神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第8章

32.邪霊王の代替わり

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(神からの託宣だわ。いつものような、気軽な立ち話ではない)

 息を詰めて御言葉みことばを待っていると、末の邪神の声が唐突に普段の軽いものに戻った。

『……あっ、間違えた! 今アマーリエは地上にいないし、僕は天から神託を降ろしているわけでもないのか。天界内でやり取りしているのだから。……ふふふ、格好を付けようと思ったら失敗してしまった、ああ面白い』

 自分のミスがツボに入ったらしく、何故か笑い出す。アマーリエはズコッと脱力し、額を床に打ち付けてしまった。

『良いから早く話せよ……』

 フレイムの乾いた声がボソリと放たれるのが聞こえる。きっと遠い目をしているのだろう。

『では改めて。――先ほど、地下世界の邪霊界から邪神宛てに奏上が届いた。邪霊王が代替わりするそうだ。それに伴い、後継者候補たる王子たちによる王奪戦おうだつせんを開始するとね。新王が決まり次第、伺候して邪神に挨拶したいという内容だったよ』
(……えっ……!?)

 額にできたコブをこっそり聖威で治癒していたアマーリエは、ひゅっと息を呑んだ。
 王奪戦。文字通り、次代の王位を巡って行われる争奪戦のことだ。邪霊界では通例行事であるらしい。

『邪霊共の次期国王選びか。昔は本気の殺し合いや誅殺なんかで決めてたこともあったらしいな。最近は穏当になって、試合形式での決闘や知能戦が主流になってると聞いたが』

 思案げな声を上げたのはフレイムだ。アマーリエは蒼白な面持ちで夫の声を聞き流す。

(ちょっと待って、それは大変じゃない)

 王奪戦自体に異論はない。地下世界には地下世界のルールがあり、邪霊には邪霊の慣習がある。自分たちが口を挟むことではない。問題なのは、それにより地上にも弊害が発生することだ。

『ふふ……王奪戦の際は、後継候補たちの強大な霊威がぶつかり合い、邪霊界を中心とした地下世界を揺らがせる。その闘気に慄いた魔獣たちが我先に逃げ惑い、群れをなして走り出す。そして、その勢いで次元の壁を超え、地上に大挙して押し寄せる』
(そうなのよ……)

 可笑そうに告げられた台詞に、アマーリエは内心で激しく頷いた。邪霊は人間より寿命が長いものの、不死ではない。王の代替わりと、それに伴う騒動の余波については、神官府などの文献にも記録が残っていた。

『――聞け、大神官アマーリエ。間もなく、魔獣たちによる大規模な一斉暴走スタンピードが起こるだろう。地上を守りたくば、心して準備を整えよ』

 放たれる末の邪神の託宣が、天界の空気を震わせる。

(ああもう、こんな時に。タイミングが悪いわ……!)

 アマーリエは唇を噛んだ。十中八九、スタンピードは避けられない。今回の王奪線が、仮に頭脳戦を主としたものになるとしても、霊威第一主義の世界において全く力を戦わせないということはないからだ。

(今までの記録を見る限り、魔獣王は当てにならないのよね)

 地下世界の種族は細かく分かれている。魔関係では魔王が統べる魔物族、妖魔王を頂点に戴く妖魔族、悪魔王が束ねる悪魔族など様々いるが、魔獣たちは基本的に魔獣王に従属している。
 ゆえに、かつてスタンピードが起こった際、神官府から魔獣王宛てに魔獣たちの制止要請を送り、返信が来ないか制止してくれない時は討伐すると連絡したこともあったという。

 ……そうして届いた返事を意訳すると、『あ、どうぞどうぞ、遠慮なく討伐しちゃって下さい。こっちは気にしないんで』というものだったらしい。
 魔獣王にしてみれば、その暴走は自分の認識外で起こったことなので知りません、ウザければそっちでサクッと殺っちゃって下さい、人間界に発生する被害は人間自身で対応してね~、という扱いのようだ。

『スタンピードが発生すれば一騒動だ。並の魔獣が持つ霊威は人間の神官でも対応できる強さだが、興奮状態にある上に群れで来る。端的に言えば数の暴力だからね』

 神々しい御稜威を霧散させ、ラミルファが音もなく床に舞い降りた。その気配を感じた瞬間、アマーリエの体にかかっていた不可視の重しが消えた。どうやら神託は終わったらしいと悟り、そろりと顔を上げて身を起こす。

「仰せの通りです。古来より、地下世界には正規の通達を出しています。地下に属する存在が地上を脅かした場合は撃退する、その際は殺害等の手段も厭わないと」

 ただし、これは逆も然りだ。人間の霊威師が地下世界に侵攻した場合、容赦なく駆逐されることになっている。

「過去にスタンピードが起こった際には、基本は人間の霊威師たちが防衛しつつ、念のため聖威師が後ろに控えていたと聞いています。……すぐに地上番のルルアージュちゃんと祐奈ちゃんに念話します。ランドルフ君と当利君、それにリーリア様にも伝えなければ」

 騒動の要因となっている邪霊王家は、あのゲイルが所属していたところだ。リーリアの記憶を嫌な形で刺激しないか心配だが、聖威師の務めである以上はやむを得ない。

『ユフィー、行け。チビたちや主任神官たちへの連絡もあるし、お前もスタンピードへの対応経験はないんだろ。だったら、念話より直接現場に行った方が良い』

 力強い温みを帯びた山吹色の双眸が、ひたとこちらに据えられる。

『こっちのコトは俺がやっとく。お前にも随時報告するし、何なら俺と視聴覚を共有しておけば良い。お前は聖威師としてやるべきことをしろ』
「――分かったわ。よろしくね、フレイム」

 首肯したアマーリエは、ラミルファにも頭を下げた。

「貴重なご助言に心より感謝申し上げます」
『どれだけ魔獣の数が多かろうが、所詮は霊威。聖威の敵ではない。まぁ気晴らしだと思って行って来るが良い』

 邪神なりのエールを受け、再度目礼する。そしてフレイムと目を合わせ、もう一度頷きを返してから、転移を発動する。

『それで、君たちの方は何があった?』
『ああ、実はな――』

 二神が話し始めた声をバックに、アマーリエはこの場から離脱した。
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