トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣

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夜の帳が下りたあと

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 ――sui。
 芸歴十年、この国で知らない者はいないと言われるほどの国民的人気を誇るトップアイドル。年齢も性別も関係なく、彼を知った誰もが虜になってしまう。

 見るものを惹き付けて離さない圧倒的カリスマ性と、抜群のビジュアルで一気にスターダムに伸し上がった。芸能人に疎い僕でも知っている、名の知れた有名人。


 「きれい……」


 星空の下、ロングコートを身に纏って湖畔に佇む男。ハーフアップに束ねたホワイトブロンドの髪が夜に映えて、シンプルなジャケット写真なのに滲み出るオーラがある。一度見たら忘れない、それがsuiという男。

 表題曲のタイトルである「stargazer」と「sui」の文字が、カリグラフィーで控えめに書かれている。皮肉な曲名だと思う。星の煌めきさえも、自分を輝かせるための道具にしてしまうのだから。世界の主人公は彼だと思わせてしまうほどに、きらきらと光り輝いていた。

 視線ひとつで人を惹き付けてしまう。流石、老若男女に愛されるトップアイドル様は格が違う。

 この人はアルファに違いない。
 誰が見てもはっきりと分かる。僕のようなベータからしてみれば天上の人だ。住む世界も見ている景色も歩んできた過去も、何もかもが違う。

 芸能人なんて滅多にお目にかかれない。
 今夜はラッキーだったと思い出に変えてしまえばいい。また来ます、アイドルのそんな甘い嘘を信じられるほど僕は素直じゃなかった。

 それでも退屈な日常がほんの少し彩られた気がして、僕は余韻に浸りながら店内に戻る。

 その瞬間、ふわりと彼の残り香が鼻腔を擽った。柑橘系を感じさせる爽やかなサイダーのような、ずっと嗅いでいたい香り。

 さっきはそこまできつい香水をつけているとは感じなかったけれど、高級なものはこんな風に匂いが残るのかもしれない。

 僕には縁がないものだからその辺はよくわからないけど、別に不快な香りではない。彼がここにいたと証明しているみたいで、この香りに包まれていることが正直嬉しかった。

 じんわりと絶えず湧き上がってくる感情の正体が掴めない。

 あったかくて優しくて、愛おしい。ふわふわとした気持ちは落ち着くことがなくて、ぽーっと熱に浮かされたように全く仕事に身が入らないまま、気がつけば勤務終了の時刻になっていた。

 いつもは不健康な体を責めるように遠慮なく痛めつけてくる不快な太陽も、今日ばかりは清々しい気分で迎えられる。柔らかな日差しが眩しくて、生きているというのはこんなにも素晴らしいことなのかと実感する。

 帰宅後、シャワーを浴びてベッドに転がり込んでも、あの甘い熱を孕んだ眼差しが忘れられない。小さな火種がじんわりと心の中に宿るのを感じた。


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