神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘

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第8章

36.本心は抹消される 後編

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 自分より先に神に気に入られそうになるからこうなるのだ、当然の罰を与えてやっただけだと、ウォーロックは考えた。心の奥の声が、それは違うと叫んでいても。ああそうだ、もう少し立場をわきまえて大人しくしていれば、こんなことにはならなかったものを。

(ミスティーナは思っていたより賢くないのかもしれない。だが、誰しも足りない部分はある。彼女に未熟な点があるならば、自分がこれからしっかり躾けてやれば良いだけの話だ。あの時はそう思った)

 胸の奥で歪にとぐろを巻く、作り物の欲情。喜悦に歪んだ笑みを浮かべていたウォーロックだが、事はそう上手く運ばなかった。

(なのに……またも兄が邪魔をした。池の側を通りかかったアイツがミスティーナを手伝い、金剛神様に取りなしてしまった。それは全て、私が出て行ってしようと思っていたことだったのに)

 疲労が溜まっていたアルシオが、気分転換をしようと朝ぼらけの神苑を散策していた折にミスティーナを見付け、事情を聞くなり共にブローチを探し始めたのだ。大精霊ともあろう者が、自ら池に入ってまで。そして、神威で探し物を見付け出した。

 だが、ブローチは無残に破損しており、金剛神から指定された期日も迫っていたため、今から作り直すことは不可能だった。
 神の力で生み出されたダイヤは無傷だったことから、時間を止めた部屋の中などで再作製すれば望みはあったかもしれないが、そもそも池に落とした物をあしらった品など神に献上できるはずはない。他の神の贈り物にする品であればなおさらだ。何かの拍子に過去視でもされてそのことが露見すれば、高確率で不興を買う。

 ミスティーナは、神への不誠実はできぬと言い、主神に全てを報告した。自身の不用意な行動により、お預かりしていた宝石を池に落とし汚してしまった。綺麗に洗ったとしても、一度汚してしまった物を水晶神への贈り物に使うことはできない。それらを告げて陳謝した。

 同行したアルシオも共に頭を下げた。ミスティーナが主神から大命を受けていたことは、大精霊として知っていた。奮起と重圧の狭間に置かれた彼女が、通常通りの精神力と判断力を維持することは難しいと予想できたのに、彼女へ気を回すことを怠った自分の責任でもある。そう言い、ミスティーナと共に跪いて謝罪した。

(金剛神様は叱責なさらず、罰も与えなかった。落としてしまったならば仕方ない、水晶神への贈り物は他の物を用意するとだけ返したらしい。だが、ミスティーナは自ら配置換えを望んで金剛神付きを辞し、共有領域の担当に回された)

 ミスティーナから再度の詫びと辞去の挨拶を受けた金剛神は、自身から去るミスティーナを止めなかった。そしてポツリとこう漏らしたそうだ。此度の神命を果たせたならば、お前を我が愛し子に迎えることも考えていたのだが、こうなった以上それは白紙だ、と。

 それを聞いたミスティーナは、金剛神の神域から出た後で涙を流した。主神の期待と信頼を裏切ってしまったことへの申し訳なさ、過失を犯した自分自身への失望、そして全使役が希求する至上の幸福――愛し子に迎え入れられて正式な神となる奇跡――を手に入れる千載一遇の好機を不意にしてしまったことへの悲嘆だった。

 隣にどれだけ青い芝生が広がっていようとも、妬みや羨みを抱くことなく……深層心理では抱いたとしても決して表に出すことはなく、己の芝を精一杯育て、自己研鑽に励んで来たミスティーナ。そんな彼女にも、期待や希望、悔しさという感情はあった。嬉しいことがあれば喜び笑い、悲しいことがあれば悩み傷付く、等身大の存在だった。

(彼女が泣いている様を遠視で確認した私は安堵した。危うく先を越されるところだったのだからな。このような好機などもう永劫に巡って来ない。それは彼女自身も分かっていただろう。胸がく思いだった。だが、忌々しいのはここからだった)

 ウォーロックが完全に出鼻をくじかれてしまったこの時を境に、アルシオとミスティーナの距離が急接近した。
 ミスティーナにもっと気を配ってやれば良かったと悔やむアルシオは、何くれとなく彼女の世話を焼くようになり、他の者には決して向けない蕩けるような甘い態度を取るようになった。一度は深く落胆したミスティーナも、また前を向いて職務に励み始めた。
 そして、気が付けば彼らは結ばれ、ついには優秀な子どもまで授かった。

 シルファール・アディ。ミスティーナが元人間の帝国人であり、秘め名を持っていたことに感化されたアルシオが、彼女の血を引く我が子にもアディという秘め名を与えた。
 桁違いの霊威、卓越した知能、傑出した実務力、強靭な意思、並外れた聡明さ、清廉な精神。父母の長所を余すところなく受け継いだ、末恐ろしい麒麟児。それもまたウォーロックの嫉妬を掻き立てた。
 ああ、自分とミスティーナが結ばれていれば、シルファールは私の子として生まれていたはずだったのに。いや、シルファールなどよりもっと優秀で出来の良い子が誕生していたはずなのに。

(アイツが私からミスティーナを取り上げた。アイツの立場には私がいるはずだったのに)

 大精霊の地位も、神々の注目も、ミスティーナも、彼女との子も。アルシオは全てウォーロックから奪っていった。

(だから、私は誓ったんだ。私という者がありながら他の男によろめいたミスティーナには罰を与えなければならない。そしてアルシオ――お前が持つ幸福全てを、粉々に砕いてやるとな)


 違う、そんなことをしてはいけないと叫ぶ心の声は、自身で知覚できる表層まで上がって来る前にかき消され、無かったことにされてしまった。
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