器量なしのオメガの僕は

いちみやりょう

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「おう、元気か?」

研究のための検査をしにきた泉の、何も変わらない様子に千秋はホッした。

「泉先生……」
「お、何だよ。どうしたんだ? 元気ねぇな」
「僕、四宮様を怒らせてしまいました」
「は? 四宮が怒った?」
「はい、多分。その時は顔は笑ってたけど、それから話しかけてくれなくなりました」
「あはは。千秋、あの四宮を怒らせるなんてよっぽどだぞ」

ズキンと心臓を一突きされたように痛みが走った。

「ですよね。どうしよう」
「あ~。そんな落ち込むなよ。一体何やったんだ?」

泉は呆れ気味な顔で千秋に尋ねた。

「四宮様の大切な人の話を聞いていたんです。その時に」
「は? 四宮が結衣斗の話をしたのか?」
「はい。それで、自分でも不思議なんですけど、僕は初めて聞いた話だったのに、四宮様の大切な人の名前が結衣斗であることを何故か知っていて、それで四宮様は怒ってしまわれたんです。もしかしたら、僕は四宮様の過去を調べあげたストーカーだと思われて気味が悪いと思われているのかもしれません」
「本当に結衣斗を知らねぇのか?」
「もちろんです」
「そうか、不思議なこともあるもんだな」

吸っていたタバコをプカリと吐いて泉は笑った。

「……信じてくださるんですか?」
「ま、俺に嘘ついても仕方ねぇしな」
「僕、ここを出て行こうと思います。四宮様もストーカーだと思っている人間と同じ屋根の下で過ごされるのは気が休まらないでしょうし」
「は? そりゃ極端すぎねぇか?」
「いえ。僕は四宮様に拾っていただけて、短い間でしたけどとても楽しくて幸せだったんです。大袈裟でも何でもなく命の恩人である四宮様に不快な気持ちで生活してほしくありませんから。もちろん、今後も研究には協力しますから大丈夫です」
「大丈夫ってお前……」
「研究に協力するにあたって、入用があれば融通すると言ってくださいましたよね。僕一人では仕事一つ見つけることも難しいんです。どこか僕でも雇っていただける職場を紹介してくださいませんか」
「お前なら四宮を救えると思ってたんだけどな」
「すみません。四宮様の信頼をなくしてしまった僕では、四宮様が何でお困りなのかも教えていただけないでしょうし、僕では想像すらつきません。僕にできることなんて何一つ無い」
「……はぁ。あいつは怒ってないと思うぞ……いや、少なくとも千秋に対して怒ってる訳じゃない」
「泉先生……、慰めは必要ありません。僕は好きな人にこれ以上迷惑に思って欲しくないんです」
「いや、違ぇ。慰めなんか言うかよ。四宮は両親がお前を差し向けたと思っているんだろ。それはあいつの体のこともあるから、俺からは言いたく無かったが、それでお前らがすれ違ってんだったら意味ねぇし……いいか? 今から話すことは絶対に誰にも言うんじゃねぇぞ?」

目を見て真剣な声でそう言ってきた泉に、千秋はコクリと1つうなずいた。

「そもそもあいつが、出会ったばかりのお前に結衣斗のことを話すこと自体、特別なことなんだ。結衣斗の話は誰も知らない。ただ昔、ベータに惚れ込んでいたことがあるとか、その程度にしか知ってる奴はいねぇんだ。それをお前には話した。だから俺は、四宮の中で千秋が大切なやつなんだって思う」
「あの時、四宮様はお酒を飲んでいらっしゃったから」
「あいつはザルだ。酒を飲んでいたところで何も変わりゃしねぇよ」
「でも」
「いいから聞いてくれ。結衣斗が亡くなったことは聞いたんだろ?」
「はい」
「それからの四宮はそりゃもう荒れたよ。結衣斗を想う気持ちとオメガの匂いに惹かれる自分のアルファ性との間で葛藤して、あいつは薬に頼るようになった。と言っても、アルファ用の抑制剤だ。強力な抑制剤はオメガどころか、ベータだろうが綺麗な女性だろうが何を見ても何とも思わなくさせることができる。だが、四宮の体はその辻褄を合わせるように3ヶ月に1度、記憶も曖昧なほど凶暴的なラット状態になってしまうようになった」
「そんな……」
「あいつはその間、例のあの部屋に籠り、誰も寄せ付けない」
「でもそれじゃあ四宮様が辛いんじゃ」
「ああ。四宮はもう病気だ。心もそうだが、体もボロボロだ」
「治す方法はないんですか?」
「オメガを抱き、そのオメガを番にすれば四宮のフェロモンは安定してラットは落ち着くだろうというのが当時四宮を診た医師の見解だ。それを聞いた四宮の両親は、あいつに適当なオメガを当てがおうとした。けれど、四宮はそれを全て拒否して今もラットに苦しめられているんだ」
「何で……」
「オメガは一度番になったら解消できない。四宮のラットが治った後、四宮はそのオメガを愛することが出来ないのに、番にしてしまったオメガは一生四宮を忘れられずに生きていかなければならなくなるんだ。番になればヒートが来てもそれを解消できるのは四宮しかいなくなる。結衣斗を愛している四宮にとっても、相手のオメガにとっても辛い結果になってしまうから、と、四宮は1人で耐えているんだ」

どこまでも誠実な人なんだと、千秋は思った。
同時に、そんなになってまで想われ続けている結衣斗に嫉妬のような感情が芽生えた。
それから自分のその感情に失笑した。

ーー嫉妬なんて烏滸がましすぎ

「だからな、四宮の運命の番のお前なら何とかなると思ったんだ」
「力不足ですみません」

ーー僕にできることなんて何もない。

ずっと千秋が選ばれることなんてない人生だった。
それが突然誰かの役に立てることなんてあるはずがない。

「とりあえず、新しい就職先の件は探しといてやる。だが、多少時間は必要だ。それまではここで働いておいてくれ」
「……わかりました。よろしくお願いします」

千秋は頭を下げながらそう頼んだ。
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