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第23話 甘やかな政務補佐
〇
翌朝、私は珍しく早く目を覚ました。まだ薄い朝靄が窓越しに差し込む時間帯、彼はすでに執務室へと向かっていた。いつもなら遠慮して近づかないその扉を、私は思い切って叩いた。
「入れ」
低い声に応えて扉を開けると、机に山のように積まれた書簡と格闘するアルベルトの姿があった。背筋を伸ばし、冷徹な眼差しでペンを走らせる姿は、誰も近づけない威厳を放っている。だが私には、あの腕の温もりを知ってしまった後では、孤高の氷壁に見えなかった。
「……手伝わせてください」
勇気を振り絞って告げると、彼はペンを止め、じっとこちらを見た。灰色の瞳が鋭さを和らげ、わずかに細められる。
「昨夜の言葉を覚えていたか」
「はい。私も強くなりたいのです」
沈黙が数秒流れ、やがて彼は一枚の書簡を差し出した。
「では、これを読め。内容を整理して私に伝えろ」
震える手で羊皮紙を受け取り、必死に目を走らせる。専門用語の数々に頭が混乱するが、逃げ出したくはなかった。彼が与えてくれた「役目」だから。
△
時間をかけて内容を要約し、言葉を選んで説明する。途中で詰まりながらも、どうにか最後まで言い切った。心臓が早鐘を打ち、顔が熱くなる。彼はしばし無言で見つめ、それから小さく頷いた。
「正確だ。些細な誤りはあるが、本質は掴んでいる」
「本当に……?」
「私の隣に座っても恥じないほどに」
その言葉に胸が熱くなり、目に涙が滲む。アルベルトはペンを置き、椅子を引いて私を隣に座らせた。
「ここに来い」
差し出された椅子に腰を下ろすと、書類の束が机の上に広げられ、彼は冷静に次々と解説していった。手元に映る指先が、時折私の手に触れる。その度に小さな火花のように胸が震える。
「政務は数字と文章だけではない。そこにある人々の生活を想像しろ」
低い声に導かれ、私は必死に紙の向こうを思い描いた。村の人々、兵士たち、農夫たち。そこには確かに暮らしがあり、笑顔や涙がある。そう考えると、書簡がただの記号ではなく温かさを帯びてくる。
「君にはその視点がある。私には欠けがちな部分だ」
その告白に胸が震えた。冷徹と呼ばれる彼の口から出た言葉が、私を必要としている。
◇
夕刻、執務室を出る頃には、陽が沈みかけていた。長時間机に向かっていたのに、不思議と疲れはなかった。彼と並んで働けたことが、心を満たしていたからだ。
「……役に立てましたか」
「十分だ。今日の仕事は半分、君が成したようなものだ」
淡々と告げる声に誇りが芽生え、胸が甘く痺れた。
夜、寝室に戻ると彼が後から入ってきた。上着を脱ぎながら、ふとこちらを見て言った。
「政務を共にすると、君をより近くに感じる」
「私も……あなたを理解できた気がします」
彼は黙って近づき、頬に手を添えて口づけを落とした。昼間の緊張が一気に溶け、全身が熱に包まれる。
「君は私の半身だ。これからも隣に座れ」
「……はい」
震える声で答え、彼の胸に身を委ねた。
その夜、眠りに落ちるまで、心の奥で何度も「隣に」という言葉が甘く響き続けた。
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翌朝、私は珍しく早く目を覚ました。まだ薄い朝靄が窓越しに差し込む時間帯、彼はすでに執務室へと向かっていた。いつもなら遠慮して近づかないその扉を、私は思い切って叩いた。
「入れ」
低い声に応えて扉を開けると、机に山のように積まれた書簡と格闘するアルベルトの姿があった。背筋を伸ばし、冷徹な眼差しでペンを走らせる姿は、誰も近づけない威厳を放っている。だが私には、あの腕の温もりを知ってしまった後では、孤高の氷壁に見えなかった。
「……手伝わせてください」
勇気を振り絞って告げると、彼はペンを止め、じっとこちらを見た。灰色の瞳が鋭さを和らげ、わずかに細められる。
「昨夜の言葉を覚えていたか」
「はい。私も強くなりたいのです」
沈黙が数秒流れ、やがて彼は一枚の書簡を差し出した。
「では、これを読め。内容を整理して私に伝えろ」
震える手で羊皮紙を受け取り、必死に目を走らせる。専門用語の数々に頭が混乱するが、逃げ出したくはなかった。彼が与えてくれた「役目」だから。
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時間をかけて内容を要約し、言葉を選んで説明する。途中で詰まりながらも、どうにか最後まで言い切った。心臓が早鐘を打ち、顔が熱くなる。彼はしばし無言で見つめ、それから小さく頷いた。
「正確だ。些細な誤りはあるが、本質は掴んでいる」
「本当に……?」
「私の隣に座っても恥じないほどに」
その言葉に胸が熱くなり、目に涙が滲む。アルベルトはペンを置き、椅子を引いて私を隣に座らせた。
「ここに来い」
差し出された椅子に腰を下ろすと、書類の束が机の上に広げられ、彼は冷静に次々と解説していった。手元に映る指先が、時折私の手に触れる。その度に小さな火花のように胸が震える。
「政務は数字と文章だけではない。そこにある人々の生活を想像しろ」
低い声に導かれ、私は必死に紙の向こうを思い描いた。村の人々、兵士たち、農夫たち。そこには確かに暮らしがあり、笑顔や涙がある。そう考えると、書簡がただの記号ではなく温かさを帯びてくる。
「君にはその視点がある。私には欠けがちな部分だ」
その告白に胸が震えた。冷徹と呼ばれる彼の口から出た言葉が、私を必要としている。
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夕刻、執務室を出る頃には、陽が沈みかけていた。長時間机に向かっていたのに、不思議と疲れはなかった。彼と並んで働けたことが、心を満たしていたからだ。
「……役に立てましたか」
「十分だ。今日の仕事は半分、君が成したようなものだ」
淡々と告げる声に誇りが芽生え、胸が甘く痺れた。
夜、寝室に戻ると彼が後から入ってきた。上着を脱ぎながら、ふとこちらを見て言った。
「政務を共にすると、君をより近くに感じる」
「私も……あなたを理解できた気がします」
彼は黙って近づき、頬に手を添えて口づけを落とした。昼間の緊張が一気に溶け、全身が熱に包まれる。
「君は私の半身だ。これからも隣に座れ」
「……はい」
震える声で答え、彼の胸に身を委ねた。
その夜、眠りに落ちるまで、心の奥で何度も「隣に」という言葉が甘く響き続けた。
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