黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第4章 罪と罰

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 翌日は、疲れもあってほぼ一日中自室で過ごした。やったことと言えば、英語の予習と、この一週間を思い返すことくらい。何も得られない無機質な天井を見つめていると、逆に集中できた。

 麻美ちゃんのお母さんは、事故で亡くなった。

 その事実を胸に置いたまま、僕はもう一度、あの日からの出来事をなぞっていった。
 昔の彼女は、明るくて、どこまでも無邪気だった。今の彼女は、どこか大人びていて、それでいて時折、あの頃と同じ笑顔を見せる。もしかすると、あの“変化”はお母さんが亡くなった後に訪れたのかもしれない。

 あの日、僕を止めたあの真剣な目。お母さんの死を知った今となっては、それが本気だったんだとわかる。

 ——そんなしょうもない理由で命使わないで。

 その台詞が、今さらになって痛々しく心に響いてくる。同時に、体操服に手を出したことへの罪悪感も増していた。性の欲求に加えて、無知であることも罪なんじゃないかとさえ思う。

 けれど——その背景を知った今でも、「代償は払ってもらうね」の意味はやっぱり読めない。お化け屋敷での『お願いを聞いてあげる』ってやつもそう。そして何より——「奪っちゃえばいいんだよ」なんて、小悪魔みたいなあの一言は、どうにも“彼女の背景”と結びつかない。

 あの優しくて綺麗だったお母さんにも、実はそういう一面があって、彼女はそこに似てきた……そう思えば、まだ納得はいく。でも、人の性格って環境に依存するって聞いたこともあるし、もし変化をもたらしたのが“生活環境”だとすれば、やっぱり後者か。
 都心部での生活。人間関係も、こことは比べものにならないくらい複雑だったのかもしれない。……って、それはとんだ偏見か。

「おはよ」

「あっ、おはよう」

 椅子を引くと、その音に反応して栞ちゃんが振り返った。この前後の席になって挨拶をされたのは、これが初めてだ。いつもと変わらない穏やかな表情ながら、僕は確実に縮んでいる距離に思わず笑みが溢れた。

「今週の土日は今のとこ晴天みたいだね」

「あ、そうなんだ」

「やっぱり、晴れだと人多いのかな」

「……ん?それって、プールの話?」

 彼女お馴染みの足を抱え込むポーズに意識が向いて、遅れてその言葉の意味が入ってくる。
 


 最初にその話を持ち出したのは、帰りのバスを待っている時の浩大だ。昼食の際に『次』の話をしていたこともあって、あそこで提案すること自体は不自然ではない。でも、観覧車でヤツの案を聞いた時は、普通に無理だと思った。

「プール!?いや、それは流石に……せめて水族館とかでいいじゃん近くにあるんだし」

「アホ言え。水族館なんぞ真冬でも行けるだろ。お前見たくないのか?二人の水着」

「いやだから、そういう問題じゃなくて……流石にさ、一回遊んだだけでいきなりプールはハードル高いと思うんだよ」

「だから四人で行くんだろうがよ。そもそもこれはゼロイチの話じゃねえ。無理ならその時別の案を考えればいいわけで、まずは一番手を出すんだよ。前も言ったろ?誘う分にはタダなんだから」

 そんなもんかなあとため息混じりに僕が答えると、浩大は変に真面目な口調で続けた。

「明希、冷静に考えろ。そもそもとして、今日の遊園地自体かなりハードルが高いんだぞ?なのに向こうが乗ってくれたのは、お前が小学生の時に二人と仲良かったからだ。間違いなくそれがデカい。お前が昔あっためておいた関係が今活きてんのよ。そんで、活きてるってことは、河西さんがお前を全く意識してないわけでもないってことの裏返しだ。ワンチャンあるぞマジで」

 そのワンチャンが詰まるところ『プールに行くこと』なのか『僕が栞ちゃんと付き合うこと』なのか、どちらなのかは分からない。けれど、浩大の言葉には妙な説得力があった。確かに、仮に僕と浩大が同じ小学校だったとして二人との接点がこの二学期からだとしたら、今が成立している気はしない。ほぼ初めましての麻美ちゃんと、更に半年ロクに話してもいないクラスメイトの栞ちゃん相手に、いきなり遊園地なんてお互い気まず過ぎるし、普通に遊ぶ相手として釣り合ってない。好意の有無はさておいて、昔の記憶が今の関係をつくるバフになっているのは客観的に見ても事実だろう。



「明希くんは、乗り気じゃなかった?」

 気がつけば、視線の先には目を細めて意地悪げな笑みを浮かべる彼女がいた。

「いや、そりゃまあ行ってみたくは、あるけど。でもなんというか……二人こそいいのかなと——」

 言葉を探して煮え切らない顔をしていると、彼女は笑みを崩さず、でも目線をやや落として「楽しいことは、多い方がいいのかなって」と呟いた。その言葉に滲む哀しさに、思わずハッとさせられた。

「あの、もしかして……栞ちゃんも聞いたの?麻美ちゃんのこと」

 一瞬驚いたように目を見開き、そして少しの間を置いて、彼女は口を開けることなく「うん」と漏らした。
 考えてみれば当然だ。あの日は栞ちゃんのお母さんが二人を送迎してくれたわけで、だからこそその事実が発覚したはずだ。推測にはなるけど運転中に『お母さんは元気?』みたいなことを尋ねたとか、そんなところだろう。よく遊んでいたということは、うちの母さんよりも当時面識はあったはずだから。
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