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病院に

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「あのさぁ、今日泊まっていってもいい?」

春樹くんがそう言い出した。

「良い訳がないだろう」

迅英さんが眉間をグリグリと抑えながらそう答えている。
僕の心はもやもやとしたままだ。

「いいじゃないですか。泊まって行っていただけば」
「菜月くん、何を」
「やったね~。ほら、迅、奥さんもいいって言ってることだし!」


迅英さんはため息をついて、だけど最後には分かったと了承した。
僕はそれにも傷ついてる。
僕がそうしろと言ったのに、迅英さんには春樹くんを追い出してもらいたかっただだなんて、僕の心はなんて勝手なんだろう。

「では僕は自分の部屋に戻っていますので」
「ごゆっくり~。あ、ねぇ迅! 迅の部屋はどこなの?」

僕はそんな春樹くんの声を聞きながら部屋に戻った。
部屋のドアを閉めた途端に涙が溢れ出して来た。

「あれ、何でだろ。止まんないや」

そう呟きつつも、頭の中は変に冷静で、そういえば今日はバイトに出ようとしてたところだったからバイト先に事情を説明して休みにしてもらわないとと思った。
バイト先の電話番号を探して電話をかける。

プププと電子音が鳴りすぐに電話に出てくれた。
『はい、牛貴族です』
「あ、あの、バイトの橘です。突然で申し訳ないのですが、今日はお休みにしていただけないでしょうか」
『橘くん? 何かあったの?』
「あ、えっと色々と家庭の事情で」
『あー、そっかー。橘くんはΩだもんねぇ~』
「え」
『あ、いやいや、何でもないよ。休みね~。おっけー。じゃあ来れるようになったらまた電話してよ』
「えっと、はい。すみませんでした」

ガチャと電話を切られた。

さっきまで流れていた涙はいつの間にか止まっていて、心はより一層冷え切っていた。
突然休みになることはないように今までヒートの周期も把握してた。
だから、今日みたいに突然休んだことは今回が始めてだ。
大学生やフリーターの人たちの中で、彼らが突然休む時、シフトを変わったりも積極的にしてたのに、僕だけが、Ωだけが迷惑をかけているように言われる。
やっぱり僕がΩだから良くないんだ。

普段はここまで沈むことはないけど、今日は何だか底がない沼にでも嵌ったかのように、ズブズブと悪い方悪い方に考えてしまっている。
まるで世界が全て僕の敵になったかのように思えてくる。
みんなが僕を馬鹿なΩだと笑っているような気がする。

全部全部、そんなことあるはずないと、頭の片隅では分かっているのに、僕の心はもう限界だった。


やっぱり、あの薬。
あの薬が僕には必要だ。

だから僕はすぐにあの薬を処方してくれる病院を探した。
電車で2駅先くらいにある、Ωのシェルターを併設した私立病院がすぐにヒットした。

すぐに着替えて持てるお金を全て持った。

リビングに降りると2人の姿はなかった。
きっと、迅英さんの部屋にいるのだろう。

家を出て電車に乗って病院に着いた。
たった2駅だけど、久しぶりに遠出をした気分だ。

病院に入って整理番号をもらって椅子に座っていると、程なくして僕の順番がきた。
診察室の中に入ると優しそうな顔をしたかっこいい男の先生だった。

「どうぞ座って、橘さん。今日はどうされましたか?」
「あの、この薬を処方してもらいたいんです」

僕は1つだけ持っていた薬を先生に差し出した。

「これは……。どこでこれを?」
「昔、祖父に勝手に飲まされていたものなので、どこで手に入れたかは分からないです。すみません」
「いや、いいんですよ。どうしてこの薬が必要なのか聞いてもいいかい?」

先生は優しそうに笑ってそう聞いてきた。
何だかこの先生にだったら全て話してしまいたいと思わせるような笑顔で、病院の先生ってすごいなと思いつつ、今までの出来事を話した。
先生は所々うなずいたり、相槌をうったり、とにかく話しやすくて僕は全て包み隠さず話してしまった。

「先生、刑事になった方がいいんじゃないですか?」
「え? どうしてだい?」
「何だか先生には全部包み隠さず話したくなってしまいます」
「あっはは。嬉しいことを言ってくれますね。だけど、橘さんには1つ謝らないといけないことがあります」
「え、何ですか」
「この薬のせいで、運命の番に気がついてもらえなかったんですよね。それも、自分の意思で飲用したわけではなく」

先生は一つ息をついて僕を真剣な目で見た。

「橘さん、申し訳ありません。この薬は私が作ったものなんです。この薬で困ってるΩを助けたかったのですが、逆に大変な目に合わせてしまいましたね。本当に、すみません」
「気にしないでください。僕はあの薬は必要なものだと思います。あんなにすごい薬を作ったなんて、先生は本当にすごい先生なんですね」
「私はすごくなんてないですよ」

先生はそう言って少し悲しそうな顔をした気がした。

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