68 / 237
6章
10
しおりを挟む
――俺は有言実行の男だぞ。
離した唇をこれ見よがしに舐めながら、ニヤリと獰猛に男は笑った。駄犬に良識を期待してはいけないと身を以て悟り、以降「テオ」と呼ぶようになった志貴が、うっかり「テオバルド」と呼び掛けた時も、その弁明を聞くことはなかった。
ただし、駄犬には駄犬の流義があるらしく、それ以外で色事を仕掛けてくることも、強引に接触してくることもない。「有言実行の男」というのは事実で、その点では無闇に身構える必要はなく、不思議な緊張を孕みながらも二ヵ月が過ぎている。
だからといって完全に警戒を解いたわけではない、と志貴は男を軽く睨んでやる。まるで気にせず色気の混じった目配せを送ってくるテオバルドに、何を察したのか、衛藤がからかう口調で忠告する。
「セニョール・アルヴァ、志貴の誇りを傷つけないように気を付けたまえ」
「アルヴァでいい。俺もあんたを衛藤と呼んでも?」
「構わないよ」
初対面からくだけた態度でありながら、ファーストネームを許さないテオバルドを、志貴は不審に思った。仕事相手となる梶と志貴に、最初から「テオバルド」でいいと朗らかに告げた、大らかで気さくな男のはずなのだが。
「俺ごときが、志貴の誇りを傷つけられるはずがない。さっきの金髪の男前や、あんたみたいな奴の方が、よっぽど傷つけてるんじゃないか」
「……どういう意味かな」
「志貴はあんた相手に、愚痴ったり拗ねたりするか?」
いつも志貴が、テオバルドに愚痴を言ったり拗ねたりしているようにも聞こえる言い方だ。そんなことはしていない、と訂正したかったが、壮絶な艶をたたえた流し目を送られ、喉元まで出掛かった文句が詰まる。これが脅しだと察したからだ。
二人の間にあったことを黙っていてほしいなら何も言うな、とテオバルドは暗に圧力を掛けている。
「そうやって志貴に触れるのも、幼馴染としてなら、やめてやることだ。志貴のためにも、――あんたのためにも」
「……なるほど、志貴に護身用にいくつか技を教えたのは、役に立っているようだ。――君も、許されたいのだな」
許されたいということは、今は許されていないということか。――しかし、何を。
目的語の不明な一洋の言葉に戸惑う志貴とは反対に、テオバルドはほのめかすものを理解したらしい。眦が吊り上がり、ぎりっと音がしそうに口元が引き締まる。初めて見る剣呑な顔付きに目を瞠る志貴を、男が放つ殺気から守るように、一洋の腕に力が込もる。
「見間違いでなければ、今し方君も、志貴に触れようとしていたようだが。それに、何か勘違いしているようだ。志貴が私に甘えるのではない、私が志貴に甘えているんだ」
「衛藤中佐ともあろう方が、ご冗談が過ぎます。中佐が私に甘えるなど、これまでなかったでしょう」
「気がついていないなら、俺は甘え上手ということだな」
離した唇をこれ見よがしに舐めながら、ニヤリと獰猛に男は笑った。駄犬に良識を期待してはいけないと身を以て悟り、以降「テオ」と呼ぶようになった志貴が、うっかり「テオバルド」と呼び掛けた時も、その弁明を聞くことはなかった。
ただし、駄犬には駄犬の流義があるらしく、それ以外で色事を仕掛けてくることも、強引に接触してくることもない。「有言実行の男」というのは事実で、その点では無闇に身構える必要はなく、不思議な緊張を孕みながらも二ヵ月が過ぎている。
だからといって完全に警戒を解いたわけではない、と志貴は男を軽く睨んでやる。まるで気にせず色気の混じった目配せを送ってくるテオバルドに、何を察したのか、衛藤がからかう口調で忠告する。
「セニョール・アルヴァ、志貴の誇りを傷つけないように気を付けたまえ」
「アルヴァでいい。俺もあんたを衛藤と呼んでも?」
「構わないよ」
初対面からくだけた態度でありながら、ファーストネームを許さないテオバルドを、志貴は不審に思った。仕事相手となる梶と志貴に、最初から「テオバルド」でいいと朗らかに告げた、大らかで気さくな男のはずなのだが。
「俺ごときが、志貴の誇りを傷つけられるはずがない。さっきの金髪の男前や、あんたみたいな奴の方が、よっぽど傷つけてるんじゃないか」
「……どういう意味かな」
「志貴はあんた相手に、愚痴ったり拗ねたりするか?」
いつも志貴が、テオバルドに愚痴を言ったり拗ねたりしているようにも聞こえる言い方だ。そんなことはしていない、と訂正したかったが、壮絶な艶をたたえた流し目を送られ、喉元まで出掛かった文句が詰まる。これが脅しだと察したからだ。
二人の間にあったことを黙っていてほしいなら何も言うな、とテオバルドは暗に圧力を掛けている。
「そうやって志貴に触れるのも、幼馴染としてなら、やめてやることだ。志貴のためにも、――あんたのためにも」
「……なるほど、志貴に護身用にいくつか技を教えたのは、役に立っているようだ。――君も、許されたいのだな」
許されたいということは、今は許されていないということか。――しかし、何を。
目的語の不明な一洋の言葉に戸惑う志貴とは反対に、テオバルドはほのめかすものを理解したらしい。眦が吊り上がり、ぎりっと音がしそうに口元が引き締まる。初めて見る剣呑な顔付きに目を瞠る志貴を、男が放つ殺気から守るように、一洋の腕に力が込もる。
「見間違いでなければ、今し方君も、志貴に触れようとしていたようだが。それに、何か勘違いしているようだ。志貴が私に甘えるのではない、私が志貴に甘えているんだ」
「衛藤中佐ともあろう方が、ご冗談が過ぎます。中佐が私に甘えるなど、これまでなかったでしょう」
「気がついていないなら、俺は甘え上手ということだな」
21
あなたにおすすめの小説
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる