トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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6章

12

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「もしかして嫉妬しているのか」

 途端にテオバルドが勢いよく眉を寄せる。「一体何を言っているのか」と言わんばかりの形相だ。
 己の誤りに気づき、志貴は自惚れを恥じた。いかにも色事に通じたような男が、相手を惑わせるならともかく、意中の相手に乱されることなどあり得ないように思える。

「すまない、君が嫉妬なんてするはずないな」
「いや、すまなくない。俺は嫉妬してる。あんたが簡単に抱擁を許し、あんなに柔らかい顔で笑う男たちがいると知って、俺は今ものすごく嫉妬している。頼むから、そう理解してくれ」

 淡々と詫びた志貴に慌てたように、その語尾に重ねる勢いでテオバルドが言い募る。

「……嫉妬というのは、そう堂々と表明したり、理解してくれと頼むことでもないと思うけど」
「あんたには駆け引きが通用しないことはよくわかった。あんたのすることに、俺がどれだけ揺さぶられているか、些細な疼きでも痛みでも、全部をぶつけないと、あんたはこっちを見もしないだろ」
「ぶつけられたところで、見る必要がないものには目を向けないけどね」

 ジェイムズ、一洋と相手をして、すっかり疲れているのに、これ以上面倒事を受け入れるゆとりはない。ぶつけられたところで痛くも痒くもないものなら、素通りして無視するに限る。
 つれなくあしらわれたのをどう思ったのか、テオバルドは机越しに向かいに立つと、身をかがめて殆ど触れんばかりに志貴に顔を近づける。整った美貌が目の前に迫っても、志貴は動じなかった。許しの言葉を与えていない以上、犬は主人に触れることはできない。

「テオバルドと、呼ばないか」

 至近距離で目と目を合わせ、殆ど触れそうな唇の上で、テオバルドが囁く。囁きは空気の動きとなって、志貴の唇を微かにくすぐる。
 この二ヵ月で、二人の物理的な距離はゼロに近いものに変化していた。近づかれただけで過剰に反応していては逆に意識しているように思われ、動揺などしないという意思表示で冷然と無視していたら、抜け目のないラテン男にじりじりと詰められてしまった。時折こうして、触れる寸前まで近づかれ、吐息を味わわれている。そして男の体温を、薄い空気越しに移される。
 ただ、ここでも駄犬の流儀は守られている。触れそうに近づいても、触れてくることは決してない。

「呼ばない」

 暗に口づけたいとねだられ、志貴は胸のざわめきとともに退ける。駄犬を甘やかす謂れはないし、闘牛の夜に感じた官能の疼きに、再び身を任せるつもりもない。
 「テオ」と呼べと脅しておきながら、「テオバルド」と呼ばれることを乞う。そのたびにすげなく断っているのに、テオバルドは同じ言葉を繰り返す。まるで古い戯曲のよく知られた台詞のように――繰り返せば叶う呪文のように。
 そして志貴も拒絶を繰り返す。身勝手な駄犬の望みを叶えるのは、一度きりで十分だ。
 答えは変わらないのに繰り返される問いは、――無意味だ。
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