羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい

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8章:交際スタート

8-2

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 会社に行ってみると、昼休み、宮坂さんランチに誘われた。ちょうど今日はお弁当を持ってき忘れたのでよかったが……。

 一緒に会社の食堂に行くと、初めて来た食堂は明るく、人数も多い。メニューも10種類以上あって豊富だ。さすが大企業だと感心してしまう。そもそも、前の会社は食堂なんてなかったし、今までは自席でのボッチ飯だったので食堂のなにもかもが新鮮だった。

 宮坂さんと同じ日替わり定食を頼んで、定食の載ったトレーを持って一緒に席に着く。


「で、どうだったの?」

 席に座った途端、宮坂さんは言う。
 思い当たるところはないこともないが、私は、
「……な、何のことですか?」
と聞いてみた。

 すると宮坂さんは確信を持った顔で、

「羽柴先生としたんでしょ」
「み、宮坂さん、エスパーか何かですか……」

 私が泣きそうになって返すと、宮坂さんはスマホを私に見せた。

「彼から『今日、とんでもなく羽柴先生の機嫌がいい』ってメール来てたから」

 見せてもらった新田先生からのメールには確かにそんなことが書いてある。

「……先輩め!」

 なによ! なに⁉ 機嫌がいいって!
 みんながわかるほど機嫌がいいって何なのよ!

 恥ずかしい。すごく恥ずかしい! バレバレすぎる。
 そんなことで先輩は本当に有能な弁護士なのだろうか。私は絶対に先輩なんかに弁護を依頼しないぞ! とにかく、今すぐどこかの穴に逃げ込みたい気持ちになった。



 私が泣きそうな顔になっていると、宮坂さんは呆れたように息を吐く。

「何、その反応。普通、もっと喜ぶでしょう。それとも羽柴先生、意外にドヘタだったの?」
「ぶっ……!」

 落ち着こうと思って飲んだお茶を吹き出す。
 すると、もう、と怒ったように宮坂さんはハンカチを出してくれた。申し訳ないけど、そもそもこれ、ほんとに私が悪い案件ですかね?

「下手とか上手とかわかるわけないですよ」
「どう感じたかだけでしょう。気持ちよくなかったわけ?」
「それは……」


 あの夜を一瞬で思い出してしまって、真っ赤になって黙り込んで下を向くと、宮坂さんはニヤリと笑った。

「その反応でわかったわ。先生、さすがね」
「ちょ、それ……やめてくださいぃいいい……」

 高校の時もこの手の話題がなかったことはなかったが、まさか自分が当事者になるとは思ってもなかった。新手のセクハラだ。これだから女子の昼の会話ってやつは油断ならない……!

 そう思って泣きそうになっていると、
「いいじゃない。相手、羽柴先生なんだし。先生も嬉しそうだし」
と宮坂さんはあっさりと言う。


(だから問題なんですよぅ……)

 私はお箸の先を見つめると、
「先輩はモテるし、機嫌いいとか……外でそういう態度されるのも困ります」
 だって私はやっぱり他の人には、できるだけ羽柴先輩とのこと、知られたくないから……。

「面倒な子ね!」
「どう考えても恥ずかしいですよ! なんでそんな平気で恥ずかしいこと言ってくるんですか……!」

 私が泣きそうになっていると、宮坂さんは笑う。

「恋愛するのって別に恥ずかしい事じゃないわよ」
 そして続けた。「しかも両思いになるなんて本当に奇跡みたいなもんだと思うしね」



「奇跡?」
 私が聞くと、宮坂さんは自嘲気味に笑って話しだす。

「私の恋は今まで私が一方的に好きになって、告白して付き合ってきたの」
「そ、そうなんですか……」
「でも強引にグイグイいってたから、完全片思い。早々にあっちに浮気されて終わる感じでさ」

 私自身、自分から素直に行ける人にあこがれもあるけど、宮坂さんは宮坂さんで苦労していたらしい。
 宮坂さんはきれいだし、恋愛面に関しては特に苦労したこともなかったのかと思ってた。それぞれ恋愛で抱える悩みは違うようだ。


「だから、絶対に次は『私を』好きになった人にしようと思ってたの。ちょうど4人目の彼に浮気されて別れた直後に、新田先生が一目ぼれしたって言ってくれてすぐに付き合おうって決意したけど」

(あの時、そんな直後だったんですか!)
 そんなことは微塵も感じさせなかった宮坂さんってすごいと思う。


「でも今は、思った以上にまた私のほうが新田先生にハマってるかも……」

 そう言って宮坂さんは顔を赤らめた。私はそれを見て思わず、

「宮坂さん、かわいいです」
「……あなたはもっとかわいくなった方がいいわね」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味よ」

 宮坂さんと二人目が合うと、クスクスと笑う。こういう話題は恥ずかしいけど、でも、これはこれで悪くないように思えた。

 宮坂さんは笑い終えると、
「せめて、先生と二人の時くらい素直になればいいじゃない。付き合うことになったんでしょ」
と言った。


「そもそも私たち、付き合うことになったんでしょうか……?」
「え……そこから?」

 私は意を決して宮坂さんに話し出す。

「それもよくわからないのに、先輩があれから……今までと違って私もちょっと戸惑ってるんです」
「え?」
「今までは、絶対に私がいいって言うまでは、何もしてこなかったんですけど」
「……まるで忠犬みたいね」

 たしかに。
 でも、今は……ちょっと違う。

「でもあれから……なんていうか、どんどん強引になってきて……」
「それが嫌なの?」

 宮坂さんが聞く。私は小さく首を横に振った。


「戸惑いますけど、でも嫌って思ってない自分がもっと嫌と言うか。でもそんなことを認めると、どんどん平穏じゃない方向に流されるのが怖いと言うか……」


 平穏な、平凡な日常が崩れていくのが怖かっただけなのかもしれない。

 あれから先輩のせいで、すでに毎日、平穏ではない日々だ。ダイヤの指輪とか、マンションとか、果ては、池と鯉。しかも世話係が自分って……。そんなことを思い出し、思わず吹き出しそうになった。

 そんな私を見て、宮坂さんは呆れたように笑う。

「なんだ、結局のろけてるだけじゃん」
「のろけてませんって!」

 断じてのろけてなどない。と思う。でもたしかにちょっとのろけた?
 そう思うと、非常に恥ずかしくなった。


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