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一章
何で!!?
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「父様…大丈夫かな…」
森に白い息が落ちる。さっきまで傍にいた温もりが離れた途端、胸の奥が急に心細さでいっぱいになる。でも、さっきの父様は、どこか“静かに怒っている”ように見えた気がした。
「父上には無用の心配だ。それよりも、此処では休めない。移動するぞ」
そんな僕の不安を断ち切るように、兄様が短く告げる。けれど、その声音はいつもより硬く、張り詰めて聞こえた。
「…あの人達はどうするの?」
恐る恐る尋ねると、地面に倒れたまま動かない男達に、兄様は冷ややかな視線を倒れ伏した男たちへ向けた。
「今は運ぶ手段がないからな。だから、ここに残していく。アクアの攻撃を受け、しばらく身動きは出来ないはずだ。だから、町へ戻ってから回収を依頼すればいい……」
淡々と告げる兄様の声には、ここ最近、兄様から感じることがなかった“怖さ”を感じる。でも、悪い人間だと分かっていても、こんな森の中に置き去りにして大丈夫なのかと、僕は自然と見つめてしまう。すると、その視線遮るように、兄様が僅かに動き言った。
「盗賊を見逃せば、他の者に被害が及ぶ。だからこそ、容赦するわけにはいかない。……こうなるのが嫌なら、最初から盗賊にならなければいいだけだ」
兄様は正論を告げながら、僕から隠した男達を後ろ目で見下ろしていた。その横顔はいつものように無表情に近い。けれど、僕が言葉を失って俯いたのに気づいたのか、ほんの一瞬だけ、兄様の眉がわずかに緩んだ。
怒っているでも、呆れているでもなく。ただ、僕の気持ちを察して、強さを少しだけ和らげたような、そんな微かな変化。だけど、それは一瞬のことで、すぐにまた元の表情へ戻ってしまった。でも、その柔らかさは、僕の中にあった怖さを少しだけ軽くした。
そんな時、空から雪が舞い落ちてきた。白い雪片が兄様の銀髪に触れ、淡い光を反射する。その姿は、この状況とは似つかわしくないくらい、どこか現実離れしていて綺麗だった。兄様は、そんな雪を一瞥すると言った。
「…雪も降り出したから急ごう。母上は、リュカと乗りますか?」
それまで、僕達のやり取りを静かに見守っていた母様に、兄様が問い掛ければ、小さな笑みを浮かべながら、静かに首を振った。
「いいえ。今回の事を、ラクスの領主にも報告した方がいいと思うから、私は領主の所に行ってから宿に戻るわ。だから、あなた達は先に宿に行っていて」
「…大丈夫ですか?」
あまり感情を表に出さない兄様が、眉を寄せながら心配を口にする。
「大丈夫よ。私だって、学院の授業で魔物討伐とかにも行ったことがあるのよ。だから、今度は不覚を取らないわ。それに、今はイグニスも一緒だから」
母様告げた言葉に、兄様はキッとした視線をイグニスへと静かに向ける。
「イグニス…分かってるな…?」
その言葉に、少し身を低めて寝そべっていた姿勢から、身体を縦に伸ばし、他は硬直してしまったかのように、首だけを上下に振っていた。
そんな様子に、母様は多少苦笑を漏らしながらも、赤い龍の翼を掴むと、ひらりと飛び乗った。夜の雪の中に赤い龍が映え、母様の茶色の髪がなびき、青い瞳が雪の光を淡く返している。龍に乗るその姿は、普段とは違っていて、どこか勇ましく見えた。
「リュカ。オルフェといればもう安全だから安心して。でも、私達が戻るまで、宿から出ては駄目よ。オルフェも、リュカの事をお願いね」
「…はい」
「イグニスも、町までよろしくね」
僕達に声を掛け終わると、イグニスにも軽く声を掛け、それに返事をするように、短く咆哮を上げると、翼を広げて飛び立っていた。
母様の背を見送りながら、心細い思いをしていると、兄様は小さく息を吐いて、そっと僕へと視線を向けた。
「リュカ…私達も行くぞ。此処は、冷えるうえ、不愉快な者が多い…」
兄様は青い龍。アクアに視線を向け、こちらに来るよう呼ぶと、近寄って来たアクアの背に飛び乗る。すると、手を差し出してくる。
「…捕まれ」
その姿は、物語に出てくるような白馬に乗った王子様みたいだった。でも、その手を取れば、冷たい風の中にあっても、その大きな手は確かに温かくて、空想の存在じゃないと教えてくれる。
そのまま引き上げられると、ふわっと体が浮く。けれど、それは一瞬だけで、すぐに導かれるように兄様の腕の中に収まり、包まれるようにして座らされる。
背中を預けた先には、雪の冷たさとは対照的な、ひどく安心できる温もりがあった。その温もりに、胸の奥で固まっていた不安が、少しずつほどけていく。
「行くぞ…」
短く呟いた言葉を受け、大きな翼がゆっくりと羽ばたく。すると、下に引っ張られるような感覚がした後に、ふわり、と体が浮くような浮遊感が襲う。
高いところが苦手なわけじゃないのに、足がすくむような感覚に恐怖が湧く。でも、兄様の腕の中にいると、徐々に怖さよりも落ち着いて来て、ゆっくりと目を開ければ、一気に視界が開けた。
森を覆うほどの黒の中で、淡く振ってる白い雪。その中を、青い龍が一直線に進む様子は、自分も物語の世界に入り込んだようだった。
(…すごい。それに、空ってこんなに広いんだ)
景色に見入っていると、ふっと、雪が舞う空を飛んでいるのに、全く寒くないことに気付いた。それに、凄く速いのに、不思議と風もほとんど感じない。
「…不思議だなぁ?」
「…どうかしたか?」
声を漏らせば、兄様の声がすぐ後ろから声を返してきた。
「な、何でもない!」
僕が答えれば、兄様はそれ以上追及せず、「そうか」とだけ答えた。僕が怯えていないか兄様なりに、僕の様子を気遣ってくれているのが分かると、胸が暖かくなって、それだけで心が落ち着く。
しばらくすると、遠目に町の灯りらしき物が見え始め、近づくにつれて町の様相も見えて来る。だけど、町の外で降りることなく、町の中にある宿の前へと降り立つ。すると、深夜にも関わらず、多くの町の人達がおり、怯えたような顔で僕達を見ていたので、不安になってしまった。
「兄様…やっぱり、龍に乗ったまま町の中に入るのは、不味かったんじゃ…」
「今さらだ…」
周りからの視線をまったく気にしていないというよりも、むしろ、いつも通りだ。そんな兄様が、ちょっとだけ羨ましい。
宿に入ると、早々に鍵を受け取って部屋へ行くと、その扉を開けた。
「まだ、夜も遅いから休め…」
僕に声を掛けながらも、自分は休む気がないのか、窓辺の椅子に腰掛けると、外を警戒するように視線を向けていた。
「兄様は休まないの…?」
「念のためにな…」
僕の安全のために眠らないつもりなんだと思うと、その事実が嬉しい反面、申し訳なさで胸が痛んだ。
「ごめんなさい…」
「…何で謝る?」
兄様は本気で分からないという顔をしていた。
「…何も役に、立たないから」
そう言った瞬間、兄様の表情が僅かに揺れた気がする。
「リュカには、それを求めていない。だから、今のままでいい…」
兄様は淡々と言うけれど、その言葉の裏に“気遣い”があるのが分かった。僕の胸に、じんわりと温かいものが広がる。だからこそ、今まで聞けなかったことを勇気を出して口にする。
「……兄様は……僕のこと、嫌い……?」
その一言を聞いた瞬間、兄様の肩がびくりと揺れた。普段ほとんど表情を変えない兄様が、はっきりと動揺している。
「はっ!?そんな……。また、誰かに何か言われたのか……?」
最初は驚きの声を漏らすけれど、前の件を思い出したのか、声には怒りの色がわずかに混じっていた。けれど、僕を怯えさせまいとするように、兄様はすぐに迷ったような表情に変わる。怒るべきか、慰めるべきか、どう言葉を選べばいいのか分からず、戸惑っているようだった。
(あの時、怒ってくれなかったと思ってた……)
今の兄様の反応を見る限り、そうじゃなかったんだと分かって、胸が少しあたたかくなった。そんな兄様の姿に背を押されるように、僕は再び勇気を振り絞る。
「ち、違うの。そうじゃなくて……。兄様が、僕のこと……睨むみたいに見てくる時があったから……」
そう告げると、兄様は一瞬きょとんとした後、どこか言い訳を探すような声を漏らした。
「いや……あれは……」
だが、言葉の続きを見つけられないまま、眉間に深いシワを寄せ、珍しく動揺を隠せない様子で黙り込んでしまった。その沈黙が怖くて、僕は兄様の顔を、恐る恐る、そっと窺った。
すると、兄様は何かを覚悟したような顔で、静かに口を開いた。
「……あれは、私の悪いクセだ」
「クセ……?」
「考え事をしていると、無意識に“睨むような目”になるらしくてな。周囲からも、直せとよく言われているんだが……どうにも上手くいかない」
自身の欠点を晒すは嫌なのか、そこで兄様は言葉を切り、どこか気まずそうに視線をそらした。けれど、そのまま逃げるように言葉を濁すのではなく、その場の勢いに任せるように続けた。
「リュカ。この際だから言っておく。……私は、その……大切な弟として……嫌っていない」
何を言われるのかと身構えていた僕は、思いもよらぬ言葉に思わず瞬きをする。不器用過ぎるまえの愛情表現の言葉に、兄様は少し薄暗い部屋でも分かるほど赤くなっていた。
「……なら、僕のこと好き?」
「――っ!」
その問いは、兄様にとってあまりにも難しかったようで、素直に言葉にはできないみたいだったけれど、兄様は顔を赤くしたまま、ほんの僅かに、でも確かに頷いた。
その仕草が嬉しくて、気づけば僕は兄様にぎゅっと抱きついていた。兄様は驚いたように僅かに体をこわばらせたが、すぐに受け止めてくれるように腕を回してくれた。
母様やフェリコ先生が言っていた通り、兄様は不器用だけれど、とても優しい人なのだと思う。そんなことを兄様の腕の中で感じていると、少し照れから立ち直った兄様が、ゆっくりと僕に声をかけてきた。
「リュカ……その……また……ピアノを聞かせてくれないか?」
「兄様、僕のピアノ聞いたことありましたっけ?」
「……書庫で聞いていた」
僕が顔を上げれば、それから顔を隠すように、そっぽを向かれてしまった。けれど、言われてみれば、書庫とピアノの部屋は近かったことを思い出す。
「じゃあ兄様は、僕のピアノ……どう思いましたか?」
「……リュカが弾くピアノは……聞いてて、楽しい」
兄様は目をそらしたまま、それでも今度は素直に言ってくれた。
「本当ですか!? なら、屋敷に戻ったら兄様のために弾きますね!!」
そう言うと、兄様はふとこちらに視線を向け、ほんの僅かに口角を上げながら、僕へと微笑みを返してくれた。普段ほとんど表情を崩さない兄様の笑みは、見慣れないだけに衝撃が大きかった。それに耐えきれなかった僕は、思わず兄様の胸に顔を隠した。
(……恥ずかしい……)
兄様の胸元に視線を落とした時、ふと、兄様の右手が目に入った。
「兄様!右手!怪我してますよ!!」
僕が思わず声を上げると、兄様は何でもないことのように視線を落とした。
「ああ……屋根を壊した時の破片で切れたんだろう。かすり傷だ、問題ない」
そう言うものの、兄様の右手には2~3センチほどの切り傷がしっかり残っていた。血は止まっているけれど、どう見ても“問題ない”とは言い難い。
「ダメです!手を貸してください!!」
僕は兄様の手をそっと掴み、両手で包み込むようにして魔力を込めた。淡い光が兄様の右手を包み、切り傷は瞬く間に塞がっていく。
「僕だってこれくらいは出来るんですよ!!だから、兄様達が怪我しても治せるようになって……今度は僕が助けられるようになります!!」
僕が胸を張ってそう言うと、兄様は一瞬だけ目を見開き、それから静かに頷いた。
「それなら、私はリュカを守れるよう、もっと強くなろう」
まるで騎士の誓いの言葉みたいに、兄様の姿は凛としていて、自然と顔が赤くなる。その直後、兄様の右手が、ぱっ、と強い光を放った。
「えっ……?」
光は一瞬だけ部屋全体を照らし、すぐにすうっと消えていくと、兄様の右手の甲には、召喚獣に刻まれるものと同じ“契約紋”が浮かび上がっていた。頭が真っ白になり、僕は思わず叫び声を上げた。
「なんでーーー!!??」
僕の驚愕だけが、そのまま宿の一室に反響していた。
森に白い息が落ちる。さっきまで傍にいた温もりが離れた途端、胸の奥が急に心細さでいっぱいになる。でも、さっきの父様は、どこか“静かに怒っている”ように見えた気がした。
「父上には無用の心配だ。それよりも、此処では休めない。移動するぞ」
そんな僕の不安を断ち切るように、兄様が短く告げる。けれど、その声音はいつもより硬く、張り詰めて聞こえた。
「…あの人達はどうするの?」
恐る恐る尋ねると、地面に倒れたまま動かない男達に、兄様は冷ややかな視線を倒れ伏した男たちへ向けた。
「今は運ぶ手段がないからな。だから、ここに残していく。アクアの攻撃を受け、しばらく身動きは出来ないはずだ。だから、町へ戻ってから回収を依頼すればいい……」
淡々と告げる兄様の声には、ここ最近、兄様から感じることがなかった“怖さ”を感じる。でも、悪い人間だと分かっていても、こんな森の中に置き去りにして大丈夫なのかと、僕は自然と見つめてしまう。すると、その視線遮るように、兄様が僅かに動き言った。
「盗賊を見逃せば、他の者に被害が及ぶ。だからこそ、容赦するわけにはいかない。……こうなるのが嫌なら、最初から盗賊にならなければいいだけだ」
兄様は正論を告げながら、僕から隠した男達を後ろ目で見下ろしていた。その横顔はいつものように無表情に近い。けれど、僕が言葉を失って俯いたのに気づいたのか、ほんの一瞬だけ、兄様の眉がわずかに緩んだ。
怒っているでも、呆れているでもなく。ただ、僕の気持ちを察して、強さを少しだけ和らげたような、そんな微かな変化。だけど、それは一瞬のことで、すぐにまた元の表情へ戻ってしまった。でも、その柔らかさは、僕の中にあった怖さを少しだけ軽くした。
そんな時、空から雪が舞い落ちてきた。白い雪片が兄様の銀髪に触れ、淡い光を反射する。その姿は、この状況とは似つかわしくないくらい、どこか現実離れしていて綺麗だった。兄様は、そんな雪を一瞥すると言った。
「…雪も降り出したから急ごう。母上は、リュカと乗りますか?」
それまで、僕達のやり取りを静かに見守っていた母様に、兄様が問い掛ければ、小さな笑みを浮かべながら、静かに首を振った。
「いいえ。今回の事を、ラクスの領主にも報告した方がいいと思うから、私は領主の所に行ってから宿に戻るわ。だから、あなた達は先に宿に行っていて」
「…大丈夫ですか?」
あまり感情を表に出さない兄様が、眉を寄せながら心配を口にする。
「大丈夫よ。私だって、学院の授業で魔物討伐とかにも行ったことがあるのよ。だから、今度は不覚を取らないわ。それに、今はイグニスも一緒だから」
母様告げた言葉に、兄様はキッとした視線をイグニスへと静かに向ける。
「イグニス…分かってるな…?」
その言葉に、少し身を低めて寝そべっていた姿勢から、身体を縦に伸ばし、他は硬直してしまったかのように、首だけを上下に振っていた。
そんな様子に、母様は多少苦笑を漏らしながらも、赤い龍の翼を掴むと、ひらりと飛び乗った。夜の雪の中に赤い龍が映え、母様の茶色の髪がなびき、青い瞳が雪の光を淡く返している。龍に乗るその姿は、普段とは違っていて、どこか勇ましく見えた。
「リュカ。オルフェといればもう安全だから安心して。でも、私達が戻るまで、宿から出ては駄目よ。オルフェも、リュカの事をお願いね」
「…はい」
「イグニスも、町までよろしくね」
僕達に声を掛け終わると、イグニスにも軽く声を掛け、それに返事をするように、短く咆哮を上げると、翼を広げて飛び立っていた。
母様の背を見送りながら、心細い思いをしていると、兄様は小さく息を吐いて、そっと僕へと視線を向けた。
「リュカ…私達も行くぞ。此処は、冷えるうえ、不愉快な者が多い…」
兄様は青い龍。アクアに視線を向け、こちらに来るよう呼ぶと、近寄って来たアクアの背に飛び乗る。すると、手を差し出してくる。
「…捕まれ」
その姿は、物語に出てくるような白馬に乗った王子様みたいだった。でも、その手を取れば、冷たい風の中にあっても、その大きな手は確かに温かくて、空想の存在じゃないと教えてくれる。
そのまま引き上げられると、ふわっと体が浮く。けれど、それは一瞬だけで、すぐに導かれるように兄様の腕の中に収まり、包まれるようにして座らされる。
背中を預けた先には、雪の冷たさとは対照的な、ひどく安心できる温もりがあった。その温もりに、胸の奥で固まっていた不安が、少しずつほどけていく。
「行くぞ…」
短く呟いた言葉を受け、大きな翼がゆっくりと羽ばたく。すると、下に引っ張られるような感覚がした後に、ふわり、と体が浮くような浮遊感が襲う。
高いところが苦手なわけじゃないのに、足がすくむような感覚に恐怖が湧く。でも、兄様の腕の中にいると、徐々に怖さよりも落ち着いて来て、ゆっくりと目を開ければ、一気に視界が開けた。
森を覆うほどの黒の中で、淡く振ってる白い雪。その中を、青い龍が一直線に進む様子は、自分も物語の世界に入り込んだようだった。
(…すごい。それに、空ってこんなに広いんだ)
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「…不思議だなぁ?」
「…どうかしたか?」
声を漏らせば、兄様の声がすぐ後ろから声を返してきた。
「な、何でもない!」
僕が答えれば、兄様はそれ以上追及せず、「そうか」とだけ答えた。僕が怯えていないか兄様なりに、僕の様子を気遣ってくれているのが分かると、胸が暖かくなって、それだけで心が落ち着く。
しばらくすると、遠目に町の灯りらしき物が見え始め、近づくにつれて町の様相も見えて来る。だけど、町の外で降りることなく、町の中にある宿の前へと降り立つ。すると、深夜にも関わらず、多くの町の人達がおり、怯えたような顔で僕達を見ていたので、不安になってしまった。
「兄様…やっぱり、龍に乗ったまま町の中に入るのは、不味かったんじゃ…」
「今さらだ…」
周りからの視線をまったく気にしていないというよりも、むしろ、いつも通りだ。そんな兄様が、ちょっとだけ羨ましい。
宿に入ると、早々に鍵を受け取って部屋へ行くと、その扉を開けた。
「まだ、夜も遅いから休め…」
僕に声を掛けながらも、自分は休む気がないのか、窓辺の椅子に腰掛けると、外を警戒するように視線を向けていた。
「兄様は休まないの…?」
「念のためにな…」
僕の安全のために眠らないつもりなんだと思うと、その事実が嬉しい反面、申し訳なさで胸が痛んだ。
「ごめんなさい…」
「…何で謝る?」
兄様は本気で分からないという顔をしていた。
「…何も役に、立たないから」
そう言った瞬間、兄様の表情が僅かに揺れた気がする。
「リュカには、それを求めていない。だから、今のままでいい…」
兄様は淡々と言うけれど、その言葉の裏に“気遣い”があるのが分かった。僕の胸に、じんわりと温かいものが広がる。だからこそ、今まで聞けなかったことを勇気を出して口にする。
「……兄様は……僕のこと、嫌い……?」
その一言を聞いた瞬間、兄様の肩がびくりと揺れた。普段ほとんど表情を変えない兄様が、はっきりと動揺している。
「はっ!?そんな……。また、誰かに何か言われたのか……?」
最初は驚きの声を漏らすけれど、前の件を思い出したのか、声には怒りの色がわずかに混じっていた。けれど、僕を怯えさせまいとするように、兄様はすぐに迷ったような表情に変わる。怒るべきか、慰めるべきか、どう言葉を選べばいいのか分からず、戸惑っているようだった。
(あの時、怒ってくれなかったと思ってた……)
今の兄様の反応を見る限り、そうじゃなかったんだと分かって、胸が少しあたたかくなった。そんな兄様の姿に背を押されるように、僕は再び勇気を振り絞る。
「ち、違うの。そうじゃなくて……。兄様が、僕のこと……睨むみたいに見てくる時があったから……」
そう告げると、兄様は一瞬きょとんとした後、どこか言い訳を探すような声を漏らした。
「いや……あれは……」
だが、言葉の続きを見つけられないまま、眉間に深いシワを寄せ、珍しく動揺を隠せない様子で黙り込んでしまった。その沈黙が怖くて、僕は兄様の顔を、恐る恐る、そっと窺った。
すると、兄様は何かを覚悟したような顔で、静かに口を開いた。
「……あれは、私の悪いクセだ」
「クセ……?」
「考え事をしていると、無意識に“睨むような目”になるらしくてな。周囲からも、直せとよく言われているんだが……どうにも上手くいかない」
自身の欠点を晒すは嫌なのか、そこで兄様は言葉を切り、どこか気まずそうに視線をそらした。けれど、そのまま逃げるように言葉を濁すのではなく、その場の勢いに任せるように続けた。
「リュカ。この際だから言っておく。……私は、その……大切な弟として……嫌っていない」
何を言われるのかと身構えていた僕は、思いもよらぬ言葉に思わず瞬きをする。不器用過ぎるまえの愛情表現の言葉に、兄様は少し薄暗い部屋でも分かるほど赤くなっていた。
「……なら、僕のこと好き?」
「――っ!」
その問いは、兄様にとってあまりにも難しかったようで、素直に言葉にはできないみたいだったけれど、兄様は顔を赤くしたまま、ほんの僅かに、でも確かに頷いた。
その仕草が嬉しくて、気づけば僕は兄様にぎゅっと抱きついていた。兄様は驚いたように僅かに体をこわばらせたが、すぐに受け止めてくれるように腕を回してくれた。
母様やフェリコ先生が言っていた通り、兄様は不器用だけれど、とても優しい人なのだと思う。そんなことを兄様の腕の中で感じていると、少し照れから立ち直った兄様が、ゆっくりと僕に声をかけてきた。
「リュカ……その……また……ピアノを聞かせてくれないか?」
「兄様、僕のピアノ聞いたことありましたっけ?」
「……書庫で聞いていた」
僕が顔を上げれば、それから顔を隠すように、そっぽを向かれてしまった。けれど、言われてみれば、書庫とピアノの部屋は近かったことを思い出す。
「じゃあ兄様は、僕のピアノ……どう思いましたか?」
「……リュカが弾くピアノは……聞いてて、楽しい」
兄様は目をそらしたまま、それでも今度は素直に言ってくれた。
「本当ですか!? なら、屋敷に戻ったら兄様のために弾きますね!!」
そう言うと、兄様はふとこちらに視線を向け、ほんの僅かに口角を上げながら、僕へと微笑みを返してくれた。普段ほとんど表情を崩さない兄様の笑みは、見慣れないだけに衝撃が大きかった。それに耐えきれなかった僕は、思わず兄様の胸に顔を隠した。
(……恥ずかしい……)
兄様の胸元に視線を落とした時、ふと、兄様の右手が目に入った。
「兄様!右手!怪我してますよ!!」
僕が思わず声を上げると、兄様は何でもないことのように視線を落とした。
「ああ……屋根を壊した時の破片で切れたんだろう。かすり傷だ、問題ない」
そう言うものの、兄様の右手には2~3センチほどの切り傷がしっかり残っていた。血は止まっているけれど、どう見ても“問題ない”とは言い難い。
「ダメです!手を貸してください!!」
僕は兄様の手をそっと掴み、両手で包み込むようにして魔力を込めた。淡い光が兄様の右手を包み、切り傷は瞬く間に塞がっていく。
「僕だってこれくらいは出来るんですよ!!だから、兄様達が怪我しても治せるようになって……今度は僕が助けられるようになります!!」
僕が胸を張ってそう言うと、兄様は一瞬だけ目を見開き、それから静かに頷いた。
「それなら、私はリュカを守れるよう、もっと強くなろう」
まるで騎士の誓いの言葉みたいに、兄様の姿は凛としていて、自然と顔が赤くなる。その直後、兄様の右手が、ぱっ、と強い光を放った。
「えっ……?」
光は一瞬だけ部屋全体を照らし、すぐにすうっと消えていくと、兄様の右手の甲には、召喚獣に刻まれるものと同じ“契約紋”が浮かび上がっていた。頭が真っ白になり、僕は思わず叫び声を上げた。
「なんでーーー!!??」
僕の驚愕だけが、そのまま宿の一室に反響していた。
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メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。
努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。
『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』
※別サイトにも掲載しています。
倒した魔物が消えるのは、僕だけのスキルらしいです
桐山じゃろ
ファンタジー
日常のなんでもないタイミングで右眼の色だけ変わってしまうという特異体質のディールは、魔物に止めを刺すだけで魔物の死骸を消してしまえる能力を持っていた。世間では魔物を消せるのは聖女の魔滅魔法のみ。聖女に疎まれてパーティを追い出され、今度は魔滅魔法の使えない聖女とパーティを組むことに。瞳の力は魔物を消すだけではないことを知る頃には、ディールは世界の命運に巻き込まれていた。
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