僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう

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あなたに捨てられる日が来ることを知っているって思ってた

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「もし君が今いる場所がどうしても辛かったら、この病院にはΩの方のシェルターも併設されていますのでいつでも頼ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「それで、薬なのですが」
「はい」
「この橘さんが持って来てくださった薬は今は改良版が出ています。αの匂いを感じなくする、と言うのは変わりありませんが、αにとって嫌な匂いを発することなく、ただ匂いを無くすだけの薬になっています。こちらでよろしいですか?」
「嫌な匂いを発する薬は、もう無いんですか?」
「もう現在は生産していないんです。申し訳ございません」

先生は本当に申し訳なさそうに謝ってくれた。
何だか謝られてばっかりで申し訳なく感じた。
僕は改良版の薬を処方してもらうことにした。

「先生、何だかすみません、こんなに時間をとらせてしまって」
「いえ。いいんですよ。またいつでもお越しくださいね」
「ありがとうございます」

僕は薬代を払って家に帰った。
持ってるお金を全部持って来たけれど、2週間分処方してくれた薬は良心的な価格でほとんどお金は減らなかった。
家に着いてもリビングには相変わらず人気はない。
2人ともまだ迅英さんの部屋にいるんだろうか。

僕は、どうしようかな。
何だか自分の部屋にいるのも嫌で地下室にいることにした。

自分の部屋に一度戻ってヒートの時用に買い溜めている飲む栄養補給ゼリーと先ほど処方された薬など必要なものを持って地下に行き薬を飲んでベットに横になった。

ここなら一人でゆっくりできる。
僕はこのままこの家にいてもいいのか。
今後についてよく考えよう。


そう思っていたのに僕は眠くなって、気がついたら寝てしまっていた。

かチャリとドアの開く音で目が覚めた。

「菜月くん……」
「迅英さん、どうされたんですか? 春樹くんは……」
「菜月くんが泊まっていけばいいと言っていたけど、帰ってもらった。勝手にすまない」
「あ、えっと。いえ」

寝ぼけた頭で否定して、何に対する謝罪なのかは分からなかった。

「菜月くんはなぜここにいる?」
「あ、えっと。ゆっくり考えたくて。寝ちゃったから何も考えてないですけど」
「何を考えようとしているか聞いてもいいか」
「それは……」
「言えない、か。俺はどうしたらいいんだろうな。菜月くんに最低なことを言った。あの時の俺は春樹と一緒になりたいと思ってた。別れることを前提に君と結婚して、番にならないでおこうなんて、俺は自分のことを誠実な男だと酔っていたのかもしれない。だけどただ俺は君に対して最低な男だった。春樹のことを探偵を使って調べているときに、春樹を救って亡くなったのが菜月くんのご両親だったと知ったよ。俺はそのときやっと、君に最低なことを言ったと気がついたんだ。本当に最低な男ですまない」

迅英さんは頭を下げながらそう言った。
僕が無言でいると迅英さんは続けた。

「最初は俺にとって嫌いな匂いを発していた菜月くんが最近はなぜだか俺にとって何者にも変えがたいくらいの匂いに変化してきて、どうしても菜月くんのことが気になった。そしてあの日、ラットを起こして菜月くんを襲ってしまった。そしてどうしようもなく菜月くんのことが好きなんだって気がついた。俺は罪滅ぼしのように見せかけて菜月くんのそばにいた。どこまでも最低な男だ」
「好き……? 僕のことが?」
「ああ」
「違いますよ。迅英さんは僕のことが好きなわけじゃない」
「え」
「迅英さんは僕が運命の番だって気がついたからそれに惑わされているだけです。きっと僕が目の前から居なくなればすぐに他の大切な人を見つける」
「そんなこと」
「いえ、きっとそうです。だって僕は運命とか関係なく迅英さんのことが好きになった」
「じゃあ、これからも一緒に居てくれるか?」

迅英さんは僕の手をとってそう言った。

「いいえ」

僕は静かにそう告げた。

「僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていたけど、それでもあなたに恋をしていた。あなたに捨てられるその日まで一緒に居させてもらえるならいいかなって思ってた。だけど、今は」
「……なんだ」
「あなたは僕を好きになったと言った。だけど僕は……今の僕はきっとあなたのことが好きじゃない。僕は運命に惑わされたくない」
「菜月くん……?」
「僕は、あなたが僕のうなじを噛むことがなくて本当によかったって思ってます。僕はあなたに捨てられるんじゃない。僕があなたを捨てるんだ」

僕はまた財布を持って家を飛び出した。
迅英さんは呆然としていて引き留めたりはしなかった。

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