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第2章
84.傷の上塗り
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ぐっと低くなった声に、アマーリエはこっそりと溜め息を吐いた。
(ガルーンね……)
フレイムたちの話でしか聞いたことがなかった彼を、先日思わぬ形で垣間見た。
(一目見ただけで、私には無理なタイプだったわ)
先祖の聖威師から見限られ、地下行きが確定したガルーン。神だと信じていた存在が邪霊だったと知らされた彼は半狂乱になって喚き立て、最後にもう一度機会が欲しいと懇願し、フルードとの面会を切望したという。
むろん、そんなことを狼神たちが許すはずはない。だが、フルード自身の意思も含め色々な事情と思惑が交錯した結果、外見が瓜二つのアリステルが弟になりすまして面会し、本物のフルードは兄の従者に扮して同席することになったそうだ。フレイムと、変装したラミルファも立ち会っていたという。
結果、ガルーンは見事に騙され、偽物のフルードを本人と信じ込んだらしい。そして、どうやらその面会場で一悶着が起こったようなのだ。
(何があったのか、私は詳しい話を聞いていないけれど……ガルーンが、フルード様にとって相当ショックなことを言ったのよね)
面会は強制的に打ち切りとなり、フルードたちは空間を裂いて移動する形の転移で大神官室に戻って来た。アマーリエはちょうどその時、不在の大神官の代わりとして部屋に詰めていた。
だから、見えたのだ。
血の気が引いて今にも倒れそうなフルードと、彼を支える形で帰還したフレイムとラミルファ、顔を強張らせたアリステル。そして、もう一人……転移で割れた空間の向こうに、男性がいた。
だらしなく伸びた髭に落ち窪んだ眼窩、ボサボサの髪。そして、小汚い様相の中でもギラつくように光る、澱み果て濁り切った眼。囚人の証である手枷と鎖で室内に繋がれたその男が、フルードに腕を伸ばしながら何やら叫んでいた。
アマーリエがその姿を視認したのは一瞬だった。すぐに空間は閉じ、男の姿は見えなくなった。
(どう見ても普通の人間じゃないわよ、あの人)
仮眠室に運ばれたフルードはそのまま寝込んでしまった。といっても半日ほどのことで、現在は既に仕事に復帰しているが。
何があったのか聞ける雰囲気ではなかったので、詮索はしていない。時が来れば自然と、あるいは必要になった時に、誰かが話してくれるだろう。それまでは土足で踏み込むべきではない。
《クソ貴族のせいで、セインの心がメッタメタに傷付いちまった。ラミルファはしばらく離れねえだろうな》
《狼神様はいらっしゃらないの?》
《ああ。むろん愛し子を心配してはいるが……自分が降りたら怒りで世界を叩き壊してしまいそうだから、自重することにしたそうだ》
普段は大らかで寛容な狼神は、いざ怒らせると天界で最も怖いのだそうだ。本当は激昂に任せて荒神化するくらい暴れたいところを、僅かに残った理性で自制しているのだろう。
(フルード様の傷が早く癒えますように)
今のアマーリエにできるのはそう祈ることくらいだ。
「……素晴らしい内容でした。皆の修練の成果が伝わりました。今後も神官としての務めに励んで下さい」
テスオラの催しが終わった。舞台上から期待を込めた眼差しを向ける神官たちに、立ち上がったアマーリエは淑やかに告げる。そして、フレイムに手を引かれ、適当に笑顔を振りまきながら退室した。
一方のフレイムは無表情だ。神官たちに一声もかけず、一瞥もしない。下手に優しい態度を取れば、無駄な期待をさせてしまうからだ。
名残惜しそうな神官たちが何名か腕を伸ばしかけたが、ヘルガが止めていた。素直に言うことを聞かせられるあたり、彼は予想以上の潜在能力を秘めているのかもしれない。
《アマーリエ様》
神官府にある自室に戻り、一息ついた時、リーリアから念話が響いた。
(ガルーンね……)
フレイムたちの話でしか聞いたことがなかった彼を、先日思わぬ形で垣間見た。
(一目見ただけで、私には無理なタイプだったわ)
先祖の聖威師から見限られ、地下行きが確定したガルーン。神だと信じていた存在が邪霊だったと知らされた彼は半狂乱になって喚き立て、最後にもう一度機会が欲しいと懇願し、フルードとの面会を切望したという。
むろん、そんなことを狼神たちが許すはずはない。だが、フルード自身の意思も含め色々な事情と思惑が交錯した結果、外見が瓜二つのアリステルが弟になりすまして面会し、本物のフルードは兄の従者に扮して同席することになったそうだ。フレイムと、変装したラミルファも立ち会っていたという。
結果、ガルーンは見事に騙され、偽物のフルードを本人と信じ込んだらしい。そして、どうやらその面会場で一悶着が起こったようなのだ。
(何があったのか、私は詳しい話を聞いていないけれど……ガルーンが、フルード様にとって相当ショックなことを言ったのよね)
面会は強制的に打ち切りとなり、フルードたちは空間を裂いて移動する形の転移で大神官室に戻って来た。アマーリエはちょうどその時、不在の大神官の代わりとして部屋に詰めていた。
だから、見えたのだ。
血の気が引いて今にも倒れそうなフルードと、彼を支える形で帰還したフレイムとラミルファ、顔を強張らせたアリステル。そして、もう一人……転移で割れた空間の向こうに、男性がいた。
だらしなく伸びた髭に落ち窪んだ眼窩、ボサボサの髪。そして、小汚い様相の中でもギラつくように光る、澱み果て濁り切った眼。囚人の証である手枷と鎖で室内に繋がれたその男が、フルードに腕を伸ばしながら何やら叫んでいた。
アマーリエがその姿を視認したのは一瞬だった。すぐに空間は閉じ、男の姿は見えなくなった。
(どう見ても普通の人間じゃないわよ、あの人)
仮眠室に運ばれたフルードはそのまま寝込んでしまった。といっても半日ほどのことで、現在は既に仕事に復帰しているが。
何があったのか聞ける雰囲気ではなかったので、詮索はしていない。時が来れば自然と、あるいは必要になった時に、誰かが話してくれるだろう。それまでは土足で踏み込むべきではない。
《クソ貴族のせいで、セインの心がメッタメタに傷付いちまった。ラミルファはしばらく離れねえだろうな》
《狼神様はいらっしゃらないの?》
《ああ。むろん愛し子を心配してはいるが……自分が降りたら怒りで世界を叩き壊してしまいそうだから、自重することにしたそうだ》
普段は大らかで寛容な狼神は、いざ怒らせると天界で最も怖いのだそうだ。本当は激昂に任せて荒神化するくらい暴れたいところを、僅かに残った理性で自制しているのだろう。
(フルード様の傷が早く癒えますように)
今のアマーリエにできるのはそう祈ることくらいだ。
「……素晴らしい内容でした。皆の修練の成果が伝わりました。今後も神官としての務めに励んで下さい」
テスオラの催しが終わった。舞台上から期待を込めた眼差しを向ける神官たちに、立ち上がったアマーリエは淑やかに告げる。そして、フレイムに手を引かれ、適当に笑顔を振りまきながら退室した。
一方のフレイムは無表情だ。神官たちに一声もかけず、一瞥もしない。下手に優しい態度を取れば、無駄な期待をさせてしまうからだ。
名残惜しそうな神官たちが何名か腕を伸ばしかけたが、ヘルガが止めていた。素直に言うことを聞かせられるあたり、彼は予想以上の潜在能力を秘めているのかもしれない。
《アマーリエ様》
神官府にある自室に戻り、一息ついた時、リーリアから念話が響いた。
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