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「好き、ってそういう事だろ」
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そのまま寝た。
ソファで、2人で重なって……
あれから、しばらく………キスに、没頭してた。
俺も、慶も。
何度……したか分からない。
とにかく……長い間、してた。
その内……2人とも脱力して………そのまま…自然に寝てしまった。
「さむ……」
小さく身震いして、目が覚めた。
俺が…慶に被さってる状態で、寝てた。
ただでさえ、寝にくいこのソファで、よく男2人で落ちずに寝れたもんだ……
無意識に落ちないように踏ん張ってたのか…体のあちこちが痛い。
俺の下になってた慶は、まだ寝てる。
時計は、昼前をさしている。
外の光がカーテンの隙間から差し込んでて、晴れてる事が伺える。
俺は、そっと体を起こしソファから立ち上がると、寝室から布団を持って来て慶にかけた。
最近では珍しくぐっすり寝てるみたいだから、起こすのが可哀そうに思えてそのままにしておいた。
背中に寒気を感じてもう一度身震い。
慶のを買う時に一緒に買った家着のフリースのジップアップを着込む。
慶を起こさないよう、静かにダイニングの椅子に座り、放置してた携帯をチェック。
『侑利、大丈夫か?』
天馬から、メッセージが届いてた。
落ち着いたら連絡しろ、って言われてたな……
まぁ……昨日は落ち着かなかったし。
『大丈夫』
とりあえず、これだけ、送信して他のメッセージを見る。
巴流だ。
『侑利――!!お前大丈夫か?急に帰って心配してんだ、俺は』
メッセージさえも煩いわ…何か…。
大和も…
『おーい、東京着いてる?無事?』
もちろん無事だよ…。
心配してくれんのは、ほんと嬉しいと思ってる。
それは、マジで。
vvv…
携帯が、短く、天馬からのメッセージ受信を告げる。
『それだけかよっ!』
突っ込まれた。
『悪い……今起きたばっかで、まだ頭回ってない』
『だろうな。一言だったし。』
『慶と、付き合うわ』
サラッと、流れで報告したら……即行電話がかかって来た。
そんな気もしてたけど、かかって来んのが早すぎてちょっと笑ってしまった。
慶を起こさないように、少しカーテンを開けて静かにベランダに出る。
起きて無いか一応確認してから、通話ボタンを押した。
『侑利っ!お前っ、何だよ、今のっ』
取り乱してんじゃんか…
「何が」
『付き合うって、マジで?』
「マジで」
『好きだって言ったの?』
「言った」
『慶ちゃんは?何て言ったの?』
「慶も好きだって」
『マジかぁーーーっ!ちょお、俺、何か泣きそうなんだけどぉ』
何でだよ…。
『めっちゃ感動してるわ、俺』
そうなの?
『マジで、沖縄の海で叫びてぇ!!』
「や、叫ばなくて良いし」
叫んでどうなるよ。
『過去も聞けた?』
そこは、天馬も気になってんだろう。
「聞けた」
『そっか。…受け止められそう?』
……俺も結構なダメージ食らったよ。
慶の過去が……想像を遥かに超えてたからさ…。
「受け止める。そう決めた」
『そうか。じゃあ、応援するわ』
天馬の、そういうとこが好きだ。
ほんとは、もっと聞きたいはずだけど……天馬はいつも察してくれる。
「天馬には、ちゃんと話すよ」
俺は、天馬相手だと……割と素直だ。
何かこいつは、チャラいクセに包容力があるから……何故か、素直になってしまう。
きっと、天馬がモテるのは、そういうところを気付かれるからだ。
『何か買って帰ってやるよ、侑利、何も買えてないだろ?』
「あー、さんきゅー、適当に頼むわ」
チラッと、室内を見ると……さっきまで寝てた慶が体を起こそうとしてて、眠そうに目を擦りながら欠伸してるとこだった。
『おっけ。じゃあ、またそっちで』
「おー。気ぃ付けてな」
ちょうど、電話も終わったところで、室内へ戻った。
リビングに入ると、慶はまだ完全に起きてない瞼を、ゆっくり上げ下げしながら、ソファの上で三角座りしてる。
「寝れた?」
カーテンを全部開けながら、振り返って聞くと、目を擦りながらコクリと頷く。
「まだ眠い?」
慶の前の床に座り、寝てるのか起きてるのか分からないその顔を覗き込む。
「…侑利くん……」
思いの外、真面目な顔で慶が俺を見るから、俺もかしこまってしまった。
「昨日のは……夢じゃないよね?」
「ん?」
「俺の事…好きって言った?」
そこ、確認かよ。
「言ったよ」
俺の返事を聞くと、照れたように笑って目を逸らす。
……ニヤけてんじゃねーよ。
慶はソファから降りて俺に近寄ると、そのまま抱き着いて来た。
条件反射的にその背中に腕を回す。
「…キスも…したよね」
改めて確認されると、異常に恥ずかしいんですけど。
「…したよ……思いっきりしたよ」
ふふ、と俺の肩口で慶が笑ってる。
「なんだよ」
「…なんでもない」
この、慶との、緩い感じのやり取りが俺は前から好きだ。
「…侑利くん」
「ん?」
「俺……男だから……女の子みたいに…小っちゃくないし……可愛くないし……それに、」
「あのさぁ、」
まだ何か言おうとしてた慶を遮った。
「俺は、男が好きなんじゃなくて、お前が好きなんだ」
抱き着いてた慶が、顔を上げて俺を見る。
「だから、女の子じゃなくても、小っちゃくなくても、俺には可愛く見える」
慶が唇を緩く噛んだ。
多分……これ以上言うと、泣き出すパターンだ。
コイツの涙腺は、崩壊しやすいようになってる。
「好き、ってそういう事だろ」
そう言って、慶の髪をグシャッと乱す。
でも、その後……慶の手が俺の髪に伸びて……そのまま俺の頭を引き寄せて、キスをした。
慶のキスは……そんなに上手くない。
ちょっと震えてるし。
俺だって、上手いかどうかは分からない。
が……そういう経験だけは、まぁまぁある。
百戦錬磨みたいな女と付き合った事もあるし。
でも………そんなのとは全く違う、この、あんまり上手くないキスが……何よりも俺の感覚を刺激して来る。
「…俺を、好きになってくれてありがとう」
キスを終えて、慶が改まって言う。
「どういたしまして」
俺も改まって言って、何んとなく可笑しくなってフッと笑うと、つられたように慶も笑う。
…慶の笑う顔が好きだ。
笑っていて欲しい。
今まで、泣いて来た分、これからはずっと。
~~~~~~~~
「行くぞ~」
「あ、待って待って」
寝室から、この前買った薄手のアウターを羽織りながら慶が出て来る。
カーキ色でスマートなデザインの、太ももの辺りまで丈のある薄いアウター。
この時期に着るのにちょうど良い感じだろう。
黒い細身のパンツをはいた長い足が、アウターとのバランスを取ってて、スタイルの良さが際立ってる。
でも、当の本人は「変じゃない?」とか言いながら、玄関の鏡に自分を映しながら俺に聞いて来る。
さっき、お前が可愛く見えると言ったばかりの俺にそれを聞いて「変」って返事する訳無いじゃん、って思うけど…。
「似合ってる」
俺が言うと、いちいち嬉しそうな表情を向けて来る。
……ラブラブかっ。
照れるわ。
慶が、食に拘らない数日を送ってたが故に、家には昼飯に出来るような物が何も無く……もう昼過ぎって事で、食べ物の買い出しを兼ねて外出する事にした。
久々に、慶と出かける。
当たり前のように、助手席に乗り込んでシートベルトを締めてる。
嬉しそうな表情が見れて、俺も気分が良い。
過去は過去だ。
振り返るなとは言わない。
忘れられる訳がない。
慶が生きて来た環境。
3年前まで、入院してた。
まだ、3年しか経ってない。
……過去は変わらないけど………今は、俺が居て…お前を受け止める事が出来るからさ。
俺は、ゆっくり車を発進させた。
昼飯の後は、最近出来たとテレビで見たショッピングモールを何となくぶらぶら。
何を買うでも無かったけど、こういうとこが意外と好きな慶は、雑貨屋を見たり、ペットコーナーで子犬や子猫を見て癒されてみたり……俺は、くるくる変わる慶の表情を見てて、飽きないわ~とか思ってみたり。
ウロウロしてたら2時間くらいは直ぐに経つ。
最後に寄った本屋で、慶は旅の情報誌を買った。
俺が、2人でどっか行こう、と言ったからだ。
1泊2日で巡る弾丸旅行や、東京から日帰り出来る穴場スポットなど、けっこうな情報量だ。
「これで決める~」と、助手席に乗るや否や本を出して来て見てる。
「どこでも良いよ。慶が決めといてよ」
「え~、決めれるかなぁ…」
ペラペラとページを捲ってる。
この後は、いつものスーパーへ買い出し。
そこは、ほんとによく行くから、置いてある物の場所がだいたい分かるとこが良い。
家とも近いから、すぐに冷蔵庫に入れたい物でも、帰りにかかる時間をあまり気にする事無く買えるってとこも良い。
とにかく、食材の買い物は主にそこって決めてる。
「あ、そうだ…」
情報誌を見てた慶が、思い出したように言った。
「何」
「俺たち……恋人同士でしょ?」
何だ、行き成り。
「…まぁ、そうだな」
恋人同士、って………改めて言われると照れるけど…。
「だけど……お金はちゃんと払いたい」
「え?」
お金、って……居候代って言ってたアレか。
ってか、もう居候じゃないし。
「一緒に住んだとしても、あそこは侑利くんの家だし、俺は一緒に住ませて貰ってる訳だから………次のバイト、出来るだけ早く探して……お給料貰ったら、その中から侑利くんに渡すからね」
ちゃんとしてんだ、コイツは。
要らないって言っても、多分聞かない。
なら、まぁ、良いよ。
気の済むようにやれば良い。
慶1人くらい増えたって、別段困る事無いんだけど……本人がそう希望してるから、聞き入れてやる事にした。
そうした方が、住みやすいんだったら……。
いつでも、減額出来るしな…。
スーパーに着いて、店内に入った。
今日は、月に数回あるポイント倍率の良い日らしくて、お客の数がいつもより凄い。
「えっ、久我さんっ?」
店内に入るなり名前を呼ばれる。
前から歩いて来た男3人のうちの1人。
え~と……確か………思い出した……
小田切 光だ。
前も、このスーパーで会った。
大学生だと言っていた光は、大学の友達だろう2人と共に気怠い感じで歩いて来てた。
俺の前に立った光は、この前と同じ様に慶を見て軽くお辞儀をすると、それにつられる様に慶も、軽くお辞儀を返す。
「あ、じゃあ、俺先見てるね」
慶は、光に気を使ってかその場を離れた。
別に、居てくれても良いんだけど。
光の方も、連れの2人が先に外に出てる事を光に告げて、出て行った。
「よく会いますねっ」
「そうですね。…近くに住んでるんですか?」
「家は遠いんですけど、大学が近いんです。それに、ここ、大学と駅の間にあるから帰りに小腹空いたりしたら何となく寄っちゃって」
カラカラと笑う。
学生は元気だ。
「家遠いって、いつもBIRTH来てくれてる時、けっこう遅い時間までいませんか?大丈夫なんですか?」
「その時は、もうツレの家に泊まらせてもらってます」
「あー、それなら安心ですね」
当たり障りのない会話。
チラッと慶の姿を探す。
この前はすっかりどこかに消えてしまってたけど、今日はゆっくりと野菜を見てる。
俺の視線に気づいて光が言う。
「あ、すみません、俺また邪魔しちゃってますね」
「や、そんな事ないですよ」
社交辞令丸出しだな、俺も…。
光は……少なからず俺を気に入ってる様子だ。
携帯の番号を手渡して来たぐらいだから……連絡取りたいって思ってるんだろう。
「…仲良いんですね」
光も慶の方をチラリと見て言った。
「羨ましいです…すごく」
返事に困るって、そんな事言われてもさ…。
とりあえず、白々しく「ハハ」と笑ってみたけど、その時の光の目が、ほんの少しだけ潤んでるような気がして……ちょっと困った。
「あ、じゃあ、俺そろそろ、」
あくまで、客と店員だ。
それ以上はどうもならない。
「あ、すみません、俺……めんどくさいですよね…」
「いや、そんな事…」
「久我さん、優しいから……言わないだけです」
……返答に困るわ、さっきから。
「見込み無いかも知れないですけど……もう少し……好きなままでも良いですか?」
「…え、」
こんな……スーパーの入り口で、そんな事言われると思って無かったから……ちょっと動揺してしまった。
「返事しないで下さいっ。…まだ、好きで居たいです」
おいおい、どした。
……完全に…困惑してるわ、俺。
「リニューアルしたら……お店に行っても良いですか?」
「それは、もちろん」
少しホッとしたような、そんな笑顔。
「ありがとうございます。それじゃあ、俺ももう行きます」
「あ、はい、気をつけて」
光は、俺にお辞儀をして友達の方へと歩いて店を出て行った。
その姿を何となく最後まで見送った。
ソファで、2人で重なって……
あれから、しばらく………キスに、没頭してた。
俺も、慶も。
何度……したか分からない。
とにかく……長い間、してた。
その内……2人とも脱力して………そのまま…自然に寝てしまった。
「さむ……」
小さく身震いして、目が覚めた。
俺が…慶に被さってる状態で、寝てた。
ただでさえ、寝にくいこのソファで、よく男2人で落ちずに寝れたもんだ……
無意識に落ちないように踏ん張ってたのか…体のあちこちが痛い。
俺の下になってた慶は、まだ寝てる。
時計は、昼前をさしている。
外の光がカーテンの隙間から差し込んでて、晴れてる事が伺える。
俺は、そっと体を起こしソファから立ち上がると、寝室から布団を持って来て慶にかけた。
最近では珍しくぐっすり寝てるみたいだから、起こすのが可哀そうに思えてそのままにしておいた。
背中に寒気を感じてもう一度身震い。
慶のを買う時に一緒に買った家着のフリースのジップアップを着込む。
慶を起こさないよう、静かにダイニングの椅子に座り、放置してた携帯をチェック。
『侑利、大丈夫か?』
天馬から、メッセージが届いてた。
落ち着いたら連絡しろ、って言われてたな……
まぁ……昨日は落ち着かなかったし。
『大丈夫』
とりあえず、これだけ、送信して他のメッセージを見る。
巴流だ。
『侑利――!!お前大丈夫か?急に帰って心配してんだ、俺は』
メッセージさえも煩いわ…何か…。
大和も…
『おーい、東京着いてる?無事?』
もちろん無事だよ…。
心配してくれんのは、ほんと嬉しいと思ってる。
それは、マジで。
vvv…
携帯が、短く、天馬からのメッセージ受信を告げる。
『それだけかよっ!』
突っ込まれた。
『悪い……今起きたばっかで、まだ頭回ってない』
『だろうな。一言だったし。』
『慶と、付き合うわ』
サラッと、流れで報告したら……即行電話がかかって来た。
そんな気もしてたけど、かかって来んのが早すぎてちょっと笑ってしまった。
慶を起こさないように、少しカーテンを開けて静かにベランダに出る。
起きて無いか一応確認してから、通話ボタンを押した。
『侑利っ!お前っ、何だよ、今のっ』
取り乱してんじゃんか…
「何が」
『付き合うって、マジで?』
「マジで」
『好きだって言ったの?』
「言った」
『慶ちゃんは?何て言ったの?』
「慶も好きだって」
『マジかぁーーーっ!ちょお、俺、何か泣きそうなんだけどぉ』
何でだよ…。
『めっちゃ感動してるわ、俺』
そうなの?
『マジで、沖縄の海で叫びてぇ!!』
「や、叫ばなくて良いし」
叫んでどうなるよ。
『過去も聞けた?』
そこは、天馬も気になってんだろう。
「聞けた」
『そっか。…受け止められそう?』
……俺も結構なダメージ食らったよ。
慶の過去が……想像を遥かに超えてたからさ…。
「受け止める。そう決めた」
『そうか。じゃあ、応援するわ』
天馬の、そういうとこが好きだ。
ほんとは、もっと聞きたいはずだけど……天馬はいつも察してくれる。
「天馬には、ちゃんと話すよ」
俺は、天馬相手だと……割と素直だ。
何かこいつは、チャラいクセに包容力があるから……何故か、素直になってしまう。
きっと、天馬がモテるのは、そういうところを気付かれるからだ。
『何か買って帰ってやるよ、侑利、何も買えてないだろ?』
「あー、さんきゅー、適当に頼むわ」
チラッと、室内を見ると……さっきまで寝てた慶が体を起こそうとしてて、眠そうに目を擦りながら欠伸してるとこだった。
『おっけ。じゃあ、またそっちで』
「おー。気ぃ付けてな」
ちょうど、電話も終わったところで、室内へ戻った。
リビングに入ると、慶はまだ完全に起きてない瞼を、ゆっくり上げ下げしながら、ソファの上で三角座りしてる。
「寝れた?」
カーテンを全部開けながら、振り返って聞くと、目を擦りながらコクリと頷く。
「まだ眠い?」
慶の前の床に座り、寝てるのか起きてるのか分からないその顔を覗き込む。
「…侑利くん……」
思いの外、真面目な顔で慶が俺を見るから、俺もかしこまってしまった。
「昨日のは……夢じゃないよね?」
「ん?」
「俺の事…好きって言った?」
そこ、確認かよ。
「言ったよ」
俺の返事を聞くと、照れたように笑って目を逸らす。
……ニヤけてんじゃねーよ。
慶はソファから降りて俺に近寄ると、そのまま抱き着いて来た。
条件反射的にその背中に腕を回す。
「…キスも…したよね」
改めて確認されると、異常に恥ずかしいんですけど。
「…したよ……思いっきりしたよ」
ふふ、と俺の肩口で慶が笑ってる。
「なんだよ」
「…なんでもない」
この、慶との、緩い感じのやり取りが俺は前から好きだ。
「…侑利くん」
「ん?」
「俺……男だから……女の子みたいに…小っちゃくないし……可愛くないし……それに、」
「あのさぁ、」
まだ何か言おうとしてた慶を遮った。
「俺は、男が好きなんじゃなくて、お前が好きなんだ」
抱き着いてた慶が、顔を上げて俺を見る。
「だから、女の子じゃなくても、小っちゃくなくても、俺には可愛く見える」
慶が唇を緩く噛んだ。
多分……これ以上言うと、泣き出すパターンだ。
コイツの涙腺は、崩壊しやすいようになってる。
「好き、ってそういう事だろ」
そう言って、慶の髪をグシャッと乱す。
でも、その後……慶の手が俺の髪に伸びて……そのまま俺の頭を引き寄せて、キスをした。
慶のキスは……そんなに上手くない。
ちょっと震えてるし。
俺だって、上手いかどうかは分からない。
が……そういう経験だけは、まぁまぁある。
百戦錬磨みたいな女と付き合った事もあるし。
でも………そんなのとは全く違う、この、あんまり上手くないキスが……何よりも俺の感覚を刺激して来る。
「…俺を、好きになってくれてありがとう」
キスを終えて、慶が改まって言う。
「どういたしまして」
俺も改まって言って、何んとなく可笑しくなってフッと笑うと、つられたように慶も笑う。
…慶の笑う顔が好きだ。
笑っていて欲しい。
今まで、泣いて来た分、これからはずっと。
~~~~~~~~
「行くぞ~」
「あ、待って待って」
寝室から、この前買った薄手のアウターを羽織りながら慶が出て来る。
カーキ色でスマートなデザインの、太ももの辺りまで丈のある薄いアウター。
この時期に着るのにちょうど良い感じだろう。
黒い細身のパンツをはいた長い足が、アウターとのバランスを取ってて、スタイルの良さが際立ってる。
でも、当の本人は「変じゃない?」とか言いながら、玄関の鏡に自分を映しながら俺に聞いて来る。
さっき、お前が可愛く見えると言ったばかりの俺にそれを聞いて「変」って返事する訳無いじゃん、って思うけど…。
「似合ってる」
俺が言うと、いちいち嬉しそうな表情を向けて来る。
……ラブラブかっ。
照れるわ。
慶が、食に拘らない数日を送ってたが故に、家には昼飯に出来るような物が何も無く……もう昼過ぎって事で、食べ物の買い出しを兼ねて外出する事にした。
久々に、慶と出かける。
当たり前のように、助手席に乗り込んでシートベルトを締めてる。
嬉しそうな表情が見れて、俺も気分が良い。
過去は過去だ。
振り返るなとは言わない。
忘れられる訳がない。
慶が生きて来た環境。
3年前まで、入院してた。
まだ、3年しか経ってない。
……過去は変わらないけど………今は、俺が居て…お前を受け止める事が出来るからさ。
俺は、ゆっくり車を発進させた。
昼飯の後は、最近出来たとテレビで見たショッピングモールを何となくぶらぶら。
何を買うでも無かったけど、こういうとこが意外と好きな慶は、雑貨屋を見たり、ペットコーナーで子犬や子猫を見て癒されてみたり……俺は、くるくる変わる慶の表情を見てて、飽きないわ~とか思ってみたり。
ウロウロしてたら2時間くらいは直ぐに経つ。
最後に寄った本屋で、慶は旅の情報誌を買った。
俺が、2人でどっか行こう、と言ったからだ。
1泊2日で巡る弾丸旅行や、東京から日帰り出来る穴場スポットなど、けっこうな情報量だ。
「これで決める~」と、助手席に乗るや否や本を出して来て見てる。
「どこでも良いよ。慶が決めといてよ」
「え~、決めれるかなぁ…」
ペラペラとページを捲ってる。
この後は、いつものスーパーへ買い出し。
そこは、ほんとによく行くから、置いてある物の場所がだいたい分かるとこが良い。
家とも近いから、すぐに冷蔵庫に入れたい物でも、帰りにかかる時間をあまり気にする事無く買えるってとこも良い。
とにかく、食材の買い物は主にそこって決めてる。
「あ、そうだ…」
情報誌を見てた慶が、思い出したように言った。
「何」
「俺たち……恋人同士でしょ?」
何だ、行き成り。
「…まぁ、そうだな」
恋人同士、って………改めて言われると照れるけど…。
「だけど……お金はちゃんと払いたい」
「え?」
お金、って……居候代って言ってたアレか。
ってか、もう居候じゃないし。
「一緒に住んだとしても、あそこは侑利くんの家だし、俺は一緒に住ませて貰ってる訳だから………次のバイト、出来るだけ早く探して……お給料貰ったら、その中から侑利くんに渡すからね」
ちゃんとしてんだ、コイツは。
要らないって言っても、多分聞かない。
なら、まぁ、良いよ。
気の済むようにやれば良い。
慶1人くらい増えたって、別段困る事無いんだけど……本人がそう希望してるから、聞き入れてやる事にした。
そうした方が、住みやすいんだったら……。
いつでも、減額出来るしな…。
スーパーに着いて、店内に入った。
今日は、月に数回あるポイント倍率の良い日らしくて、お客の数がいつもより凄い。
「えっ、久我さんっ?」
店内に入るなり名前を呼ばれる。
前から歩いて来た男3人のうちの1人。
え~と……確か………思い出した……
小田切 光だ。
前も、このスーパーで会った。
大学生だと言っていた光は、大学の友達だろう2人と共に気怠い感じで歩いて来てた。
俺の前に立った光は、この前と同じ様に慶を見て軽くお辞儀をすると、それにつられる様に慶も、軽くお辞儀を返す。
「あ、じゃあ、俺先見てるね」
慶は、光に気を使ってかその場を離れた。
別に、居てくれても良いんだけど。
光の方も、連れの2人が先に外に出てる事を光に告げて、出て行った。
「よく会いますねっ」
「そうですね。…近くに住んでるんですか?」
「家は遠いんですけど、大学が近いんです。それに、ここ、大学と駅の間にあるから帰りに小腹空いたりしたら何となく寄っちゃって」
カラカラと笑う。
学生は元気だ。
「家遠いって、いつもBIRTH来てくれてる時、けっこう遅い時間までいませんか?大丈夫なんですか?」
「その時は、もうツレの家に泊まらせてもらってます」
「あー、それなら安心ですね」
当たり障りのない会話。
チラッと慶の姿を探す。
この前はすっかりどこかに消えてしまってたけど、今日はゆっくりと野菜を見てる。
俺の視線に気づいて光が言う。
「あ、すみません、俺また邪魔しちゃってますね」
「や、そんな事ないですよ」
社交辞令丸出しだな、俺も…。
光は……少なからず俺を気に入ってる様子だ。
携帯の番号を手渡して来たぐらいだから……連絡取りたいって思ってるんだろう。
「…仲良いんですね」
光も慶の方をチラリと見て言った。
「羨ましいです…すごく」
返事に困るって、そんな事言われてもさ…。
とりあえず、白々しく「ハハ」と笑ってみたけど、その時の光の目が、ほんの少しだけ潤んでるような気がして……ちょっと困った。
「あ、じゃあ、俺そろそろ、」
あくまで、客と店員だ。
それ以上はどうもならない。
「あ、すみません、俺……めんどくさいですよね…」
「いや、そんな事…」
「久我さん、優しいから……言わないだけです」
……返答に困るわ、さっきから。
「見込み無いかも知れないですけど……もう少し……好きなままでも良いですか?」
「…え、」
こんな……スーパーの入り口で、そんな事言われると思って無かったから……ちょっと動揺してしまった。
「返事しないで下さいっ。…まだ、好きで居たいです」
おいおい、どした。
……完全に…困惑してるわ、俺。
「リニューアルしたら……お店に行っても良いですか?」
「それは、もちろん」
少しホッとしたような、そんな笑顔。
「ありがとうございます。それじゃあ、俺ももう行きます」
「あ、はい、気をつけて」
光は、俺にお辞儀をして友達の方へと歩いて店を出て行った。
その姿を何となく最後まで見送った。
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恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
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