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4君への気持ち
しおりを挟む誰かを好きになることがどういうことなのか加瀬は蘭に出会うまで知らなかった。
祖父の店「ブルーモーメント」を引き継いで五年。正直必死だった。祖父の代からのお客を大切にしつつ、新規の客を入れるためにどうしていけば良いのか。
お客の要望以上のスーツを作るためにとにかく技術を身につけた。失敗もたくさんした。共同経営者の原とも最初の頃は衝突することもあった。
スーツを作る時はとにかく着る人のことを考えた。自分の作りたいものを優先して作ったものはただのエゴの塊でしかない。このスーツを着て、大切な会議に出るかもしれない。このスーツが誰かの特別になれるように愛情を込めて作った。
そうしてやって店を軌道に乗せることが出来た。ありがたいことに、雑誌に取り上げてくれることもあった。
加瀬にとって一番大切なのは祖父から継いだ「ブルーモーメント」をこれからも愛される店であるようにすること。ただそれだけだった。
恋愛なんてもう自分にはいらない、必要ないと思っていた。
それでも、出会ってしまうのだ。どうしても自分の意思ではどうすることもできないところで心が動いてしまう。
加瀬は蘭に出会ってしまった。
初めて出会ったのは雑誌の撮影現場だった。見たこともないカメラ、フラッシュ、加瀬は気後れしてしまうような華やかな世界だった。
蘭はうちのスーツを着るモデルだった。照明の下、まだ若いのに自分が作ったスーツを着こなす蘭の姿に目を離せなかった。スーツをよく見せる方法もわかっているようだ。蘭のために作ったスーツではないのに、蘭が着ればそれは蘭だけの世界でただ一つのオーダースーツになった。
この人のためにスーツを作りたい。そう思った。この人だけの特別なスーツを作って、蘭を笑顔にしたい。
正直、一目惚れだった。十も若い、キラキラしたモデルに恋をするなんて本当に自分を馬鹿だと思った。でも、蘭を好きになってしまったのだ。
自分は臆病だから話しかけることはできなかった。だから蘭から話しかけてくれた時は内心は飛び上がるほど嬉しかった。心臓の鼓動が聞こえていないか、それだけが心配だった。
「あの、このスーツとっても着心地が良くて素敵ですね」
加瀬がいる所まで走ってきた蘭はそう言ってはにかんだ。
あーこの人はこんな風に笑うんだなと思った。
この人が好きだなと改めて実感した。
そんな蘭とまさか付き合えるようになるなんて今でも信じられない。蘭との日々は本当に幸せだ。
お互い好きで同じ気持ちで隣にいる。お互いの仕事も尊重できる。
蘭とキスをする時、いまだに少し体が硬くなるけど段々と自分に体を委ねて、気持ちよくなるところがすごく可愛い。
もっと触りたくて、どうしようもなくなる。大切にしたい。壊さないよう、宝物みたいに扱いたい。
それと同時にめちゃくちゃにしたくなる時があるのだ。
それが怖かった。いつか、自分が蘭を傷つけてしまう。そんな気がして何もできなくなってしまった。
蘭から話があると連絡があって3日、今日は土曜日だ。
午後から蘭と会う約束をしている。駅で待ち合わせだ。
嫌な予感がする。もしかしたら別れ話かもしれない。見掛け倒しのただの臆病な自分に蘭は失望しただろう。
行きたくない。でも蘭の話はしっかり聞かなければ。
加瀬は重い足取りで駅に向かった。
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