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「俺はアイツに………笑ってて欲しいんだ」
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久々に、自分ちで料理。
慶のリクエストは「丼」…………って事で、定番だけど親子丼にした。
帰宅してから取り込んだ洗濯物を、いつものように慶が畳む。
……何か、洗濯係みたいになってるけど……
俺は、そんな様子を見ながら、料理に取り掛かる。
これが、いつもの風景になりつつある。
畳んだ洗濯物をそれぞれの場所に仕舞うと、テレビを点けてみたりするけど、時間的に慶の好きそうな番組はやってなくて、その内飽きて手伝う事が無いか俺に聞いて来る。
料理しない慶に手伝える事なんて、食器類を用意するくらいしか無いんだけど……それも、楽しそうにやるから、こっちも何となく嬉しくなって来る。
以前、同棲してるぐらいの勢いで頻繁に来てた女の子も居たけど……料理を手伝うなんて素振りは無かったな……
まぁ……俺も、遊んでた時期だったから、その子に家事を期待した訳では無かったし。
ただ、性欲が満たされれば良かった。
「何か手伝える事ある~?」
ほら、来た。
そうだな……
まだ、ちょっとかかるから食器出すのも早いし……
「あ、じゃあ、これ切ってよ。簡単だからさ」
白菜を浅漬けにしようと思って、少し洗ってまな板の上に置いてたのを慶に目線で示す。
「素」なる優れモノがあるので、今まで漬物なんてめんどくせぇって思ってたけど、食べたい分だけすぐ作れる手軽さに惹かれて、たまに作るようになった。
慶は、意外な事を頼まれた感満載の顔でまな板の前に立つ。
「1センチくらいでザクザク切ってくれたら良いから」
気軽に頼んだ。
これくらいは出来るだろう、って思って。
「…うん」
慶が自信なさ気な声で返事する。
その間に俺は、丼の味付けの調味料などを取り出す。
…が、なかなか、白菜を切る音が聞こえて来ない。
まさか、白菜も切れないって事は無いだろう……などと思いながら、調味料を冷蔵庫から纏めて取り出し……
振り返って………俺は、すぐに慶に駆け寄った。
そうだ…………
慶に頼んだらダメだった……
包丁を持った手が、ガタガタと震えてる。
俺は、慶に駆け寄りその手から包丁を取ろうとしたけど、硬直したように力が入ってて、握りしめてる手が言う事聞かない感じ。
指を開かせて包丁を離させ、少し遠くへ置く。
手から離れた包丁に「はぁ」と、震えた息を吐く慶を抱きしめた。
「慶……ごめん、俺…」
料理が出来ないんじゃないんだ、きっと……
包丁が握れない。
慶にとって包丁は、母親が命を絶って、父親の命を奪ってしまった道具でしか無いんだ。
……だから、今まで、料理もして来なかった。
避けてたんだ。
「ごめんな…」
腕の中で向きを変えて、俺に向かい合うようにこちらを向くと慶も俺の体にしがみ付いて来た。
「侑利くんが謝る事じゃないよ。…………俺の方こそ………ごめんね」
「お前が謝る事でもねぇよ」
しばらく抱きしめてたけど、グツグツなってる鍋の音にハッとして、離れる。
「大丈夫か?」
「うん…大丈夫」
健気に思えて、もう一度抱きしめる。
「どしたの?」
「…いや、別に」
「…ま、いっか」
「ちょっとだけ」
「うん…」
慶はもう落ち着いてる。
落ち着いて無いのは俺の方だ。
考えても無かった、そんな事。
「…慶……」
「ん?」
「……俺に…掴まっといて。…今は無理かも知んねぇけど……いつか…引き上げてやるから」
その手で、俺に……くっ付いといてくれ。
いつか……光の射さない暗い水の中から、引っ張り出してやる。
「侑利くん、マジで天才だね」
親子丼を一口食べての、慶の感想。
俺はいつも「天才」らしい。
久しぶりにそのフレーズ聞いたわ。
「簡単だよ、親子丼」
「えぇ~、無理無理」
ひらり、と顔の前で手を振って無理さをアピールして来る。
久しぶりに慶と向かい合って、ダイニングで食べる晩飯。
1日の出来事を、あーだこーだと話す。
慶は、よく喋る。
フワフワしてて……楽しそうによく笑う。
俺は、そんな慶を見てるのが好きだ。
…もうずっと……笑っててくれたらそれで良い。
俺はきっと……慶が思ってるよりもずっと、慶にハマってる。
vvv…
食べ終わって、いつもの様に慶が洗い物をしてくれてる時間。
携帯が短く震えた。
「侑利くんは座ってゆっくりしててよ」と言われたもんだから、手持ち無沙汰ではあるけど、ソファに座ってちょっと寛いでたところ。
天馬からのLINE。
『帰って来たぜ、東京』
あ、そうだった。
沖縄組が帰って来る時間だ。
『着いたんだ、お疲れ』
帰京を喜んでるかのような、パンダのスタンプを押してやる。
俺が唯一持ってるスタンプを特別に。
『女子か』
すぐに突っ込まれたけど、そこは無視。
『侑利に渡すもんがある』
続いてメッセージが来た。
『土産?』
『あぁ、そんなとこ。沖縄の色々』
『ありがと』
『それから、慶ちゃんにも』
…ん?
慶に?
『車乗ったとこだけど、今から持ってって良い?』
…お。
そういう展開か。
『奏太は?』
『さっき帰ったよ』
『一緒に帰んなかったの?』
『溜まった旅行の洗濯物早く片付けたいし、荷物もデカいから今日は家帰るって。さっき、タクシーで帰らせた』
天馬1人なら……慶もそんなに身構えずに居られるかな。
『了解。気を付けて来いよ』
OKのメッセージを送ると…
『よっしゃー!!』
どしたどした。
何、テンション上げてんの。
『生慶ちゃん♡』
……生、って言うなよ。
♡は何なんだよ。
『着いたら上がって来て』
『おっけ』
「はぁ~、終わったぁ~」
洗い物を終わらせた慶が、緩い笑顔で近付いて来て隣に座った。
ふぅ、と一息吐いたところで、さっきのLINE内容を告げる。
「みんな、沖縄からさっきこっち帰ったって」
「あ、そうか、予定は今日だったもんね」
俺は、前倒しで帰って来たけどな。
「でさぁ、」
「うん、」
「天馬が今から来るってさ」
慶の顔を見ると……途端に、すんげぇ困り顔なんですけど。
「え……え、来るって?」
「あぁ、天馬」
「ここに?」
「ん」
「え……」
「何」
動揺しすぎだろ。
「…あの…そしたら、俺は…どっか行ってようか?」
何でだよ。
何で、そうなる。
「は?」
一言、返す。
「え…だって……俺が居たら、変じゃない?」
お前の思考が分かんねぇわ。
「隠すくらいなら、好きだなんて言いませんけど」
丁寧に言ってやった。
「……そ…そうですね…」
丁寧に返って来て、ちょっと笑えた。
「…ちょっ…と、俺は……どうしてたら良いの?」
「普通にしとけよ」
それ以外の何があんだよ。
「…き…緊張するんだけど…」
俄かに緊張し始めてる。
手汗出てんのか、ってくらい手の平を自分のパンツに擦り付けてるし……
それから、慶は、立ってみたり座ってみたり、忙しいったらねぇわ。
30分くらい経った後……ピンポン…と軽い音で来客の知らせ。
慶は勢い良く立ち上がり、緊張した顔で俺の後ろに立つ。
眉がハの字になってんぞ。
俺が玄関に急ぐと、慶も後ろから付いて来る。
鍵を明けると、俺が開けるよりも先に外から扉が開き、扉の向こうからチャラい男前が顔を出す。
「よぉ」
「おー」
玄関に招く。
少し後ろに立ってる慶の腕を掴み、前へ押しだす。
それを、合図に慶は天馬に向かって立ち…
「…は、初めましてっ…俺、羽柴慶って言います、宜しくお願いしますっ」
と……面接かのようなガチガチに緊張した挨拶。
俺は可笑しくて、小さい声で笑ってしまった。
でも、本人は至って真面目だ。
ってか、緊張しすぎて俺が笑ったの気付いて無いし。
「あ、じゃあ、俺も」
天馬が、チラッと俺を見てわざとらしく咳払いをする。
「…俺は、高校時代からの侑利の友達で、黒瀬天馬って言います」
腕組みをして後ろの壁に軽く凭れ、天馬の自己紹介を聞く。
「宜しくね、慶ちゃん」
サラッと言ったけど、慶はびっくりした顔で固まってる。
「慶、固まってんぞ」
「えっ…」
もう既に、慶は緊張がマックスだ。
見てる方は面白いけど。
「あぁ、俺、侑利と話す時は勝手に『慶ちゃん』って呼んでたんだ。だから、そう呼んで良い?」
ダメだって言っても呼ぶつもりだろうけど…。
「は、はいっ、全然っ、何とでも、呼んで下さいっ」
「あははっ」
やべぇ、普通に笑ってしまった。
……緊張っぷりが面白すぎるだろ。
「どうぞ」
天馬を中へ促す。
「あ、じゃあ、ちょっとだけ」
靴を脱いだのを確認して、リビングへ向かう。
慶は、挙動不審だけど、とりあえず突っ込まないでおいた。
「コーヒー飲む?」
「あぁ、じゃ、貰う」
「あっ、俺が、」
キッチンへ向かおうとした俺を慶が遮る。
「俺が作る」
何かしないと、って思ってんだろう。
すげぇ頑張ってるじゃん。
いそいそとポットでお湯を沸かし始めた。
「何持って来てくれたの」
「あー、これね」
ダイニングの椅子に腰かけながら、天馬が袋をテーブルの上に置いた。
中身を出してみる。
「沖縄感すげぇな」
お菓子2種とソバ。
非常に有名なやつだ。
沖縄行ったぞっ、って感じしかしない。
「だろ?まぁ、定番は外せないと思ってさ」
確かに。
「あの、コーヒーどうぞ」
遠慮がちに慶が間に入って来た。
天馬の前に、お客様仕様のコーヒーを置く……けど……
慶の手が小刻みに震えてて、テーブルに置く時にカップがカタカタと鳴った。
慶は急いで手を引っ込めたけど……俺も、…そして多分天馬も気付いてる。
「ありがと」
天馬が礼を言って、慶はちょっとホッとしたような顔。
「侑利くん、はい」
俺の前にも置こうとしたけど…
震えてんのを隠そうとしてるのが分かったから……
…また、カタカタ鳴ったら、きっと慶が辛くなってしまうと思ったから、カップをテーブルに置く前に慶の手から受け取った。
「お、さんきゅ。慶も座んな」
椅子を引いてやる。
「あ、…うん」
キッチンから自分用に作ったカフェオレを持って来て、俺の隣に座る。
ほんとに、たった1人で生きて来た慶は……人と話すのが難しいんだろう。
俺には、さすがにもう慣れた感あるけど、初めて会うとかだと、きっとどう対応したら良いのか分からなくなるんだ。
両親さえも自分に話しかけて来る事が無く……会話をすると言うごく普通の事さえして来なかった。
あんな事があって……心が壊れて……病院で3年も居たんだ。
克服しようとしてる最中かも知れない。
「これは慶ちゃんに」
「えっ?」
慶は、差し出された袋を条件反射的に受け取ったけど、表情はすごく驚いてる。
「出してみて」
天馬に言われて、戸惑いながらも袋から中身を取り出す。
小さな袋が1つと少し大きめの袋が1つ。
「こっちが俺で、こっちが奏太から。あぁ、奏太ってのは俺が今付き合ってる奴でさ、男なんだけどね、女子力高いの」
慶の動揺が見てて分かる。
行き成り、今まで俺の話でしか聞いた事なかった天馬が来て、来たと思ったら「慶ちゃん」なんて呼ばれてて、初めてなのにお土産渡されて、会った事も無い天馬の男の恋人からも何か貰って……って……
一気に事件起き過ぎだよな……見てる方は、面白いけどさ。
「それ、開けてみて」
小さな袋が奏太から。
慶が慎重に袋を開けて中身を取り出した瞬間、フワッと香る少し甘くて優しいニオイ。
「洗顔石鹸とオイルだってさ。俺はよく分かんねぇけど、奏太は気に入って自分も買ってた」
「…奏太っぽいわ」
「だろ?…侑利、慶ちゃんの事、奏太にちょっと話してただろ?」
「あぁ、…話したっていうか…まぁ…話の流れで…」
「勝手に、慶ちゃんの事、想像して選んでた」
奏太は、そういう事しそうだよ、見るからに。
お肌のお手入れ、とか。
慶は……そのハイレベルな見た目に反して、こんなオシャレなもん、きっと使った事無いんだろうな……って思ったら、ちょっと笑える。
カレー屋で、ナン1つでも大騒ぎしたんだから。
「ありがとうございます…嬉しい」
素直に礼を言う。
慶の好きなとこの1つ。
チラッと天馬を見ると、そっちも嬉しそうな表情。
「俺のも開けてみて」
天馬がデカい方の袋を開けるよう慶に言いながら…
「これは、侑利にもあんだよ」
と、俺にも袋を取り出して渡して来た。
「俺にもあんの?」
「開けてみ」
言われるままに開けて、取り出したのは慶と同時。
慶の手には、ど派手なハイビスカス柄の真っ赤なアロハシャツ。
俺のは、同じアロハですんげぇ鮮やかな緑。
どっちも、前と後ろに1羽ずつ、オニオオハシみたいな鳥がドーンと居る。
とりあえず、2人とも広げて体にあててみる。
「ははっ、いいじゃんっ」
「笑ってんじゃねぇよ」
「いやいや、あはは、似合う似合う」
「思ってねぇだろ」
「はははっ、思ってるよ」
「ずっと笑ってんじゃん」
「もうね、見た瞬間買ったわ。これは侑利だろ、っつって」
「俺、緑のイメージねぇだろ」
「いや、これ、奏太も有利に似合いそうって言ってたし」
「お前ら、変だぞ」
「でさぁ、侑利に緑選んだらさぁ……必然的に慶ちゃんは赤になるでしょ」
「なんで」
「え、だってもうすぐクリスマスじゃん」
「クリスマスカラーにすんな」
「一気にクリスマス感」
「クリスマスにアロハ着ねぇよ」
「着ろよ」
「どこで」
「家でだよっ」
「家でも着んのためらわれるわ」
「…っ、あっははは」
俺と天馬のバカみたいなやり取りの途中で………慶が笑い出した。
今までロボットばりにガチガチに緊張してたのに、突然笑い出した慶に俺も天馬も一瞬止まる。
………でも…
俺は慶の笑顔が好きだ。
この顔を…俺は守りたいって無性に思うんだ。
俺も天馬もつられて笑う。
「ほら見ろ、慶ちゃんは気に入ってくれたぞ」
「いや、気に入って笑ってんじゃねぇと思うわ」
慶は、しばらく笑ってた。
でも、その内………その笑顔が少しずつ歪む。
笑ってたのに………今度は泣き出した。
「……ごめんなさい…」
消え入りそうな小さな声で慶が言う。
「……こんなの………して貰うの…初めてで…………」
俯いてしまった。
慶は……親からプレゼントも貰えなかった。
誕生日でさえも、無視だ。
愛される経験をしていない。
存在を否定され続けて来たんだから。
お土産1つでも……自分が認められてる気がしてしまうんだろう。
天馬にはまだ何も話せて無いけど、きっと…泣いてしまった慶を否定したりなんかしない。
「見てみろ、嬉しくて泣いてんだ」
「このアロハに泣くほどの感動はねぇよ」
慶は、微妙な空気にしてしまった事に、今きっと焦ってる。
涙をゴシゴシ拭いて、1秒でも早く止めようとしてる。
俺は、こんな慶も愛おしくて仕方ない。
「慶ちゃん」
天馬の声に慶が顔を上げる。
「もっと気楽にね。…さっきみたいに、笑ってなよ。超絶美人なんだからさ」
俺が照れるんですけど。
そんな男前モードは奏太の前だけにしてくれ。
慶は、返事に困って俺をチラッと見る。
「超絶美人だって」
わざとらしく言ってやると、どう返事して良いか分からなくなったみたいで、また俯く。
その様子に、天馬と目が合いお互いにちょっと笑った。
「あ、そうだ、慶ちゃんの番号聞いて良い?俺のも入れといてよ」
「えっ、」
驚いたように顔を上げる。
「これからさぁ、何か連絡する事あるかも知れないし」
了解を得るような顔で俺を見て来るので、OKを出してやる。
…ってか、俺の周りの奴なら勝手に繋がってくれて構わねぇよ。
変な奴は居ないって自信あるからさ。
携帯を持って来たけど、登録の仕方が慶に分かるはずも無く……俺が操作して、電話帳に登録してやった。
「第2号だな」
「え?」
「俺の番号しか入ってなかったし」
「そうなの?ラッキー」
何が「ラッキー」だよ。
奏太に言い付けるぞ。
「あ、じゃあ俺、そろそろ帰って寝るわ。沖縄帰りだからさ」
携帯を仕舞って天馬が立ち上がる。
「ご馳走様」
「あ、いえ」
また緊張してるじゃん。
面白ぇ奴。
全員で玄関まで行く。
「ちょっと車まで送って来るわ」
慶を振り返る。
「あ、うん」
にっこりと笑って頷く。
「あ、あの、天馬さん」
「ん?」
靴を履いた天馬が慶を見る。
「お土産、ありがとうございましたっ…あの…えっと…奏太さんにも、お礼、…」
「分かった、言っとく。こっちこそ、番号教えて貰ってありがとね。侑利とケンカした時は連絡して来な」
困ったように緩く慶が笑う。
「じゃあ、またね」
「はいっ、気をつけて」
慶が丁寧にお辞儀する。
「じゃ、ちょっと行って来る」
「うん」
俺も天馬に続いて部屋を出た。
ガチャ、とドアが閉まる音と共に2人でエレベーターの方に歩き出す。
「侑利、めっちゃ好きでしょ、慶ちゃんの事」
コイツは鋭い。
油断したらデレデレしそうになるのを、押さえてたんだけどな…。
付き合い始めなんて、そんなもんだ。
自然に顔も緩むってもんだよ。
エレベーターに乗り込んで扉を閉める。
「アイツ、双子の弟でさ、」
「え?」
突然だったので天馬がちょっとびっくりしてる。
「アイツんちはそんなに裕福じゃなくてさぁ、」
「あぁ、」
「でも、子供がどうしても欲しかった両親が働きながら不妊治療して、やっと出来た子が双子だったんだって」
「そ、か」
「でも、両親が欲しかったのはあくまで1人でさ、双子だとお金も何もかも倍必要になるじゃん、1人に使えるはずのお金も2人になると厳しくて……親は、後から生まれた慶の事は、最初から愛せなかったみたいでさ」
チン、と小さな音で1階に着いた。
「同じはずの誕生日も、親は兄貴だけ連れてどっか行って………参観日も兄貴のとこだけしか見に来ない……テストや運動会で頑張っても、褒められるのは兄貴だけで、」
「なんだ、それ」
天馬の声が、明らかに少しイラついてる。
「慶は、両親と喋った記憶も無いって言ってた。……家の中でも無視されてたって。だから……水族館も行った事なかったんだろうな」
「…どんな親だよ」
「可愛がってくれたのはじいちゃんだけでさ、中学に上がったら家を出てじいちゃん家で住むって決めてたんだけど、中学に上がる前に亡くなったらしくて、家出る話も無くなって………そしたら今度は、父親の暴力が始まって……慶だけ殴られてたって」
エントランスを出て車へ向かう途中、天馬の顔は見てないけど…ムカついてんのは雰囲気で分かる。
「中3の10月に……あ、そうだ、天馬覚えてねぇ?…あの、でっかい図書館があったとこの交差点でさぁ、朝、バスに飲酒のトラック突っ込んで大事故起こしてたやつ」
「え、……あぁ…ニュースでやってたやつ?」
しばらく考えてたけど、薄っすら思い出したみたいだった。
「あのバス、通学で使ってて…慶、乗ってたんだって」
「え、じゃあ…慶ちゃん、事故に遭ったの?」
「あぁ、そう。でも、慶は軽い傷で済んだみたいなんだけど……慶の兄貴が窓の外に投げ出されて…即死だったって」
「……そうか」
軽い傷で済んだ方が奇跡だよ、多分。
「兄貴が運ばれた病院で両親と会った時、父親は、何でお前が生きてんだって、慶を殴りつけてさ……母親も、何であんたじゃなかったんだ、って……」
天馬は、重いため息を吐く。
怒りが沸いて来てんのが分かる。
俺が抱いたのと同じ感情だろう。
「その後は、兄貴も連れて家に帰ったけど……父親には殴られて、母親は狂ったみたいに暴れ出してさ………その後…慶の目の前で包丁で首切って自殺した」
「嘘だろ…」
天馬が、信じられない様子で呟いた。
「それ見て今度は父親が発狂してさ、その包丁で慶に襲い掛かって来て………揉み合いになって………」
「…侑利」
天馬はこの先の結末が、少し予想出来たのかも知れない。
鋭い奴だから。
「慶は…自分を守るために………父親が落とした包丁で、」
「侑利、ちょっと待って」
天馬が俺を遮る。
「家族は全員死んだって言ってたよな」
「…あぁ」
答えた瞬間、俺は天馬に抱きしめられていた。
「だったらもう分かった。…言わなくて良い」
「…何で」
想像以上に自分の声が掠れてた。
「お前も……辛そうな顔してるからだよ」
また……泣きそうだ。
俺も、慶の事言えねぇな…。
「母親がさぁ…死ぬ前に言った言葉が今も慶を苦しめてる」
俺がもし同じ事を言われたら……俺は生きていけるだろうか…。
「あんたが生きてるって事は、こういうことだ…って」
天馬の腕の力が強まった。
「慶が言ってた……それって…俺が生きてる事が死ぬほど嫌だったって事でしょ、って………自分が死ななきゃいけなかったんだ、って……慶は今でも心ん中でそう思ってる……だけど…生きて…誰かに必要だって言われたいって……葛藤してる」
涙が勝手に溢れて来る。
もう、隠しようが無い。
「天馬………俺はアイツに………笑ってて欲しいんだ」
情けないけど、俺の声は震えてて…
「…うん」
もしかしたら、天馬も泣いてるのかも知れない…。
うん、と言った声が震えてる気がした。
「俺はアイツに………何か出来るかな」
俺の体を締め付けてた力が弱まり、体が離される。
やっぱり泣いていた天馬は、腕で涙をグッと擦って拭いた。
「お前なら出来る………そんで、きっと…お前にしか出来ないよ」
………天馬の言葉が俺に響く。
「泣くなバカ、つられるだろっ」
天馬に鼻を摘ままれる。
「痛ぇ」
緩くその手を払い除けて、俺も涙を袖で拭いた。
泣いた顔して部屋に戻れねぇし。
「天馬にしか言わねぇから。もう、他は言わねぇ」
「分かった……ありがとな、話してくれて」
天馬は…きっと誰にも言わないだろう。
念を押さなくても、コイツなら大丈夫、って思える奴だから。
だから、話した。
知っていて欲しかった。
慶を、誤解されたくない。
天馬が、車に乗り込んで運転席の窓を開ける。
「侑利は、受け止めてやんなきゃって思ってるのかも知れないけど……そのままで良いんじゃねぇ?…侑利が慶ちゃんを好きで一緒に居たらさぁ、それが、受け止めてるって事だと俺は思うよ」
天馬はいつも、適当な素振りで俺の背中を押す。
「難しく考えないでさぁ……好きで居ればそれで良いんじゃねぇ?」
慶を好きで居る事……それが慶を受け止めるって事……
確かに。
「お前が泣いてんの見たらさぁ………真剣なの分かるよ」
さっきまで泣いてた事を思い出し、急に恥ずかしくなって少し俯く。
「じゃあ、行くわ」
「天馬…」
発進しそうなのを、止めた。
「ありがとな…慶を、認めてくれて」
一言、言いたかった。
「否定する理由がねぇよ」
男前すぎんだろ、お前は。
惚れそうだわ。
「じゃあな」
「おぅ、じゃあ」
ヒラッと手を振って天馬は車を発進させた。
走り去るのを待って、エントランスに入る。
少し遅くなってしまった。
何だか、急いで部屋に戻らないといけないような気がして、エレベーターに乗ってる間、そわそわしてた。
5階に着いて、小走りに部屋に戻る。
慶は…どうしてるだろう…
玄関に鍵をかけて、リビングへ入った…………
「……って、着てみんのかよっ!!」
思わず、突っ込んだ。
慶が、アロハを試着してたから……。
「や、一緒に着ようと思って待ってたんだけど、侑利くん遅いから先に着てみた」
一緒には着ねぇよ。
ってか、少し遅くなった事をちょっと心配した俺って一体…。
「どう?」
いやいや、ためらい無しか。
どう、って感想求められても…。
「…あぁ、まぁ、…普通に似合ってるけど」
俺も、律儀にちゃんと感想言ってるし。
これを、着てみようと思って1人で試着してた辺りのふわふわ感が、俺はたまらなく好きだったりする。
とりあえず、アロハの慶の画像を撮って天馬に送っといた。
慶のリクエストは「丼」…………って事で、定番だけど親子丼にした。
帰宅してから取り込んだ洗濯物を、いつものように慶が畳む。
……何か、洗濯係みたいになってるけど……
俺は、そんな様子を見ながら、料理に取り掛かる。
これが、いつもの風景になりつつある。
畳んだ洗濯物をそれぞれの場所に仕舞うと、テレビを点けてみたりするけど、時間的に慶の好きそうな番組はやってなくて、その内飽きて手伝う事が無いか俺に聞いて来る。
料理しない慶に手伝える事なんて、食器類を用意するくらいしか無いんだけど……それも、楽しそうにやるから、こっちも何となく嬉しくなって来る。
以前、同棲してるぐらいの勢いで頻繁に来てた女の子も居たけど……料理を手伝うなんて素振りは無かったな……
まぁ……俺も、遊んでた時期だったから、その子に家事を期待した訳では無かったし。
ただ、性欲が満たされれば良かった。
「何か手伝える事ある~?」
ほら、来た。
そうだな……
まだ、ちょっとかかるから食器出すのも早いし……
「あ、じゃあ、これ切ってよ。簡単だからさ」
白菜を浅漬けにしようと思って、少し洗ってまな板の上に置いてたのを慶に目線で示す。
「素」なる優れモノがあるので、今まで漬物なんてめんどくせぇって思ってたけど、食べたい分だけすぐ作れる手軽さに惹かれて、たまに作るようになった。
慶は、意外な事を頼まれた感満載の顔でまな板の前に立つ。
「1センチくらいでザクザク切ってくれたら良いから」
気軽に頼んだ。
これくらいは出来るだろう、って思って。
「…うん」
慶が自信なさ気な声で返事する。
その間に俺は、丼の味付けの調味料などを取り出す。
…が、なかなか、白菜を切る音が聞こえて来ない。
まさか、白菜も切れないって事は無いだろう……などと思いながら、調味料を冷蔵庫から纏めて取り出し……
振り返って………俺は、すぐに慶に駆け寄った。
そうだ…………
慶に頼んだらダメだった……
包丁を持った手が、ガタガタと震えてる。
俺は、慶に駆け寄りその手から包丁を取ろうとしたけど、硬直したように力が入ってて、握りしめてる手が言う事聞かない感じ。
指を開かせて包丁を離させ、少し遠くへ置く。
手から離れた包丁に「はぁ」と、震えた息を吐く慶を抱きしめた。
「慶……ごめん、俺…」
料理が出来ないんじゃないんだ、きっと……
包丁が握れない。
慶にとって包丁は、母親が命を絶って、父親の命を奪ってしまった道具でしか無いんだ。
……だから、今まで、料理もして来なかった。
避けてたんだ。
「ごめんな…」
腕の中で向きを変えて、俺に向かい合うようにこちらを向くと慶も俺の体にしがみ付いて来た。
「侑利くんが謝る事じゃないよ。…………俺の方こそ………ごめんね」
「お前が謝る事でもねぇよ」
しばらく抱きしめてたけど、グツグツなってる鍋の音にハッとして、離れる。
「大丈夫か?」
「うん…大丈夫」
健気に思えて、もう一度抱きしめる。
「どしたの?」
「…いや、別に」
「…ま、いっか」
「ちょっとだけ」
「うん…」
慶はもう落ち着いてる。
落ち着いて無いのは俺の方だ。
考えても無かった、そんな事。
「…慶……」
「ん?」
「……俺に…掴まっといて。…今は無理かも知んねぇけど……いつか…引き上げてやるから」
その手で、俺に……くっ付いといてくれ。
いつか……光の射さない暗い水の中から、引っ張り出してやる。
「侑利くん、マジで天才だね」
親子丼を一口食べての、慶の感想。
俺はいつも「天才」らしい。
久しぶりにそのフレーズ聞いたわ。
「簡単だよ、親子丼」
「えぇ~、無理無理」
ひらり、と顔の前で手を振って無理さをアピールして来る。
久しぶりに慶と向かい合って、ダイニングで食べる晩飯。
1日の出来事を、あーだこーだと話す。
慶は、よく喋る。
フワフワしてて……楽しそうによく笑う。
俺は、そんな慶を見てるのが好きだ。
…もうずっと……笑っててくれたらそれで良い。
俺はきっと……慶が思ってるよりもずっと、慶にハマってる。
vvv…
食べ終わって、いつもの様に慶が洗い物をしてくれてる時間。
携帯が短く震えた。
「侑利くんは座ってゆっくりしててよ」と言われたもんだから、手持ち無沙汰ではあるけど、ソファに座ってちょっと寛いでたところ。
天馬からのLINE。
『帰って来たぜ、東京』
あ、そうだった。
沖縄組が帰って来る時間だ。
『着いたんだ、お疲れ』
帰京を喜んでるかのような、パンダのスタンプを押してやる。
俺が唯一持ってるスタンプを特別に。
『女子か』
すぐに突っ込まれたけど、そこは無視。
『侑利に渡すもんがある』
続いてメッセージが来た。
『土産?』
『あぁ、そんなとこ。沖縄の色々』
『ありがと』
『それから、慶ちゃんにも』
…ん?
慶に?
『車乗ったとこだけど、今から持ってって良い?』
…お。
そういう展開か。
『奏太は?』
『さっき帰ったよ』
『一緒に帰んなかったの?』
『溜まった旅行の洗濯物早く片付けたいし、荷物もデカいから今日は家帰るって。さっき、タクシーで帰らせた』
天馬1人なら……慶もそんなに身構えずに居られるかな。
『了解。気を付けて来いよ』
OKのメッセージを送ると…
『よっしゃー!!』
どしたどした。
何、テンション上げてんの。
『生慶ちゃん♡』
……生、って言うなよ。
♡は何なんだよ。
『着いたら上がって来て』
『おっけ』
「はぁ~、終わったぁ~」
洗い物を終わらせた慶が、緩い笑顔で近付いて来て隣に座った。
ふぅ、と一息吐いたところで、さっきのLINE内容を告げる。
「みんな、沖縄からさっきこっち帰ったって」
「あ、そうか、予定は今日だったもんね」
俺は、前倒しで帰って来たけどな。
「でさぁ、」
「うん、」
「天馬が今から来るってさ」
慶の顔を見ると……途端に、すんげぇ困り顔なんですけど。
「え……え、来るって?」
「あぁ、天馬」
「ここに?」
「ん」
「え……」
「何」
動揺しすぎだろ。
「…あの…そしたら、俺は…どっか行ってようか?」
何でだよ。
何で、そうなる。
「は?」
一言、返す。
「え…だって……俺が居たら、変じゃない?」
お前の思考が分かんねぇわ。
「隠すくらいなら、好きだなんて言いませんけど」
丁寧に言ってやった。
「……そ…そうですね…」
丁寧に返って来て、ちょっと笑えた。
「…ちょっ…と、俺は……どうしてたら良いの?」
「普通にしとけよ」
それ以外の何があんだよ。
「…き…緊張するんだけど…」
俄かに緊張し始めてる。
手汗出てんのか、ってくらい手の平を自分のパンツに擦り付けてるし……
それから、慶は、立ってみたり座ってみたり、忙しいったらねぇわ。
30分くらい経った後……ピンポン…と軽い音で来客の知らせ。
慶は勢い良く立ち上がり、緊張した顔で俺の後ろに立つ。
眉がハの字になってんぞ。
俺が玄関に急ぐと、慶も後ろから付いて来る。
鍵を明けると、俺が開けるよりも先に外から扉が開き、扉の向こうからチャラい男前が顔を出す。
「よぉ」
「おー」
玄関に招く。
少し後ろに立ってる慶の腕を掴み、前へ押しだす。
それを、合図に慶は天馬に向かって立ち…
「…は、初めましてっ…俺、羽柴慶って言います、宜しくお願いしますっ」
と……面接かのようなガチガチに緊張した挨拶。
俺は可笑しくて、小さい声で笑ってしまった。
でも、本人は至って真面目だ。
ってか、緊張しすぎて俺が笑ったの気付いて無いし。
「あ、じゃあ、俺も」
天馬が、チラッと俺を見てわざとらしく咳払いをする。
「…俺は、高校時代からの侑利の友達で、黒瀬天馬って言います」
腕組みをして後ろの壁に軽く凭れ、天馬の自己紹介を聞く。
「宜しくね、慶ちゃん」
サラッと言ったけど、慶はびっくりした顔で固まってる。
「慶、固まってんぞ」
「えっ…」
もう既に、慶は緊張がマックスだ。
見てる方は面白いけど。
「あぁ、俺、侑利と話す時は勝手に『慶ちゃん』って呼んでたんだ。だから、そう呼んで良い?」
ダメだって言っても呼ぶつもりだろうけど…。
「は、はいっ、全然っ、何とでも、呼んで下さいっ」
「あははっ」
やべぇ、普通に笑ってしまった。
……緊張っぷりが面白すぎるだろ。
「どうぞ」
天馬を中へ促す。
「あ、じゃあ、ちょっとだけ」
靴を脱いだのを確認して、リビングへ向かう。
慶は、挙動不審だけど、とりあえず突っ込まないでおいた。
「コーヒー飲む?」
「あぁ、じゃ、貰う」
「あっ、俺が、」
キッチンへ向かおうとした俺を慶が遮る。
「俺が作る」
何かしないと、って思ってんだろう。
すげぇ頑張ってるじゃん。
いそいそとポットでお湯を沸かし始めた。
「何持って来てくれたの」
「あー、これね」
ダイニングの椅子に腰かけながら、天馬が袋をテーブルの上に置いた。
中身を出してみる。
「沖縄感すげぇな」
お菓子2種とソバ。
非常に有名なやつだ。
沖縄行ったぞっ、って感じしかしない。
「だろ?まぁ、定番は外せないと思ってさ」
確かに。
「あの、コーヒーどうぞ」
遠慮がちに慶が間に入って来た。
天馬の前に、お客様仕様のコーヒーを置く……けど……
慶の手が小刻みに震えてて、テーブルに置く時にカップがカタカタと鳴った。
慶は急いで手を引っ込めたけど……俺も、…そして多分天馬も気付いてる。
「ありがと」
天馬が礼を言って、慶はちょっとホッとしたような顔。
「侑利くん、はい」
俺の前にも置こうとしたけど…
震えてんのを隠そうとしてるのが分かったから……
…また、カタカタ鳴ったら、きっと慶が辛くなってしまうと思ったから、カップをテーブルに置く前に慶の手から受け取った。
「お、さんきゅ。慶も座んな」
椅子を引いてやる。
「あ、…うん」
キッチンから自分用に作ったカフェオレを持って来て、俺の隣に座る。
ほんとに、たった1人で生きて来た慶は……人と話すのが難しいんだろう。
俺には、さすがにもう慣れた感あるけど、初めて会うとかだと、きっとどう対応したら良いのか分からなくなるんだ。
両親さえも自分に話しかけて来る事が無く……会話をすると言うごく普通の事さえして来なかった。
あんな事があって……心が壊れて……病院で3年も居たんだ。
克服しようとしてる最中かも知れない。
「これは慶ちゃんに」
「えっ?」
慶は、差し出された袋を条件反射的に受け取ったけど、表情はすごく驚いてる。
「出してみて」
天馬に言われて、戸惑いながらも袋から中身を取り出す。
小さな袋が1つと少し大きめの袋が1つ。
「こっちが俺で、こっちが奏太から。あぁ、奏太ってのは俺が今付き合ってる奴でさ、男なんだけどね、女子力高いの」
慶の動揺が見てて分かる。
行き成り、今まで俺の話でしか聞いた事なかった天馬が来て、来たと思ったら「慶ちゃん」なんて呼ばれてて、初めてなのにお土産渡されて、会った事も無い天馬の男の恋人からも何か貰って……って……
一気に事件起き過ぎだよな……見てる方は、面白いけどさ。
「それ、開けてみて」
小さな袋が奏太から。
慶が慎重に袋を開けて中身を取り出した瞬間、フワッと香る少し甘くて優しいニオイ。
「洗顔石鹸とオイルだってさ。俺はよく分かんねぇけど、奏太は気に入って自分も買ってた」
「…奏太っぽいわ」
「だろ?…侑利、慶ちゃんの事、奏太にちょっと話してただろ?」
「あぁ、…話したっていうか…まぁ…話の流れで…」
「勝手に、慶ちゃんの事、想像して選んでた」
奏太は、そういう事しそうだよ、見るからに。
お肌のお手入れ、とか。
慶は……そのハイレベルな見た目に反して、こんなオシャレなもん、きっと使った事無いんだろうな……って思ったら、ちょっと笑える。
カレー屋で、ナン1つでも大騒ぎしたんだから。
「ありがとうございます…嬉しい」
素直に礼を言う。
慶の好きなとこの1つ。
チラッと天馬を見ると、そっちも嬉しそうな表情。
「俺のも開けてみて」
天馬がデカい方の袋を開けるよう慶に言いながら…
「これは、侑利にもあんだよ」
と、俺にも袋を取り出して渡して来た。
「俺にもあんの?」
「開けてみ」
言われるままに開けて、取り出したのは慶と同時。
慶の手には、ど派手なハイビスカス柄の真っ赤なアロハシャツ。
俺のは、同じアロハですんげぇ鮮やかな緑。
どっちも、前と後ろに1羽ずつ、オニオオハシみたいな鳥がドーンと居る。
とりあえず、2人とも広げて体にあててみる。
「ははっ、いいじゃんっ」
「笑ってんじゃねぇよ」
「いやいや、あはは、似合う似合う」
「思ってねぇだろ」
「はははっ、思ってるよ」
「ずっと笑ってんじゃん」
「もうね、見た瞬間買ったわ。これは侑利だろ、っつって」
「俺、緑のイメージねぇだろ」
「いや、これ、奏太も有利に似合いそうって言ってたし」
「お前ら、変だぞ」
「でさぁ、侑利に緑選んだらさぁ……必然的に慶ちゃんは赤になるでしょ」
「なんで」
「え、だってもうすぐクリスマスじゃん」
「クリスマスカラーにすんな」
「一気にクリスマス感」
「クリスマスにアロハ着ねぇよ」
「着ろよ」
「どこで」
「家でだよっ」
「家でも着んのためらわれるわ」
「…っ、あっははは」
俺と天馬のバカみたいなやり取りの途中で………慶が笑い出した。
今までロボットばりにガチガチに緊張してたのに、突然笑い出した慶に俺も天馬も一瞬止まる。
………でも…
俺は慶の笑顔が好きだ。
この顔を…俺は守りたいって無性に思うんだ。
俺も天馬もつられて笑う。
「ほら見ろ、慶ちゃんは気に入ってくれたぞ」
「いや、気に入って笑ってんじゃねぇと思うわ」
慶は、しばらく笑ってた。
でも、その内………その笑顔が少しずつ歪む。
笑ってたのに………今度は泣き出した。
「……ごめんなさい…」
消え入りそうな小さな声で慶が言う。
「……こんなの………して貰うの…初めてで…………」
俯いてしまった。
慶は……親からプレゼントも貰えなかった。
誕生日でさえも、無視だ。
愛される経験をしていない。
存在を否定され続けて来たんだから。
お土産1つでも……自分が認められてる気がしてしまうんだろう。
天馬にはまだ何も話せて無いけど、きっと…泣いてしまった慶を否定したりなんかしない。
「見てみろ、嬉しくて泣いてんだ」
「このアロハに泣くほどの感動はねぇよ」
慶は、微妙な空気にしてしまった事に、今きっと焦ってる。
涙をゴシゴシ拭いて、1秒でも早く止めようとしてる。
俺は、こんな慶も愛おしくて仕方ない。
「慶ちゃん」
天馬の声に慶が顔を上げる。
「もっと気楽にね。…さっきみたいに、笑ってなよ。超絶美人なんだからさ」
俺が照れるんですけど。
そんな男前モードは奏太の前だけにしてくれ。
慶は、返事に困って俺をチラッと見る。
「超絶美人だって」
わざとらしく言ってやると、どう返事して良いか分からなくなったみたいで、また俯く。
その様子に、天馬と目が合いお互いにちょっと笑った。
「あ、そうだ、慶ちゃんの番号聞いて良い?俺のも入れといてよ」
「えっ、」
驚いたように顔を上げる。
「これからさぁ、何か連絡する事あるかも知れないし」
了解を得るような顔で俺を見て来るので、OKを出してやる。
…ってか、俺の周りの奴なら勝手に繋がってくれて構わねぇよ。
変な奴は居ないって自信あるからさ。
携帯を持って来たけど、登録の仕方が慶に分かるはずも無く……俺が操作して、電話帳に登録してやった。
「第2号だな」
「え?」
「俺の番号しか入ってなかったし」
「そうなの?ラッキー」
何が「ラッキー」だよ。
奏太に言い付けるぞ。
「あ、じゃあ俺、そろそろ帰って寝るわ。沖縄帰りだからさ」
携帯を仕舞って天馬が立ち上がる。
「ご馳走様」
「あ、いえ」
また緊張してるじゃん。
面白ぇ奴。
全員で玄関まで行く。
「ちょっと車まで送って来るわ」
慶を振り返る。
「あ、うん」
にっこりと笑って頷く。
「あ、あの、天馬さん」
「ん?」
靴を履いた天馬が慶を見る。
「お土産、ありがとうございましたっ…あの…えっと…奏太さんにも、お礼、…」
「分かった、言っとく。こっちこそ、番号教えて貰ってありがとね。侑利とケンカした時は連絡して来な」
困ったように緩く慶が笑う。
「じゃあ、またね」
「はいっ、気をつけて」
慶が丁寧にお辞儀する。
「じゃ、ちょっと行って来る」
「うん」
俺も天馬に続いて部屋を出た。
ガチャ、とドアが閉まる音と共に2人でエレベーターの方に歩き出す。
「侑利、めっちゃ好きでしょ、慶ちゃんの事」
コイツは鋭い。
油断したらデレデレしそうになるのを、押さえてたんだけどな…。
付き合い始めなんて、そんなもんだ。
自然に顔も緩むってもんだよ。
エレベーターに乗り込んで扉を閉める。
「アイツ、双子の弟でさ、」
「え?」
突然だったので天馬がちょっとびっくりしてる。
「アイツんちはそんなに裕福じゃなくてさぁ、」
「あぁ、」
「でも、子供がどうしても欲しかった両親が働きながら不妊治療して、やっと出来た子が双子だったんだって」
「そ、か」
「でも、両親が欲しかったのはあくまで1人でさ、双子だとお金も何もかも倍必要になるじゃん、1人に使えるはずのお金も2人になると厳しくて……親は、後から生まれた慶の事は、最初から愛せなかったみたいでさ」
チン、と小さな音で1階に着いた。
「同じはずの誕生日も、親は兄貴だけ連れてどっか行って………参観日も兄貴のとこだけしか見に来ない……テストや運動会で頑張っても、褒められるのは兄貴だけで、」
「なんだ、それ」
天馬の声が、明らかに少しイラついてる。
「慶は、両親と喋った記憶も無いって言ってた。……家の中でも無視されてたって。だから……水族館も行った事なかったんだろうな」
「…どんな親だよ」
「可愛がってくれたのはじいちゃんだけでさ、中学に上がったら家を出てじいちゃん家で住むって決めてたんだけど、中学に上がる前に亡くなったらしくて、家出る話も無くなって………そしたら今度は、父親の暴力が始まって……慶だけ殴られてたって」
エントランスを出て車へ向かう途中、天馬の顔は見てないけど…ムカついてんのは雰囲気で分かる。
「中3の10月に……あ、そうだ、天馬覚えてねぇ?…あの、でっかい図書館があったとこの交差点でさぁ、朝、バスに飲酒のトラック突っ込んで大事故起こしてたやつ」
「え、……あぁ…ニュースでやってたやつ?」
しばらく考えてたけど、薄っすら思い出したみたいだった。
「あのバス、通学で使ってて…慶、乗ってたんだって」
「え、じゃあ…慶ちゃん、事故に遭ったの?」
「あぁ、そう。でも、慶は軽い傷で済んだみたいなんだけど……慶の兄貴が窓の外に投げ出されて…即死だったって」
「……そうか」
軽い傷で済んだ方が奇跡だよ、多分。
「兄貴が運ばれた病院で両親と会った時、父親は、何でお前が生きてんだって、慶を殴りつけてさ……母親も、何であんたじゃなかったんだ、って……」
天馬は、重いため息を吐く。
怒りが沸いて来てんのが分かる。
俺が抱いたのと同じ感情だろう。
「その後は、兄貴も連れて家に帰ったけど……父親には殴られて、母親は狂ったみたいに暴れ出してさ………その後…慶の目の前で包丁で首切って自殺した」
「嘘だろ…」
天馬が、信じられない様子で呟いた。
「それ見て今度は父親が発狂してさ、その包丁で慶に襲い掛かって来て………揉み合いになって………」
「…侑利」
天馬はこの先の結末が、少し予想出来たのかも知れない。
鋭い奴だから。
「慶は…自分を守るために………父親が落とした包丁で、」
「侑利、ちょっと待って」
天馬が俺を遮る。
「家族は全員死んだって言ってたよな」
「…あぁ」
答えた瞬間、俺は天馬に抱きしめられていた。
「だったらもう分かった。…言わなくて良い」
「…何で」
想像以上に自分の声が掠れてた。
「お前も……辛そうな顔してるからだよ」
また……泣きそうだ。
俺も、慶の事言えねぇな…。
「母親がさぁ…死ぬ前に言った言葉が今も慶を苦しめてる」
俺がもし同じ事を言われたら……俺は生きていけるだろうか…。
「あんたが生きてるって事は、こういうことだ…って」
天馬の腕の力が強まった。
「慶が言ってた……それって…俺が生きてる事が死ぬほど嫌だったって事でしょ、って………自分が死ななきゃいけなかったんだ、って……慶は今でも心ん中でそう思ってる……だけど…生きて…誰かに必要だって言われたいって……葛藤してる」
涙が勝手に溢れて来る。
もう、隠しようが無い。
「天馬………俺はアイツに………笑ってて欲しいんだ」
情けないけど、俺の声は震えてて…
「…うん」
もしかしたら、天馬も泣いてるのかも知れない…。
うん、と言った声が震えてる気がした。
「俺はアイツに………何か出来るかな」
俺の体を締め付けてた力が弱まり、体が離される。
やっぱり泣いていた天馬は、腕で涙をグッと擦って拭いた。
「お前なら出来る………そんで、きっと…お前にしか出来ないよ」
………天馬の言葉が俺に響く。
「泣くなバカ、つられるだろっ」
天馬に鼻を摘ままれる。
「痛ぇ」
緩くその手を払い除けて、俺も涙を袖で拭いた。
泣いた顔して部屋に戻れねぇし。
「天馬にしか言わねぇから。もう、他は言わねぇ」
「分かった……ありがとな、話してくれて」
天馬は…きっと誰にも言わないだろう。
念を押さなくても、コイツなら大丈夫、って思える奴だから。
だから、話した。
知っていて欲しかった。
慶を、誤解されたくない。
天馬が、車に乗り込んで運転席の窓を開ける。
「侑利は、受け止めてやんなきゃって思ってるのかも知れないけど……そのままで良いんじゃねぇ?…侑利が慶ちゃんを好きで一緒に居たらさぁ、それが、受け止めてるって事だと俺は思うよ」
天馬はいつも、適当な素振りで俺の背中を押す。
「難しく考えないでさぁ……好きで居ればそれで良いんじゃねぇ?」
慶を好きで居る事……それが慶を受け止めるって事……
確かに。
「お前が泣いてんの見たらさぁ………真剣なの分かるよ」
さっきまで泣いてた事を思い出し、急に恥ずかしくなって少し俯く。
「じゃあ、行くわ」
「天馬…」
発進しそうなのを、止めた。
「ありがとな…慶を、認めてくれて」
一言、言いたかった。
「否定する理由がねぇよ」
男前すぎんだろ、お前は。
惚れそうだわ。
「じゃあな」
「おぅ、じゃあ」
ヒラッと手を振って天馬は車を発進させた。
走り去るのを待って、エントランスに入る。
少し遅くなってしまった。
何だか、急いで部屋に戻らないといけないような気がして、エレベーターに乗ってる間、そわそわしてた。
5階に着いて、小走りに部屋に戻る。
慶は…どうしてるだろう…
玄関に鍵をかけて、リビングへ入った…………
「……って、着てみんのかよっ!!」
思わず、突っ込んだ。
慶が、アロハを試着してたから……。
「や、一緒に着ようと思って待ってたんだけど、侑利くん遅いから先に着てみた」
一緒には着ねぇよ。
ってか、少し遅くなった事をちょっと心配した俺って一体…。
「どう?」
いやいや、ためらい無しか。
どう、って感想求められても…。
「…あぁ、まぁ、…普通に似合ってるけど」
俺も、律儀にちゃんと感想言ってるし。
これを、着てみようと思って1人で試着してた辺りのふわふわ感が、俺はたまらなく好きだったりする。
とりあえず、アロハの慶の画像を撮って天馬に送っといた。
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