幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良

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09. 泡沫の……

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フィオン視点です。
_________


「フィオン、何てことをしてくれたのだ……」
 疲れ切った顔で言うのは、帰宅したばかりの父上だった。

「殿下がリリアスを選んだのです」
 二人でエインを嵌めたとは敢えて口にしなかった。

「お前がディアドラを嫌っていたのは知っている。だからと言って妹に婚約者を寝取らせるとはな……。じきに十七歳になるというのに、婚約がなくなって傷物扱いだぞ。あんまりだと思わないか?」

 義父がディアドラを嫌っていない・・・・・・のは知っている。アレは気付いていないが。単に興味がないだけ、政略結婚相手の娘というだけの存在であって、好悪の情すらないと思っているようだ。
 とはいえ大過なくやり過ごしたいと、保身からくる程度にはアレも気遣っている。

「傷物というなら僕が娶ります。リリアスをエイン殿下に嫁がせたなら、王子妃の後見は可能でしょう」

 自分とディアドラに血の繋がりはない。兄妹とはいえ結婚の障壁は何もなかった。
 元よりそのつもりでエインに妹を薦めたのだ。義妹が王子妃になったら次期侯爵は異父妹のリリアスになり、自分は家を出なくてはいけない。
 しかし姉妹の立場を入れ替えれば、自分は貴族の身分で居続けられるのだ。

「そう上手く行くとは思えないがな……」
 父上が大きく溜息をつく。

 たまにしか顔を合わせない親子だったけど、それでも一晩で一気に老けたと思うほど深い皺が刻み込まれていた。
 何と声を掛けて良いかわからず、沈黙が部屋を支配する。
 そんな中、ドアがノックされて来客を告げられた。
 父上の客人であったが、僕も同席するように言われる。何事かと訝しんでいる中で現れたのは留学生だった。

 ――確かレオナールと言ったな。家名は名乗らなかったが、伯爵家の三男が何のようだ?

 初対面の自己紹介で家名を名乗らなかったが、ほどなくして身元は判明している。
 母親からの伝言でも頼まれたのだろうか。

 しかしこの国に来た直後ならともかく「このタイミングで」というのはなんだか……。
 不穏な空気を感じるが「何か」というのはわからなかった。

「ディアドラの叔父上と従兄弟からの伝言ですよ。『次の結婚相手はこちらが決める』とのことです。ちなみに私は候補者の一人です」

「――!!」
 にこやかで一見友好的な笑みを浮かべているが、腹の底では何を思っているかわからなかった。

「ご存じでしょうが、アトリナム公爵親子は現在、帰国の目途が立っていませんから。加担したのだからよくおわかりですよね」

 ディアドラの母方の叔父と嫡男は、この国どころかこの大陸にすらいない。海を隔てた島国との交易をまとめるために訪れていた。島国の前は別の大陸――目の前の青年と同時期に学院に来た留学生の生まれた国がある大陸だ。

「ちなみに俺の正式な名前はレオナール・スファティ・ルディーア。伯父上もディアドラの結婚に注視している。マクウィラン侯爵家を継ぐも良し、ドゥラルディーア帝国に嫁ぐの良し、本人の好きにさせる気でいらっしゃる。私に嫁ぐ場合は新たな貴族家を創設するとも」

「――!!」

 ルディーアという家名は現帝室のもの。レオナールと言う名は隣国貴族には珍しくなく皇帝の親族にも二人ほどいた筈だ。そのうちの一人は皇帝の甥。

 留学のために名乗っていた伯爵家は、二代前に姫が降嫁した名門であり、爵位こそマクウィラン家より低いものの家格は上だ。レオナールという名の年回りが同じくらいの子息もいる。
 だから身元を詐称しているとは思わなかった。

 亡くなった夫人は国内の公爵家出身だが、その母――ディアドラの祖母に当たる女性はドゥラルディーア帝国の公爵家出身である。皇帝が他国の姫と政略結婚を結ぶ以前は婚約者だったらしいのは知っているが……。

「ディアドラの母上が亡くなったときには随分と悲しまれて。望まぬ政略に泣くのは、自分たちだけで良かったのにとおっしゃられていた。それとあなた方が蔑んだ赤い髪と灰色の瞳は、陛下の愛した女性と同じ色ですよ」

「――!!」

 ディアドラの祖母は存命だが、既に髪が白く元の色は知らなかった。
 父上はご存じだったかもしれないが。

 知らぬ間にドゥラルディーア皇帝からマクウィラン侯爵家は睨まれていたとは。婚約を強引に推し進めた側妃も、随分と恨みを買っただろう。
 エインが玉座を手にする可能性は最初からなかった。
 それどころか日の目を見るのも難しい。

 ――幼馴染だが、切った方が得策なのか?

 損得勘定で付き合ったつもりはない。気が合って親しくなった。幼いころは身分の差を気にせずに。年齢を重ねた今は身分差以上の気安さで。
 とはいえ一緒に破滅するのは御免だ。

「ちなみに――」
 レオナールが勿体をつけるように言葉を区切った。

「もう一人の婚約者候補はルードヴィヒ・フォン・グリムヴォルフ。王位継承権を持つ公爵家の嫡男ですよ」
 遠方の国まで留学に来られるくらいだから裕福な高位貴族だろうとは思っていたが、想像以上の大物だった。

「元々はアトリナム公爵の孫が最有力候補だったのですが、長く国外に出ていたせいで大きく順位を落としましたからね。本人は残念がっていましたが、従姉妹の幸せを最優先したいと言っていましたよ。ほかにも候補はいますが知りたいですか?」

 もし是と答えれば嬉々として教えるだろう。
 候補者たちとは、即ちマクウィラン侯爵――父の敵の名だ。


 * * *


「エイン様が会ってくださらないのです」
 妹が滂沱の涙を流しながら僕に縋る。

「僕たちはやり方を間違えたんだ」
 妹を落ち着かせるようにソファに腰を掛け背中を撫でる。

 エインを誰にも渡したくないという、リリアスの願いを叶えるために催淫剤を盛った。
 結果、二人は結ばれて責任を取る形で婚約。
 世間的には不仲が有名だったエインとディアドラが婚約を解消して、妹であるリリアスと婚約を結び直しただけ。政略とはいえ姉妹の関係の良い方と結ばれたのだと、好意的にみられている。

 事実は全く異なるが。

 円満な婚約解消はディアドラにとっても、波風を立てないという意味で悪くはない。義父にとってもこれ以上は無様なところを他家に見せられない。互いに都合の良い取り繕い方だから世間に流布させた噂なのだ。
 だが蓋を開ければ一方的な拒絶だった。

「エイン様をお慕いしていただけなのに……」
 リリアスからすれば、嫌っている姉よりも妹の自分を選ぶきっかけを作ったに過ぎない。異母姉だって自分を嫌う相手よりも、好きな相手と結婚した方が良いだろうと考えている。

 エインの思惑に気付いてなかったから、現状に納得がいかない。
 実際、ディアドラに惹かれる前までだったら、これほどの拒絶はなかっただろう。

 婚約者との関係を深めるため月に一度、互いの屋敷を訪れる形の茶会は、妹とは一度も開かれていない。義務を果たすように抗議したところ「何を盛られているかわからないのに、茶など飲めるか」とにべもない回答をされた。続く言葉は「結婚はする、だがそれだけだ」だった。本来は僕たち兄妹は学院から自主退学させるところだが、あまり追い込み過ぎるのはよくないから、そのまま卒業させてやるとも。

 僕から縁を切るまでもなく、エインの方から絶縁されたのだった。


―――――――――――――――――――――――――――

腐っても首席。
自国の貴族年鑑だけでなく、隣国の貴族年鑑もしっかり頭に入ってました。
頭が良いだけでなく、貴族として必要な知識もバッチリ。
その割に詰めが甘いと言うか、抜けているというか……。

リリアスに関しては「ですよねー」という感じです。
薬を手に入れたり準備したのはすべてフィオンで、妹は兄から渡された薬を飲んだだけ。
とはいえ一度、盛られたら、次があるかもって思うでしょう。
次は殺されるかも、と思ったら二度と一緒に食事はできないかと……。
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