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9章 ※
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「夕食を共にと思ったんだが、また今度にしよう」
「食事のお誘いは、できれば事前に打診していただけませんか。私にも予定がありますので」
「ふむ。では志貴と私の任期中、すべての晩を予約してもらおうか。夕食くらい、好みの顔を眺めながら摂りたいものだ。日本の一等書記官と毎晩約束があると言えば、うちの大使もいちいちうるさく言わないだろうし、つまらない社交も断れて一石三鳥だ」
「……すみません、前言撤回します。これまで通り、都度当日のお誘いにしてください」
事前に誘われたら何だかんだと理由をつけて断るつもりでいた志貴の企みは、あえなく潰えた。
ジェイムズに職場まで突撃されて夕食に誘われたら、よほど重要な先約がない限り、付き合った方が後の害は少ない。上官の梶はジェイムズを気に入っており、またアスター家の人間が志貴を構う理由も知っているため、盾とはなってくれなかった。ジェイムズの上官に、両国関係を鑑みて彼の行動を制限してほしいところだが、直談判できるはずもない。
ジェイムズを見送った後しばらくして、慌ただしく梶が帰ってきた。直ちに日本人館員を集めて、改めて本国からの連絡を周知する場が設けられる。
山本五十六海軍大将がブーゲンビル島上空でアメリカ軍機に撃墜されたのは四月十八日、大本営発表が五月二十一日――つまり今日、そして六月五日に国葬が執り行われるとのことだった。
「皇族、華族以外の国葬というのは、過去に例がないな。色々と、重責を担われた方ではあるが」
「戦意高揚の側面が大きいのでしょう。当日は公使館で追悼式を行うことになりますが、民間の邦人会にも声を掛けますか」
「任意参加ということで報せを回せばいいだろう。新聞屋には露骨な軍人嫌いもいる。無理矢理参加させたところで、山本さんの供養にはならんよ」
「ではそのように」
淡々と事務的にすべきことを一通り指示したところで、志貴の言葉が終わるのを待っていたかのように、書記生の一人が恐る恐る声を上げた。
「……あの、これから、どうなるのでしょうか」
「山本さんは偉大な英雄ではあるが、一軍人の死が戦局を左右することはない。作戦立案は軍令部でなされており、艦隊はそれに沿って行動しているのだから」
平静と変わらない語り口で、動揺した様子を欠片も見せることなく梶が答えるが、場はしんと静まったままだ。
「我々が過度にこの訃報に耽溺したところで、国に貢献できることは何一つないぞ。異郷で国に奉職している我々がすべきことを、まわりには常に他国の目があることを、各人よく自覚し、考えて行動してくれたまえ」
苛立ったように梶は少々口調を厳しいものに変え、重々しく訓示を述べた。わざとそうしているのだと、志貴にはわかっていた。上に立つ者として、弱気の虫をはびこらせたままにしておくわけにはいかない。
もうこれで話はおしまい、とばかりに梶は館員たちを部屋から追い出したが、志貴だけはその場に残るように言い渡された。志貴も梶に具申したいことがあったため、渡りに船だ。言われた通りに、向かいのソファに腰を落とす。
「食事のお誘いは、できれば事前に打診していただけませんか。私にも予定がありますので」
「ふむ。では志貴と私の任期中、すべての晩を予約してもらおうか。夕食くらい、好みの顔を眺めながら摂りたいものだ。日本の一等書記官と毎晩約束があると言えば、うちの大使もいちいちうるさく言わないだろうし、つまらない社交も断れて一石三鳥だ」
「……すみません、前言撤回します。これまで通り、都度当日のお誘いにしてください」
事前に誘われたら何だかんだと理由をつけて断るつもりでいた志貴の企みは、あえなく潰えた。
ジェイムズに職場まで突撃されて夕食に誘われたら、よほど重要な先約がない限り、付き合った方が後の害は少ない。上官の梶はジェイムズを気に入っており、またアスター家の人間が志貴を構う理由も知っているため、盾とはなってくれなかった。ジェイムズの上官に、両国関係を鑑みて彼の行動を制限してほしいところだが、直談判できるはずもない。
ジェイムズを見送った後しばらくして、慌ただしく梶が帰ってきた。直ちに日本人館員を集めて、改めて本国からの連絡を周知する場が設けられる。
山本五十六海軍大将がブーゲンビル島上空でアメリカ軍機に撃墜されたのは四月十八日、大本営発表が五月二十一日――つまり今日、そして六月五日に国葬が執り行われるとのことだった。
「皇族、華族以外の国葬というのは、過去に例がないな。色々と、重責を担われた方ではあるが」
「戦意高揚の側面が大きいのでしょう。当日は公使館で追悼式を行うことになりますが、民間の邦人会にも声を掛けますか」
「任意参加ということで報せを回せばいいだろう。新聞屋には露骨な軍人嫌いもいる。無理矢理参加させたところで、山本さんの供養にはならんよ」
「ではそのように」
淡々と事務的にすべきことを一通り指示したところで、志貴の言葉が終わるのを待っていたかのように、書記生の一人が恐る恐る声を上げた。
「……あの、これから、どうなるのでしょうか」
「山本さんは偉大な英雄ではあるが、一軍人の死が戦局を左右することはない。作戦立案は軍令部でなされており、艦隊はそれに沿って行動しているのだから」
平静と変わらない語り口で、動揺した様子を欠片も見せることなく梶が答えるが、場はしんと静まったままだ。
「我々が過度にこの訃報に耽溺したところで、国に貢献できることは何一つないぞ。異郷で国に奉職している我々がすべきことを、まわりには常に他国の目があることを、各人よく自覚し、考えて行動してくれたまえ」
苛立ったように梶は少々口調を厳しいものに変え、重々しく訓示を述べた。わざとそうしているのだと、志貴にはわかっていた。上に立つ者として、弱気の虫をはびこらせたままにしておくわけにはいかない。
もうこれで話はおしまい、とばかりに梶は館員たちを部屋から追い出したが、志貴だけはその場に残るように言い渡された。志貴も梶に具申したいことがあったため、渡りに船だ。言われた通りに、向かいのソファに腰を落とす。
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