トップアイドルα様は平凡βを運命にする【完】

新羽梅衣

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拠り所

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 「さてさて、春崎さんはと……。ふむ、なるほど」


 内科の先生が書いた書類を見て頷いた先生は、椅子に腰掛けるよう、僕に言った。


 「春崎さんは、十四歳と十七歳の時にバース診断を受けられていますよね?」
 「はい」
 「では、その精度がどれだけ高いか、ご存知ですか?」
 「確か、九十九パーセント?」
 「そうです。医療の進歩もあって、皆さんが学生時代に受けられる診断結果にほとんど間違いはありません」


 この国では、二度のバース診断が義務付けられている。一回目で出た結果からほとんど変わることはないが、念には念をとのことで二回診断すべきとされている。

 そう、だから僕はずっとベータと言い張ってきたのだ。どこにでもいる、平凡で面白味のないただのベータ。それが僕の第二の性だった。

 これまでも、これからも変わることはない。だからこそ、僕は一生に一度の恋を捨てた。

 アルファとベータ。トップアイドルと一般人。格差しかない恋愛なんて、未来がないから。


 「少し項を見てもいいですか?」
 「はい……」


 くるりと椅子を回転させて、先生に背を向ける。少しよれたTシャツの首元を掴んで、そこを露わにされた瞬間、嫌悪感に包まれる。僕が項を見せるべきはこの人じゃないだろ。そう、呼吸を荒くする僕にすぐに気づいた先生はパッと手を離した。


 「これはまた珍しい……」


 そんな独り言をこぼす先生が椅子を戻して、再び先生と向き合う形になる。


 「結論から言いますね」
 「はい」
 「春崎さん、貴方はベータからオメガにバース転換されています」
 「え……」


 開いた口が塞がらない。混乱を極めた頭の中はぐちゃぐちゃで、これは夢なんじゃないかと思ってしまう。

 だって、こんなのって……。嘘だ、そんなわけがない。だって、ずっと、ベータとして生きてきたんだ。今更オメガだって言われて、「はい、そうですか」ってすぐに受け入れられるわけがない。


 「ごく稀にあるんです。特に強いアルファ性を持つ者は、番いたいと思った相手をオメガ性にする力があると、最近の研究結果で分かりました」
 「…………」
 「だから、春崎さん、貴方はちゃんとお相手から愛されているんですよ」
 「……ッ、」


 嗚咽が漏れる。ぼろぼろと溢れる涙が床を濡らしていく。

 先生はそう言うけれど、彼には運命の番がいる。先生の言う通り、たとえ彼が僕に好意を抱いていたとしても、運命には抗えない。オメガになったからといって、捨てられる運命は変わらない。

 ……今更、何も変わらないんだ。
 絶望の淵に立たされた僕の心境を知らず、先生はティッシュを手渡しながら話を続ける。


 「そして、本来の来院理由は突然の体調不良でしたね」
 「…………」
 「話を聞いて判断するに、体調不良の原因は妊娠ですね」
 「そ、んな……」


 ここに新しい生命が宿っているというのか。
 薄い腹を撫でても、何も感じない。全て嘘でしたと言ってくれた方がまだ信じられる。


 「俄には信じ難いですよね。自分の目で見てもらった方が早いので、こちらへお掛けください」


 そう言って示されたのは、内診台。
 困惑したまま、指示通りに動けばすぐにエコー検査が始まる。


 「ほら、こちらを見てください」


 モニターに表示された、白黒の映像。
 確かにそこには小さな小さな生命が存在していて、必死に生きようとしていた。


 「っ、うぅ……」
 「かわいいですね」
 「は、い……」


 涙ながらに頷く。
 かわいい。愛おしい。さっきまで流していた涙とは違う。心の中がほんわりとあたたかくて、優しい気持ちになる。

 彼を失って、僕にはもう何も残されていないと思っていた。生きる意味も希望も失って、存在意義すら分からなくなっていた。

 だけど、この子がいる。
 最愛の人が最後に残してくれた、最高の宝物。
 僕はこの子のためだけに、生きていく。
 
 ……生きなくちゃいけない。
 親をなくす悲しみは、僕が一番理解しているから。まだまだ人として未熟だし、片親になってしまうけれど、誰よりも愛情を注いで頑張るから。


 「……春崎さん、この子を産みますか?」
 「ッはい、産みます。産ませてください……」
 「もちろんです、一緒に頑張りましょう」
 「……お願いします」


 ごめんね、翠。勝手に貴方の子を産むと決めて。
 でも、認知しろとは言わないから。
 貴方から隠れて生きていくから、どうか許して。

 僕の拠り所は、もう、この子しかないのだから。


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