トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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9章 ※

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「巨星堕つ、とはこのことだな」

 桐機関は外務省に所属する組織だが、かつて梶は海軍高官とともに内閣情報部設立に奔走したことがある。それまでは陸海軍、外務省が別個に収集していた情報を集約し、総合的な判断や戦略立案に役立てるためであり、その海軍高官とは、海外勤務が長く世界情勢に通じた当時の海軍次官、山本だった。
 その経緯と経験が、後に梶に桐機関を設立させることに繋がったのだと、志貴はスペイン行きを打診された際に聞かされていた。

「君のことだから、もう英米のラジオは確認したんだろう。大層な騒ぎになっているんじゃないか」
「アメリカでは布哇比ハワイ海戦以来、提督は悪魔と罵られてきましたから……」

 公使館には短波のアンテナと受信機があり、他国の国際放送を聴くことができる。国際放送――つまり敵国に対するプロパガンダとして利用されることが多いため、鵜呑みにすることはないが、それでも大本営発表よりは精度の高い情報源だと、オシントを担当する志貴は認識していた。

「仕事を離れての付き合いはなかったが、海外通だけあって、軍人にしては真っ当な物の見方をする人だったよ。ここだけの話、まさか彼がアメリカに戦争を吹っ掛けるとは思ってもみなかった」
「そうせざるを得ない力が働いたのでしょう。詔勅がない限り開戦はできませんし、陛下に上奏できるのは限られた立場の人間だけですから」
「勝てない戦を避けられないなら、自分の目の届くところで始める方がまだマシ。そう思っていたなら、司令官というのも楽ではないな」

 呟くように、ひっそりと梶が言う。
 梶さんも十分感傷に浸っている、と志貴は思ったが顔には出さなかった。かつて同じ目標のために奔走した知己の死を、すぐには受けとめられないのは当然だ。志貴の前でだけ吐露される心の揺れに、副官として、また生まれた時から『梶の小父さん』に可愛がってもらった者として、寄り添いたいとも思う。
 しかし志貴は、訃報に接した時から生じていた違和感――以前から抱えていた疑惑を、敢えてこの場で上官に告げた。今のこの状況なら、本国でも真面目に取り合ってもらえるのではないか、と期待してのことだった。

「この撃墜は、計画されたものではないでしょうか」

 机の上に落とした目線を、梶はゆっくりと志貴に戻した。

「ブーゲンビル島周辺の制空権は、今も本邦にあるはずです。今回の件を偶然の悲劇と考えるのは、無理があるように思うのです。海軍の暗号は連合国に解読され、提督機は待ち伏せされたと考えるのが、むしろ自然ではありませんか」
「――まったく志貴君は、まさしく君子さんと矢嶋の息子だね。きれいな顔をして鋭い針を持ち、やさしげに見えるのに肝が据わってるんだから」

 国葬が執り行われるほどの英雄の死にも動揺することなく、冷静にこの件の分析を進める部下に、梶は感嘆と諦念のため息をついた。
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