怪蒐師

うろこ道

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最終話 触穢

2②

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「……同居を始めたのは高校を卒業してすぐだったな」
「はい。法律上、十八歳以上であれば後見人になることができますから」
 間宮は当時を思い出すような遠い目をした。
「事件後に僕が初めて叔父さんに会ったのは、中学を卒業してすぐの時でした。お世話になってる児童養護の職員さんたちの中に親切な人がいましてね。その人が叔父さんの所在を教えてくれたんです。会いに行った動機は、恨みです。当時、僕は家族の怨霊を抱える原因となった叔父を恨んでいたんです」
 間宮は叔父の指先を見つめたまま続けた。
「そこは古くて汚い施設でした。面会室ですでに待っていた叔父は今よりだいぶ正気で、パイプ椅子に座って読書をしていたんです。そこで僕、その本が自分も持っている小説だと気づいたんです。しかも内容を覚えてしまうくらい何度も読み返した話で、びっくりしちゃって。その瞬間――いっせいに僕の中から出て行ったんですよ。八年前に棲み付かれてから一度も離れなかった家族が……」
 間宮はかすかに身を震わせた。
「家族は次々と叔父に覆いかぶさっていきました。その時初めて目にしたんです。真っ黒な塊となった家族の姿を。こんなおぞましいものが自分の中に棲んでいたなんて、衝撃でした。叔父はパイプ椅子から転げ落ち、叫びながら家族を必死に引き剥がそうとしてました。実体がないのに。……その時の恐怖に見開かれた叔父の目を、今でも鮮明に覚えています」
 イスルギは息を飲む。
 間宮の目は何も映っていないように思えた。その脳裏には、当時の情景が描かれているのだろう。
「あまりのことに僕は動けませんでした。もう怖くて怖くて仕方なくて。でも、その一方で、身体はかつてないほどの軽さを感じていました。ああ解放されたんだって、泣きたいほど安堵しました。家族は叔父の元に行ってくれたのだと。思えば今まで僕に憑いていたことがおかしかったんです。自分を殺した犯人に憑くのが道理だもの。なのに――」
 間宮はわずかに目を伏せた。睫毛が瞳に影を落とす。
「——叔父が職員の人に取り押さえられて面会室から連れだされたとたん、家族は僕の中にんです」
 本当にショックでした——と間宮は呟く声で言い、叔父の手をシーツの上にそっとおろした。
「……神主さんが言ってましたが、ああいったものはに縛られているそうですね。それならばと、僕は叔父を引き取ることにしたんです」
 間宮は顔を上げると、叔父を見つめた。
「八年間、僕は自分の中に棲む家族の怨霊と一人きりで向き合っていた。誰かに相談しようにも心的外傷後ストレス障害P  T  S  D  と見做されて即通院になってしまうし、助けてもらうすべもなくて……ずっと孤独でした。でも今は、叔父さんがいる。叔父が家族を引き受けてくれるようになってから、心も体もずいぶんと楽になったんです」
 間宮の眼差しは穏やかだった。だがその目には、現在進行で家族が叔父を襲っている姿が見えているのかと思うと、イスルギにはかえって常軌を逸して見えた。
「つまり——君の家族は、八年の歳月を経て叔父に恨みを果たしているというのか?」
「恨み……というより、母は生前、叔父にすごく執着していたからだと思います」
「執着? お母さんは叔父さんと何か——親密な関係にあったのかね」
 言外に不倫関係にでもあったのかと問うたのだが、興信所によると低俗なゴシップ紙にすらそんな情報はなかった。むしろ評判の仲の良い夫婦とあったはずだ。
 間宮は顔の前で手を振った。
「そうゆう昼ドラとかにありがちなやつじゃないです。母は、叔父に強い執着をもってしまったんですよ」
「壊す?」
 イスルギは思わず問い直す。
 間宮は叔父のもう一方の手を取った。爪切りの刃をあてる。
「そうです。叔父だけじゃない。僕は、母が何人もの人を壊すのを見てきた」
「待て。壊すとは――どうゆうことだ?」
「言葉通りですよ。母は表面上、優しく上品な女性に見えますが、実際は良心がまったく欠如し、他人を苦しめることに罪悪感を持たない人間です。目をつけたおもちゃは決して逃さないし、壊れるまで遊ぶ。そのやり口は、怒鳴ったり、暴力的なことは一切せず、ただ追い詰めるんです。優しく親切な言葉で。一見何気ない態度で」
 間宮は一定の速度で丁寧に爪を切ってゆく。
「そうやって精神的に支配し、鬱や自殺に向かわせるんです。母にとってはそうゆうゲームなんですよ。時には絶対的な味方という立場から、時にはまったくの第三者の立場で、より劇的で面白いシチュエーションを組み立てるんです。そして間接的にターゲットの人間関係を操作し、攻撃する」
 間宮は最後に小指の爪を切ると、ごみ箱を引き寄せた。ストッパーケースの爪をぱらぱらと空ける。
「イスルギさんは僕の家族をと言っていましたが、まともな人間が死後あんなになると思いますか? 母だけじゃない。うちは周囲には幸せを絵に描いたような家族と見られてきましたが、蓋を開ければ異常者の集まりです。父は社会的地位もあり、外では頼りになる人柄を演じてましたが、家では母の操り人形でした。母に従うことに悦びを感じているような変態で、命じられれば倫理に反することも平然とやってのける。そして姉は、母の忠実な兵隊でした」
 間宮は爪切りをプラスチックケースにしまい、かわりに爪やすりを手に取った。
「家族の身辺を調べると、不審死や事故がたくさん出てきますよ。巧妙にバレないようにしていますが。証拠はもちろん残さないし、怨恨等でなくただ楽しむためにやってるから周囲には動機もないように思われる。しかも追い詰められた人が自分が悪いんだと思うように持って行く。だから疑われない。本人すら壊されるまで——もしくは壊れてしまった後でも気づかないほど、緻密に、慎重に、むしばんでゆく」
 淡々と言葉を紡ぎながら、間宮はやはり淡々とした所作で爪先を削ってゆく。
「母は父のこともそうやって支配し、僕にも同じようにしようとした。でも僕は家族が怖くて嫌だったから、友達の家に入り浸ってたんです。幸い、事情を知っても受け入れてくれる友達がいて……」
 そこで間宮は手をとめた。
 ——しょうちゃんか。
 間宮の夢に出てきた、黒ランドセルの少年。おそらく彼のことだろう。
「その子にはぜんぶ知られているのに、母は、彼と彼の家族にだけは手を出さなかった。僕に対する人質のつもりだったんでしょうね。そうやって僕が家族から逃げ回っている間に、母は父の弟である叔父に近づいたんです。僕に当てつけるようにしょっちゅう食事に招いたり、お姉ちゃんのピアノのコンクールに誘ったりもしてました。一人暮らしをしていた叔父を気遣っているていで、家族のように接し始めたんです」
 叔父の爪に視線を落としたまま、間宮はぐっと歯を食いしばった。
「僕は、母が叔父を僕の代わりに支配しようとしていることにすぐに気づきました。イスルギさん、前回うちに来たときに僕が叔父に似てるって言ってたでしょう。母もよく言っていたから」
 母は、しょうちゃんや叔父といった駒を使って、間宮を追い詰めていったのだろう。
 イスルギには、家族――というか母が、自分を殺した叔父でなく間宮にとり憑いた理由がわかる気がした。生前、逃げてばかりで息子に、できなかったことをやっているのだ。
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