど。

 議場に足を踏み入れると、半円に並んだ席に諸侯たちが座り、鋭い視線が一斉にこちらへ向いた。彼らは好奇心と探りの色を隠さず、私の存在を一瞥してから、すぐにアルベルトへと矛先を変える。
「宰相閣下、法案に関しては再考すべき点があるのでは?」
「税制の見直しは急ぎすぎだ」
 次々と声が飛び交い、空気が一気に緊張を帯びる。私は席に腰掛け、膝の上で手を組んだ。

 アルベルトは一歩も退かず、淡々と書類を広げる。
「財政の均衡は待たない。遅れは国を腐らせる」
「しかし負担は民に――」
「愚か者。負担を分散させる仕組みを既に組み込んでいる。目を開けて読め」
 冷徹な声が場を切り裂き、諸侯たちは言葉を詰まらせた。灰色の瞳は氷の刃のように鋭く、ひとりひとりを射抜く。彼の論理は正確で、反論の余地がなく、議場は沈黙に沈んでいった。

 私は息を詰めながらも、その背中に奇妙な安堵を覚えた。鋭い言葉に込められたのは冷酷さではなく、確固たる責任だった。彼がこの国を背負っているのだと、目の前の光景が雄弁に物語っていた。


 休憩に入ると、議場の空気は少し緩み、諸侯たちは三々五々に立ち上がった。私は席を離れると、アルベルトが無言で手を差し伸べた。視線が集まる中、その仕草だけで「妻」としての立場をはっきりと示され、胸が高鳴る。

「……先ほどは、あまりにも冷たく見えました」
 廊下に出たところで、私は小声で漏らした。
「そう見せねばならない。相手が隙を突こうと狙うからな」
「でも、本当に冷たいわけではないのでしょう?」
 問いかけに、彼は一瞬だけ私を見て、わずかに口角を緩めた。
「それを君が理解すれば十分だ」

 控室には軽い茶菓子が並べられており、アルベルトは自らポットを手に取り、紅茶を淹れた。私は驚きのあまり言葉を失う。
「……閣下、自ら?」
「誰に任せても構わない。だが君には、熱すぎない温度を渡したい」
 差し出されたカップを受け取った瞬間、胸に柔らかな熱が広がった。彼の氷の仮面の裏にある温度に触れられた気がして、目頭がじんわりと熱を帯びる。

「私は……あなたの側で、恥をかかないようにしなければ」
「恥などない。君は君でいればいい」
 彼の低い声は、議場での鋭さを持ちながらも、私に向けられると驚くほど優しかった。私は胸の奥に新しい灯りを抱きしめるように、深くうなずいた。


 午後の会議では再び緊張が戻り、議題は国境警備へと移った。隣国の動きを懸念する声が上がると、アルベルトは即座に地図を広げ、駒を置いて説明を始めた。
「補給路を確保するには、この村を中継地にする必要がある」
「だがその村は整備が不十分だ」
「だからこそ投資するのだ。――費用は、今年度の浪費を削れば捻出できる」
 彼の言葉は鋭く、しかし揺るぎない理論で支えられていた。誰も反論できず、議場は次第に彼の掌の上で動かされていく。

 私はその光景に圧倒されながらも、誇らしさで胸が満ちていった。昨日までは「邪魔者」と言われていた自分が、今はこんな人物の隣にいる。契約婚という形であっても、私は確かに彼の妻だ。

 夕刻、会議がすべて終わると、王宮の外には茜色の空が広がっていた。石畳を歩くアルベルトの横顔は、冷徹な仮面をまだ纏っていたが、その瞳の奥にはわずかな疲労が滲んでいた。
「今日は……お疲れさまでした」
 思わず声をかけると、彼は立ち止まり、私を見下ろした。
「疲れてはいない。だが、君がそう言ってくれるのは悪くない」

 馬車に戻ると、彼は外套を脱ぎ、私の肩にそっと掛けた。
「冷える。――ここからは、氷ではなく温度を許そう」
 その言葉に、胸が温かく震えた。氷の刃を持つ宰相の隣で、私は確かに守られている。そう思いながら、馬車の窓に映る彼の横顔を静かに見つめ続けた。
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