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拠り所
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それまで適当な生活を送っていたのが嘘のように、僕は我が子のために健康第一を心がけるようになった。食が細くなっていたせいで胃が小さくなっているのか、食べることは苦手だけど、これまでろくに栄養を与えられなかった分を取り戻すように、僕は襲い来る吐き気と戦いながら必死に食べた。
必死に、生きようとしている。
全てはこの子のために。
月明かりが照らす中、ベッドに寝転んで母子手帳を掲げる。肌身離さず持ち歩いているそれは、僕にとってお守りのようなものだった。
定期的に訪れる病院でエコー検査をする度、少しずつ成長している様を実際に見るとほっとして涙が溢れた。よかった、このまま何事もなく、すくすくと成長してくれ。心から、そう思う。
まだまだ誕生は先なのに気が急いてしまって、赤ちゃん用の通販サイトを見ることが増えた。この子に不自由な生活はさせたくない。あの茨木さんから貰ったお金じゃなくて、自分が働いたお金で買ってあげたい。そのためには今から少しでも稼がなきゃと、在宅でできる仕事を見つけて働き始めた。
「おはようございます」
「おはよう、今日もいい朝ね」
ある朝ごみ捨てに出た際、隣に住むおばあさんにばったり出会した。初めて自分から挨拶すれば、優しそうな目を細めて話しかけてくる。
「陽くんが元気になってよかったわ」
「……それは、その、ご心配をおかけしました」
「いいのよ、何もできないかもしれないけど、いつでも頼ってちょうだいね」
「えと、あの、実は……」
自分に何かあった時、誰も身寄りがいないこの街で唯一頼れるのは、医者の先生を除くと、この老夫婦しかいないと思った。
どんな反応をされるのかと怯えながらも打ち明けようとすると、何かを察したおばあさんに手を引かれる。
「ちょうど美味しいお饅頭をいただいたところなの。一緒にどうかしら?」
「……はい、お邪魔します」
初めてこの地を踏んだときと同じ、あたたかくてほっとする部屋。眼鏡をかけたおじいさんは窓際の椅子に座って新聞を読んでいたけれど、僕を確認すると腰を上げて急須を取り出した。
「陽くんが家に来るのも久しぶりだなぁ」
「そうなんです、せっかくだからたっぷりおもてなししないと」
「あの、突然来た僕なんかに、そんな良くしてもらわなくて大丈夫です」
「ふふ、おばあさんはね、若い人に構いたくなっちゃう生き物なの。私の我儘のために、受け入れてくれないかしら」
「すみません、そういうことなら……」
「おっと、謝罪はいらないぞ。ほら、熱いから気をつけてな」
あの日と同じように湯気が立つ緑茶。湯呑みを両手で握り締めて、泣くのを耐える。
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