僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう

文字の大きさ
8 / 27

あの薬

しおりを挟む
「おい、いつまで蹲ってんの?」

男たちは僕たちの近くまで来ていた。

「春樹くん、家の中に入っていて」
「えっ、でも」

春樹くんは蹲ったまま戸惑ったように僕を見た。

「いいから」

僕はそう言って家の鍵を渡して春樹くんの背中を軽く押した。

「なんなの、君。俺らは春樹くんに用があるんですけどぉ~」

ゲラゲラと笑い声が不快に感じる。

「彼はあなたたちに用は無さそうでしたけど」
「はぁ~? そんなの聞いてみなきゃ分かんないじゃん。おーい、春樹く~ん。出ておいでよ~」

家の中に入った春樹くんに向かって大声をあげる男たちに不快さが増した。
彼らを見る限り、αじゃないことは分かる。
ただΩの僕からすればβにも普通に力は叶わないのでこれからどう切り抜ければいいのかと考える。

隙をついて走って逃げる?
いや、足も彼らより速い自身はない。
大声を上げて助けを呼ぶ?
いやΩを助けようと思う人はなかなかいない。
考えても逃げる方法は思いつかないし、とりあえず穏便に帰ってもらえないだろうか。

「あの、今日のところは帰っていただけませんか」

僕がそう言うと男たちはまたゲラゲラと笑った。

「何言ってんの。俺たちもうやる気満々だし~」
「それとも君が相手してくれんの? 俺たちは別に君でもいいけど。可愛いしね~」
「Ωなんだからヤるために生まれてきてんだし、君も本望でしょ?」


下卑た笑い声に吐き気がする。
こんな奴らにも叶うことのない自分の力の弱さにもうんざりした。
僕がΩだからいけないのか。
僕がΩだから。Ωじゃなくなれば。

僕は無意識に胸元に手を伸ばす。
胸ポケットには祖父に盛られていた薬が入っている。
αの匂いが分からなくなり、αに対して自分から不愉快な匂いを発するようになる薬。
分かってる。
こんなのを飲んだところで何の解決にもならない。
だって彼らはβだ。
分かってるのに、僕は今この薬を飲みたくて仕方なくなってる。
自分がΩであることが嫌で仕方がない。
だって、だって、僕がΩじゃなければ、迅英さんのことを好きになることなんて無かったかもしれない。そしたら、迅英さんと結婚することも、捨てられることも無かったかもしれない。
迅英さんに好かれることを夢見ることも無かったかもしれない。

「何やってんの~? それ飲んだらなに?」
「感度でもあがんの?」
「やる気満々じゃん! さすがΩ!」

男たちはいまだに騒いでいる。
だけど僕には雑音に感じて何も理解できなかった。
ただ手に持った薬を見つめて。
僕は震える指で薬のパッケージを開けて、それを口に入れようとした。


パシ

口に薬が入りそうになる瞬間、手を掴まれて止められた。
手の先を辿って止めた人物を見て驚いた。

「迅英さん……なんで」

迅英さんは僕より先に仕事に出たはずだ。

「近所の人が電話してくれて駆けつけたんだ」
「そう、ですか……」

迅英さんは僕を抱き寄せて、男たちに向かってうせろと言った。
迅英さんの胸元にくっついた耳から低い響きが伝わってきて心地よく感じた。

「はぁ? 今から俺らその子とヤるんですけど、邪魔しないでもらえませんか?」

男たちの中の1人が迅英さんに負けじと言い返した。

「この子は私の妻だ! 手を出したら殺すぞ」
「妻ぁ? へぇ~。まぁいいや。じゃあ一晩貸してよ」
「お前は頭がいかれているのか。それともぶっ殺されたいのか、どっちなんだ?」

迅英さんは静かに聞いた。
だが男が何か答える前に迅英さんは僕を一旦離してその男をぶん殴った。
男の股間を蹴り上げて呻き声を上げて逃げようとする男を殴り続ける迅英さんを見て、他の男たちは逃げていった。

「迅英さん! もうやめてください! その人死んじゃいますよ!」

迅英さんは我を忘れて殴りまくっていて僕の言葉は全然耳に入っていないようだ。
僕は必死に迅英さんの腕にしがみついて止めてやっと迅英さんはこちらを見た。

「菜月、くん……すまない」

迅英さんはうなだれて言葉を発しなくなった。
僕は男の頬をペチペチとやって起こした。

「はやくどこかに行ってください。このこと、誰かに話したらあなたのご実家を篠原家が調べることになりますのでご理解ください」

僕がそう言うと男は黙って逃げていった。
実家を調べてどうするかは言ってないので脅したわけじゃない。
第一向こうが悪いのだし。

しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話

雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。 一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。

処理中です...