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第1話 追放されました
草のにおいが濃くなってくる夕暮れどき、私はひとりで街道を歩いていた。石畳はもうとうに終わり、獣道みたいに細くなった土の道は、踏むたびに小さな砂埃を上げる。風が吹くと、道ばたに生えている背の低い野草がさらさらと身をこすり合わせ、それがやけに耳に残った。今日は一日中まともに何も食べていないはずなのに、空腹の苦しさよりも、肩に残った誰かの手の感触のほうが、ずっと気になっていた。あのとき、押し出されるみたいに背中を叩かれた場所が、まだじんじんしている。
「ミナ、お前はもういいから」
そう言ったのは、リーダーのガイルだった。短く刈った茶色の髪に、いつもは軽口しか言わないくせに、ああいうときだけは妙に低い声で決めようとする。私は、あれを“勇者ボイス”って呼んでいた。心の中でだけ。本人には絶対に言わない。言ったら、たぶん延々めんどくさい。ガイルはそういう男だった。自分のことを物語の主人公だと思ってるタイプで、伸びかけの無精ひげすら「無骨でワイルドな男の証」だと信じて疑わない。私は最初それを、ちょっとかわいい勘違いだと思っていたけど、今日限りで「勘違い」で済ませるのはやめることにする。
「役に立ってないんだよ、お前。支援って言ってもさあ、目に見える成果がないっていうか」
あの場でそう言われた瞬間、私の中で何かがふっと切れた。切れたというより、むしろ静かになった。ああ、そういう感じで来るんだ、っていう、あきれ半分の悟り。もちろん、怒ってもいたし、涙も出そうになった。だけどそれより先に、頭が勝手に動いた。こういう場合、すぐ反論すると余計に長引く、ってことを私は知っている。なぜなら私は元OLだから。会議室で、声がでかいだけの係長に「君の価値は何かな?」と言われた経験があるから。あの頃はまだ「すみません、すみません」って頭を下げていた。でも今は違う。この世界で一年働いて、学習した。でかい声にまともに取り合っても、ろくなことがない。
「……わかった」
私はそう言っただけだった。ガイルは一瞬、予想外だったように口を開けて、それから「じゃ、そういうことで」と言って、私に給料袋を放った。茶色い小袋は空だった。重さですぐわかった。そこには、今月分どころか未払い分も何も入っていない。これが「そういうこと」ってやつらしい。私はそれを片手で受け取って、特に何も言わずに腰のポーチに押し込み、それからひとつだけ確認した。
「じゃあ、今後の報告書は誰がまとめるの?」
「は?」
ガイルは素で間の抜けた声を出した。隣にいた魔術師のレナも、目をしばたかせてこちらを見た。レナは巻き髪の赤毛をふわっとまとめた、いかにも自分の美貌を自覚しているタイプの女の子で、王都じゃけっこう人気がある。正直に言うと、私はレナのこと自体は嫌いではなかった。あれはあれで努力の人だ。美は労力だし、彼女は手を抜かない。朝からちゃんと髪を巻く人間は、だいたい真面目だ。ただ、彼女は数字に弱い。ゼロが一個増えると、もうだめになる。そんな彼女に依頼の書式と、ギルドへの提出物と、経費申請と、税の控除申請と、月末の収支まとめを任せるのは、どう考えても無理だった。
「報告書って、あれだろ? いつもミナが勝手にやってただけだし、別にいらなくね?」とガイル。
「いらなくはないよ」と私は淡々と言った。
「いらなくはない。いらないならギルドからのランク更新止まるよ。止まると、高額依頼の入札権がなくなるから、討伐より警備しか取れなくなるよ。警備は時間のわりに単価が低いから、宿での滞在費が赤字になるよ。赤字になると、みんな別のパーティー探すようになるよ。で、パーティー崩壊するよ」
「は?」
もう一回、ガイルは「は?」と言った。私はそこでようやく「あ、ダメだ」と確信した。怒りでも悲しみでもなく、純粋な業務判断だった。ここにこれ以上関わるのはコスパが悪い。私は会社をやめるときも、最後の決め手はそれだった。「ここにいても昇給はないし、追加の業務だけ増えるし、責任だけは重くなる」という冷静な見積もり。あのときと同じだ。あのとき私は辞表を印刷して提出した。今回は、何も出す必要はない。ただ背を向けて出ていくだけでいい。ちょっと楽だと思った。
「まあ、そういうのは、そのうちレナが覚えるし」とガイルは私の言葉をごまかすように笑った。
「えっ、わたし?」とレナが肩を跳ねさせる。
「大丈夫、レナならできるって。俺、信じてるから」
その瞬間、レナの頬がうっすらと赤くなったのが見えた。こういうのが、私を疲れさせる。こういうのが積み重なって、胃に穴が開く。私は一度深く息を吸い、それから、にこっと笑った。口角だけを上げるやつじゃなくて、ちゃんと目元までゆるませた、営業用の笑顔。かつて、疲れ切った課長に「お前の笑顔は助かる」と言わせた、伝統と実績の微笑。
「じゃあ、がんばってください」
たぶん、私が今までこの世界に来てから言ったどんな言葉よりも、これは本音だった。心の底からの「がんばってください」。私はそれを置き土産にして、そのままパーティーの拠点だった宿を出た。背中に「おい、ミナ――」という声が飛んできたけど、私はもう振り返らなかった。振り返らないって、思ったとおりけっこう気持ちがいい。
それからどれくらい歩いたのか、正直よく覚えていない。王都の外れを抜けて、街道を歩き続けて、出会ったのは荷馬車一台と、道端で昼寝してた牛と、あと、やたらと元気な虫の群れくらいだった。太陽はもう傾いて、オレンジ色の光が地面の凸凹を長く伸ばしている。私は背負い袋をずらしながら、ふと思った。――あれ、私、今の立場って、けっこうやばいのでは? 住む場所も、収入も、なし。味方も、なし。ギルドカードはあるけど、パーティー所属欄はブランク。これ、いわゆる無職。異世界で無職。聞こえはファンタジーっぽいけど、実際はただの現地失業者。リアルは冷たい。
「……まあ、いっか」
声に出すと、少し笑えた。私はこの一年、ずっと働きっぱなしだった。毎日朝から晩まで依頼まわしと書類まわしと、メンバーのフォローと、トラブル対応と、あとガイルのご機嫌取り。ガイルはすぐ機嫌が悪くなるから、フォローが必要だった。そういうのを、私は勝手にやってあげていた。別に好きでやってたわけじゃない。ただ、やらないと全体が回らないから、結果的にやっただけだ。私のスキルのせいもある。私はこの世界で得た固有スキル『プロジェクトマネージャー』を、「なんか地味だな」と思いながらずっと使ってきた。
『プロジェクトマネージャー』。初めてステータスウィンドウにそれが出たとき、内心ちょっと泣きそうになった。なんでそうなるの。なんで戦士でも魔導師でも癒し手でもなく、いきなり管理職。異世界に転移した人間に対して、世界が用意する祝福が「はい、あなたは管理職です」って、悪い冗談かなって本気で思った。でも実際に使ってみると、これがまあ便利だった。たとえば、依頼の手順を分解して、それぞれ誰に向いてるか最適な割り当てを一瞬で提示できる「タスク配分」。状況を記録して、あとで会話ごとに再生できる「自動議事録」。交渉相手の性格傾向と弱点を表示する「交渉補正」。どれも戦闘ではほぼ役に立たないけど、準備と事後処理という地味なところで、えげつないほど効いた。これがあったから、『暁の翼』は、EランクからBランクまで一気に上がれたのだと、私はわりと本気で思っている。でも、そういうものは基本的に「見えない貢献」扱いになる。
「見えない貢献は、貢献ではない」
かつて会社で直属の係長が言っていた言葉を、私はそこで思い出した。あのとき私はコピー機の紙詰まりを直して、全員分の資料を時間内に揃えて、会議室の配線を直して、プロジェクターを新しく借りてきて、参加者へのお茶も並べて、座席表も作っていた。なのに、会議がうまく進んだのは係長の段取り力のおかげ、ということにされた。私は「いえ、実際は私が」って言わなかったし、言えなかった。それは、波風を立てることになるから。私はそういうふうに、飲み込む側の人間だった。飲んで、黙って、回す。だから胃薬が手放せなかった。
「……やめよ」
私は足を止め、小さくつぶやいた。夕暮れの風が、頬の汗を冷やしていく。もうやめよう。もう、回さなくていい。もう、誰かのために当然のように動くのをやめたい。私がいないとダメな集団なんて、私がいないほうがいい。私がいないと崩れるなら、それはもう崩れてしまっていい。私はもう、そこに残らないから。
その考えに、自分でもびっくりするくらい安堵した。肩の力が抜ける、という表現があるけど、ほんとに、両肩に乗ってた何十キロぶんかの石が落ちたみたいだった。私の肩は、ああ、こういう形してたんだって今さら認識するくらい、ふわっと軽くなった。呼吸も深くなった。鼻から吸った空気は土のにおいがして、ちょっと湿っていて、都会の石畳の上では絶対しない匂いだった。この匂いなら、たぶん眠れると思った。
「田舎、行こ」
私は声に出してそう言った。方向性はだいたい決めてある。王都から西へ三日歩いた先に、小さな村があると聞いていた。フェルネ村。畑と山羊とパンの村。ギルドの人が昔ぽろっと教えてくれた場所だ。「あそこはのんびりしてていいよ。仕事なんかしなくても、生きていけるくらいにはみんな親切だし、土がいい」って、酔ってた受付のおじさんが言っていた。あのときはなんとなく流していたけど、今はその言葉だけが救命ロープみたいに思えた。私はそこへ行くことにした。行って、何もしないことにする。何もしないで、怒られない場所に行く。
足をまた前に出そうとしたとき、背後からぱきっと枝を踏む音がした。私は反射的に振り返る。道の端、少し背の高い草むらの向こうに、何かが動いた気配があった。獣かな、と一瞬身構える。いや、正確に言うと、身構え「ようとした」。私には、戦闘スキルがほぼない。短剣は持っているけど、抜いたことはほとんどない。だから、身構えるというより、肩をすくめて息を呑む、が正しい。
「――ミナ?」
男の声だった。聞き慣れた声。私は体の内側が一瞬で冷えていくのを感じた。血がさあっと下がっていく。振り返りたくない、と思った。でも、声は勝手に喉からこぼれた。
「……ガイル?」
草むらから、彼が出てきた。革鎧に片手剣、いつもの格好。昼間、宿で見たときと同じ。でも、なぜか顔だけが少し焦って見える。いつもの“勇者ぶった余裕顔”じゃない。あれはたぶん、彼なりにかっこいいつもりの顔だったんだろうけど、今は違う。今のガイルは、ちょっとだけ必死だった。
「ちょっと待てよ、さすがにさあ……」
彼は近寄りながら言った。
「さすがに、そのまま行くのはどうなんだよ」
「そのままって?」
「いや、その……なんていうか、金とか、ほら、今後のこととかさ」
「心配してくれるの?」
私がそう言うと、ガイルは「いや、そういうわけじゃ」と目をそらした。口元がもごもご動いている。私はそこで、ああ、と悟る。この人、今さら不安になったんだ、と。私がいなくなることで何が起こるのか、今やっと現実になってきたんだ、と。たぶん、宿の支払いのあとで女将さんに何か言われたんだろう。あの女将さんは鋼の胃袋と鉄の心臓を持ってるから、金のことには厳しい。
「報告書ってさ」とガイルは言った。
「うん」
「やっぱ、あれ、ないと困るかも、っていうか……その、戻ってきてくれたら助かるっていうか……」
私は、じっと彼を見た。目を逸らさずにいると、ガイルは落ち着かないみたいで、耳の後ろをかいたり、足で土を蹴ったりした。なんだろう、この感じ。胸の奥で、怒りがぶり返すのかと思ったけど、違った。冷静に、静かに、そして少しだけ可笑しかった。私がいないと困る。でもそれを「困る」とは言えないから、「助かる」って言葉でごまかす。そういうとこ、ずっと変わらない。
「ガイル」
私はゆっくりと言った。
「うん?」
「私、戻らないよ」
彼の表情が、一瞬固まった。目だけが大きく見開かれて、それから眉がぐっと寄った。
「いや、ちょっと待てって。別にクビってわけじゃなくてさ。さっきのは、その、勢いで言っただけで」
「『お前はもういい』って言ったよ」
「言ったけど、それは、その場のノリっていうか――」
「『給料袋』って言って、空の袋投げたよ」
「あれは、えっと、その、これから入るから」
「今月分も、未払い分も、入ってなかったよ」
「それは……」
私は、そこで一度だけため息をついた。ため息は相手に聞こえると喧嘩のもとになるから、ほんとは良くないんだけど、今はいいと思った。私はもう、彼の機嫌をとる必要がない。
「ガイル。私ね、もう誰の“便利なもの”にもならないって決めたの」
彼は、何か言いかけて、言葉を失ったみたいに口を閉じた。その喉仏が上下するのを、私は眺めた。たぶん、彼の中では「便利なもの」という言い回しが、意外だったんだろう。私は今まで、そんな言い方を一度もしたことがなかったから。
「だから、ごめんね。もう戻らない」
静かに言うと、風がふっと止まったみたいに感じた。夕日はもう赤く傾いて、ガイルの後ろの草むらを長い影に変えている。その影が、細長い刃みたいに見えた。私は怖いとは思わなかった。ただ、ここでちゃんと言っておかないと、あとでまた引っぱられる気がした。曖昧にしておいたら、いつか「そういえばさ、あのときの話なんだけど」と酒の席で呼び出されて、また同じことを繰り返すことになる。それはもう、まっぴらごめんだ。
「……そうかよ」
ガイルは小さく吐き捨てるみたいに言った。声には苛立ちよりも、戸惑いが混ざっていた。彼は一度だけ私を見て、それから目線を逸らし、頭をぐしゃぐしゃっとかいた。
「ま、まあいいけどさ。別に。別に、全然いいし」
「うん。よかった」
「ただ、後でやっぱ困ったって言っても、知らねーからな」
「言わないよ」
「ほんとだな?」
「うん。ほんと」
ガイルはふんっと鼻を鳴らし、それからくるりと踵を返した。彼の背中は、やっぱり主人公っぽく見せたがっているのがわかった。肩幅を少し広げて歩くクセ。あれ、わざとなんだよね。本人は無意識って言うけど、無意識なわけない。私はそれを最後にもう一度観察して、心の中で小さく手を振った。彼は振り返らなかった。たぶん、振り返らない俺かっこいい、までが彼の中のシナリオなんだと思う。そういうところ、ある意味ではかわいい。もう関係ないけど。
ガイルの足音が遠ざかっていくと、また風の音と草のささやきが戻ってきた。私はその場に立ち尽くしたまま、しばらく空を見上げた。空はゆっくりと群青に変わりつつあって、一番星がにじむように光り始めている。王都にいたときは、明かりが多すぎて星なんてほとんど見えなかった。今は、驚くほどよく見える。夜って、本当はこんなに暗くて、こんなに静かなんだ。
私はもう一度だけ深呼吸してから、歩き出した。足元の土はやわらかい。靴の裏に少しだけ湿り気がまとわりつく。これをずっと歩いていけば、草のにおいしかしない、静かな村に着くはず。私はそこで、何もせずに眠るつもりだった。明日がどうとか、来週どうするとか、考えない。スケジュール表も作らない。タスクも切らない。だれのフォローもしない。ただ、眠る。
「……自由だ」
自分でそうつぶやいたとき、喉の奥が一瞬つまって、涙がにじんだ。涙はあたたかくて、指で拭うと、少しだけしょっぱかった。泣くほどのことじゃないのに、と思った。でも、泣いてもいいのかもしれない、とも思った。だって私、今日クビになったんだし。いや、クビじゃない。自分からやめたのだ。これは私の意思。それでいい。私はひとりで頷き、小さく笑った。
その笑い声が、暗くなりかけた街道に、ぽつんと落ちた。
△
夜の道は、昼とはまるで別の顔をしていた。昼間はただの草原に見えた場所が、月の光に照らされると、黒い影の海みたいに波打って見える。私はその真ん中を歩いていた。風が冷たく、頬をなでていくたびに、ひんやりとした湿気が肌にまとわりつく。道の先には、ほんのかすかな灯りが見える。たぶん、野営している商人か、旅人だろう。近づこうか迷ったけど、今の私は人と話す気力があまりなかった。
だから、私は灯りの見える方とは逆に歩いた。
背中の荷物は軽い。けれど、軽すぎるとも言える。手持ちは、銀貨が数枚と、小さな水袋、それからノートと羽ペン。ノートはこの世界に来てからずっと使っているメモ帳で、冒険の記録や経費の控えをまとめてある。ページをめくると、きれいな字で書き込まれた数字や線がずらりと並んでいた。整然と並んだ数字を見ていると、少しだけ心が落ち着く。
「……無駄に几帳面だよね、私」
自分でつぶやいて、苦笑した。もうこの帳簿を書く必要もないのに、なぜかページをめくってしまう。職業病、ってこういうことを言うのだろう。私の頭は、まだ“業務モード”を抜けきっていない。思考の片隅で、「次の依頼」「次の締め切り」という単語がまだちらちら浮かんでくる。やめて。もう働かなくていいって、さっき決めたばかりなのに。
ふと、風の中に湿った匂いが混じった。草と土のにおいの奥に、少しだけ煙のような香りがする。近くに焚き火の煙があるのだろう。夜空を見上げると、満天の星が瞬いていた。王都の明かりでは絶対に見えないほどの星たち。冷たい光が、無数の針のように空を飾っている。
「きれい……」
思わず立ち止まって、声がこぼれた。
会社にいたころ、夜空を見上げる余裕なんてなかった。終電に間に合うか、明日の会議の資料をどうするか、そればかり考えていた。異世界に来てからも、結局やってることは同じだった。誰かのために走って、怒られないように調整して、疲れて、笑って。――それなのに、今、こんなにも静かだ。
胸の奥で、何かがゆっくりとほどけていく感覚があった。
「はぁ……生きてるって、こういうことかな」
そのまま、草の上に腰を下ろした。夜露がスカートの裾を濡らすけれど、気にならなかった。荷物から水袋を取り出し、ひと口飲む。冷たい水が喉を通って、体の内側に静かな波紋を広げた。
――そのとき、視界の端で光が揺れた。
遠くの丘の上に、小さな灯が見える。ひとつ、またひとつ。ゆらゆらと、虫のように瞬く。
「村……?」
思わず立ち上がる。心臓が少し跳ねた。あそこに人がいるなら、今夜は屋根の下で眠れるかもしれない。そう思うと、足が自然と速くなった。夜風が髪を揺らす。スカートの裾が草を払う音が、ささやくように続く。
丘を登ると、そこには木の柵に囲まれた小さな集落があった。家は十軒ほど、屋根には干し草が積まれ、窓からは黄色い光が漏れている。遠くから見た灯りの正体は、家々のランプだった。村の入口には古びた看板が立っていて、かろうじて読める文字で「フェルネ」と書かれていた。
「ここか……」
息を吐く。足はもうくたくただ。けれど、心の中には少しだけ安心が広がった。
門の前に立つと、番犬らしき茶色い犬がこちらを見て「わん」と短く吠えた。毛はふわふわで、目がくりっとしている。私が一歩近づくと、犬は少し後ずさりして、家の奥へ駆けていった。しばらくすると、ランプを持った初老の男性が姿を見せた。
「おや、こんな時間に旅人とはめずらしい」
低い声に、思わず背筋を伸ばした。
「す、すみません。道に迷って……」
「ここは辺境の村だ。迷ってたどり着く者も、そうそうおらんがな」
男は笑ってランプを掲げた。明かりが顔を照らす。白いひげに穏やかな目。どこか牧師のような優しさがにじんでいる。
「まあ、寒かろう。宿は一軒しかないが、空いてるはずだ。案内しようか」
「助かります……!」
村の中に入ると、夜でも人の気配があった。軒先でロウソクを灯しながら糸を紡ぐ老婆、桶を洗う少年、煙突からはパンの焼ける香り。どれも柔らかくて、胸がじんとした。
「ここは、いい匂いがしますね」
「はは、うちの村は麦が特産でな。明日になれば焼きたてのパンが買えるぞ」
そう言って男は笑った。笑い皺の深さに、長い年月が刻まれているのがわかる。
やがて、村の中央にある二階建ての木造の建物の前で、男は足を止めた。
「ここだ。『風の宿』といってな、村に来た旅人はみんなここに世話になる」
軒先には花の鉢植えが並び、窓から漏れる光が暖かい。
扉を開けると、香ばしいパンとスープの匂いが一気に押し寄せてきた。
「いらっしゃいませー」
カウンターの向こうから、ふくよかな女将さんが顔を出した。
「まあまあ、こんな夜に女の子ひとり? 危ないじゃないの」
「すみません……道に迷ってしまって」
「いいのよ、入っておいで。あんた、冷えてるでしょう」
手を取られて、私は中に招き入れられた。炉の火がパチパチと音を立て、壁にはドライハーブが吊るされている。どこを見ても落ち着く光景だった。
「一泊でいいかい?」
「はい。お金は少ししか……」
「いいのいいの。明日の朝、村長に顔を出しな。あの人、困ってる旅人を放っとけない性分なんだ」
女将さんは笑って、パンとスープを差し出した。
「さ、食べな。冷めるよ」
湯気の立つスープは野菜と麦の香りがして、口に入れた瞬間、思わず涙が出そうになった。体の芯にじんわりと広がる温かさ。ああ、こういう味を、どれくらい忘れてたんだろう。
「……おいしいです」
「そうだろう? 働かなくても、食べることは大事さ」
女将さんの言葉に、私ははっとした。
――働かなくてもいい。
それは、私がこの世界で一番欲しかった言葉だった。
食事を終えて、用意された小さな部屋に通される。木の床、藁のベッド、窓の外には虫の声。王都の高級宿とは比べものにならないけれど、今の私には、これ以上の贅沢はない。
荷物を下ろしてベッドに腰かけると、身体が自然に沈みこんだ。まぶたが重い。けれど、眠る前に、ひとつだけ呟く。
「明日から、何もしない日々を始めよう」
その言葉は、まるで魔法の呪文みたいに、静かに空気の中に溶けていった。
私は久しぶりに、夢も見ないほど深く眠った。
◇
朝の光は、やさしく目を刺した。
窓の外で鳥が鳴いている。透き通った声が、まるで世界そのものの呼吸みたいに聞こえた。
私はぼんやりと目を開けて、天井を見上げた。木の節目がいくつもあって、それをひとつひとつ数えるうちに、ああここは王都じゃないんだ、と実感がじわりと広がった。
寝返りを打つと、ベッドの軋む音がした。昨夜のスープの温かさがまだ体の中に残っているようで、胃の奥までじんわりとあたたかい。
カーテンの隙間から差し込む光は、やわらかく、やけにまぶしかった。
いつもなら、この時間はすでに報告書をまとめて、メンバーのスケジュールを確認して、昼の依頼の下調べをしている。
でも今は、何もしなくていい。
何もしないという贅沢が、こんなに心地いいものだったなんて。
「……起きよ」
自分に言い聞かせるように呟いて、ベッドを抜け出した。
足元の床は少しひんやりしていて、足の裏に木目の感触が心地よい。
外に出ると、朝霧がうっすら漂っていた。村の空気は甘く、パンの焼ける匂いが風に乗って流れてくる。
鳥の声、子どもの笑い声、牛の鳴き声――それらがすべて混ざりあって、柔らかい音楽みたいに響いていた。
宿の一階に降りると、女将さんがパンを焼いていた。
「おはようさん。よう眠れたかい?」
「はい、ぐっすり……夢も見ませんでした」
「そりゃ何より。疲れてたんだねぇ。ほら、焼きたてのパンだよ。あんたの分もあるから」
テーブルに置かれた籠の中には、まだ湯気を立てる丸いパン。
私は椅子に腰かけ、両手でパンを割った。ふわっと湯気が立ち、バターのような香りが広がる。
口に運ぶと、噛むたびに甘さが滲み出てきて、涙が出そうになった。
「ありがとう……ほんとに、おいしいです」
「うちの小麦はな、フェルネ山の水で育ったんだ。ちょっと自慢なんだよ」
女将さんは胸を張った。
「それにしても、あんたは不思議だね。王都の人だろう? 言葉の節々にきちんとした調子が出てる」
「え、そうですか?」
「うん。仕事できる人の話し方だ。こっちじゃ珍しいよ」
私は一瞬言葉に詰まり、笑ってごまかした。
仕事できる――なんて久しぶりに言われただろう。
「村長の家は広場の向こうだよ。顔を出してごらん。うちで世話になった人は、だいたいあの人に紹介してるから」
「はい。ありがとうございます」
パンを食べ終え、コートの裾を整え、外に出た。
広場は朝日で金色に輝いていた。
家々の間を行き交う村人たちの姿。木桶を運ぶ男たち、洗濯物を干す女たち、笑いながら走る子ども。
誰もが忙しそうなのに、どこか余裕がある。
ああ、こういうのを“平和”って言うのかもしれない。
「おや、新顔だね」
声をかけてきたのは、白髪の混じった中年の男性だった。
「村長の家に行くなら、こっちだよ」
そう言って指さした先に、木造の立派な家が建っていた。庭にはリンゴの木が何本も植えられていて、赤い実が陽に照らされて輝いている。
私はその扉を軽く叩いた。
中から出てきたのは、昨日案内してくれた初老の男性――村長だった。
「おお、来てくれたか。昨夜はよく眠れたかな?」
「はい。本当にお世話になりました」
「いいんだいいんだ。旅人は歓迎だ。それで、これからどうするつもりだ?」
「……実は、特に決めていません」
「ほう」
「王都の暮らしに疲れてしまって。少し、静かな場所で休みたいと思って」
村長は腕を組み、うなずいた。
「休むのはいいことだ。働き者ほど、休むのが下手だからな」
その言葉に、胸がきゅっとなった。まるで私の過去を見透かされたみたいで。
「そうだな。もし暇なら、うちの帳簿でも見てくれんか? わしは数字が苦手でのう。村の収支が合ってるのかも、さっぱりわからんのだ」
「帳簿……ですか?」
「うむ。暇つぶし程度に見てもらえたら助かる。働けとは言わん。あくまで“暇つぶし”じゃ」
「……いいですね、それ」
思わず笑ってしまった。
村長に案内されて奥の部屋へ行くと、机の上に紙束が山のように積まれていた。数字の列、潰れた文字、インクのしみ。
見るだけで頭が痛くなりそうな帳簿だった。
「ひどい有様だろう?」
「いえ……整理のしがいがありますね」
私は椅子に腰かけ、指先で紙を一枚めくった。
――仕事をやめたばかりのはずなのに、手が勝手に動いている。
文字を整列させ、合計を出し、支出と収入を分け、項目ごとに印をつける。
気づけば、頭の中では『タスク整理』スキルが自動的に発動していた。
青い光のラインが視界の端に浮かぶ。
【新規タスク作成:フェルネ村会計整理】
【進行状況:3%】
――やっぱり出た。
私のチートスキル『プロジェクトマネージャー』は、どうやら「やめよう」と思っても勝手に働くらしい。
でも、それを止めようとは思わなかった。
この村のためなら、使ってもいいかもしれない。そんな気がした。
数字の列を追いながら、私はゆっくりと笑った。
「ねえ村長さん、この項目、間違ってますよ。支出が重複してます」
「ほう? 本当か?」
「はい。ここをこう整理すれば、去年より三割は予算に余裕が出ます」
「三割!? それはすごい!」
村長の目がまん丸になる。
「助かるわい、助かる! まるで魔法みたいだ!」
「魔法じゃなくて……まあ、ちょっとした癖です」
私は、机の上の紙束をひとつにまとめながら、思った。
――こうして何かを整えること。
それは私にとって“働くこと”であり、“癒やすこと”でもある。
働かなくても生きていける。
でも、働くことで誰かが笑ってくれるなら、それも悪くない。
窓の外では、朝の光がますます強くなっていた。
村の鐘が鳴り、パンの匂いが風に乗る。
私は小さく伸びをして、指先を紙の上に戻した。
フェルネ村での新しい日々が、今、静かに始まった。
草のにおいが濃くなってくる夕暮れどき、私はひとりで街道を歩いていた。石畳はもうとうに終わり、獣道みたいに細くなった土の道は、踏むたびに小さな砂埃を上げる。風が吹くと、道ばたに生えている背の低い野草がさらさらと身をこすり合わせ、それがやけに耳に残った。今日は一日中まともに何も食べていないはずなのに、空腹の苦しさよりも、肩に残った誰かの手の感触のほうが、ずっと気になっていた。あのとき、押し出されるみたいに背中を叩かれた場所が、まだじんじんしている。
「ミナ、お前はもういいから」
そう言ったのは、リーダーのガイルだった。短く刈った茶色の髪に、いつもは軽口しか言わないくせに、ああいうときだけは妙に低い声で決めようとする。私は、あれを“勇者ボイス”って呼んでいた。心の中でだけ。本人には絶対に言わない。言ったら、たぶん延々めんどくさい。ガイルはそういう男だった。自分のことを物語の主人公だと思ってるタイプで、伸びかけの無精ひげすら「無骨でワイルドな男の証」だと信じて疑わない。私は最初それを、ちょっとかわいい勘違いだと思っていたけど、今日限りで「勘違い」で済ませるのはやめることにする。
「役に立ってないんだよ、お前。支援って言ってもさあ、目に見える成果がないっていうか」
あの場でそう言われた瞬間、私の中で何かがふっと切れた。切れたというより、むしろ静かになった。ああ、そういう感じで来るんだ、っていう、あきれ半分の悟り。もちろん、怒ってもいたし、涙も出そうになった。だけどそれより先に、頭が勝手に動いた。こういう場合、すぐ反論すると余計に長引く、ってことを私は知っている。なぜなら私は元OLだから。会議室で、声がでかいだけの係長に「君の価値は何かな?」と言われた経験があるから。あの頃はまだ「すみません、すみません」って頭を下げていた。でも今は違う。この世界で一年働いて、学習した。でかい声にまともに取り合っても、ろくなことがない。
「……わかった」
私はそう言っただけだった。ガイルは一瞬、予想外だったように口を開けて、それから「じゃ、そういうことで」と言って、私に給料袋を放った。茶色い小袋は空だった。重さですぐわかった。そこには、今月分どころか未払い分も何も入っていない。これが「そういうこと」ってやつらしい。私はそれを片手で受け取って、特に何も言わずに腰のポーチに押し込み、それからひとつだけ確認した。
「じゃあ、今後の報告書は誰がまとめるの?」
「は?」
ガイルは素で間の抜けた声を出した。隣にいた魔術師のレナも、目をしばたかせてこちらを見た。レナは巻き髪の赤毛をふわっとまとめた、いかにも自分の美貌を自覚しているタイプの女の子で、王都じゃけっこう人気がある。正直に言うと、私はレナのこと自体は嫌いではなかった。あれはあれで努力の人だ。美は労力だし、彼女は手を抜かない。朝からちゃんと髪を巻く人間は、だいたい真面目だ。ただ、彼女は数字に弱い。ゼロが一個増えると、もうだめになる。そんな彼女に依頼の書式と、ギルドへの提出物と、経費申請と、税の控除申請と、月末の収支まとめを任せるのは、どう考えても無理だった。
「報告書って、あれだろ? いつもミナが勝手にやってただけだし、別にいらなくね?」とガイル。
「いらなくはないよ」と私は淡々と言った。
「いらなくはない。いらないならギルドからのランク更新止まるよ。止まると、高額依頼の入札権がなくなるから、討伐より警備しか取れなくなるよ。警備は時間のわりに単価が低いから、宿での滞在費が赤字になるよ。赤字になると、みんな別のパーティー探すようになるよ。で、パーティー崩壊するよ」
「は?」
もう一回、ガイルは「は?」と言った。私はそこでようやく「あ、ダメだ」と確信した。怒りでも悲しみでもなく、純粋な業務判断だった。ここにこれ以上関わるのはコスパが悪い。私は会社をやめるときも、最後の決め手はそれだった。「ここにいても昇給はないし、追加の業務だけ増えるし、責任だけは重くなる」という冷静な見積もり。あのときと同じだ。あのとき私は辞表を印刷して提出した。今回は、何も出す必要はない。ただ背を向けて出ていくだけでいい。ちょっと楽だと思った。
「まあ、そういうのは、そのうちレナが覚えるし」とガイルは私の言葉をごまかすように笑った。
「えっ、わたし?」とレナが肩を跳ねさせる。
「大丈夫、レナならできるって。俺、信じてるから」
その瞬間、レナの頬がうっすらと赤くなったのが見えた。こういうのが、私を疲れさせる。こういうのが積み重なって、胃に穴が開く。私は一度深く息を吸い、それから、にこっと笑った。口角だけを上げるやつじゃなくて、ちゃんと目元までゆるませた、営業用の笑顔。かつて、疲れ切った課長に「お前の笑顔は助かる」と言わせた、伝統と実績の微笑。
「じゃあ、がんばってください」
たぶん、私が今までこの世界に来てから言ったどんな言葉よりも、これは本音だった。心の底からの「がんばってください」。私はそれを置き土産にして、そのままパーティーの拠点だった宿を出た。背中に「おい、ミナ――」という声が飛んできたけど、私はもう振り返らなかった。振り返らないって、思ったとおりけっこう気持ちがいい。
それからどれくらい歩いたのか、正直よく覚えていない。王都の外れを抜けて、街道を歩き続けて、出会ったのは荷馬車一台と、道端で昼寝してた牛と、あと、やたらと元気な虫の群れくらいだった。太陽はもう傾いて、オレンジ色の光が地面の凸凹を長く伸ばしている。私は背負い袋をずらしながら、ふと思った。――あれ、私、今の立場って、けっこうやばいのでは? 住む場所も、収入も、なし。味方も、なし。ギルドカードはあるけど、パーティー所属欄はブランク。これ、いわゆる無職。異世界で無職。聞こえはファンタジーっぽいけど、実際はただの現地失業者。リアルは冷たい。
「……まあ、いっか」
声に出すと、少し笑えた。私はこの一年、ずっと働きっぱなしだった。毎日朝から晩まで依頼まわしと書類まわしと、メンバーのフォローと、トラブル対応と、あとガイルのご機嫌取り。ガイルはすぐ機嫌が悪くなるから、フォローが必要だった。そういうのを、私は勝手にやってあげていた。別に好きでやってたわけじゃない。ただ、やらないと全体が回らないから、結果的にやっただけだ。私のスキルのせいもある。私はこの世界で得た固有スキル『プロジェクトマネージャー』を、「なんか地味だな」と思いながらずっと使ってきた。
『プロジェクトマネージャー』。初めてステータスウィンドウにそれが出たとき、内心ちょっと泣きそうになった。なんでそうなるの。なんで戦士でも魔導師でも癒し手でもなく、いきなり管理職。異世界に転移した人間に対して、世界が用意する祝福が「はい、あなたは管理職です」って、悪い冗談かなって本気で思った。でも実際に使ってみると、これがまあ便利だった。たとえば、依頼の手順を分解して、それぞれ誰に向いてるか最適な割り当てを一瞬で提示できる「タスク配分」。状況を記録して、あとで会話ごとに再生できる「自動議事録」。交渉相手の性格傾向と弱点を表示する「交渉補正」。どれも戦闘ではほぼ役に立たないけど、準備と事後処理という地味なところで、えげつないほど効いた。これがあったから、『暁の翼』は、EランクからBランクまで一気に上がれたのだと、私はわりと本気で思っている。でも、そういうものは基本的に「見えない貢献」扱いになる。
「見えない貢献は、貢献ではない」
かつて会社で直属の係長が言っていた言葉を、私はそこで思い出した。あのとき私はコピー機の紙詰まりを直して、全員分の資料を時間内に揃えて、会議室の配線を直して、プロジェクターを新しく借りてきて、参加者へのお茶も並べて、座席表も作っていた。なのに、会議がうまく進んだのは係長の段取り力のおかげ、ということにされた。私は「いえ、実際は私が」って言わなかったし、言えなかった。それは、波風を立てることになるから。私はそういうふうに、飲み込む側の人間だった。飲んで、黙って、回す。だから胃薬が手放せなかった。
「……やめよ」
私は足を止め、小さくつぶやいた。夕暮れの風が、頬の汗を冷やしていく。もうやめよう。もう、回さなくていい。もう、誰かのために当然のように動くのをやめたい。私がいないとダメな集団なんて、私がいないほうがいい。私がいないと崩れるなら、それはもう崩れてしまっていい。私はもう、そこに残らないから。
その考えに、自分でもびっくりするくらい安堵した。肩の力が抜ける、という表現があるけど、ほんとに、両肩に乗ってた何十キロぶんかの石が落ちたみたいだった。私の肩は、ああ、こういう形してたんだって今さら認識するくらい、ふわっと軽くなった。呼吸も深くなった。鼻から吸った空気は土のにおいがして、ちょっと湿っていて、都会の石畳の上では絶対しない匂いだった。この匂いなら、たぶん眠れると思った。
「田舎、行こ」
私は声に出してそう言った。方向性はだいたい決めてある。王都から西へ三日歩いた先に、小さな村があると聞いていた。フェルネ村。畑と山羊とパンの村。ギルドの人が昔ぽろっと教えてくれた場所だ。「あそこはのんびりしてていいよ。仕事なんかしなくても、生きていけるくらいにはみんな親切だし、土がいい」って、酔ってた受付のおじさんが言っていた。あのときはなんとなく流していたけど、今はその言葉だけが救命ロープみたいに思えた。私はそこへ行くことにした。行って、何もしないことにする。何もしないで、怒られない場所に行く。
足をまた前に出そうとしたとき、背後からぱきっと枝を踏む音がした。私は反射的に振り返る。道の端、少し背の高い草むらの向こうに、何かが動いた気配があった。獣かな、と一瞬身構える。いや、正確に言うと、身構え「ようとした」。私には、戦闘スキルがほぼない。短剣は持っているけど、抜いたことはほとんどない。だから、身構えるというより、肩をすくめて息を呑む、が正しい。
「――ミナ?」
男の声だった。聞き慣れた声。私は体の内側が一瞬で冷えていくのを感じた。血がさあっと下がっていく。振り返りたくない、と思った。でも、声は勝手に喉からこぼれた。
「……ガイル?」
草むらから、彼が出てきた。革鎧に片手剣、いつもの格好。昼間、宿で見たときと同じ。でも、なぜか顔だけが少し焦って見える。いつもの“勇者ぶった余裕顔”じゃない。あれはたぶん、彼なりにかっこいいつもりの顔だったんだろうけど、今は違う。今のガイルは、ちょっとだけ必死だった。
「ちょっと待てよ、さすがにさあ……」
彼は近寄りながら言った。
「さすがに、そのまま行くのはどうなんだよ」
「そのままって?」
「いや、その……なんていうか、金とか、ほら、今後のこととかさ」
「心配してくれるの?」
私がそう言うと、ガイルは「いや、そういうわけじゃ」と目をそらした。口元がもごもご動いている。私はそこで、ああ、と悟る。この人、今さら不安になったんだ、と。私がいなくなることで何が起こるのか、今やっと現実になってきたんだ、と。たぶん、宿の支払いのあとで女将さんに何か言われたんだろう。あの女将さんは鋼の胃袋と鉄の心臓を持ってるから、金のことには厳しい。
「報告書ってさ」とガイルは言った。
「うん」
「やっぱ、あれ、ないと困るかも、っていうか……その、戻ってきてくれたら助かるっていうか……」
私は、じっと彼を見た。目を逸らさずにいると、ガイルは落ち着かないみたいで、耳の後ろをかいたり、足で土を蹴ったりした。なんだろう、この感じ。胸の奥で、怒りがぶり返すのかと思ったけど、違った。冷静に、静かに、そして少しだけ可笑しかった。私がいないと困る。でもそれを「困る」とは言えないから、「助かる」って言葉でごまかす。そういうとこ、ずっと変わらない。
「ガイル」
私はゆっくりと言った。
「うん?」
「私、戻らないよ」
彼の表情が、一瞬固まった。目だけが大きく見開かれて、それから眉がぐっと寄った。
「いや、ちょっと待てって。別にクビってわけじゃなくてさ。さっきのは、その、勢いで言っただけで」
「『お前はもういい』って言ったよ」
「言ったけど、それは、その場のノリっていうか――」
「『給料袋』って言って、空の袋投げたよ」
「あれは、えっと、その、これから入るから」
「今月分も、未払い分も、入ってなかったよ」
「それは……」
私は、そこで一度だけため息をついた。ため息は相手に聞こえると喧嘩のもとになるから、ほんとは良くないんだけど、今はいいと思った。私はもう、彼の機嫌をとる必要がない。
「ガイル。私ね、もう誰の“便利なもの”にもならないって決めたの」
彼は、何か言いかけて、言葉を失ったみたいに口を閉じた。その喉仏が上下するのを、私は眺めた。たぶん、彼の中では「便利なもの」という言い回しが、意外だったんだろう。私は今まで、そんな言い方を一度もしたことがなかったから。
「だから、ごめんね。もう戻らない」
静かに言うと、風がふっと止まったみたいに感じた。夕日はもう赤く傾いて、ガイルの後ろの草むらを長い影に変えている。その影が、細長い刃みたいに見えた。私は怖いとは思わなかった。ただ、ここでちゃんと言っておかないと、あとでまた引っぱられる気がした。曖昧にしておいたら、いつか「そういえばさ、あのときの話なんだけど」と酒の席で呼び出されて、また同じことを繰り返すことになる。それはもう、まっぴらごめんだ。
「……そうかよ」
ガイルは小さく吐き捨てるみたいに言った。声には苛立ちよりも、戸惑いが混ざっていた。彼は一度だけ私を見て、それから目線を逸らし、頭をぐしゃぐしゃっとかいた。
「ま、まあいいけどさ。別に。別に、全然いいし」
「うん。よかった」
「ただ、後でやっぱ困ったって言っても、知らねーからな」
「言わないよ」
「ほんとだな?」
「うん。ほんと」
ガイルはふんっと鼻を鳴らし、それからくるりと踵を返した。彼の背中は、やっぱり主人公っぽく見せたがっているのがわかった。肩幅を少し広げて歩くクセ。あれ、わざとなんだよね。本人は無意識って言うけど、無意識なわけない。私はそれを最後にもう一度観察して、心の中で小さく手を振った。彼は振り返らなかった。たぶん、振り返らない俺かっこいい、までが彼の中のシナリオなんだと思う。そういうところ、ある意味ではかわいい。もう関係ないけど。
ガイルの足音が遠ざかっていくと、また風の音と草のささやきが戻ってきた。私はその場に立ち尽くしたまま、しばらく空を見上げた。空はゆっくりと群青に変わりつつあって、一番星がにじむように光り始めている。王都にいたときは、明かりが多すぎて星なんてほとんど見えなかった。今は、驚くほどよく見える。夜って、本当はこんなに暗くて、こんなに静かなんだ。
私はもう一度だけ深呼吸してから、歩き出した。足元の土はやわらかい。靴の裏に少しだけ湿り気がまとわりつく。これをずっと歩いていけば、草のにおいしかしない、静かな村に着くはず。私はそこで、何もせずに眠るつもりだった。明日がどうとか、来週どうするとか、考えない。スケジュール表も作らない。タスクも切らない。だれのフォローもしない。ただ、眠る。
「……自由だ」
自分でそうつぶやいたとき、喉の奥が一瞬つまって、涙がにじんだ。涙はあたたかくて、指で拭うと、少しだけしょっぱかった。泣くほどのことじゃないのに、と思った。でも、泣いてもいいのかもしれない、とも思った。だって私、今日クビになったんだし。いや、クビじゃない。自分からやめたのだ。これは私の意思。それでいい。私はひとりで頷き、小さく笑った。
その笑い声が、暗くなりかけた街道に、ぽつんと落ちた。
△
夜の道は、昼とはまるで別の顔をしていた。昼間はただの草原に見えた場所が、月の光に照らされると、黒い影の海みたいに波打って見える。私はその真ん中を歩いていた。風が冷たく、頬をなでていくたびに、ひんやりとした湿気が肌にまとわりつく。道の先には、ほんのかすかな灯りが見える。たぶん、野営している商人か、旅人だろう。近づこうか迷ったけど、今の私は人と話す気力があまりなかった。
だから、私は灯りの見える方とは逆に歩いた。
背中の荷物は軽い。けれど、軽すぎるとも言える。手持ちは、銀貨が数枚と、小さな水袋、それからノートと羽ペン。ノートはこの世界に来てからずっと使っているメモ帳で、冒険の記録や経費の控えをまとめてある。ページをめくると、きれいな字で書き込まれた数字や線がずらりと並んでいた。整然と並んだ数字を見ていると、少しだけ心が落ち着く。
「……無駄に几帳面だよね、私」
自分でつぶやいて、苦笑した。もうこの帳簿を書く必要もないのに、なぜかページをめくってしまう。職業病、ってこういうことを言うのだろう。私の頭は、まだ“業務モード”を抜けきっていない。思考の片隅で、「次の依頼」「次の締め切り」という単語がまだちらちら浮かんでくる。やめて。もう働かなくていいって、さっき決めたばかりなのに。
ふと、風の中に湿った匂いが混じった。草と土のにおいの奥に、少しだけ煙のような香りがする。近くに焚き火の煙があるのだろう。夜空を見上げると、満天の星が瞬いていた。王都の明かりでは絶対に見えないほどの星たち。冷たい光が、無数の針のように空を飾っている。
「きれい……」
思わず立ち止まって、声がこぼれた。
会社にいたころ、夜空を見上げる余裕なんてなかった。終電に間に合うか、明日の会議の資料をどうするか、そればかり考えていた。異世界に来てからも、結局やってることは同じだった。誰かのために走って、怒られないように調整して、疲れて、笑って。――それなのに、今、こんなにも静かだ。
胸の奥で、何かがゆっくりとほどけていく感覚があった。
「はぁ……生きてるって、こういうことかな」
そのまま、草の上に腰を下ろした。夜露がスカートの裾を濡らすけれど、気にならなかった。荷物から水袋を取り出し、ひと口飲む。冷たい水が喉を通って、体の内側に静かな波紋を広げた。
――そのとき、視界の端で光が揺れた。
遠くの丘の上に、小さな灯が見える。ひとつ、またひとつ。ゆらゆらと、虫のように瞬く。
「村……?」
思わず立ち上がる。心臓が少し跳ねた。あそこに人がいるなら、今夜は屋根の下で眠れるかもしれない。そう思うと、足が自然と速くなった。夜風が髪を揺らす。スカートの裾が草を払う音が、ささやくように続く。
丘を登ると、そこには木の柵に囲まれた小さな集落があった。家は十軒ほど、屋根には干し草が積まれ、窓からは黄色い光が漏れている。遠くから見た灯りの正体は、家々のランプだった。村の入口には古びた看板が立っていて、かろうじて読める文字で「フェルネ」と書かれていた。
「ここか……」
息を吐く。足はもうくたくただ。けれど、心の中には少しだけ安心が広がった。
門の前に立つと、番犬らしき茶色い犬がこちらを見て「わん」と短く吠えた。毛はふわふわで、目がくりっとしている。私が一歩近づくと、犬は少し後ずさりして、家の奥へ駆けていった。しばらくすると、ランプを持った初老の男性が姿を見せた。
「おや、こんな時間に旅人とはめずらしい」
低い声に、思わず背筋を伸ばした。
「す、すみません。道に迷って……」
「ここは辺境の村だ。迷ってたどり着く者も、そうそうおらんがな」
男は笑ってランプを掲げた。明かりが顔を照らす。白いひげに穏やかな目。どこか牧師のような優しさがにじんでいる。
「まあ、寒かろう。宿は一軒しかないが、空いてるはずだ。案内しようか」
「助かります……!」
村の中に入ると、夜でも人の気配があった。軒先でロウソクを灯しながら糸を紡ぐ老婆、桶を洗う少年、煙突からはパンの焼ける香り。どれも柔らかくて、胸がじんとした。
「ここは、いい匂いがしますね」
「はは、うちの村は麦が特産でな。明日になれば焼きたてのパンが買えるぞ」
そう言って男は笑った。笑い皺の深さに、長い年月が刻まれているのがわかる。
やがて、村の中央にある二階建ての木造の建物の前で、男は足を止めた。
「ここだ。『風の宿』といってな、村に来た旅人はみんなここに世話になる」
軒先には花の鉢植えが並び、窓から漏れる光が暖かい。
扉を開けると、香ばしいパンとスープの匂いが一気に押し寄せてきた。
「いらっしゃいませー」
カウンターの向こうから、ふくよかな女将さんが顔を出した。
「まあまあ、こんな夜に女の子ひとり? 危ないじゃないの」
「すみません……道に迷ってしまって」
「いいのよ、入っておいで。あんた、冷えてるでしょう」
手を取られて、私は中に招き入れられた。炉の火がパチパチと音を立て、壁にはドライハーブが吊るされている。どこを見ても落ち着く光景だった。
「一泊でいいかい?」
「はい。お金は少ししか……」
「いいのいいの。明日の朝、村長に顔を出しな。あの人、困ってる旅人を放っとけない性分なんだ」
女将さんは笑って、パンとスープを差し出した。
「さ、食べな。冷めるよ」
湯気の立つスープは野菜と麦の香りがして、口に入れた瞬間、思わず涙が出そうになった。体の芯にじんわりと広がる温かさ。ああ、こういう味を、どれくらい忘れてたんだろう。
「……おいしいです」
「そうだろう? 働かなくても、食べることは大事さ」
女将さんの言葉に、私ははっとした。
――働かなくてもいい。
それは、私がこの世界で一番欲しかった言葉だった。
食事を終えて、用意された小さな部屋に通される。木の床、藁のベッド、窓の外には虫の声。王都の高級宿とは比べものにならないけれど、今の私には、これ以上の贅沢はない。
荷物を下ろしてベッドに腰かけると、身体が自然に沈みこんだ。まぶたが重い。けれど、眠る前に、ひとつだけ呟く。
「明日から、何もしない日々を始めよう」
その言葉は、まるで魔法の呪文みたいに、静かに空気の中に溶けていった。
私は久しぶりに、夢も見ないほど深く眠った。
◇
朝の光は、やさしく目を刺した。
窓の外で鳥が鳴いている。透き通った声が、まるで世界そのものの呼吸みたいに聞こえた。
私はぼんやりと目を開けて、天井を見上げた。木の節目がいくつもあって、それをひとつひとつ数えるうちに、ああここは王都じゃないんだ、と実感がじわりと広がった。
寝返りを打つと、ベッドの軋む音がした。昨夜のスープの温かさがまだ体の中に残っているようで、胃の奥までじんわりとあたたかい。
カーテンの隙間から差し込む光は、やわらかく、やけにまぶしかった。
いつもなら、この時間はすでに報告書をまとめて、メンバーのスケジュールを確認して、昼の依頼の下調べをしている。
でも今は、何もしなくていい。
何もしないという贅沢が、こんなに心地いいものだったなんて。
「……起きよ」
自分に言い聞かせるように呟いて、ベッドを抜け出した。
足元の床は少しひんやりしていて、足の裏に木目の感触が心地よい。
外に出ると、朝霧がうっすら漂っていた。村の空気は甘く、パンの焼ける匂いが風に乗って流れてくる。
鳥の声、子どもの笑い声、牛の鳴き声――それらがすべて混ざりあって、柔らかい音楽みたいに響いていた。
宿の一階に降りると、女将さんがパンを焼いていた。
「おはようさん。よう眠れたかい?」
「はい、ぐっすり……夢も見ませんでした」
「そりゃ何より。疲れてたんだねぇ。ほら、焼きたてのパンだよ。あんたの分もあるから」
テーブルに置かれた籠の中には、まだ湯気を立てる丸いパン。
私は椅子に腰かけ、両手でパンを割った。ふわっと湯気が立ち、バターのような香りが広がる。
口に運ぶと、噛むたびに甘さが滲み出てきて、涙が出そうになった。
「ありがとう……ほんとに、おいしいです」
「うちの小麦はな、フェルネ山の水で育ったんだ。ちょっと自慢なんだよ」
女将さんは胸を張った。
「それにしても、あんたは不思議だね。王都の人だろう? 言葉の節々にきちんとした調子が出てる」
「え、そうですか?」
「うん。仕事できる人の話し方だ。こっちじゃ珍しいよ」
私は一瞬言葉に詰まり、笑ってごまかした。
仕事できる――なんて久しぶりに言われただろう。
「村長の家は広場の向こうだよ。顔を出してごらん。うちで世話になった人は、だいたいあの人に紹介してるから」
「はい。ありがとうございます」
パンを食べ終え、コートの裾を整え、外に出た。
広場は朝日で金色に輝いていた。
家々の間を行き交う村人たちの姿。木桶を運ぶ男たち、洗濯物を干す女たち、笑いながら走る子ども。
誰もが忙しそうなのに、どこか余裕がある。
ああ、こういうのを“平和”って言うのかもしれない。
「おや、新顔だね」
声をかけてきたのは、白髪の混じった中年の男性だった。
「村長の家に行くなら、こっちだよ」
そう言って指さした先に、木造の立派な家が建っていた。庭にはリンゴの木が何本も植えられていて、赤い実が陽に照らされて輝いている。
私はその扉を軽く叩いた。
中から出てきたのは、昨日案内してくれた初老の男性――村長だった。
「おお、来てくれたか。昨夜はよく眠れたかな?」
「はい。本当にお世話になりました」
「いいんだいいんだ。旅人は歓迎だ。それで、これからどうするつもりだ?」
「……実は、特に決めていません」
「ほう」
「王都の暮らしに疲れてしまって。少し、静かな場所で休みたいと思って」
村長は腕を組み、うなずいた。
「休むのはいいことだ。働き者ほど、休むのが下手だからな」
その言葉に、胸がきゅっとなった。まるで私の過去を見透かされたみたいで。
「そうだな。もし暇なら、うちの帳簿でも見てくれんか? わしは数字が苦手でのう。村の収支が合ってるのかも、さっぱりわからんのだ」
「帳簿……ですか?」
「うむ。暇つぶし程度に見てもらえたら助かる。働けとは言わん。あくまで“暇つぶし”じゃ」
「……いいですね、それ」
思わず笑ってしまった。
村長に案内されて奥の部屋へ行くと、机の上に紙束が山のように積まれていた。数字の列、潰れた文字、インクのしみ。
見るだけで頭が痛くなりそうな帳簿だった。
「ひどい有様だろう?」
「いえ……整理のしがいがありますね」
私は椅子に腰かけ、指先で紙を一枚めくった。
――仕事をやめたばかりのはずなのに、手が勝手に動いている。
文字を整列させ、合計を出し、支出と収入を分け、項目ごとに印をつける。
気づけば、頭の中では『タスク整理』スキルが自動的に発動していた。
青い光のラインが視界の端に浮かぶ。
【新規タスク作成:フェルネ村会計整理】
【進行状況:3%】
――やっぱり出た。
私のチートスキル『プロジェクトマネージャー』は、どうやら「やめよう」と思っても勝手に働くらしい。
でも、それを止めようとは思わなかった。
この村のためなら、使ってもいいかもしれない。そんな気がした。
数字の列を追いながら、私はゆっくりと笑った。
「ねえ村長さん、この項目、間違ってますよ。支出が重複してます」
「ほう? 本当か?」
「はい。ここをこう整理すれば、去年より三割は予算に余裕が出ます」
「三割!? それはすごい!」
村長の目がまん丸になる。
「助かるわい、助かる! まるで魔法みたいだ!」
「魔法じゃなくて……まあ、ちょっとした癖です」
私は、机の上の紙束をひとつにまとめながら、思った。
――こうして何かを整えること。
それは私にとって“働くこと”であり、“癒やすこと”でもある。
働かなくても生きていける。
でも、働くことで誰かが笑ってくれるなら、それも悪くない。
窓の外では、朝の光がますます強くなっていた。
村の鐘が鳴り、パンの匂いが風に乗る。
私は小さく伸びをして、指先を紙の上に戻した。
フェルネ村での新しい日々が、今、静かに始まった。
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