僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう

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春樹到来

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風呂から上がって迅英さんは僕のことを丁寧に拭いてくれて、膝に手を差し込んで抱き抱えられた。
これも最近のいつものパターンで、迅英さんは僕を迅英さんのベットに運んでそのまま抱きかかえて眠ってしまう。
迅英さんは僕のことを1人で生きられない体にするつもりだろうか、と最近常々思う。
このぬるま湯のように心地いい空間にずっと居たい。好きな人に愛されているみたいな感覚をずっと感じていたい。
だけどそんな僕の浅ましい考えを嘲笑うかのように突然の終わりがやってきた。

「おいっ」

僕がバイトに向かおうと家を出た時に小柄で、見るからにΩの男の子から声をかけられた。

「ん? あ、何でしょうか」
「えっと、俺、春樹っていうんだけど」
「あぁ。そっか……君が」

終わりが来てしまった。

「お前と結婚する時に、迅からお前に話したと思うんだけどさ、俺、昨日海外から帰ってきたからそろそろ離婚してくんねぇ?」
「分かりました」
「は?」

僕が即答したからか春樹くんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

「実はもう離婚届には記入してあるんです。あとは、迅英さんに渡すだけですので、春樹くんから渡しておいてもらえますか?」

僕は荷物の中から、いつこの時が来てもいいように準備しておいた記入済みの離婚届を春樹くんに渡した。
春樹くんはそれを受け取って呆然としたように呟いた。

「お前、迅が好きじゃなかったのか?」
「僕が迅英さんを好きだったとして、それが何の関係があるんですか?」
「関係って……」
「だってそうでしょう。僕が迅英さんを好きだとしても、彼はそうじゃない。ここで迅英さんにすがったりして、うざがられたり、気持ち悪いと思われるほうが、僕には辛い。ああ、それとも、ここで騒ぎでも起こすつもりでしたか。かわいそうな春樹くん」
「なに?」
「幼い頃、暴漢に襲われた君を助けてくれた人たちを亡くしたんでしょう? それで、君は心に傷をおっていて、守らなきゃいけない存在なんだって聞きましたよ」
「迅、そんなこと言ってたのか?」

春樹くんの頬が嬉しそうに赤く染まった。

「君は助けてくれた人たちを亡くしたことを利用しているだけだ」
「っなに!? お前! よくもそんなことが言えるな!!!」

春樹くんの顔がみるみると怒りに染まった。

「だってそうでしょう。君はうちに線香の一本もあげに来たことはないのに」
「は……何言ってんだよ」
「春樹くんのことを助けて死んだ人たちは、僕の両親だ」
「は……?」
「僕の旧姓は篠原だよ。それとも、助けた人たちの苗字すら知らない?」

「そんなの嘘だ! お前があの人たちの子供なわけない!!」
「君が信じなくても構わない。僕はこれから荷物をまとめないといけないから失礼していいかな」
「待てよっ!」
「なに?」
「αに捨てられたΩは悲惨だぞ! あの人たちの息子だなんて嘘つくからそんな人生を歩むことになるんだ!!」
「君は何を言ってるの? 迅英さんは君のどこを見て好きになったんだろう」
「はぁ!? うざいよお前!! 何なんだよ!!」
「家の前で大声出さないで欲しいんだけど」

「おーほっ、春樹くんじゃーん!! また相手してよ!」

春樹に道の反対側から声がかかった。
男性5人のグループで他の人たちも俺も俺もと騒いでいる。

「なに、言ってんだよ。またって何だよ」

春樹は明らかに動揺したように男たちと僕とを交互に見やった。

「ううっ」

口を押さえて春樹が蹲った。

「うぉーい! 妊娠かー?」

男たちはゲラゲラと笑いながらこちらを見ている。
僕は蹲った春樹の背中をさすりながら小声で聞いた。

「妊娠、してるの?」

しばらく止まった春樹がコクコクとうなずいた。

「そうか……。迅英さんの子?」

またコクコクとうなずく。

そうか。


そうか……。


じゃあ守らないといけないか。
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