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第2章
15.動乱の幕開け
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アマーリエは思わず、フレイムと顔を見合わせた。
《アヴェント侯爵家のリーリア様のことでしょうか?》
《違う。リーリアの件は私も聞いたが、それとは別だ》
《では、他にも神に見初められた者が出たのですか?》
驚きで声が高くなる。腕組みしたフレイムが言う。
《有り得ない話じゃねえな。仲の良い神が何柱かでつるんで下界を視て、各自良さげな奴を見初めた前例はある。今は神使選定の真っ最中だから、地上を確認する頻度も増えてるだろう》
中央本府がある帝都と皇都はあらかた視尽くしたので、地方や属国など他の場所を確認しようということになり、テスオラ王国にポイントを当てて視たのかもしれない。
《そういう場合、同じ国や近隣の地域で、同時期に複数の聖威師が誕生するんだ。今回もそれかもしれねえな》
《新たに聖威師となったのは、オーブリー・セドル・マキシム。テスオラの神官です》
(……オーブ、リー……?)
アマーリエの頭が真っ白になった。視界が狭まり、脈拍が速くなる。
「ん? オーブリー? どっかで聞いた名だな……」
フレイムが微かに呟いた声も耳に入らない。
《恐れながら、焔神様方に認証をお願いしたく思うのですが、いかがでしょうか?》
《んじゃ2日後、リーリアと一緒に確認すれば……ユフィー!?》
無意識の内によろめいていたらしい。くずおれかけた体をフレイムが抱きかかえてくれる。
「どうした!?」
《どうかなさいましたか》
念話越しでもただならぬ気配を察したか、アシュトンが声をかけて来た。
《……オーブリー・マキシムですか? ほ、本当に?》
《そう聞いている。何か知っているのか? テスオラの神官府にいたアマーリエならば情報を持っているかと思い、念話したのだが》
《ユフィーの知り合いなのか?》
落ち着かせるように背を撫でてくれるフレイムが、静かに聞いた。その手の温もりを支えに、アマーリエは頷く。
《ええ――よく知っています》
《それは助かる。話せる範囲で良い、私に教えてくれないか》
《王国の名門、マキシム侯爵家の嫡子で、年は私より三つ上。霊威の強さはリーリア様に次ぐと言われています。……自身の霊威と家格に対して、高い矜持と大きな自信を持っている人でした》
プライドだけは山のようにある高慢ちき、という自評を、どうにか穏便に言い換える。
《そして……》
息を吸い込み、続く言葉を発する前にフレイムを見る。
《フレイム、先に謝っておくわ。ごめんなさい。仕返しとか処罰とかよりも、早く忘れたいという思いの方が強くて。だから今まで言わなかったの。本当にごめんなさい》
《……何の話だ?》
唐突な言葉に付いて来られないフレイムが瞬きする。アマーリエはもう一度深呼吸し、中断した言葉を再開した。
《そして――オーブリーは私を虐めていました》
小さく息を呑む音が二つ。
《宗主国からの出向神官でありながら霊威が弱い私は、彼にとっては軽蔑の対象で――ずっと手酷い扱いを受けていました》
(オーブリーが……神の愛し子になった?)
あの男が神に見初められ、自分と同じ領域に上がって来たのか。
(もう関わることはないと思っていたのに)
オーブリーも霊威師である以上、死後は天に召されて神使になる。だが、聖威師となったアマーリエとは立場が開いたため、属国にいた頃のように接することはないと安堵していたのに。
――こっちを見るな、出来損ない
脳裏に蘇る記憶の中で、整った顔をした少年が罵声を上げている。傍らに控える形代は、大きなバケツを掲げていた。中身は空だ。並々と入っていた水は、全てアマーリエにぶちまけられた後だから。
『この前すれ違った時、俺を睨んだだろう。無能が偉そうにするな』と言いがかりを付けられ、彼が創り出した形代数体に体を抑えられ、バケツの中に頭を突っ込まれた。
睨んでなどいないと訴えても、やめて下さいと泣いて頼んでも、聞いてもらえなかった。意識を失う寸前まで溺れさせられては顔を引き上げることを繰り返された末、最後は中の水を引っ掛けられた。
辺りに漂う湿った土の匂い。泥が跳ねた神官衣が汚れている。
全てを形代にやらせ、己の手は動かしていない少年が、不意に顔を歪めた。アマーリエがもがいた拍子に飛び散った砂が、靴にかかったことに気付いたからだ。
――お前ごときが俺の足を汚すとは……!
低い唸りに続けて、聞くに堪えない罵倒が放たれる。
ナイフのような口撃に胸を抉られ、アマーリエは震えることしかできない。濡れ鼠になって咳き込みながら、涙を堪えてじっとうずくまっていた――。
「ユフィーッ!」
目の前が真っ暗になるような衝撃と共に、アマーリエはフレイムの胸に倒れかかるようにして崩れ落ちた。
《アヴェント侯爵家のリーリア様のことでしょうか?》
《違う。リーリアの件は私も聞いたが、それとは別だ》
《では、他にも神に見初められた者が出たのですか?》
驚きで声が高くなる。腕組みしたフレイムが言う。
《有り得ない話じゃねえな。仲の良い神が何柱かでつるんで下界を視て、各自良さげな奴を見初めた前例はある。今は神使選定の真っ最中だから、地上を確認する頻度も増えてるだろう》
中央本府がある帝都と皇都はあらかた視尽くしたので、地方や属国など他の場所を確認しようということになり、テスオラ王国にポイントを当てて視たのかもしれない。
《そういう場合、同じ国や近隣の地域で、同時期に複数の聖威師が誕生するんだ。今回もそれかもしれねえな》
《新たに聖威師となったのは、オーブリー・セドル・マキシム。テスオラの神官です》
(……オーブ、リー……?)
アマーリエの頭が真っ白になった。視界が狭まり、脈拍が速くなる。
「ん? オーブリー? どっかで聞いた名だな……」
フレイムが微かに呟いた声も耳に入らない。
《恐れながら、焔神様方に認証をお願いしたく思うのですが、いかがでしょうか?》
《んじゃ2日後、リーリアと一緒に確認すれば……ユフィー!?》
無意識の内によろめいていたらしい。くずおれかけた体をフレイムが抱きかかえてくれる。
「どうした!?」
《どうかなさいましたか》
念話越しでもただならぬ気配を察したか、アシュトンが声をかけて来た。
《……オーブリー・マキシムですか? ほ、本当に?》
《そう聞いている。何か知っているのか? テスオラの神官府にいたアマーリエならば情報を持っているかと思い、念話したのだが》
《ユフィーの知り合いなのか?》
落ち着かせるように背を撫でてくれるフレイムが、静かに聞いた。その手の温もりを支えに、アマーリエは頷く。
《ええ――よく知っています》
《それは助かる。話せる範囲で良い、私に教えてくれないか》
《王国の名門、マキシム侯爵家の嫡子で、年は私より三つ上。霊威の強さはリーリア様に次ぐと言われています。……自身の霊威と家格に対して、高い矜持と大きな自信を持っている人でした》
プライドだけは山のようにある高慢ちき、という自評を、どうにか穏便に言い換える。
《そして……》
息を吸い込み、続く言葉を発する前にフレイムを見る。
《フレイム、先に謝っておくわ。ごめんなさい。仕返しとか処罰とかよりも、早く忘れたいという思いの方が強くて。だから今まで言わなかったの。本当にごめんなさい》
《……何の話だ?》
唐突な言葉に付いて来られないフレイムが瞬きする。アマーリエはもう一度深呼吸し、中断した言葉を再開した。
《そして――オーブリーは私を虐めていました》
小さく息を呑む音が二つ。
《宗主国からの出向神官でありながら霊威が弱い私は、彼にとっては軽蔑の対象で――ずっと手酷い扱いを受けていました》
(オーブリーが……神の愛し子になった?)
あの男が神に見初められ、自分と同じ領域に上がって来たのか。
(もう関わることはないと思っていたのに)
オーブリーも霊威師である以上、死後は天に召されて神使になる。だが、聖威師となったアマーリエとは立場が開いたため、属国にいた頃のように接することはないと安堵していたのに。
――こっちを見るな、出来損ない
脳裏に蘇る記憶の中で、整った顔をした少年が罵声を上げている。傍らに控える形代は、大きなバケツを掲げていた。中身は空だ。並々と入っていた水は、全てアマーリエにぶちまけられた後だから。
『この前すれ違った時、俺を睨んだだろう。無能が偉そうにするな』と言いがかりを付けられ、彼が創り出した形代数体に体を抑えられ、バケツの中に頭を突っ込まれた。
睨んでなどいないと訴えても、やめて下さいと泣いて頼んでも、聞いてもらえなかった。意識を失う寸前まで溺れさせられては顔を引き上げることを繰り返された末、最後は中の水を引っ掛けられた。
辺りに漂う湿った土の匂い。泥が跳ねた神官衣が汚れている。
全てを形代にやらせ、己の手は動かしていない少年が、不意に顔を歪めた。アマーリエがもがいた拍子に飛び散った砂が、靴にかかったことに気付いたからだ。
――お前ごときが俺の足を汚すとは……!
低い唸りに続けて、聞くに堪えない罵倒が放たれる。
ナイフのような口撃に胸を抉られ、アマーリエは震えることしかできない。濡れ鼠になって咳き込みながら、涙を堪えてじっとうずくまっていた――。
「ユフィーッ!」
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