落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ

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六章

来訪者の影

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「昨夜は、よく眠れましたか?」

朝食の席に呼ばれた僕たちへ、王女様が優しい声色で穏やかに問いかけてくる。けれど、父様や兄様にも何も言わず外泊したという事実だけで、胃が縮こまるような気分になり、とても「眠れました」とは言えない。

実際、最初は余裕そうだったネアも、途中から落ち着きを失い、最終的には一睡もしていないようだった。でも、それは皆も同じで、布団の温かさより、罪悪感と不安の方が強かった。

そんな沈んだ空気の中、ただ一人、元気そのものの声が響く。

「ベッドも悪くなかったし、よく眠れたわ!」

昨夜、真っ先に寝入ったティだけは、本当にぐっすり眠れたらしく、晴れやかな表情だった。そんな姿に、僕達はつい横目で睨むような視線を向けてしまったけれど、ティは相変わらず鈍いのか、まったく気づいていない。

(羨ましいというか、なんというか……)

胸の奥で微妙な感情が渦を巻くけど、王女様は僕達の微妙な空気を察したのか、柔らかく苦笑を浮かべた。

「どうやら、眠れたのはティ様だけのようですね……」

その言葉は、きっと気遣いなのだろう。けれど、国の存続に関わる問題へ、一方的に巻き込まれてしまった僕達としては、どうしても胸の奥に小さく刺のような不満がわいてしまう。その空気を察したのか、王女様は申し訳なさそうに目元を伏せて言った。

「ご連絡先を教えて頂ければ、即座に人を向かわせるのですが……?」

声色にも、確かな迷いと後ろめたさが混じっていた。向かうとしても、親から許可なく子供を引き離しているという自覚があるらしい。だからこそ、何とか僕達の不安を和らげるためにも、僕達の両親と連絡を取り、キール達の情報が欲しいのだろう。

「いや……それは……」

バルドは喉を詰まらせる。僕も父様達には連絡を取りたいし、心配をかけていることは嫌というほど分かっている。だけど、本当のことを言って、僕達がアリステリア出身であることや、精霊王と行動を共にすることになった理由を話せば、この国がどう動くか分からない。だからこそ、僕達にとっては、軽率に口を開ける状況ではなかった。

口ごもり黙り込む僕達を見て、王女様は“自分達のせいだ”と思ったらしく、困ったように目尻を下げて言葉を続けた。

「まだ、私達を信用頂けないようですね……。このような事をしているのですから、仕方がないのかもしれませんが……」

自嘲のような、寂しさが混じった声を上げる。けれど、その後で、ぱっと顔を上げ、何かを思いついたように声を弾ませた。

「そうですわ!私と、この街を見て回りませんか!?」

その瞬間、その場の空気が一瞬止まる。

「リリエット様……それは……」

横に控えていたエリオットが、明らかに困ったような声で制止しようとした。

僕達を街に連れ出せば、目を離した隙に逃げられる可能性がある。その心配がエリオットの表情からはっきり読み取れた。しかし王女様は、それすら気に留めないかのように言い返す。

「こちらとしても、少しでも打ち解けていただけるよう、努力いたしませんと」

「ですが……」

エリオットが止めようとするけれど、王女様は正面から受け止め、意志を曲げようとする気はないようだった。そんな時、控えめなノック音が部屋の中に響いた。

「失礼します」

席を外していたダリウスが戻ってきて、食堂へ入るなり、王女様へと何かを耳打ちしていた。その瞬間、王女様の表情がすっと曇る。ただならぬ気配に、僕たちも自然と目線を合わせた。

「何かあったのか?」

バルドが僕達を代表して問いかける。でも、声こそ落ち着いているが、その奥には不安が滲んでいた。

ダリウスは一瞬だけ言葉を探すように口を開きかけ、しかし迷うように閉じ、ゆっくりと王女へ視線を向けた。すると、王女は静かに頷き、それを確認したダリウスは、再びこちらへ視線を戻し、重みを帯びた声で報告を始めた。

「昨夜、王都から少し離れた場所で、高位の魔力が感知されたのです。その後、付近を捜索させたのですが、あたり一帯の木々が、なぎ倒されていたとのことで……」

(高位魔で…なぎ倒された……?)

ダリウスはここでいったん口を止め、“何か心当たりは?”とでも聞きたそうに、僕達を探るような目で見た。けれど、僕達が揃って困惑した顔を見せたら、その反応を見て本当に知らないと判断したのか、ダリウスは続けた。

「街へ侵入した形跡はありません。その点はご安心ください」

「王都に侵入しようとする者であれば、外でこれほど目立つ真似はしないでしょう。それに、我が国には、それほど高位魔法の使いはいないため……あるいは……」

まるでキール達の存在を疑っているかのように、エリオットも何かを言いかけては、再び僕達の様子を探るように言葉を濁した。けれど、いくら見られても知らないものは知らない。僕達が首を横に振ると、エリオットは小さく息をついた。

「リリエット様。相手が分からず、周辺の安全が正式に確認されるまでは、街に出るのはお控え頂いた方がよろしいかと……」

「……そうですか」

もともと、僕たちを外へ連れ出すことには不安があったのだろう。予想外の出来事もあって、王女様は残念そうにしながらも、エリオットの言葉に、素直に頷いていた。けれど、そのやり取りを聞いていたダリウスは、「何の話だ?」と言いたげな視線を二人に向けている。事情を知らないのだから無理もないけど、王女様は何かを悟ったように静かに息をつく。でも、あっさりと提案を下げたことで、まずは僕達に向かって、申し訳なさそうに頭を下げた。

「私から提案したばかりだというのに……約束を守れず申し訳ありません。ですが、城内であればどこでもご自由に見学していただいて結構ですので」

その気遣いは素直にありがたかったけれど、正直、そんな気分ではない。その後、王女様たちは問題の調査へ向かい、食堂を後にした。残された僕達は、とりあえず客間として与えられている部屋へ静かに戻ることにした。

「さっきの件、本当にキール達じゃないよな?」

そう言ったバルドの声には、期待と不安が入り混じっていた。

「どうなんでしょう……。見て回るとは言っていましたが、どこへ行くとは言っていませんでしたからね……」

コンラットは悩むように眉を寄せたけど、確かに、あの三人は行動範囲が読めない。

「でも、周囲を薙ぎ払ったりする……?」

僕が恐る恐る言うと、ティが当然のように言い放った。

「やるわよ?“破壊があっての再生”って言った奴がいたし」

誰のことを言っているのかは知らないけれど、精霊の中には、そういった考えを持つ者もいるようだ。でも、ティの言葉に、ネアだけがはっきり否定した。

「いや……違う……」

「じゃあ、誰だって言うんだ?」

その声音には妙な確信があり、バルドが詰め寄るように問うと、ネアは少しだけ考え込むように沈黙したあと、僕達の方を見た。そして、抑えた声で告げた。

「……お前らの所の奴が、探しに来たんじゃないのか」

その一言で、その場の空気が一瞬で凍った。

「ないない!こんな場所に来れるわけないって!」

「そうだよね!?大人は通れないって言ってたし!」

「当たり前でしょう!それに、アイツ等が道を使えるわけないし!」

バルドの言葉の後に、僕も慌てて否定の言葉を口にしたけれど、ティも一緒になって否定を口にする。

僕達も、本音では父様や兄様に来てほしい気持ちはある。でも、それ以上に、怒られる心の準備が、誰一人として出来ていなかった。バルドは、顔色まで変わっていた。

「もし親父達が来てたなら、とっくに誰かに見つかってるだろ!」

「そうよ!コソコソ隠れる奴じゃないし!それに、あんな目立つ奴らだったら、すぐに見つかっているわ!」

ティが勢いよく言い返すが、一番切実なだけあって、その声には焦りがある。しかし、ネアは静かに現実だけを告げた。

「敵国で、すぐ見つかるようなヘマしないだろ……」

言われてみれば、確かにそうだと、僕達は黙るしかなかった。

「だったら、あんな目立つ魔法使ってる時点で違うでしょ!それに、そこまでの魔法を使ったなら魔力で分かるわ!」

まるで現実そのものを押し返すように、ティが必死に食い下がる。

「ですが…早々に寝ていましたよね…?」

コンラットの静かな言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が再び重く沈んだ。

昨夜、ティは即寝していた。魔力の反応があったとしても気付かなかった可能性はある。だから、僕達の視線が、自然とティへと向く。

「寝、寝てたって気付くわよ!それに、敵国だろうと関係なく、城まで突撃してくる奴よ!アイツは!」

「そ、そうだよな!?違うよな!?」

「そうよ!」

ティの根拠のない断言でも、今のバルドには救いの糸だった。もし本当に父様達が来ていたらと思うと、僕も嬉しいはずなのに、恐ろしくもある。

朝とは違う種類の不安が、じわりと部屋一杯に広がっていき、息苦しいほどに重かった。
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