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第1章
99.そして未来へ②
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◆◆◆
皇帝の気配が遠ざかると、フルードとアマーリエはさっと頭を上げた。
「アマーリエ、よくできました。また腕を上げましたね」
アマーリエの斜め上に浮かんでいたフルードがふわりと地面に降り立ち、穏やかに目を細める。神官衣の裾を払って立ち上がったアマーリエは、笑顔で首を横に振った。
「私などまだまだ……。大神官のご指導のおかげです」
謙虚な言葉に微笑みを返したフルードだが、地面に落ちて沈黙していた緑と黄の三日月を拾うと、一転して表情を曇らせた。二つの神器を丁重に布でくるんで懐にしまい、困ったように眉を顰める。
「それにしても、四大高位神の神器を複数同時に暴走させるとは。一体何故そうなってしまったのか、彼の国に確認します」
――本日、夜も明けやらぬうちからとんでもない事件が起こった。
ある属国の神官府に下賜されていた四大高位神の神器のうち、風神と地神の神器が暴走してしまったというのだ。しかも、風神の神器が狂ったことに呼応し、中位神が創生した雨風を操る神器までが付随して暴れ出した。
日が昇らない時間に起きた事件に属国の神官府はひっくり返り、夜勤をしていた神官たちは恐慌状態に陥った。
そして、たまたま早朝にかけて行う神事で勧請中であった竜巻の高位神に対して大ポカ対応を連発し、非常に怒らせた。
こうなると当然属国の手に負えるはずもなく、神器はすぐに帝都の中央本府に転送された。
しかし、四大高位神の神器となれば聖威でも太刀打ちできない。夜勤中に急報を受けたフルードは、中央本府にある四大高位神の神器を用いて対処することにした。同じ四大高位神の神器でも、中央本府のものは属国のそれより格上だ。打ち合えば勝てるという目算はあった。
ただし、央本府にある神器は、格上でありさらに強大な力を有する分、その御稜威を一定以上発揮しようとすると高濃度の神威の火花を放出する。ゆえに防御として焔神の神器の力を借りた。
また、竜巻の神は改めて中央本府に勧請し直し、皇帝が宥めることになった。こちらは神自身が関わっていることなので天威師が動く。
そのため、本日は夜明け前から天威師と聖威師が連携して協同任務を行う騒ぎとなった。
「今日は早くから災難でしたね、アマーリエ」
「いいえ、これも仕事ですから。それに大神官がいて下さったので不安はありませんでした。実践経験も積めましたし」
フルードは多忙な時間をこじ開け、まめまめしくアマーリエを指導してくれる。今回は互いの夜勤が重なったため、一対一で聖威の使い方を教えてくれていた。その時に属国から急報が届いたのだ。
「本当に、あなたがいてくれて助かりました。聖威の使い方も神器への対処も、格段に上手くなっていますよ」
今回、荒南風の神器に関しては、属国にある『暴走神器を鎮めるための神器』でも対処可能だった。しかし、急報を入れて来た際の先方の狼狽えようをみるに、冷静な対応ができるとは思えなかった。そこで、まとめてこちらで引き取ることにしたのだ。
「私は確認作業がありますので先に戻ります」
フルードは優しく言い、側に転がっていた風車型の神器を取り上げた。
「あっ、自分で持って行きますから……」
「ついでなので一緒に運びます。あなたは夜勤で疲れているでしょうから、お茶の一杯くらい飲んでから来て下さい」
巨大な風車を細い片腕であっさり担ぎ、その姿がスッとかき消えた。残されたアマーリエはほぅと息を漏らす。
(大神官って本当に優しいわ)
少なくとも、テスオラ王国で上司だった神官に比べれば雲泥の差だ。
(こんなに恵まれていて良いのかしら、私)
辛酸を舐めていた少し前までとは環境が変わりすぎて、今でもふとそんなことを思ってしまう。
(お茶でも飲んでと言われたけれど……大神官だって夜勤でお疲れなのに)
昨日くらいから、何となくフルードに覇気がなく、顔色も良くないように感じた。大神官ともなれば激務だろうから、疲れが溜まっているのかもしれない。
(私だけ休憩するなんて申し訳ないわ。早く行きましょう)
そう考えた時。
「ユフィー!」
思考をぶった斬り、騒がしい声が弾けた。ワインレッドの髪をそよがせ、端整な美貌を硬くしたフレイムが転移で現れた。
「フレイム?」
(どうしてここに?)
彼は今頃、特製じっくりコトコトビーフシチューの仕上げにかかっているはずなのに。
フレイムは実は料理が上手い。店で既製品を買うより、彼自身に作ってもらった方が絶対に良い。あの味は本気で神。との情報をフルードから仕入れたアマーリエは、先日おねだりして軽食を作ってもらった。そしてあまりの美味しさに感動し……邸の料理人には申し訳ないが、彼らより上手いと思ってしまった……、ひたすら褒めちぎった。
『美味しいわ!』
『フレイムって料理の天才なのね!』
『最っっっ高!』
すると気を良くしたフレイムは、その後も空き時間にちょくちょくキッチンに立つようになった。
何でも、精霊だった頃や神使の頃は、神に仕える立場だったために神饌なども作っていたらしい。さらに、フルードを一時自分の手元に置いていた時期があり、その時に人間の料理をマスターしたそうだ。料理以外でも掃除や洗濯など一通りのことはできると言っていた。
軽食から本格的な料理、スイーツ、ドリンク、他国の料理まで何でもござれで、昨夜は夜勤明けのアマーリエのために一晩じっくり煮込む特製のコトコトビーフシチューを作っておくと言ってくれた。
「セインから念話が来たんだ。お前が神器を鎮めたって」
「ああ……大神官が知らせてくれたのね。大丈夫よ、怪我はしなかったわ」
アマーリエの全身を確認しているフレイムに微笑みかけると、山吹の瞳から力が抜けた。
「そうか、なら良いんだ。慌てすぎて料理ほっぽり出して来ちまった」
確かに、よく見ると白い前掛けを着けたままだ。アマーリエは目を剥いた。
「ええ!? 火は!? 火は消してきたのよね!?」
「おぅ、そこは任しとけ! 火の後始末は大事だからな!」
「良かったわ、さすがフレイム!」
互いに家事経験がある身なので、こんな会話になる。
「見ての通り私は大丈夫だから。せっかく来てくれたのに悪いけれど、もう戻ってもらっても……」
「いや、セインに頼まれたんだ。お前はきっと『私だけ休憩するなんて申し訳ないわ。早く行きましょう』って遠慮するだろうから、ビュッフェに引っ張ってってくれだと」
(だーいーしーんーかーんー!)
まさか聖威で心を読まれたのかと思うほど、ピタリとこちらの考えを当てて来る。なお、夜勤の神官もいるため、ビュッフェは終日営業だ。今の時間でも開いている。
「ビーフシチューは後でまた煮込めばいいしな。ほら行こうぜ!」
(きゃ~!)
長身のフレイムに軽々と抱き上げられ、アマーリエはビュッフェに連行されていった。
この時はまだ、想像もしていなかった。
明け方の神器暴走は、今日起こる事件の前半に過ぎなかったのだと。
皇帝の気配が遠ざかると、フルードとアマーリエはさっと頭を上げた。
「アマーリエ、よくできました。また腕を上げましたね」
アマーリエの斜め上に浮かんでいたフルードがふわりと地面に降り立ち、穏やかに目を細める。神官衣の裾を払って立ち上がったアマーリエは、笑顔で首を横に振った。
「私などまだまだ……。大神官のご指導のおかげです」
謙虚な言葉に微笑みを返したフルードだが、地面に落ちて沈黙していた緑と黄の三日月を拾うと、一転して表情を曇らせた。二つの神器を丁重に布でくるんで懐にしまい、困ったように眉を顰める。
「それにしても、四大高位神の神器を複数同時に暴走させるとは。一体何故そうなってしまったのか、彼の国に確認します」
――本日、夜も明けやらぬうちからとんでもない事件が起こった。
ある属国の神官府に下賜されていた四大高位神の神器のうち、風神と地神の神器が暴走してしまったというのだ。しかも、風神の神器が狂ったことに呼応し、中位神が創生した雨風を操る神器までが付随して暴れ出した。
日が昇らない時間に起きた事件に属国の神官府はひっくり返り、夜勤をしていた神官たちは恐慌状態に陥った。
そして、たまたま早朝にかけて行う神事で勧請中であった竜巻の高位神に対して大ポカ対応を連発し、非常に怒らせた。
こうなると当然属国の手に負えるはずもなく、神器はすぐに帝都の中央本府に転送された。
しかし、四大高位神の神器となれば聖威でも太刀打ちできない。夜勤中に急報を受けたフルードは、中央本府にある四大高位神の神器を用いて対処することにした。同じ四大高位神の神器でも、中央本府のものは属国のそれより格上だ。打ち合えば勝てるという目算はあった。
ただし、央本府にある神器は、格上でありさらに強大な力を有する分、その御稜威を一定以上発揮しようとすると高濃度の神威の火花を放出する。ゆえに防御として焔神の神器の力を借りた。
また、竜巻の神は改めて中央本府に勧請し直し、皇帝が宥めることになった。こちらは神自身が関わっていることなので天威師が動く。
そのため、本日は夜明け前から天威師と聖威師が連携して協同任務を行う騒ぎとなった。
「今日は早くから災難でしたね、アマーリエ」
「いいえ、これも仕事ですから。それに大神官がいて下さったので不安はありませんでした。実践経験も積めましたし」
フルードは多忙な時間をこじ開け、まめまめしくアマーリエを指導してくれる。今回は互いの夜勤が重なったため、一対一で聖威の使い方を教えてくれていた。その時に属国から急報が届いたのだ。
「本当に、あなたがいてくれて助かりました。聖威の使い方も神器への対処も、格段に上手くなっていますよ」
今回、荒南風の神器に関しては、属国にある『暴走神器を鎮めるための神器』でも対処可能だった。しかし、急報を入れて来た際の先方の狼狽えようをみるに、冷静な対応ができるとは思えなかった。そこで、まとめてこちらで引き取ることにしたのだ。
「私は確認作業がありますので先に戻ります」
フルードは優しく言い、側に転がっていた風車型の神器を取り上げた。
「あっ、自分で持って行きますから……」
「ついでなので一緒に運びます。あなたは夜勤で疲れているでしょうから、お茶の一杯くらい飲んでから来て下さい」
巨大な風車を細い片腕であっさり担ぎ、その姿がスッとかき消えた。残されたアマーリエはほぅと息を漏らす。
(大神官って本当に優しいわ)
少なくとも、テスオラ王国で上司だった神官に比べれば雲泥の差だ。
(こんなに恵まれていて良いのかしら、私)
辛酸を舐めていた少し前までとは環境が変わりすぎて、今でもふとそんなことを思ってしまう。
(お茶でも飲んでと言われたけれど……大神官だって夜勤でお疲れなのに)
昨日くらいから、何となくフルードに覇気がなく、顔色も良くないように感じた。大神官ともなれば激務だろうから、疲れが溜まっているのかもしれない。
(私だけ休憩するなんて申し訳ないわ。早く行きましょう)
そう考えた時。
「ユフィー!」
思考をぶった斬り、騒がしい声が弾けた。ワインレッドの髪をそよがせ、端整な美貌を硬くしたフレイムが転移で現れた。
「フレイム?」
(どうしてここに?)
彼は今頃、特製じっくりコトコトビーフシチューの仕上げにかかっているはずなのに。
フレイムは実は料理が上手い。店で既製品を買うより、彼自身に作ってもらった方が絶対に良い。あの味は本気で神。との情報をフルードから仕入れたアマーリエは、先日おねだりして軽食を作ってもらった。そしてあまりの美味しさに感動し……邸の料理人には申し訳ないが、彼らより上手いと思ってしまった……、ひたすら褒めちぎった。
『美味しいわ!』
『フレイムって料理の天才なのね!』
『最っっっ高!』
すると気を良くしたフレイムは、その後も空き時間にちょくちょくキッチンに立つようになった。
何でも、精霊だった頃や神使の頃は、神に仕える立場だったために神饌なども作っていたらしい。さらに、フルードを一時自分の手元に置いていた時期があり、その時に人間の料理をマスターしたそうだ。料理以外でも掃除や洗濯など一通りのことはできると言っていた。
軽食から本格的な料理、スイーツ、ドリンク、他国の料理まで何でもござれで、昨夜は夜勤明けのアマーリエのために一晩じっくり煮込む特製のコトコトビーフシチューを作っておくと言ってくれた。
「セインから念話が来たんだ。お前が神器を鎮めたって」
「ああ……大神官が知らせてくれたのね。大丈夫よ、怪我はしなかったわ」
アマーリエの全身を確認しているフレイムに微笑みかけると、山吹の瞳から力が抜けた。
「そうか、なら良いんだ。慌てすぎて料理ほっぽり出して来ちまった」
確かに、よく見ると白い前掛けを着けたままだ。アマーリエは目を剥いた。
「ええ!? 火は!? 火は消してきたのよね!?」
「おぅ、そこは任しとけ! 火の後始末は大事だからな!」
「良かったわ、さすがフレイム!」
互いに家事経験がある身なので、こんな会話になる。
「見ての通り私は大丈夫だから。せっかく来てくれたのに悪いけれど、もう戻ってもらっても……」
「いや、セインに頼まれたんだ。お前はきっと『私だけ休憩するなんて申し訳ないわ。早く行きましょう』って遠慮するだろうから、ビュッフェに引っ張ってってくれだと」
(だーいーしーんーかーんー!)
まさか聖威で心を読まれたのかと思うほど、ピタリとこちらの考えを当てて来る。なお、夜勤の神官もいるため、ビュッフェは終日営業だ。今の時間でも開いている。
「ビーフシチューは後でまた煮込めばいいしな。ほら行こうぜ!」
(きゃ~!)
長身のフレイムに軽々と抱き上げられ、アマーリエはビュッフェに連行されていった。
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明け方の神器暴走は、今日起こる事件の前半に過ぎなかったのだと。
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