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六章
戻らない夜
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部屋に重く降りた沈黙を、切り裂くようにネアが口を開いた。
「お前、少し向こうの様子を見てこい……」
その言葉に、ティが目を見開く。
「はぁ!?何で私がそんな危険地帯に行かなきゃなんないのよ!?」
声を荒げるティとは裏腹に、ネアは冷静だった。
「ここから、自由に出入り出来るのはお前だけだろ……」
その一言に、みんなの表情がハッとしたような顔に変わる。
確かにティなら、窓から外へ出られることだって出来るし、空を飛べる。だから、城の監視を避けて外の様子を探ることもできる。そのため、父様達を遠目に確認して、戻ってくることだって不可能じゃない。
「そうだな!お前、飛べるもんな!」
バルドも同じ事を思ったようで、その声には縋るような響きがあった。きっと、僕も同じ顔をしていたと思うけど、期待と不安が入り混じった視線を向ける僕達に、ティは一歩引くようにして、必死に首を振った。
「嫌よ!見つかったらどうするの!?アイツ、ただでさえ気配に敏感なのに、今は殺気だってるのよ!?不用意に近付いたりなんてしたら、すぐに気付かれるわよ!!」
(ティが行ってくれたら……はっきりするのに……)
少し危険なお願いだということは分かっているだけに、僕達は何も言えず、ティを見つめる事しかできなかった。けれど、ティはその期待を正面から拒むように、腕を組んで言い切った。
「絶対に行かないからね!」
その言葉で、部屋の中に、また沈黙が戻ってきた。
「少し怒るかもしれないけど……ちゃんと謝れば、父様は許してくれるよ」
父様が静かに怒る姿を何度か見たことがあるけど、声を荒げることはない。怖くないと言えば嘘になるけど、それでも話は聞いてくれるし、理不尽に切り捨てたりはしない。そして、最後には、きちんと許してくれるからこそ言ったのに、次の瞬間、ティが噛みつくように声を荒げた。
「それはアンタに対してだけよ!アイツ、私には容赦ないんだからね!?」
「それは……自業自得じゃないのか……?」
あまりの剣幕に、思わず肩が跳ねるけど、バルドが渋い声でそう言うのも無理はない。
昔、ティが父様に悪戯を仕掛けては失敗し、そのたびに自業自得な目に遭っていたことを、僕たちは知っている。それに、ティが父様を一方的に嫌っているのだということも。だから、ティは怖がって行こうとしてはくれない。すると今度は、ネアがわざとらしく肩をすくめて口を挟んだ。
「つまり……お前は怖いってことでいいな……?」
「はぁっ!?怖いわけないでしょ!」
図星を突かれたからか、即座に言い返すティの声は大きい。けれど、その勢いで言った言葉をネアは見逃さなかった。
「だったら、行けるよな?」
「……っ!」
売り言葉に買い言葉。ネアに乗せられるように言った自分の発言に気付いたように、ティは悔しそうな声を漏らした。
「……うぅ……!こ、怖くなんかないけど……!で、でも!私がいないと、アンタ達が不安でしょ!」
そう言って、ティは僕達を見回した。それは僕達に助けを求めるような視線で、ほんの少しだけ、期待が混じっているのが分かる。僕達も見つかった時の心配はしているけど、行ってほしい”という気持ちが勝ってしまって、誰一人、止める言葉を口に出来なかった。
その沈黙に気まずさが滲み始めた頃、意外にも助け舟を出したのは、ネアだった。
「お前は、森にいることになっているんだろ。だったら、いくらでも言い訳できるじゃないか?」
一瞬、ティの目が見開かれる。
「あ……!確かにそうね!」
さっきまでの怯えが嘘のように、ぱっと表情が明るくなった。
「それなら、大丈夫だ……っ!じゃなくて!最初から大丈夫だったわ!じゃあ、ちょっと行ってくるわね!」
途中で言いかけた言葉を慌てて言い直し、自分が怖がっていた事実を突っ込まれるのが嫌だったのか、勢いに任せるように、ティは窓へと駆け寄った。
そして、そのまま慌ただしく外へ飛び出して行く。その小さな背中が空へ溶けるように消えるのを見送った僕は、ネアに視線を向けて尋ねた。
「本当に大丈夫なの……?」
自分でも情けないくらい小さな声だった。
父様達に今回の話が漏れないよう、ティには“森に行って姿を隠してほしい”と頼んでいた。それだけに、まだ希望があるのかなと思いつつ、どうしても不安は消えなかった。だけど、そんな僕の問いかけに、ネアは一切迷うことなく、即座に言い切った。
「そんなわけないだろ。道を使ってここまで追って来たのなら、当然、アイツが関与していることは知られているに決まってる」
「それ……騙したって言わないか……?」
騙し討ちするみたいに、ティを囮のように使ったことが、バルドとしては、どうしても気に掛かるのだろう。だから、渋い声で言うと、ネアは肩をすくめるだけで答える。
「だが、ああでも言わないと、アイツは絶対に行かなかっただろ」
それは、ティの様子を見ていた誰もが分かっていた事実だった。だからこそ、誰も反論できない。
「それに、もし無事に帰ってくれば向こうの様子が分かるし、見つかったなら見つかったで、向こうにこちらの状況を伝える“伝達役”にもなる」
淡々とした口調で説明するネアは、極めて冷静だった。
「それに……」
後に続けようとした言葉を、ネアは一瞬言葉を区切り、少しだけ目を伏せてから続けた。
「ある程度、怒りの矛先を向けて発散させておけば……向こうの怒りが多少でも収まるかもしれないからな……」
その最後の一言が、ネアの一番の狙いなのだと何となく分かってしまった。
商人の家で育っただけあって、どちらに転んでも困らないように立ち回り、抜け目がない。そして、その判断は、あまりにも的確だった。
(……ネアだけは、敵に回さないでおこう)
どこまで本気なのかは分からないけれど、そう思ってしまう自分がいた。
その日、ティは夜になっても帰ってくることはなかった。
「お前、少し向こうの様子を見てこい……」
その言葉に、ティが目を見開く。
「はぁ!?何で私がそんな危険地帯に行かなきゃなんないのよ!?」
声を荒げるティとは裏腹に、ネアは冷静だった。
「ここから、自由に出入り出来るのはお前だけだろ……」
その一言に、みんなの表情がハッとしたような顔に変わる。
確かにティなら、窓から外へ出られることだって出来るし、空を飛べる。だから、城の監視を避けて外の様子を探ることもできる。そのため、父様達を遠目に確認して、戻ってくることだって不可能じゃない。
「そうだな!お前、飛べるもんな!」
バルドも同じ事を思ったようで、その声には縋るような響きがあった。きっと、僕も同じ顔をしていたと思うけど、期待と不安が入り混じった視線を向ける僕達に、ティは一歩引くようにして、必死に首を振った。
「嫌よ!見つかったらどうするの!?アイツ、ただでさえ気配に敏感なのに、今は殺気だってるのよ!?不用意に近付いたりなんてしたら、すぐに気付かれるわよ!!」
(ティが行ってくれたら……はっきりするのに……)
少し危険なお願いだということは分かっているだけに、僕達は何も言えず、ティを見つめる事しかできなかった。けれど、ティはその期待を正面から拒むように、腕を組んで言い切った。
「絶対に行かないからね!」
その言葉で、部屋の中に、また沈黙が戻ってきた。
「少し怒るかもしれないけど……ちゃんと謝れば、父様は許してくれるよ」
父様が静かに怒る姿を何度か見たことがあるけど、声を荒げることはない。怖くないと言えば嘘になるけど、それでも話は聞いてくれるし、理不尽に切り捨てたりはしない。そして、最後には、きちんと許してくれるからこそ言ったのに、次の瞬間、ティが噛みつくように声を荒げた。
「それはアンタに対してだけよ!アイツ、私には容赦ないんだからね!?」
「それは……自業自得じゃないのか……?」
あまりの剣幕に、思わず肩が跳ねるけど、バルドが渋い声でそう言うのも無理はない。
昔、ティが父様に悪戯を仕掛けては失敗し、そのたびに自業自得な目に遭っていたことを、僕たちは知っている。それに、ティが父様を一方的に嫌っているのだということも。だから、ティは怖がって行こうとしてはくれない。すると今度は、ネアがわざとらしく肩をすくめて口を挟んだ。
「つまり……お前は怖いってことでいいな……?」
「はぁっ!?怖いわけないでしょ!」
図星を突かれたからか、即座に言い返すティの声は大きい。けれど、その勢いで言った言葉をネアは見逃さなかった。
「だったら、行けるよな?」
「……っ!」
売り言葉に買い言葉。ネアに乗せられるように言った自分の発言に気付いたように、ティは悔しそうな声を漏らした。
「……うぅ……!こ、怖くなんかないけど……!で、でも!私がいないと、アンタ達が不安でしょ!」
そう言って、ティは僕達を見回した。それは僕達に助けを求めるような視線で、ほんの少しだけ、期待が混じっているのが分かる。僕達も見つかった時の心配はしているけど、行ってほしい”という気持ちが勝ってしまって、誰一人、止める言葉を口に出来なかった。
その沈黙に気まずさが滲み始めた頃、意外にも助け舟を出したのは、ネアだった。
「お前は、森にいることになっているんだろ。だったら、いくらでも言い訳できるじゃないか?」
一瞬、ティの目が見開かれる。
「あ……!確かにそうね!」
さっきまでの怯えが嘘のように、ぱっと表情が明るくなった。
「それなら、大丈夫だ……っ!じゃなくて!最初から大丈夫だったわ!じゃあ、ちょっと行ってくるわね!」
途中で言いかけた言葉を慌てて言い直し、自分が怖がっていた事実を突っ込まれるのが嫌だったのか、勢いに任せるように、ティは窓へと駆け寄った。
そして、そのまま慌ただしく外へ飛び出して行く。その小さな背中が空へ溶けるように消えるのを見送った僕は、ネアに視線を向けて尋ねた。
「本当に大丈夫なの……?」
自分でも情けないくらい小さな声だった。
父様達に今回の話が漏れないよう、ティには“森に行って姿を隠してほしい”と頼んでいた。それだけに、まだ希望があるのかなと思いつつ、どうしても不安は消えなかった。だけど、そんな僕の問いかけに、ネアは一切迷うことなく、即座に言い切った。
「そんなわけないだろ。道を使ってここまで追って来たのなら、当然、アイツが関与していることは知られているに決まってる」
「それ……騙したって言わないか……?」
騙し討ちするみたいに、ティを囮のように使ったことが、バルドとしては、どうしても気に掛かるのだろう。だから、渋い声で言うと、ネアは肩をすくめるだけで答える。
「だが、ああでも言わないと、アイツは絶対に行かなかっただろ」
それは、ティの様子を見ていた誰もが分かっていた事実だった。だからこそ、誰も反論できない。
「それに、もし無事に帰ってくれば向こうの様子が分かるし、見つかったなら見つかったで、向こうにこちらの状況を伝える“伝達役”にもなる」
淡々とした口調で説明するネアは、極めて冷静だった。
「それに……」
後に続けようとした言葉を、ネアは一瞬言葉を区切り、少しだけ目を伏せてから続けた。
「ある程度、怒りの矛先を向けて発散させておけば……向こうの怒りが多少でも収まるかもしれないからな……」
その最後の一言が、ネアの一番の狙いなのだと何となく分かってしまった。
商人の家で育っただけあって、どちらに転んでも困らないように立ち回り、抜け目がない。そして、その判断は、あまりにも的確だった。
(……ネアだけは、敵に回さないでおこう)
どこまで本気なのかは分からないけれど、そう思ってしまう自分がいた。
その日、ティは夜になっても帰ってくることはなかった。
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