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第8章
33.違和感すらも感じられない
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◆◆◆
自分が自分ではないような気がする。心の片隅で漠然とそう感じるようになったのは、一体いつの頃からだっただろうか。
自分はこんな思考をするだろうか。こんな行動をするだろうか。こんなに浅慮な愚者だっただろうか。自身の意思や言動を省みては自問する日々。自分が認識している己と、大きく歯車が噛み合わない違和感。
おかしい。止まらなければならない。こんなことを考えてはいけない。こんなことをしてはいけない。なのに、そう思う端から、生じた良心と自我が消えていく。
掌中にある一握の砂が容易く流れ落ちてしまうように、自己に対する疑問や齟齬が芽生えるたびに消去される。
自分でも見えない精神の深層には、いつしか無数の操り糸が取り付けられていた。踊れ踊れ、と誰かが囁く。このままではつまらぬ、もっと迷走して我らを楽しませよ、と。
糸が引かれる動きに沿って、自覚のないまま面白おかしく舞わされる。
だが――心が形骸化し、滑稽な傀儡と化した中でも、魂の最奥に秘める最後の情と理性だけは、屈することなく残り続けていた。
◆◆◆
『聞いたか、邪霊界で王が代替わりするらしいぞ』
『邪神様に奏上が上げられたとか』
『地上でスタンピードが起こるわ』
『聖威師様方はお忙しくなるのでは?』
天界の裏にある使役用の区域には、浮き足立った空気が流れていた。その中を歩くと、こちらに気付いた皆が慌てて道を開ける。
(愚鈍な奴らめ)
鷹揚に浮かべた笑顔の下で、無性に腹が立った。何故、自分が未だこの裏領域を通らねばならないのか。どうにかして正式な神に上げていただき、神の園を堂々と闊歩したい。
使役たちの最大の夢は、最高神の神使となって神格を賜ることだ。だが、さらに本音を言えば、それすらも通過点に過ぎない。あまりに畏れ多く、公然と望むことは許されないが――真の最終目標は、正式な神格を得て全き神になることだ。口には出さずとも、誰もがその夢物語を胸に抱いている。
贅沢は言わない、最下位の神で良い。一番下だとしても、正式な神となった時点で神々の完全な身内となり、永劫の安寧と安泰が約束される。切り捨てられることも見限られることも、決してなくなるのだ。
(本物の神にしていただきたい。アイツよりも先に)
アイツはいつだって、自分が喉から手が出るほど欲しいと思っていたものを、涼しい顔で掻っ攫っていく。使役の頂点の地位も、四大高位神からの賞賛も、惚れた女も。
だから自分は、ずっと前からアイツが疎ましくて仕方がない。
(それにしても、アイツから呼び出しがかかるとは。一体何の用だ。今のところ急件は入っていなかったはず。何か起こったのか。邪霊の王奪戦の件か?)
訝しみながらも歩を進め、指定された館に足を踏み入れた。使役たちが重要な会議を開いたり機密事項を話し合うための建物で、他の建物からは離れた場所にある。そのためか、周囲には他者の気配はない。
『お呼びですか、アルシオ様……』
入館と同時に貼り付けた笑顔が、中にいた者たちを見て凍り付く。
長い水色の髪に深紫の双眸。姿を見るだけで忌々しいアイツの後ろにいるのは、同じ色をした髪に、自分が恋した女性と同じ瞳を細めている子ども。そして。その子どもと手を繋いで凛と立つのは、緩く波打つ金髪に満天の夜空の瞳を持つ、意中の女性。
そして――彼ら全員の魂から滲み出る、透き通った輝き。全使役が渇望する、正真正銘の神の御稜威だ。
疎ましい存在が、凍て付くアメジストの眼差しをこちらに据えて口を開いた。
『来てくれて礼を言う。だが生憎、私たちは非常に眠い状態だ。早速だが本題に入らせてもらおう、ウォーロック』
整った唇から紡がれる冷淡な声と、凛烈なる紫眼に浮かぶ軽蔑の念。怨敵の全身から発される怒りの瀑布を盛大に浴びながら、思う。
(ああ、私はやはり貴様のことが大嫌いだ)
心にフワリと降り落ちた違和感は、やはり知覚する間もなく淡雪のように溶けて消えてしまった。
自分が自分ではないような気がする。心の片隅で漠然とそう感じるようになったのは、一体いつの頃からだっただろうか。
自分はこんな思考をするだろうか。こんな行動をするだろうか。こんなに浅慮な愚者だっただろうか。自身の意思や言動を省みては自問する日々。自分が認識している己と、大きく歯車が噛み合わない違和感。
おかしい。止まらなければならない。こんなことを考えてはいけない。こんなことをしてはいけない。なのに、そう思う端から、生じた良心と自我が消えていく。
掌中にある一握の砂が容易く流れ落ちてしまうように、自己に対する疑問や齟齬が芽生えるたびに消去される。
自分でも見えない精神の深層には、いつしか無数の操り糸が取り付けられていた。踊れ踊れ、と誰かが囁く。このままではつまらぬ、もっと迷走して我らを楽しませよ、と。
糸が引かれる動きに沿って、自覚のないまま面白おかしく舞わされる。
だが――心が形骸化し、滑稽な傀儡と化した中でも、魂の最奥に秘める最後の情と理性だけは、屈することなく残り続けていた。
◆◆◆
『聞いたか、邪霊界で王が代替わりするらしいぞ』
『邪神様に奏上が上げられたとか』
『地上でスタンピードが起こるわ』
『聖威師様方はお忙しくなるのでは?』
天界の裏にある使役用の区域には、浮き足立った空気が流れていた。その中を歩くと、こちらに気付いた皆が慌てて道を開ける。
(愚鈍な奴らめ)
鷹揚に浮かべた笑顔の下で、無性に腹が立った。何故、自分が未だこの裏領域を通らねばならないのか。どうにかして正式な神に上げていただき、神の園を堂々と闊歩したい。
使役たちの最大の夢は、最高神の神使となって神格を賜ることだ。だが、さらに本音を言えば、それすらも通過点に過ぎない。あまりに畏れ多く、公然と望むことは許されないが――真の最終目標は、正式な神格を得て全き神になることだ。口には出さずとも、誰もがその夢物語を胸に抱いている。
贅沢は言わない、最下位の神で良い。一番下だとしても、正式な神となった時点で神々の完全な身内となり、永劫の安寧と安泰が約束される。切り捨てられることも見限られることも、決してなくなるのだ。
(本物の神にしていただきたい。アイツよりも先に)
アイツはいつだって、自分が喉から手が出るほど欲しいと思っていたものを、涼しい顔で掻っ攫っていく。使役の頂点の地位も、四大高位神からの賞賛も、惚れた女も。
だから自分は、ずっと前からアイツが疎ましくて仕方がない。
(それにしても、アイツから呼び出しがかかるとは。一体何の用だ。今のところ急件は入っていなかったはず。何か起こったのか。邪霊の王奪戦の件か?)
訝しみながらも歩を進め、指定された館に足を踏み入れた。使役たちが重要な会議を開いたり機密事項を話し合うための建物で、他の建物からは離れた場所にある。そのためか、周囲には他者の気配はない。
『お呼びですか、アルシオ様……』
入館と同時に貼り付けた笑顔が、中にいた者たちを見て凍り付く。
長い水色の髪に深紫の双眸。姿を見るだけで忌々しいアイツの後ろにいるのは、同じ色をした髪に、自分が恋した女性と同じ瞳を細めている子ども。そして。その子どもと手を繋いで凛と立つのは、緩く波打つ金髪に満天の夜空の瞳を持つ、意中の女性。
そして――彼ら全員の魂から滲み出る、透き通った輝き。全使役が渇望する、正真正銘の神の御稜威だ。
疎ましい存在が、凍て付くアメジストの眼差しをこちらに据えて口を開いた。
『来てくれて礼を言う。だが生憎、私たちは非常に眠い状態だ。早速だが本題に入らせてもらおう、ウォーロック』
整った唇から紡がれる冷淡な声と、凛烈なる紫眼に浮かぶ軽蔑の念。怨敵の全身から発される怒りの瀑布を盛大に浴びながら、思う。
(ああ、私はやはり貴様のことが大嫌いだ)
心にフワリと降り落ちた違和感は、やはり知覚する間もなく淡雪のように溶けて消えてしまった。
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