羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい

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8章:交際スタート

8-1

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―――俺はみゆを離さない、離す気もない。

 ずっと、先輩の低い声が耳の奥に残ってる。
 先輩、それってどういう意味……?




 ふに、と唇に柔らかい感触がした。
 そのうち、唇をこじ開けられて、中にぬるりとした何かが入り込む。夢かと思いまた眠りに入りそうになったけど、やけにグニグニと遠慮なく口内を動き回るそれに息ができなくなって、慌てて目を開けると、目の前に羽柴先輩がいた。

「んんんんんんんんんんーーーーーーーーー‼‼!?」

 意味が分からずに混乱して、目の前の羽柴先輩の胸元を殴ると、名残惜しそうに先ほどまで自由に動き回っていた先輩の舌と唇が離れる。
 それを見て、私は先輩を睨みつけると、

「朝から何で先輩がここにいて、朝っぱらから何勝手にキスしてんですかぁああああ!」

と叫ぶ。私の記憶が確かであれば、今日は月曜日の朝。ここは私と父の住む家だ。

 先輩は私が怒っていることは全く気にもせず、にこりと笑うと、「おはよう、みゆ」と私の頭を遠慮なく撫でた。私は思わず、その手をパシン、と払いのける。



「強制わいせつと不法侵入で訴えますよ!」
「だから訴えても無駄だって。しかも今日から鯉たちの世話しに来てるだけから」
「鯉の世話係って、まさか先輩⁉」
「そうだよ、言ってなかったっけ」

「お父さん! お父さん⁉」

 私は慌ててベッドから抜け出すと、家の中に父の姿を探した。
 まさか父がいれば、こんな男の侵入を許すはずがない……そう思ったのだけど。


 キッチンにいたのは、いつも通り花柄のエプロンをして卵焼きを焼く父。
 父は楽しそうに笑うと、おはよう、と言った。

「ちょっと鯉の世話係が先輩ってどういうこと? いや、そもそも私の部屋に勝手に先輩をいれないでよ!」

 そんなことを叫んでいる時に後ろから先輩がやってくる。
 父はまた笑うと、

「お世話係なんて小学校の頃を思い出すよねぇ」
と言い出す。それに先輩は、

「あ、俺はウサギの世話係してました」
「僕もだよ、奇遇だね」

「何、ほのぼの家族みたいな会話してるのよ!」

 私はテーブルをバシンとたたく。完全に怒りに打ち震えていた。

 嫁入り前の娘の部屋に非常に危険な男を入れた父も父だ……。しかも父は刑事で危機管理能力は誰よりもあるはずなのに! 何考えてんのよ!

 それに先輩も先輩だ。何の許可もなしに、勝手に朝からあんなバカみたいに濃厚なキスするなんて考えられない!

 少なくとも今までは、私がいいって言うまで、なにもしてこなかったはずだ。

(なのに、どうして……⁉)


 先輩は、怒る私に向かって、
「ほら、早く着替えないと遅刻じゃない?」
と悠々と言う。時計に目を向けると、いつもの起床時間を30分すぎていた。

「って、なんで目覚ましならなかったの⁉」
「俺が止めた」

 先輩が言う。

「はぁ⁉ なんで?」
「気持ちよさそうに寝てたし、ほら目覚ましより目覚めのキスの方が目覚めよさそうだから」
「いいわけあるかぁ!」

 そう言いながら慌てて部屋に戻ると、すぐに着替えて、リビングに走る。

 おかずの既に置かれたテーブルに座ると、
「はい、ごはん」
と白米の入った茶碗が先輩から手渡された。

「ありがとうございます」

 そのままご飯をかき込むように食べ、おかずに手を付ける……ところでおかしなことに気づく。


「……って、なんで先輩が普通に朝食を渡してくるんですかーーーーー⁉」

 そう。先輩はいつの間にか、新妻のように我が家になじんでいる。
 ってなにやってんだ! あなたの仕事は『鯉の世話』だけでしょうが!



 私が怒っているというのに、なぜか突然、先輩は私の頬を右手で触る。
 その手の熱にあの夜のことを思い出して、ビクンと身体が跳ねると、先輩は満足そうに笑った。

 私は黙り込む。
 やめて、もう思い出させないで。なんだか、落ち着かないしおかしくなりそうでいやだった。泣きそうになると、先輩は私の頬から手を離して、
「ほら、ご飯粒ついてた」
と私にご飯粒を見せると、それをパクリと自分の口に入れた。


「~~~~~~~~‼」

 キッチンから、僕もそういう時期あったなぁ、と父の懐かしむような声が聞こえる。

(お父さんにもしっかり見えてるし!)

 なに、これ。これ、何の罰ゲーム?
 私が言葉に詰まっていると、先輩はまた楽しそうに笑った。



 いたたまれなくなった私は立ち上がり、そのまま無言で出勤の用意を進めて、
「行ってきます!」
と玄関に向かう。玄関先まで先輩もやってきて、

「みゆ、一緒に……」
「遅刻しても一緒には行きません!」

 私は先輩の言葉をぴしりと遮ると、じゃ、と行こうとする。
 そんな私の手を先輩は強引に引っ張った。

「じゃ、これだけいい」

 そう言われて、またキスをされる。思わず抵抗しても、まったく聞き入れてくれず、そのまま長く深いキスをされた。
 頭がゆだるような熱いキスに意識が飛びそうになった時、やっと先輩の唇が離れる。先輩は、甘いとろけるような目で、こちらを見ていた。

「な、な……!」

 私はもう言葉にならない声しか出ない。
 先輩はにこりと笑うと、行ってらっしゃい、と微笑んだ。

「くっ……!」

 泣きそうになった私は言ってきますとも言わず、そのまま走り出す。

 あの朝、身体を重ねた日の朝、絶対恥ずかしくて今後先輩と顔を合わせられない、と思っていたけど、あれから半強制的に毎日のように先輩と顔を合わせることになっている。


(なんだ、なんなんだーーーーーー! 一人で恥ずかしがる暇すら与えてくれないのか!)


 叫びだしたい気持ちを抑えて私はバス停まで全速力で走った。

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