君のスーツを脱がせたい

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5君のスーツを脱がせたい 終


 待ち合わせよりもだいぶ早く来てしまった。昨日は眠れなかった。今日、加瀬にどう自分の気持ちを伝えれば良いのか考えていたらとうとう朝になってしまったのだ。
 今日を特別な日にしたい。蘭はそう思っていた。だから、この前の誕生日の時に加瀬が作ってくれたスーツを着ている。それに合わせて髪もセットしてちゃんと大人っぽく見えるように何度もチェックした。


 「お待たせ、蘭くん…… わ、そのスーツ」


 声のした方を見ると加瀬が目を見開いて蘭を見ていた。


 「あの、早速スーツを着てみました。あの、どうですか?」


 「うん、すごくいいよ、うれしい」


 加瀬は喜んでくれたみたいだ。でも気のせいだろうか。加瀬の笑顔が妙にぎこちない気がする。
 

 「蘭くん、今日はどこに行こうか、近くに喫茶店があって」


 「加瀬さん」


 「ん?」


 「えっと、あの、今日は俺の家に行きませんか?ゆっくり話もしたいので」


 これを言うのにすごく緊張した。加瀬を自分の家に招くのは初めてなのだ。
 恐る恐る加瀬を見る。


 「うん。じゃあ、お邪魔しようかな」

 
 加瀬は優しい声音でそう言った。
 蘭は安心した。いつもの優しい加瀬だ。大丈夫。たくさんシミュレーションしたのだ。うまくいく。





 「お邪魔します」
 

 「今、お茶を淹れるのであそこのソファに座っててください」


 一人暮らしなので部屋はそこまで広くない。蘭は部屋の真ん中に設置されたソファを指差して加瀬に言った。


 「蘭くんのお部屋はすごく綺麗だね」


 「いえ、そんなことないですよ」


 本当は加瀬が来てもいいようにしっかり掃除をしたのだけれどそれは言わない。



 コーヒーを二人分、ソファの前のテーブルに置く。テレビは何となくつけなかったのでとても静かだ。
 ソファに並んで腰をかけているので加瀬の表情がよく見えない。でもその方がいいかもしれない。緊張して話せないかもしれないから。

 「あの、加瀬さん。今日は話があって」


 「うん」

 加瀬の声はいつもより低かった。


 「あの、俺、加瀬さんが……」


 「ごめん、ちょっと待って」

 加瀬が蘭の話を遮った。


 「ごめん、心の準備が必要で」



 「心の準備?」



 「ちゃんと覚悟はしてたんだけど、いざ蘭くんの口から聞こうとするとちょっと…」



 ん? 何か話が噛み合っていない気がする。



 「あの加瀬さん?加瀬さんはこれから俺がどんな話をしようと思ってるんですか?」



 「え? それは、……わ、別れ話だろう」



 「は?」


 加瀬の言葉が想像の斜め上すぎて蘭は声が裏返ってしまった。



 「ちょっと、待ってください。違いますから。全然。あの、俺の話ちゃんと聞いてください」


 「え?違うの」


 二人は向かい合い、顔を合わせる。緊張している場合ではない。勘違いさせる前に自分の気持ちを伝えなくてはと、蘭は腹をくくった。


 「俺は、加瀬さんが好きです。加瀬さんが大好きなんです。だから、キスも好きだし、加瀬さんに触れられると幸せな気持ちになります。でも、加瀬さんはどこか一歩引いてる気がして、ずっと不安だったんです」


 加瀬の目を見られない。蘭は震える声で続けた。



 「加瀬さんはもしかしたら、俺とそういうこと、したくないのかなとか…」


 「したくないわけない!」


 
 加瀬が蘭の目を見る。加瀬は焦っていた。


 「ぼ、僕も蘭くんのことが大好きです。本当に好きです。だから大切にしたいんです。でも、時々自分でも歯止めがきかなくなりそうな時があります。蘭くんに触りたくて、でもめちゃくちゃにしてしまいそうで怖いんです」 


 加瀬の顔は今まで見たことがないほど真っ赤だ。そして、きっとそれ以上に自分の顔も赤くなっているだろう。
 加瀬も同じ気持ちだという。自分に触りたいという。それもめちゃくちゃにしてしまいそうだから怖いと。
 どれだけ自分は大切に思われていたのか、加瀬の言葉、表情から嫌というほど伝わってくる。


 「そんなの、俺たち恋人ですよね?俺は加瀬さんにもっと触れたいです。それに俺は、あの、えっと、めちゃくちゃにされるのが加瀬さんだったら全然いいんです」


 
 爆発しそうだ。恥ずかしい。でもこれが本当の気持ちなのだ。
 加瀬だったらいい。加瀬にだったらどんなにされたって大丈夫だ。だってこんなに好きなんだから。


 「蘭くん、それはもう誘ってるんですか?」


 加瀬が可愛い。年上でいつも大人な加瀬が今は顔を赤らめて蘭を見つめている。
 蘭は加瀬の服の裾をギュッと握った。



 「俺はずっと、誘ってますよ」



 加瀬が蘭に顔を寄せる。あっと思う間もなく唇にふれる。
 いつもは触れ合う程度の優しいキスだが今日は違う。最初から貪るような激しいキスだった。 
 静かな部屋には恥ずかしい音が響く。それを恥じる余裕なんてないほどお互いの舌が絡め合う。


 「ん、あ、か、かせさん」


 唇が離れる。いつもはここで終わってしまうけれど今日は違った。
 加瀬は蘭をソファーに押し倒した。ゆっくりと体重をかけてくる。
 加瀬の目の熱は高い。初めて見る顔だ。蘭のネクタイに手をかけ、そっと加瀬は脱がしていく。


 「本当はずっと、このスーツを君にあげた時から思っていました。このスーツを僕が脱がせたいって」


 ワイシャツのボタンを外す合間にも蘭の肌に唇を寄せ、愛撫する。
 気持ちよかった。加瀬が自分を求めてくれている。それが嬉しかった。
 蘭は加瀬の首に腕を巻きつけ、引き寄せた。



 「大好き、加瀬さん」

 耳元で囁く。


 「僕も大好きですよ、本当に」


 加瀬の優しい声に心が溶けていく。
 蘭は安心して加瀬に身体を委ねた。





 

 朝起きて、一番に見るものが好きな人の顔だったらすごく幸せだと思う。蘭はその幸せを今噛み締めていた。 
 隣には加瀬の寝顔がある。規則正しい寝息が聞こえる。
 カーテンの隙間からの光が加瀬の顔をゆらゆらと漂う。
 昨日、初めて加瀬と繋がった。心と身体、両方で繋がったあの瞬間を蘭はこの先を忘れないだろう。
 少し腰が痛むが、その痛みすら愛おしい。
 この先もこうして加瀬とこういう朝を繰り返していきたい。ただ一人、加瀬と幸せになりたいのだ。
 加瀬の眠りは深いようだ。まだ当分起きそうにない。
 今日は何をしようか。日曜日だからどこかでかけるのもいいな。加瀬となら何をしても楽しい。
 蘭は加瀬の寝顔にそっとキスをして優しく微笑んだ。


         終
 
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