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6章
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保護者の顔をした衛藤家の人々に何を言っても無駄だということは、これまでの人生で身に染みている。それにジェイムズ来襲の衝撃の後では、一洋の安全確認くらい大したことはないように思われた。
大人しくされるがままになりながら、ジェイムズは正常な判断力も吸い尽くしている、と志貴は脳内の被害一覧に書き加える。
ジェイムズのせいで、精神的には無事どころか無条件降伏を強いられていたが、志貴を子供扱いする点においては、こうして気遣ってくる一洋も、加害者のジェイムズと大差ない。逃げ出したと思っていた黒木が、退室したその足で電話をかけに行ったのは、志貴に異状があればすぐに連絡するように、普段から一洋に言い含められていたからに違いなかった。
過保護な幼馴染の抜かりの無さを思い知らされ、志貴はそっと諦めのため息を洩らす。
「……イギリスの昔馴染みが最近こちらへ赴任したので、挨拶に来てくれたんです。身体的接触の激しい人なので、黒木さんは驚いたみたいですが」
「俺も驚いたがな。まるで熱烈な恋人同士の再会の場面みたいだった。――今もだが」
「テオ、余計なことを言うな」
遣り取りを眺めていたテオバルドの横槍に、すかさず志貴は釘を刺す。しかしその過敏な反応に、却って一洋は興味を惹かれたようだ。
「この御仁と志貴には、何かあるのか?」
「……彼は時々悪ふざけが過ぎることがありまして……」
言葉を濁す弟分に、一洋が探るような眼差しをテオバルドに向ける。正面から受けとめたラテン男は、いかにもな気障な仕草で肩を竦めると、右手を差し出しながら当たり障りなく名乗った。
「テオバルド・アルヴァ、志貴のスペイン語の教師だ」
「衛藤一洋、日本の海軍中佐だ。――なるほど、今年やけに志貴が熱心に道場に通っていたのは、君のせいか」
「道場?」
武術の修練場のことだと説明すると、テオバルドは興味深そうに身を乗り出した。
「例の柔道の修練か、それはぜひ見てみたい」
「お断りだ、技の研究をされてはたまらない」
あの闘牛の夜から二ヵ月。
志貴は細心の注意を払って、テオバルドとの付き合いを継続している。この二ヵ月で、脅しに負けるつもりはないという意思表示で一度、まったくの不注意で一度、彼を「テオバルド」と呼んで、その度に唇を奪われた。
テオバルドは自身の言葉を守る男だった。
闘牛の翌日、いつものようにレティーロ公園で待ち合わせ、昨夜のことに怯んだりしないという意思を込めて、挑むように彼を「テオバルド」と呼んだ志貴は、次の瞬間ベンチの上で抱き寄せられ、手にした新聞の影で、男の熱い唇と舌を自身のそれで受けとめる羽目になった。
必死に新聞で不埒な行為を隠そうとする志貴をよそに、男はたっぷりと志貴の舌を吸い、口内を舐め回し、唾液を啜った。いやらしい水音が耳を打ち、耳からも舌を入れられる錯覚を覚えるような、淫靡で深い口づけ。両手で顔を押さえられ、逃れることもできない。
白昼堂々、人通りのある、のどかな公園での犯行だった。
大人しくされるがままになりながら、ジェイムズは正常な判断力も吸い尽くしている、と志貴は脳内の被害一覧に書き加える。
ジェイムズのせいで、精神的には無事どころか無条件降伏を強いられていたが、志貴を子供扱いする点においては、こうして気遣ってくる一洋も、加害者のジェイムズと大差ない。逃げ出したと思っていた黒木が、退室したその足で電話をかけに行ったのは、志貴に異状があればすぐに連絡するように、普段から一洋に言い含められていたからに違いなかった。
過保護な幼馴染の抜かりの無さを思い知らされ、志貴はそっと諦めのため息を洩らす。
「……イギリスの昔馴染みが最近こちらへ赴任したので、挨拶に来てくれたんです。身体的接触の激しい人なので、黒木さんは驚いたみたいですが」
「俺も驚いたがな。まるで熱烈な恋人同士の再会の場面みたいだった。――今もだが」
「テオ、余計なことを言うな」
遣り取りを眺めていたテオバルドの横槍に、すかさず志貴は釘を刺す。しかしその過敏な反応に、却って一洋は興味を惹かれたようだ。
「この御仁と志貴には、何かあるのか?」
「……彼は時々悪ふざけが過ぎることがありまして……」
言葉を濁す弟分に、一洋が探るような眼差しをテオバルドに向ける。正面から受けとめたラテン男は、いかにもな気障な仕草で肩を竦めると、右手を差し出しながら当たり障りなく名乗った。
「テオバルド・アルヴァ、志貴のスペイン語の教師だ」
「衛藤一洋、日本の海軍中佐だ。――なるほど、今年やけに志貴が熱心に道場に通っていたのは、君のせいか」
「道場?」
武術の修練場のことだと説明すると、テオバルドは興味深そうに身を乗り出した。
「例の柔道の修練か、それはぜひ見てみたい」
「お断りだ、技の研究をされてはたまらない」
あの闘牛の夜から二ヵ月。
志貴は細心の注意を払って、テオバルドとの付き合いを継続している。この二ヵ月で、脅しに負けるつもりはないという意思表示で一度、まったくの不注意で一度、彼を「テオバルド」と呼んで、その度に唇を奪われた。
テオバルドは自身の言葉を守る男だった。
闘牛の翌日、いつものようにレティーロ公園で待ち合わせ、昨夜のことに怯んだりしないという意思を込めて、挑むように彼を「テオバルド」と呼んだ志貴は、次の瞬間ベンチの上で抱き寄せられ、手にした新聞の影で、男の熱い唇と舌を自身のそれで受けとめる羽目になった。
必死に新聞で不埒な行為を隠そうとする志貴をよそに、男はたっぷりと志貴の舌を吸い、口内を舐め回し、唾液を啜った。いやらしい水音が耳を打ち、耳からも舌を入れられる錯覚を覚えるような、淫靡で深い口づけ。両手で顔を押さえられ、逃れることもできない。
白昼堂々、人通りのある、のどかな公園での犯行だった。
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