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第2章
25.主神の正体
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◆◆◆
「お父様、どういうことですの」
テスオラの神官たちに割り当てられた宿泊棟にて、リーリアは硬い声で呟いた。ここは父ヘルガの部屋で、今は人払いをしている。
「挨拶の席でリーリアを認証していただき、聖威師とお認めいただく手はずになっていたのだけど……」
蒼白な顔をした父が、消え入るような返事をよこす。
「ですが、神も聖威師もお声かけ下さいませんでした」
ワインレッドの髪と山吹色の双眸を持つ神は、おそらく、現在降臨中だという焔神だろう。
四大高位神が一、火神直属の神。その気になれば、最高神たる母神と同域にまで到達することができる神格と神威を持つ、選ばれし高みに坐す神。
火神の一族とは思えぬ凍える双眸でこちらを睥睨していた彼は、最後まで微かな笑みの一つも見せてくれなかった。
「先ほどから大神官と神官長に念話しているのだけど、繋がらないんだ。他の聖威師にも……。父上とマキシム当主は、予定通りに行かなかったから荒れまくって、自分の部屋にこもってしまったし」
オーブリーもまた、父たるマキシム当主の荒れ具合に恐れをなし、自室に退散してしまった。
「困ったなぁ、どうしようリーリア」
気弱な父は、このような時ですら娘に頼りきりだ。リーリアは肺の奥から溜め息を吐き出した。困っているのも、どうしようと問いかけたいのも自分の方だ。
「……聖威師と連絡が取れるまでは、下手に騒ぎ立てず現状維持にいたしましょう。わたくしも時間がありませんの。21の時まで、照覧祭のリハーサルがありますのよ。もう行かなくてはなりませんわ。何かあれば念話を下さいまし」
そう言い、急ぎ足で部屋を出る。胸中に重く渦巻き始めた、嫌な予感を抱えながら。
◆◆◆
「ふ…ふふふ、あっはははは」
腹を抱え、痩身をくの字に折り曲げて笑うラミルファが、バランスを崩して床に転がった。それでもまだ笑い続けている。
主任神官と副主任神官を含めた人間たちは既に下がらせた。ここに残っているのは、神格を持つ者だけだ。
「あの、大丈夫ですか……?」
そのうち笑い死にするのではないか。変な懸念を抱いたアマーリエが遠慮がちに聞くと、邪神は目尻に溜まった涙を拭いながら小刻みに頷いた。
「も、問題ないよ……心配を、かけて、すまないな……ふふっ」
息も絶え絶えな返事。首座にダラリと腰掛けたままのフレイムが億劫そうに前髪をかき上げる。
「どうしたお前、笑い病にでもかかったのか?」
ワインレッドの房が乱れてハラリと額にかかる。妙に色気のある仕草に、アマーリエは思わず唾を飲み込んだ。
「フレイム、君はおかしくないのかい。あの人間ども……くくっ、とんだ勘違いをして喜んでいるのだろう」
「アマーリエはあの二名について何か分かりましたか?」
オーネリアが問いかけて来た。アマーリエは寸の間黙り込み、慎重に口を開く。
「……どちらも聖威を持っていませんでした。有しているのは普通の霊威です。二人を奥まで視てみたところ、視えたのは人の形をした影でした。驚くほど濁った霊威を纏い、それを包むように赤黄の神威も帯びていました」
(何かしら、あの気持ちの悪い影は。それに、霊威を包んでいた神威……ラミルファ様の力に酷似していたわ。けれど、よく視たら僅かに違った。ラミルファ様の神威より少しだけ暗い色だったもの)
「よろしい。きちんと視えていますね」
満足げに返すオーネリアに続き、フレイムが舌打ちした。
「何が聖威師だ。アイツら、邪霊に魅入られてるぜ」
「……邪霊!?」
「ああ。神を騙る邪霊の口車に乗せられて、寵を得て聖威師になったと思い込んでやがる」
「けれど、リーリア様とオーブリーが神と邪霊を間違えるかしら。霊威の強さはテスオラでツートップなのよ」
「普通は気付くだろうな。だが、アイツらに憑いてるのはただの邪霊じゃねえ。ユフィーも感じた通り、神威を帯びてやがる」
それが澱んだ霊威を覆い隠してしまっているのだと、フレイムは話した。
「神格を持つ俺たちの眼は、神威の奥に潜んだ霊威まで正確に捉えられる。だが、リーリアたちのレベルじゃ、表面の神威しか視えねえだろうさ」
当波が優美な顔に憂いを乗せながら腕組みした。
「神格を抑えている私たちだけが認証したのであれば、状況や条件によっては見誤る可能性もあります。しかし、今回は神威を解放した焔神様がお立ち会い下さっております。邪霊憑きで間違いないでしょう」
神の面を出していない聖威師は、全知でも万能でもないのだ。アマーリエと初めて会った時のフレイムもそうだった。ミリエーナが得た神格が上辺だけのものであることを見抜けず、彼女が聖威師になったと聞いても喜びを感じないことに疑問を持たなかった。
それは、あの時の彼が、神威だけでなく神性そのものを聖威師以上に押し秘めるという特殊な状態になっていたためだ。ゆえにミリエーナの神格のおかしさに気付かず、同胞を歓迎する気持ちが湧かないことも、今の自分は神面を抑制しているからだと流してしまっていた。
だが、今の彼はもうあの時の状態ではない。神威は抑えているが、神性そのものを秘匿しているわけではないので、正しい認証をすることができる。
「邪霊が神器を手に入れて神の力を得たか、神の意を受けて神威の欠片を賜ったんだ。前者なら力ずくで叩きのめせば良いが、後者なら迂闊に手出しできねえぞ。他の神が、それも色持ちの高位神が関わってるんだからな」
「もしかして、今回誕生したという聖威師は皆そうなのではないかしら」
「お父様、どういうことですの」
テスオラの神官たちに割り当てられた宿泊棟にて、リーリアは硬い声で呟いた。ここは父ヘルガの部屋で、今は人払いをしている。
「挨拶の席でリーリアを認証していただき、聖威師とお認めいただく手はずになっていたのだけど……」
蒼白な顔をした父が、消え入るような返事をよこす。
「ですが、神も聖威師もお声かけ下さいませんでした」
ワインレッドの髪と山吹色の双眸を持つ神は、おそらく、現在降臨中だという焔神だろう。
四大高位神が一、火神直属の神。その気になれば、最高神たる母神と同域にまで到達することができる神格と神威を持つ、選ばれし高みに坐す神。
火神の一族とは思えぬ凍える双眸でこちらを睥睨していた彼は、最後まで微かな笑みの一つも見せてくれなかった。
「先ほどから大神官と神官長に念話しているのだけど、繋がらないんだ。他の聖威師にも……。父上とマキシム当主は、予定通りに行かなかったから荒れまくって、自分の部屋にこもってしまったし」
オーブリーもまた、父たるマキシム当主の荒れ具合に恐れをなし、自室に退散してしまった。
「困ったなぁ、どうしようリーリア」
気弱な父は、このような時ですら娘に頼りきりだ。リーリアは肺の奥から溜め息を吐き出した。困っているのも、どうしようと問いかけたいのも自分の方だ。
「……聖威師と連絡が取れるまでは、下手に騒ぎ立てず現状維持にいたしましょう。わたくしも時間がありませんの。21の時まで、照覧祭のリハーサルがありますのよ。もう行かなくてはなりませんわ。何かあれば念話を下さいまし」
そう言い、急ぎ足で部屋を出る。胸中に重く渦巻き始めた、嫌な予感を抱えながら。
◆◆◆
「ふ…ふふふ、あっはははは」
腹を抱え、痩身をくの字に折り曲げて笑うラミルファが、バランスを崩して床に転がった。それでもまだ笑い続けている。
主任神官と副主任神官を含めた人間たちは既に下がらせた。ここに残っているのは、神格を持つ者だけだ。
「あの、大丈夫ですか……?」
そのうち笑い死にするのではないか。変な懸念を抱いたアマーリエが遠慮がちに聞くと、邪神は目尻に溜まった涙を拭いながら小刻みに頷いた。
「も、問題ないよ……心配を、かけて、すまないな……ふふっ」
息も絶え絶えな返事。首座にダラリと腰掛けたままのフレイムが億劫そうに前髪をかき上げる。
「どうしたお前、笑い病にでもかかったのか?」
ワインレッドの房が乱れてハラリと額にかかる。妙に色気のある仕草に、アマーリエは思わず唾を飲み込んだ。
「フレイム、君はおかしくないのかい。あの人間ども……くくっ、とんだ勘違いをして喜んでいるのだろう」
「アマーリエはあの二名について何か分かりましたか?」
オーネリアが問いかけて来た。アマーリエは寸の間黙り込み、慎重に口を開く。
「……どちらも聖威を持っていませんでした。有しているのは普通の霊威です。二人を奥まで視てみたところ、視えたのは人の形をした影でした。驚くほど濁った霊威を纏い、それを包むように赤黄の神威も帯びていました」
(何かしら、あの気持ちの悪い影は。それに、霊威を包んでいた神威……ラミルファ様の力に酷似していたわ。けれど、よく視たら僅かに違った。ラミルファ様の神威より少しだけ暗い色だったもの)
「よろしい。きちんと視えていますね」
満足げに返すオーネリアに続き、フレイムが舌打ちした。
「何が聖威師だ。アイツら、邪霊に魅入られてるぜ」
「……邪霊!?」
「ああ。神を騙る邪霊の口車に乗せられて、寵を得て聖威師になったと思い込んでやがる」
「けれど、リーリア様とオーブリーが神と邪霊を間違えるかしら。霊威の強さはテスオラでツートップなのよ」
「普通は気付くだろうな。だが、アイツらに憑いてるのはただの邪霊じゃねえ。ユフィーも感じた通り、神威を帯びてやがる」
それが澱んだ霊威を覆い隠してしまっているのだと、フレイムは話した。
「神格を持つ俺たちの眼は、神威の奥に潜んだ霊威まで正確に捉えられる。だが、リーリアたちのレベルじゃ、表面の神威しか視えねえだろうさ」
当波が優美な顔に憂いを乗せながら腕組みした。
「神格を抑えている私たちだけが認証したのであれば、状況や条件によっては見誤る可能性もあります。しかし、今回は神威を解放した焔神様がお立ち会い下さっております。邪霊憑きで間違いないでしょう」
神の面を出していない聖威師は、全知でも万能でもないのだ。アマーリエと初めて会った時のフレイムもそうだった。ミリエーナが得た神格が上辺だけのものであることを見抜けず、彼女が聖威師になったと聞いても喜びを感じないことに疑問を持たなかった。
それは、あの時の彼が、神威だけでなく神性そのものを聖威師以上に押し秘めるという特殊な状態になっていたためだ。ゆえにミリエーナの神格のおかしさに気付かず、同胞を歓迎する気持ちが湧かないことも、今の自分は神面を抑制しているからだと流してしまっていた。
だが、今の彼はもうあの時の状態ではない。神威は抑えているが、神性そのものを秘匿しているわけではないので、正しい認証をすることができる。
「邪霊が神器を手に入れて神の力を得たか、神の意を受けて神威の欠片を賜ったんだ。前者なら力ずくで叩きのめせば良いが、後者なら迂闊に手出しできねえぞ。他の神が、それも色持ちの高位神が関わってるんだからな」
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