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「あ、…そう?…じゃ、会ったらね」
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雨は今日で3日目。
夏の終わりの雨は、気温を下げて一気に肌寒く感じる。
1日遅れで何とか乾いていた洗濯物も、3日目にはとうとうサイクルが合わなくなって来て……カラッと乾かなくなった。
洗濯物は外に干す派の俺は、家の洗濯機に乾燥機能は無く……いや、一応有るには有るんだが、全く使わないので無いとしているって感じか…。
なので、雨が続くとベランダに干すには限界がある。
春頃に、住んでるマンションの近くに割と大きなコインランドリーが出来て、梅雨の時はけっこうお世話になった。
長袖の薄手のパーカーをクローゼットから引っ張り出して着込むと、1人暮らしの割には量の多い脱水済みの洗濯物をカゴに詰め込み部屋を出た。
「っ、さむ…」
エレベーターを降りてエントランスから外に出ると、思ったよりも風が冷たくて思わずそう呟いた。
持ってた傘を片手で開くと、夕方に降り出してからまだしつこく落ちて来てる雨がパラパラと音を立てた。
俺は、久我 侑利(くが ゆうり) 24歳。
「BIRTH(バース)」というBARで働いている。
その界隈では、けっこうデカい造りの独立店でスタッフも多い。
人数が多い割に珍しくスタッフ間のいざこざも少なく、チームプレイの良さかどうかは分からないが、オープンして3年が経った今も、毎月の売り上げはずっと黒字をキープしてる。
俺は、今では少なくなったオープニングスタッフの1人。
オーナー兼店長の、桐ケ谷さんに面接で気に入って貰ったのがきっかけで働き始めた。
…というのも、当時俺は特に仕事もしてなくて遊んでばっかだった。
でも、何気なく参加した高校の同窓会で、昔ほんとにバカだった奴が卒業後に定職に就いてて、ボーナスがどうとか車がどうとか言ってんのを聞いて、マジでヤバいぞって思ったのが働こうと思った理由。
それを面接で話すと、桐ケ谷さんは可笑しそうに笑って「多分、君は採用する事になると思う」って言われて……3日後に採用の電話が来た。
両親はアメリカに住んでて、そっちで2人で飲食店やって、はっきり言って成功してる。
いくつも支店をオープンさせて、もう2年間1度も息子に会いに帰国してないぐらいに忙しくしてる。
たまに電話があって、そこでお互い近況報告するけど、基本的に放置だ。
「お前の事は信用してるから何をしても良いが、人を傷付ける事だけはするな」と言う、ざっくりとした言いつけだけで、高校生だった一人息子に一人暮らしをするマンションと必要な家具家電、それと高校生が持つには高額すぎるほどの金が入った口座を用意して、住んでいた家をさっさと売ってアメリカへ行った。
自分の親ながら、天晴な行動。
無駄な事が何一つ無い。
BIRTHではスタッフは店の看板的な要素もあって、それを目当てに来てくれるお客さんが過半数。
指名が入る時もある。
そうすると、そのお客さんが退店するまでは優先的にそのテーブルへ行ったり、時には一緒に座って話をしたり…。
指名が重なったりする事もあるから、人気のあるスタッフは結構大変。
勤続年数、職場での役割、に加え、人気順で給料が変わって来るから、そこはやっぱり重要な点でもある。
俺は、ありがたい事に、一応人気のあるスタッフって事になるんだろう…。
毎月、1人暮らしの独身の男が生活するのには困らない程の給料を貰ってるので、実際親が俺の為に用意した口座にも、BIRTHで働き出してからは1度も手を付ける事なく今日まで普通に暮らせている。
今、BIRTHはリニューアル工事が始まったばかり。
もう少し、フロアを広げて全体の雰囲気を変える目的。
「大がかりな工事になるから、思い切って1ヶ月店閉めるわ」と桐ケ谷さんが言ったのが5月頃。
夏は何かとイベントがあるから閉められないし、あんまり年末に押し迫るとクリスマスや年越しイベントに支障が出るからって事で、今の時期になった。
「もちろん、休みの間も給料は出すから、備品撤去と後の方で搬入、あと、捨てる物とか片付けを手伝いに来てくれ」と、お願いされた。
そんなの、給料無しで良い、ってみんな言ったけど、そこは桐ケ谷さんの性格で、店で働かせるんだからって引かなかった。
そんなとこも、みんな桐ケ谷さんを信頼してて、チームワークが良くなるポイントなのかも知れないが…。
そういう訳で、昨日、今日と手伝いに行ってたら…汗だくになって……それでこんなに洗濯物が多いんだ…。
コインランドリーに着いた頃には、脱水してるとは言え濡れた洗濯物が大量に入ってるカゴを持ってた方の手は、くっきりと持ち手の痕が付いてる程だ。
「…痛ぇ」
小さく呟いて、中へ入る。
店内は静かで……いくつか洗濯物が回ってる。
とりあえず、この重いカゴを一旦机に置いて、多分小銭が無いから両替して、……って、…
「ぉ、…」
思わず、声に出してしまった。
あんまり見えて無かったけど……人が居た…。
それも……床に這いつくばる感じで…。
「ぁ、すみませんっ」
俺に気付いて急いで立ち上がる。
体を折り曲げてたから分からなかったけど、立ち上がるとスラッと細い体形の………女みたいに異常にキレイな男。
持て余しそうなくらい長い足………俺より少し低いくらいの身長……歳は……多分下。
すんげぇ整った顔立ちで、二重じゃないけど小さくはない少し切れ長の目が、ちょっと印象的。
無造作に伸びてる髪を緩く斜めに分けている。
一言で軽くまとめてしまうとしたら……「イケメン」だろう。
それも、ただのイケメンではなく、超絶イケメンだ。
男は…少し、気まずそうに俺を見ると、一歩下がってその場を空けた。
どうぞ、的な。
軽いお辞儀を返して、両替機の前に立つ。
財布を開けると、思った通り小銭が無い。
千円札を取り出し、両替機に入れる。
静かな店内に機械音が響いた。
……少し後ろに立ってる、その男…。
あの体制からして、きっと小銭を落としたんだって分かる。
機械の下に入ったんだろう。
換金し終わった小銭を一気に掴んで財布に入れ、後ろの男に軽く会釈。
何個か空いてる乾燥機のドアを開けて、大量の洗濯物を放り込む。
視界の端に男が見える。
チラッと見ると、しゃがみ込んで機械の下や横の隙間を見てる。
何円落としたんだよ、一体…。
「…お金、落ちたの?」
気まずさもあって、何となく声をかけた。
「えっ、あ、はいっ」
急に話しかけたからか、男はビクッと肩を竦ませて慌てて立ち上がる。
「取れねぇの?」
「どこにあるか分かんなくて…」
困ったような表情。
「いくら落ちたの?」
「……100円」
……100円?
……それにそんなに必死になるか?
500円玉なら分からなくもないけど。
男はバツが悪そうに少し俯いた。
「ん、これ」
俺は、今両替したばかりの小銭の中から、100円玉を出して男に差し出した。
「えっ?」
男が驚いたような顔をして俺を見る。
そんなに驚くような事でも無いだろ、って思うけど…
「使いなよ」
「えっ、いえっ、大丈夫ですっ、そんな、」
体の前で手をブンブン振りながら全力で遠慮して来る。
「でも、無いと困るんでしょ?」
男の物であろう洗濯物もまだ乾燥はされてない感じだった。
小銭は無いけど、札があるだろうと少し頭をよぎったが、出して来ない辺りもしかして小銭しか持ち合わせていないのかも知れない、などと見知らぬ初対面の男の財布事情まで心配してやる俺って何なんだ……
「……すみません……ありがとうございます…」
ややあって、少し恐縮したように男が言う。
「どうぞ」
両手を重ねて出した手の平に100円玉を置いてやった。
出した手は少し震えてて、緊張してんのが分かる。
男にしてはキレイな長い指を折り曲げて、大事そうに100円玉を握ると、
「ありがとうございますっ、あの、ちゃんと返しますっ」
とか言うもんだから、一瞬きょとんとしてしまった。
「え、良いよ、返さなくて」
「いえっ、ダメですっ」
男が一歩前へ出る……代わりに俺が一歩下がる。
「…あ、じゃあ、次、もしまた会ったら返してよ」
男の気迫に少し押されながら言った。
「…はいっ」
納得したように男は笑って頷いた。
その顔が…………男のクセに意外と可愛いな、なんて思ってしまったのが、そいつに対しての第一印象。
乾燥時間がけっこうかかるので、その間はどうしようかと思ったが家に帰るにもまたすぐ来ないといけなくて、それを考えるとめんどくさくなって、そのままコインランドリー内で待つ事にした。
特にする事もないから、何となく店内のイスに座って携帯を取り出す。
あ、天馬からLINE来てる…。
黒瀬 天馬(くろせ てんま)
仕事仲間で、高校時代からの親友でもある。
どうせ、暇だから飯でも…みたいな事だろう。
でも、俺今日、もう飯食ったし…
そんな事を予想しながら携帯を操作しつつ…チラッと何となくさっきの男を見る。
男は、乾燥機じゃなくて洗濯機の方へ入れている。
はっきり言って、洗濯物はすごく少ない……脱水まで家でやって来りゃ良いのに……洗濯機壊れてんのかも知れないか……いや、でもそれぐらいの量なら手洗いしたって別に大変じゃねぇよ……
……いや、まぁ、他所の奴の洗濯の心配なんかどうでも良いんだけど……
俺は携帯に意識を戻す。
『飯もう食った?』
想像通りでちょっと笑えた。
返事を返すと、しばらくしてまたメッセージが入る。
『めっちゃ食うの早ぇじゃん。じゃあ飲み行く?』
暇人か。
まぁ…俺もそんなする事無いけどさ…
『今、コインランドリー。終わったら連絡するわ』
しばらくの後、「オケー」と軽い返事が入る。
天馬とは、仕事上がりでそのまま飲みに行ったりする事も多い。
だいたいが色恋的な話……たまに、真面目に語る時もあるけど……。
どっちにしても、俺はこの天馬という奴を…何と言うか…すげぇ認めてる。
きっとすごく好きなんだと思う。
そこは、変な意味じゃなくて。
親友として。
天馬とのやり取りを終えて、また少し離れた所に座ってる男を見る。
そいつも、どこか行く風でもなくイスに座ってる。
携帯で暇つぶしするでもなく、店内に置いてある本を読むでもなく、ただ、回る洗濯物を見ながらぼんやりしてる。
もしかしたら……変な奴なのかも知れない。
100円ぐらいにあんなに必死になるとか……床に頭擦り付けてまで探してたし……
あれ……?
今……何か……
見間違いでは無いと思う。
視力は割と良い方だし…。
何気に見てた男の横顔……その顎のラインから1滴水滴が落ちたように見えた。
いや、きっと落ちた。
俺の視力だときっと間違いない。
……泣いてる?
……気付かれてはいけないような気がして、急いで携帯に視線を戻す。
男が少し俺に背を向けるようにして袖口を顔に持って行ってるのが、視界の端で分かる。
すぐに男は立ち上がり、端っこにあるトイレに入って行った。
……何だよ……ますます分かんねぇ……
洗濯物見ながら泣くってさぁ……どういう心理状態だよ……
よっぽど辛い事があったか……よっぽど変な奴か……
どっちにしても………気になって仕方ねぇわ!
男はしばらく出て来なかった。
その間に、2人、別の客が来て洗濯物を入れたり、乾いたのを取り出したり…。
謎の男と2人っきりでちょっと気まずかったし、他の客が来てくれて正直ホッとしたのもある。
少しして、男はトイレから出て来たけど、その顔は端が見るには泣いた後のようには見えなかった。
トイレで落ち着けて来たんだろう。
間に他の客も居たし、何となくあんまり見ない方が良いかと思って、俺ももうそいつを見るのを止めた。
ピーと、控え目な音が鳴って、俺の洗濯物が乾燥終了になった。
俺は立ち上がり、ふんわりと乾燥された洗濯物を取り出し、適当に畳んでカゴに入れて行く。
男の事は……正直、気になって仕方が無かったけど……乾燥も畳みも終わった今、もうここに居る理由は無くなった。
俺は、水分が飛んで随分軽くなった洗濯物のカゴを持つと、歩き出した。
そして、その男の前を通り過ぎて出ようとした時……
「あのっ…」
呼び止められて、思わずビクッとなってしまった。
「ほんとに、ありがとうございました」
男は立ち上がり、丁寧にお辞儀してくれる。
「あぁ、全然」
そんなにお礼言われるような事でもねぇんだけど…
「ここ、よく利用してますか?」
「え…あぁ、よく、でも無いけど、雨が続いたりしたら来てるかな」
普通に会話…。
「こ、今度、ちゃんと返します」
まだ言ってるし。
「あぁ、別に良い、」
「ダメですっ」
被せて来た!
「返します」
「あ、…そう?…じゃ、会ったらね」
さっきもした会話だけど……
「はいっ」
笑った。
さっきは泣いてたのに。
「じゃあ、な」
「じゃあ、また」
笑顔で送り出されて……
嫌な気もしなかった。
やっぱり……笑った顔が、ちょっと可愛いと思ってしまう俺って何なんだ…。
降ってた雨はもう止んでて……差して来た傘の水滴を払い、帰路についた。
夏の終わりの雨は、気温を下げて一気に肌寒く感じる。
1日遅れで何とか乾いていた洗濯物も、3日目にはとうとうサイクルが合わなくなって来て……カラッと乾かなくなった。
洗濯物は外に干す派の俺は、家の洗濯機に乾燥機能は無く……いや、一応有るには有るんだが、全く使わないので無いとしているって感じか…。
なので、雨が続くとベランダに干すには限界がある。
春頃に、住んでるマンションの近くに割と大きなコインランドリーが出来て、梅雨の時はけっこうお世話になった。
長袖の薄手のパーカーをクローゼットから引っ張り出して着込むと、1人暮らしの割には量の多い脱水済みの洗濯物をカゴに詰め込み部屋を出た。
「っ、さむ…」
エレベーターを降りてエントランスから外に出ると、思ったよりも風が冷たくて思わずそう呟いた。
持ってた傘を片手で開くと、夕方に降り出してからまだしつこく落ちて来てる雨がパラパラと音を立てた。
俺は、久我 侑利(くが ゆうり) 24歳。
「BIRTH(バース)」というBARで働いている。
その界隈では、けっこうデカい造りの独立店でスタッフも多い。
人数が多い割に珍しくスタッフ間のいざこざも少なく、チームプレイの良さかどうかは分からないが、オープンして3年が経った今も、毎月の売り上げはずっと黒字をキープしてる。
俺は、今では少なくなったオープニングスタッフの1人。
オーナー兼店長の、桐ケ谷さんに面接で気に入って貰ったのがきっかけで働き始めた。
…というのも、当時俺は特に仕事もしてなくて遊んでばっかだった。
でも、何気なく参加した高校の同窓会で、昔ほんとにバカだった奴が卒業後に定職に就いてて、ボーナスがどうとか車がどうとか言ってんのを聞いて、マジでヤバいぞって思ったのが働こうと思った理由。
それを面接で話すと、桐ケ谷さんは可笑しそうに笑って「多分、君は採用する事になると思う」って言われて……3日後に採用の電話が来た。
両親はアメリカに住んでて、そっちで2人で飲食店やって、はっきり言って成功してる。
いくつも支店をオープンさせて、もう2年間1度も息子に会いに帰国してないぐらいに忙しくしてる。
たまに電話があって、そこでお互い近況報告するけど、基本的に放置だ。
「お前の事は信用してるから何をしても良いが、人を傷付ける事だけはするな」と言う、ざっくりとした言いつけだけで、高校生だった一人息子に一人暮らしをするマンションと必要な家具家電、それと高校生が持つには高額すぎるほどの金が入った口座を用意して、住んでいた家をさっさと売ってアメリカへ行った。
自分の親ながら、天晴な行動。
無駄な事が何一つ無い。
BIRTHではスタッフは店の看板的な要素もあって、それを目当てに来てくれるお客さんが過半数。
指名が入る時もある。
そうすると、そのお客さんが退店するまでは優先的にそのテーブルへ行ったり、時には一緒に座って話をしたり…。
指名が重なったりする事もあるから、人気のあるスタッフは結構大変。
勤続年数、職場での役割、に加え、人気順で給料が変わって来るから、そこはやっぱり重要な点でもある。
俺は、ありがたい事に、一応人気のあるスタッフって事になるんだろう…。
毎月、1人暮らしの独身の男が生活するのには困らない程の給料を貰ってるので、実際親が俺の為に用意した口座にも、BIRTHで働き出してからは1度も手を付ける事なく今日まで普通に暮らせている。
今、BIRTHはリニューアル工事が始まったばかり。
もう少し、フロアを広げて全体の雰囲気を変える目的。
「大がかりな工事になるから、思い切って1ヶ月店閉めるわ」と桐ケ谷さんが言ったのが5月頃。
夏は何かとイベントがあるから閉められないし、あんまり年末に押し迫るとクリスマスや年越しイベントに支障が出るからって事で、今の時期になった。
「もちろん、休みの間も給料は出すから、備品撤去と後の方で搬入、あと、捨てる物とか片付けを手伝いに来てくれ」と、お願いされた。
そんなの、給料無しで良い、ってみんな言ったけど、そこは桐ケ谷さんの性格で、店で働かせるんだからって引かなかった。
そんなとこも、みんな桐ケ谷さんを信頼してて、チームワークが良くなるポイントなのかも知れないが…。
そういう訳で、昨日、今日と手伝いに行ってたら…汗だくになって……それでこんなに洗濯物が多いんだ…。
コインランドリーに着いた頃には、脱水してるとは言え濡れた洗濯物が大量に入ってるカゴを持ってた方の手は、くっきりと持ち手の痕が付いてる程だ。
「…痛ぇ」
小さく呟いて、中へ入る。
店内は静かで……いくつか洗濯物が回ってる。
とりあえず、この重いカゴを一旦机に置いて、多分小銭が無いから両替して、……って、…
「ぉ、…」
思わず、声に出してしまった。
あんまり見えて無かったけど……人が居た…。
それも……床に這いつくばる感じで…。
「ぁ、すみませんっ」
俺に気付いて急いで立ち上がる。
体を折り曲げてたから分からなかったけど、立ち上がるとスラッと細い体形の………女みたいに異常にキレイな男。
持て余しそうなくらい長い足………俺より少し低いくらいの身長……歳は……多分下。
すんげぇ整った顔立ちで、二重じゃないけど小さくはない少し切れ長の目が、ちょっと印象的。
無造作に伸びてる髪を緩く斜めに分けている。
一言で軽くまとめてしまうとしたら……「イケメン」だろう。
それも、ただのイケメンではなく、超絶イケメンだ。
男は…少し、気まずそうに俺を見ると、一歩下がってその場を空けた。
どうぞ、的な。
軽いお辞儀を返して、両替機の前に立つ。
財布を開けると、思った通り小銭が無い。
千円札を取り出し、両替機に入れる。
静かな店内に機械音が響いた。
……少し後ろに立ってる、その男…。
あの体制からして、きっと小銭を落としたんだって分かる。
機械の下に入ったんだろう。
換金し終わった小銭を一気に掴んで財布に入れ、後ろの男に軽く会釈。
何個か空いてる乾燥機のドアを開けて、大量の洗濯物を放り込む。
視界の端に男が見える。
チラッと見ると、しゃがみ込んで機械の下や横の隙間を見てる。
何円落としたんだよ、一体…。
「…お金、落ちたの?」
気まずさもあって、何となく声をかけた。
「えっ、あ、はいっ」
急に話しかけたからか、男はビクッと肩を竦ませて慌てて立ち上がる。
「取れねぇの?」
「どこにあるか分かんなくて…」
困ったような表情。
「いくら落ちたの?」
「……100円」
……100円?
……それにそんなに必死になるか?
500円玉なら分からなくもないけど。
男はバツが悪そうに少し俯いた。
「ん、これ」
俺は、今両替したばかりの小銭の中から、100円玉を出して男に差し出した。
「えっ?」
男が驚いたような顔をして俺を見る。
そんなに驚くような事でも無いだろ、って思うけど…
「使いなよ」
「えっ、いえっ、大丈夫ですっ、そんな、」
体の前で手をブンブン振りながら全力で遠慮して来る。
「でも、無いと困るんでしょ?」
男の物であろう洗濯物もまだ乾燥はされてない感じだった。
小銭は無いけど、札があるだろうと少し頭をよぎったが、出して来ない辺りもしかして小銭しか持ち合わせていないのかも知れない、などと見知らぬ初対面の男の財布事情まで心配してやる俺って何なんだ……
「……すみません……ありがとうございます…」
ややあって、少し恐縮したように男が言う。
「どうぞ」
両手を重ねて出した手の平に100円玉を置いてやった。
出した手は少し震えてて、緊張してんのが分かる。
男にしてはキレイな長い指を折り曲げて、大事そうに100円玉を握ると、
「ありがとうございますっ、あの、ちゃんと返しますっ」
とか言うもんだから、一瞬きょとんとしてしまった。
「え、良いよ、返さなくて」
「いえっ、ダメですっ」
男が一歩前へ出る……代わりに俺が一歩下がる。
「…あ、じゃあ、次、もしまた会ったら返してよ」
男の気迫に少し押されながら言った。
「…はいっ」
納得したように男は笑って頷いた。
その顔が…………男のクセに意外と可愛いな、なんて思ってしまったのが、そいつに対しての第一印象。
乾燥時間がけっこうかかるので、その間はどうしようかと思ったが家に帰るにもまたすぐ来ないといけなくて、それを考えるとめんどくさくなって、そのままコインランドリー内で待つ事にした。
特にする事もないから、何となく店内のイスに座って携帯を取り出す。
あ、天馬からLINE来てる…。
黒瀬 天馬(くろせ てんま)
仕事仲間で、高校時代からの親友でもある。
どうせ、暇だから飯でも…みたいな事だろう。
でも、俺今日、もう飯食ったし…
そんな事を予想しながら携帯を操作しつつ…チラッと何となくさっきの男を見る。
男は、乾燥機じゃなくて洗濯機の方へ入れている。
はっきり言って、洗濯物はすごく少ない……脱水まで家でやって来りゃ良いのに……洗濯機壊れてんのかも知れないか……いや、でもそれぐらいの量なら手洗いしたって別に大変じゃねぇよ……
……いや、まぁ、他所の奴の洗濯の心配なんかどうでも良いんだけど……
俺は携帯に意識を戻す。
『飯もう食った?』
想像通りでちょっと笑えた。
返事を返すと、しばらくしてまたメッセージが入る。
『めっちゃ食うの早ぇじゃん。じゃあ飲み行く?』
暇人か。
まぁ…俺もそんなする事無いけどさ…
『今、コインランドリー。終わったら連絡するわ』
しばらくの後、「オケー」と軽い返事が入る。
天馬とは、仕事上がりでそのまま飲みに行ったりする事も多い。
だいたいが色恋的な話……たまに、真面目に語る時もあるけど……。
どっちにしても、俺はこの天馬という奴を…何と言うか…すげぇ認めてる。
きっとすごく好きなんだと思う。
そこは、変な意味じゃなくて。
親友として。
天馬とのやり取りを終えて、また少し離れた所に座ってる男を見る。
そいつも、どこか行く風でもなくイスに座ってる。
携帯で暇つぶしするでもなく、店内に置いてある本を読むでもなく、ただ、回る洗濯物を見ながらぼんやりしてる。
もしかしたら……変な奴なのかも知れない。
100円ぐらいにあんなに必死になるとか……床に頭擦り付けてまで探してたし……
あれ……?
今……何か……
見間違いでは無いと思う。
視力は割と良い方だし…。
何気に見てた男の横顔……その顎のラインから1滴水滴が落ちたように見えた。
いや、きっと落ちた。
俺の視力だときっと間違いない。
……泣いてる?
……気付かれてはいけないような気がして、急いで携帯に視線を戻す。
男が少し俺に背を向けるようにして袖口を顔に持って行ってるのが、視界の端で分かる。
すぐに男は立ち上がり、端っこにあるトイレに入って行った。
……何だよ……ますます分かんねぇ……
洗濯物見ながら泣くってさぁ……どういう心理状態だよ……
よっぽど辛い事があったか……よっぽど変な奴か……
どっちにしても………気になって仕方ねぇわ!
男はしばらく出て来なかった。
その間に、2人、別の客が来て洗濯物を入れたり、乾いたのを取り出したり…。
謎の男と2人っきりでちょっと気まずかったし、他の客が来てくれて正直ホッとしたのもある。
少しして、男はトイレから出て来たけど、その顔は端が見るには泣いた後のようには見えなかった。
トイレで落ち着けて来たんだろう。
間に他の客も居たし、何となくあんまり見ない方が良いかと思って、俺ももうそいつを見るのを止めた。
ピーと、控え目な音が鳴って、俺の洗濯物が乾燥終了になった。
俺は立ち上がり、ふんわりと乾燥された洗濯物を取り出し、適当に畳んでカゴに入れて行く。
男の事は……正直、気になって仕方が無かったけど……乾燥も畳みも終わった今、もうここに居る理由は無くなった。
俺は、水分が飛んで随分軽くなった洗濯物のカゴを持つと、歩き出した。
そして、その男の前を通り過ぎて出ようとした時……
「あのっ…」
呼び止められて、思わずビクッとなってしまった。
「ほんとに、ありがとうございました」
男は立ち上がり、丁寧にお辞儀してくれる。
「あぁ、全然」
そんなにお礼言われるような事でもねぇんだけど…
「ここ、よく利用してますか?」
「え…あぁ、よく、でも無いけど、雨が続いたりしたら来てるかな」
普通に会話…。
「こ、今度、ちゃんと返します」
まだ言ってるし。
「あぁ、別に良い、」
「ダメですっ」
被せて来た!
「返します」
「あ、…そう?…じゃ、会ったらね」
さっきもした会話だけど……
「はいっ」
笑った。
さっきは泣いてたのに。
「じゃあ、な」
「じゃあ、また」
笑顔で送り出されて……
嫌な気もしなかった。
やっぱり……笑った顔が、ちょっと可愛いと思ってしまう俺って何なんだ…。
降ってた雨はもう止んでて……差して来た傘の水滴を払い、帰路についた。
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一年生の頃、同じクラスだった時にはほとんど喋らず、あの日以降は一言も喋ったことがなかったのにどうして急に二年になってお昼を誘ってくるようになったのか。
それだけじゃない。月影君月影君と月影攻撃が止まない。
にこにことした笑顔になんとか愛想笑いを返し続けるも、どこか夜宮の様子がおかしいことに気づいていく。
そうして夜宮を知れば知るほどーー
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