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7 ユリス・エルマン
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川を見つけ水筒に水を入れて、俺は順調に進んだ。
途中何人か抜かしたし、前方で信号弾が何発か上がっているのを確認したので、1位になれなくとも、そう悪い順位じゃないだろう。
だけど道のりも半分を過ぎてあともう少しでゴールできそうというタイミングで事態は急変した。途中で雨が振り出し、突然土砂降りになった。
前も見えないほどの土砂降りは疲労を蓄積させて行手を阻む。
『……ぃ。ぉーぃ』
遠くの方で誰かが人を呼ぶ声が聞こえた。
雨音でほとんど聞こえないが、そうじゃなくてもひどく弱々しい声だった。
その声の方に進むと木のくぼみにボロボロの生徒がいた。
確か男爵家出身で同じクラスのユリス・エルマンだ。
足を怪我しているらしくズボンに血が染みている。
「おい、大丈夫か」
頬をペチペチと叩くとうっすらと目を開けた。
「あ……よかった……信号弾、この雨じゃ上がらなくて」
「血、だいぶ出てるな。止血するぞ」
持っていた着替えのシャツを引きちぎってユリスの足の根本を縛ってやると呻き声を上げた。
俺は自分の来ていた軍服の上着をそいつにかけてから、低い位置に葉が密集した木の枝を寄せて紐で括り雨除けを作った。
1人は寝転がっても大丈夫なくらいのスペースができ、そこにユリスを寝かせると少し荒い息をしていた。初日に集めた薬草の中から痛みに効く薬草を取り出してユリスの口の中に突っ込むと、苦すぎて吐こうとしたので口を押さた。なんとか飲み込ませてから、俺は火起こしに取り掛かった。
かろうじて荷物に濡れずに入っていたロープを割いてそこに火をつけてから手持ちの薬草などの乾燥したものを突っ込み、随分と苦労してやっと火が朦々と燃え上がり始めた。
暖かくなったからか、ユリスの顔も心なしか落ち着いているようだ。
俺は鍋に水を入れて熊で作った干し肉を柔らかく煮てユリスに食わした。
「う……しょっぱい」
「我慢しろ。干し肉作るとき塩しか持ってなかったんだ」
「ぅぅ……ありがとう」
「ああ」
火の番をしながらユリスの様子を見て、朝になる頃には荒い息も収まっていた。
雨も小雨になったので俺はユリスをおぶってゴールを目指すことにした。
「そんな……僕はいいよ。教官の助けが来るまでここで待つから」
「ここで待ってても来ねえよ。ゴールももう近いだろうから俺が連れて行ったほうが早い」
「でも」
「俺の見てねぇところで弱ってる分には知らねぇけど目の前の弱ってる奴は助けなきゃ気が済まないんだよ」
有無を言わさず背中に担ぐと、ユリスは諦めたのか大人しく俺の首に手を回した。
「ジル、だったよね。ありがとう」
「ああ」
「ジルはエドガー教官が好きって言ってたよね。突然好きだって叫んだ時はびっくりしたな。そんなに好きなの?」
「好きだよ」
「恋愛的な意味で?」
「ああ」
「そっか……僕、応援するよ」
「そうか。ありがとな」
歩いている間、ユリスとそんな他愛ない話をした。
だいぶ遅れを取ったので最悪俺たちがビリかもなと思っていると、目視できる範囲にゴールで待っているエドガー教官が見えた。
エドガー教官はこちらに気が付き走って近づいてきた。
「無事か!」
教官は焦ったようにそう言った。
「俺は無事ですが、ユリスは足を怪我してます」
「そうか。ユリス、大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
ユリスがそう答えると教官は一応は安心した顔をした。
だが、顔はまだ緊張したままだ。
「あの、どうかされたんですか? もしかして俺たち待ちだったとか……?」
遅かったと言っても今日は2週間の期限の最終日だし俺たち待ちになるほど、遅かったつもりはない。
「いや、ジル。お前が1位だよ。他はまだゴールしていない」
「え」
「これから捜索に行くところだ。他の教官はもうすでに捜索に出発している。ここは雨が滅多に降らない地域なのだが、予定外の土砂降りで信号弾が使い物にならなかったらしい。俺たち教官の責任だ。申し訳なかった」
「いえ、俺は無事ですから。あ、俺も捜索手伝います」
「だめだ訓練兵には任せられない」
「お願いです。俺も行かせてください」
1歩も引かないつもりで引き下がると、エドガー隊長はそれを察したのか1つ大きなため息をついて「分かった。勝手にしろ」と先を歩き出した。
俺が保健医にユリスを預けてから急いでその後を追うと、隊長は森の入り口で俺を待っていてくれた。
途中何人か抜かしたし、前方で信号弾が何発か上がっているのを確認したので、1位になれなくとも、そう悪い順位じゃないだろう。
だけど道のりも半分を過ぎてあともう少しでゴールできそうというタイミングで事態は急変した。途中で雨が振り出し、突然土砂降りになった。
前も見えないほどの土砂降りは疲労を蓄積させて行手を阻む。
『……ぃ。ぉーぃ』
遠くの方で誰かが人を呼ぶ声が聞こえた。
雨音でほとんど聞こえないが、そうじゃなくてもひどく弱々しい声だった。
その声の方に進むと木のくぼみにボロボロの生徒がいた。
確か男爵家出身で同じクラスのユリス・エルマンだ。
足を怪我しているらしくズボンに血が染みている。
「おい、大丈夫か」
頬をペチペチと叩くとうっすらと目を開けた。
「あ……よかった……信号弾、この雨じゃ上がらなくて」
「血、だいぶ出てるな。止血するぞ」
持っていた着替えのシャツを引きちぎってユリスの足の根本を縛ってやると呻き声を上げた。
俺は自分の来ていた軍服の上着をそいつにかけてから、低い位置に葉が密集した木の枝を寄せて紐で括り雨除けを作った。
1人は寝転がっても大丈夫なくらいのスペースができ、そこにユリスを寝かせると少し荒い息をしていた。初日に集めた薬草の中から痛みに効く薬草を取り出してユリスの口の中に突っ込むと、苦すぎて吐こうとしたので口を押さた。なんとか飲み込ませてから、俺は火起こしに取り掛かった。
かろうじて荷物に濡れずに入っていたロープを割いてそこに火をつけてから手持ちの薬草などの乾燥したものを突っ込み、随分と苦労してやっと火が朦々と燃え上がり始めた。
暖かくなったからか、ユリスの顔も心なしか落ち着いているようだ。
俺は鍋に水を入れて熊で作った干し肉を柔らかく煮てユリスに食わした。
「う……しょっぱい」
「我慢しろ。干し肉作るとき塩しか持ってなかったんだ」
「ぅぅ……ありがとう」
「ああ」
火の番をしながらユリスの様子を見て、朝になる頃には荒い息も収まっていた。
雨も小雨になったので俺はユリスをおぶってゴールを目指すことにした。
「そんな……僕はいいよ。教官の助けが来るまでここで待つから」
「ここで待ってても来ねえよ。ゴールももう近いだろうから俺が連れて行ったほうが早い」
「でも」
「俺の見てねぇところで弱ってる分には知らねぇけど目の前の弱ってる奴は助けなきゃ気が済まないんだよ」
有無を言わさず背中に担ぐと、ユリスは諦めたのか大人しく俺の首に手を回した。
「ジル、だったよね。ありがとう」
「ああ」
「ジルはエドガー教官が好きって言ってたよね。突然好きだって叫んだ時はびっくりしたな。そんなに好きなの?」
「好きだよ」
「恋愛的な意味で?」
「ああ」
「そっか……僕、応援するよ」
「そうか。ありがとな」
歩いている間、ユリスとそんな他愛ない話をした。
だいぶ遅れを取ったので最悪俺たちがビリかもなと思っていると、目視できる範囲にゴールで待っているエドガー教官が見えた。
エドガー教官はこちらに気が付き走って近づいてきた。
「無事か!」
教官は焦ったようにそう言った。
「俺は無事ですが、ユリスは足を怪我してます」
「そうか。ユリス、大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
ユリスがそう答えると教官は一応は安心した顔をした。
だが、顔はまだ緊張したままだ。
「あの、どうかされたんですか? もしかして俺たち待ちだったとか……?」
遅かったと言っても今日は2週間の期限の最終日だし俺たち待ちになるほど、遅かったつもりはない。
「いや、ジル。お前が1位だよ。他はまだゴールしていない」
「え」
「これから捜索に行くところだ。他の教官はもうすでに捜索に出発している。ここは雨が滅多に降らない地域なのだが、予定外の土砂降りで信号弾が使い物にならなかったらしい。俺たち教官の責任だ。申し訳なかった」
「いえ、俺は無事ですから。あ、俺も捜索手伝います」
「だめだ訓練兵には任せられない」
「お願いです。俺も行かせてください」
1歩も引かないつもりで引き下がると、エドガー隊長はそれを察したのか1つ大きなため息をついて「分かった。勝手にしろ」と先を歩き出した。
俺が保健医にユリスを預けてから急いでその後を追うと、隊長は森の入り口で俺を待っていてくれた。
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