トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

文字の大きさ
67 / 237
6章

9

しおりを挟む
 保護者の顔をした衛藤家の人々に何を言っても無駄だということは、これまでの人生で身に染みている。それにジェイムズ来襲の衝撃の後では、一洋の安全確認くらい大したことはないように思われた。
 大人しくされるがままになりながら、ジェイムズは正常な判断力も吸い尽くしている、と志貴は脳内の被害一覧に書き加える。

 ジェイムズのせいで、精神的には無事どころか無条件降伏を強いられていたが、志貴を子供扱いする点においては、こうして気遣ってくる一洋も、加害者のジェイムズと大差ない。逃げ出したと思っていた黒木が、退室したその足で電話をかけに行ったのは、志貴に異状があればすぐに連絡するように、普段から一洋に言い含められていたからに違いなかった。
 過保護な幼馴染の抜かりの無さを思い知らされ、志貴はそっと諦めのため息を洩らす。

「……イギリスの昔馴染みが最近こちらへ赴任したので、挨拶に来てくれたんです。身体的接触スキンシップの激しい人なので、黒木さんは驚いたみたいですが」
「俺も驚いたがな。まるで熱烈な恋人同士の再会の場面みたいだった。――今もだが」
「テオ、余計なことを言うな」

 遣り取りを眺めていたテオバルドの横槍に、すかさず志貴は釘を刺す。しかしその過敏な反応に、却って一洋は興味を惹かれたようだ。

「この御仁と志貴には、何かあるのか?」
「……彼は時々悪ふざけが過ぎることがありまして……」

 言葉を濁す弟分に、一洋が探るような眼差しをテオバルドに向ける。正面から受けとめたラテン男は、いかにもな気障な仕草で肩を竦めると、右手を差し出しながら当たり障りなく名乗った。

「テオバルド・アルヴァ、志貴のスペイン語の教師だ」
「衛藤一洋、日本の海軍中佐だ。――なるほど、今年やけに志貴が熱心に道場に通っていたのは、君のせいか」
「道場?」

 武術の修練場のことだと説明すると、テオバルドは興味深そうに身を乗り出した。

「例の柔道の修練か、それはぜひ見てみたい」
「お断りだ、技の研究をされてはたまらない」

 あの闘牛の夜から二ヵ月。
 志貴は細心の注意を払って、テオバルドとの付き合いを継続している。この二ヵ月で、脅しに負けるつもりはないという意思表示で一度、まったくの不注意で一度、彼を「テオバルド」と呼んで、その度に唇を奪われた。
 テオバルドは自身の言葉を守る男だった。
 闘牛の翌日、いつものようにレティーロ公園で待ち合わせ、昨夜のことに怯んだりしないという意思を込めて、挑むように彼を「テオバルド」と呼んだ志貴は、次の瞬間ベンチの上で抱き寄せられ、手にした新聞の影で、男の熱い唇と舌を自身のそれで受けとめる羽目になった。
 必死に新聞で不埒な行為を隠そうとする志貴をよそに、男はたっぷりと志貴の舌を吸い、口内を舐め回し、唾液を啜った。いやらしい水音が耳を打ち、耳からも舌を入れられる錯覚を覚えるような、淫靡で深い口づけ。両手で顔を押さえられ、逃れることもできない。
 白昼堂々、人通りのある、のどかな公園での犯行だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...