69 / 237
6章
11
しおりを挟む
ひりついた応酬の理由もわからないまま、場を収めるようにやんわり嗜めると、一洋は硬かった口調をくだけたものに変え、茶目っ気たっぷりに目配せを送ってくる。惚れ惚れするような凛々しい軍服姿で、いたずら好きな少年のような愛嬌を見せられては、苦笑するしかない。
もう、と小さく口の中で呟いた志貴に微笑み、一洋は腕の囲みを解いた。
「お前が無事ならよかった。車を待たせているから今は戻らなければならないが、今夜は夕食をともにしよう。定時に迎えに来る」
そう言い置くと、一洋はテオバルドに「お先に失礼する」と声を掛けて慌しく去っていった。
「車を待たせている」と言っていた。重要な職務の途中で、無理矢理抜けてきたのだろう。ただ志貴の身を心配し、その安全を確保、確認するためだけとは考えにくい。夕食の約束も、その真の目的のため――おそらく、突然現れた敵国人の身元確認と、治外法権が保証された公館に簡単に侵入を許した警備体制への進言あたりと思われる。
(余計な仕事を増やしてくれる……)
十三も年上の悪童を恨めしく思いながら席に戻ると、それまで黙っていたテオバルドが低く声を掛けてくる。
「あんたのまわりには、特別いい男が多すぎるな。あの腰の短刀、日本海軍のエリートの証だというじゃないか」
「よく知っているな」
海軍兵学校の在籍中、ずっと首席で通した一洋の制服には、成績優秀者のみが与えられる桜の襟章がいくつも並んでいた。たまの帰省でその姿を見掛けるたびに、大事な幼馴染の晴れ姿に、我がことのように誇らしく思ったものだ。
一洋は年々桜の襟章を増やしながら首席のまま卒業し、その際に恩賜の短刀を拝領している。正式な場では、国への忠誠を示すためにその短刀を佩用しており、さきほども腰から提げていた。おそらく各国の駐在武官との会合か何かに参加していたのだろう。
そんな重要な場を中座して駆け付けたのかと思うと、今後の昇進に支障が出るのではと心配になってくる。一洋のことだからうまく収めるのだろうが、黒木には、滅多なことで連絡などしないように釘を刺さなければならない。
「――衛藤中佐は、ジェイムズと同類だ。エリートで見た目も中身も優れているのに、私に関わると箍が外れてしまう。覗き見していたのならわかっただろう、どのように扱われているのか。いまだに庇護の対象――というより愛玩対象なんだ、私は」
「あんたはなかなかに罪作りだな、志貴。あの金髪と衛藤を、同じに考えているのか」
過保護な二大勢力に揉まれる現場を目撃されて、今更取り繕うのも無意味に思え、情け無い立場を正直に吐露したのに、テオバルドは冷ややかな態度を崩さない。
「奴とは長い付き合いなんだろう。なのにこれでは、さすがに衛藤が気の毒になってくる」
言葉面だけは一洋に同情しているが、その口調は馬鹿にしているようにも聞こえる。明らかに不機嫌なテオバルドに困惑し、――そういえばこの男は、戯言半分にせよ自分に言い寄っているのだと、志貴はようやくある可能性を思いついた。
もう、と小さく口の中で呟いた志貴に微笑み、一洋は腕の囲みを解いた。
「お前が無事ならよかった。車を待たせているから今は戻らなければならないが、今夜は夕食をともにしよう。定時に迎えに来る」
そう言い置くと、一洋はテオバルドに「お先に失礼する」と声を掛けて慌しく去っていった。
「車を待たせている」と言っていた。重要な職務の途中で、無理矢理抜けてきたのだろう。ただ志貴の身を心配し、その安全を確保、確認するためだけとは考えにくい。夕食の約束も、その真の目的のため――おそらく、突然現れた敵国人の身元確認と、治外法権が保証された公館に簡単に侵入を許した警備体制への進言あたりと思われる。
(余計な仕事を増やしてくれる……)
十三も年上の悪童を恨めしく思いながら席に戻ると、それまで黙っていたテオバルドが低く声を掛けてくる。
「あんたのまわりには、特別いい男が多すぎるな。あの腰の短刀、日本海軍のエリートの証だというじゃないか」
「よく知っているな」
海軍兵学校の在籍中、ずっと首席で通した一洋の制服には、成績優秀者のみが与えられる桜の襟章がいくつも並んでいた。たまの帰省でその姿を見掛けるたびに、大事な幼馴染の晴れ姿に、我がことのように誇らしく思ったものだ。
一洋は年々桜の襟章を増やしながら首席のまま卒業し、その際に恩賜の短刀を拝領している。正式な場では、国への忠誠を示すためにその短刀を佩用しており、さきほども腰から提げていた。おそらく各国の駐在武官との会合か何かに参加していたのだろう。
そんな重要な場を中座して駆け付けたのかと思うと、今後の昇進に支障が出るのではと心配になってくる。一洋のことだからうまく収めるのだろうが、黒木には、滅多なことで連絡などしないように釘を刺さなければならない。
「――衛藤中佐は、ジェイムズと同類だ。エリートで見た目も中身も優れているのに、私に関わると箍が外れてしまう。覗き見していたのならわかっただろう、どのように扱われているのか。いまだに庇護の対象――というより愛玩対象なんだ、私は」
「あんたはなかなかに罪作りだな、志貴。あの金髪と衛藤を、同じに考えているのか」
過保護な二大勢力に揉まれる現場を目撃されて、今更取り繕うのも無意味に思え、情け無い立場を正直に吐露したのに、テオバルドは冷ややかな態度を崩さない。
「奴とは長い付き合いなんだろう。なのにこれでは、さすがに衛藤が気の毒になってくる」
言葉面だけは一洋に同情しているが、その口調は馬鹿にしているようにも聞こえる。明らかに不機嫌なテオバルドに困惑し、――そういえばこの男は、戯言半分にせよ自分に言い寄っているのだと、志貴はようやくある可能性を思いついた。
21
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる