5 / 81
夜の帳が下りたあと
5
もしあの言葉が本気だったらどうしよう。
明日、明後日はシフトが入っていない。その間に来店してしまって、飽きられてしまったら……。そう思うと、絶望で胸が張り裂けそうになった。
相手は芸能人。期待なんてしたくない。もし叶わなかったら必要以上に傷ついて、悲しみに溺れてしまうから。
もっと男らしく、どんと構えられるひとになりたかった。腕で顔を覆って、ないものねだりをしてしまう。全てを吐き出すように大きく息を吐いて、一番に浮かんできたものはひとつ。
――会いたい。
それはあまりにもシンプルな答えだった。
目と目を合わせて、香りを確かめて、そして彼に触れられたい。そんなことを考えている自分が恥ずかしいのに、その答えは変わらなかった。
二日挟んだ次の出勤日、僕はいつもより念入りに髪をセットしてコンビニに赴いた。平凡なことを理解しているからこそ、少しでもマシな姿で彼に会いたかった。
普段は重たい足取りも、今日ばかりはスキップでもしているかのように軽やかだった。
淡々と決められたルーティンをこなすけれど、彼が訪れる気配はない。ただ時間ばかりが過ぎていく。
時計を何度も確かめては、数分しか経っていない事実にため息を吐く。小さな石ころが胃の中に溜まっていくような感覚が不快だった。
そして結局、その日suiがコンビニに来ることはなかった。
当然だ、この国で一番売れているアイドルはそこまで暇じゃない。そう自分を慰めるけれど、心の奥はしくしくと泣いていた。
それから二週間経ったけれど何かが起きることもなく、また平凡な毎日に元通り。あの日が特別な夜だっただけで、もともと僕が進むべき人生はこんなもんだって思ったら納得できた。
もう期待することは諦めてしまった。半ば拗ねた子どものように、僕は夢見ることをやめてしまったのだ。
なんとなくいつもより早く家を出て、大学に向かう前にコンビニに寄って店内を物色していれば、流れていた流行りの音楽から店内放送に切り替わる。
「皆さんこんにちは、suiです」
落ち着いた声が誰のものか分かった瞬間、ハッとして固まってしまう。
前に聞いたものとは少し違う、余所行きの声。新作のお菓子に伸ばしかけた手を止めて、聞こえてくる彼の声だけに集中していた。
「この度、記念すべき三十枚目のシングル『stargazer』が五月四日に発売することになりました。いつも応援してくださる皆さんに向けた、僕なりのラブソングです。店頭でもご予約受付中! よかったらたくさん聴いてください。以上、suiでした」
たったの一分にも満たないあっという間の放送。けれど、suiが僕の心を奪うには十分すぎる時間だった。
「はぁ~~」
なんだか力が抜けて、へなへなとその場にしゃがみこむ。顔が熱い。
おかしいな、ファンになっちゃったのかも。ぐと唇を噛み締めて、僕は葛藤しながらレジに向かう。
「すみません、suiのCDを予約したいんですけど……」
バイト先じゃなくてよかった。
そんなことを思いながら、知らない店員さんに向かってそう言っていた。
明日、明後日はシフトが入っていない。その間に来店してしまって、飽きられてしまったら……。そう思うと、絶望で胸が張り裂けそうになった。
相手は芸能人。期待なんてしたくない。もし叶わなかったら必要以上に傷ついて、悲しみに溺れてしまうから。
もっと男らしく、どんと構えられるひとになりたかった。腕で顔を覆って、ないものねだりをしてしまう。全てを吐き出すように大きく息を吐いて、一番に浮かんできたものはひとつ。
――会いたい。
それはあまりにもシンプルな答えだった。
目と目を合わせて、香りを確かめて、そして彼に触れられたい。そんなことを考えている自分が恥ずかしいのに、その答えは変わらなかった。
二日挟んだ次の出勤日、僕はいつもより念入りに髪をセットしてコンビニに赴いた。平凡なことを理解しているからこそ、少しでもマシな姿で彼に会いたかった。
普段は重たい足取りも、今日ばかりはスキップでもしているかのように軽やかだった。
淡々と決められたルーティンをこなすけれど、彼が訪れる気配はない。ただ時間ばかりが過ぎていく。
時計を何度も確かめては、数分しか経っていない事実にため息を吐く。小さな石ころが胃の中に溜まっていくような感覚が不快だった。
そして結局、その日suiがコンビニに来ることはなかった。
当然だ、この国で一番売れているアイドルはそこまで暇じゃない。そう自分を慰めるけれど、心の奥はしくしくと泣いていた。
それから二週間経ったけれど何かが起きることもなく、また平凡な毎日に元通り。あの日が特別な夜だっただけで、もともと僕が進むべき人生はこんなもんだって思ったら納得できた。
もう期待することは諦めてしまった。半ば拗ねた子どものように、僕は夢見ることをやめてしまったのだ。
なんとなくいつもより早く家を出て、大学に向かう前にコンビニに寄って店内を物色していれば、流れていた流行りの音楽から店内放送に切り替わる。
「皆さんこんにちは、suiです」
落ち着いた声が誰のものか分かった瞬間、ハッとして固まってしまう。
前に聞いたものとは少し違う、余所行きの声。新作のお菓子に伸ばしかけた手を止めて、聞こえてくる彼の声だけに集中していた。
「この度、記念すべき三十枚目のシングル『stargazer』が五月四日に発売することになりました。いつも応援してくださる皆さんに向けた、僕なりのラブソングです。店頭でもご予約受付中! よかったらたくさん聴いてください。以上、suiでした」
たったの一分にも満たないあっという間の放送。けれど、suiが僕の心を奪うには十分すぎる時間だった。
「はぁ~~」
なんだか力が抜けて、へなへなとその場にしゃがみこむ。顔が熱い。
おかしいな、ファンになっちゃったのかも。ぐと唇を噛み締めて、僕は葛藤しながらレジに向かう。
「すみません、suiのCDを予約したいんですけど……」
バイト先じゃなくてよかった。
そんなことを思いながら、知らない店員さんに向かってそう言っていた。
あなたにおすすめの小説
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
親に虐げられてきたβが、Ωと偽ってαと婚約してしまった話
さるやま
BL
◆瑞希(受け)語り
□アキ(攻め)語り
攻め→→→→←←受け
眞鍋秋人(攻め)
優秀なα。真鍋家の次期当主。本質は狡くて狡猾だが、それを上手く隠して好青年を演じている。瑞希にはアキさんと呼ばれている。
高宮瑞希(受け)
Ωと偽っている平凡なβ。幼少期の経験からか自己肯定感が低く、自分に自信がない。自己犠牲的。
有栖蕾
花の精のように美しいと名高い美少年のΩ。アキさんの元婚約者(と言っても、正式な婚約関係になく、幼少期の口約束程度)であり、アキさんのことをまだ好いている。瑞希のことを秋人の婚約者として紹介され、許せない相手になった。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。