トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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10章 ※

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(異星人相手に、言い返してどうする……)

 言葉が通じないのに文句を言ったところで、徒労でしかない。――否、言葉は通じるが意思の疎通が不可能なのだから、問題は言語ではない。ジェイムズが、ジェイムズ以外の何者でもないことが問題なのだ。
 固く口を引き結んだ頑なな様子に、異星人が諭すように頭を撫でてくる。

「君は私とアスター家の愛から逃れることはできないのだ。手厚く面倒を見るように、家族全員から強く言われているからな。来年のクリスマスは、『クマちゃん』に妻子ができる予定になっているぞ」
「それはぜひともお断りしたく……!」
「駄目だ。文句があるなら、アスター家が何世代費やしても返しきれない恩を与えた君の父、周に言いたまえ」
「父は、良心に従い、一人の子供を助けただけです」
「その子が、次々代のブラックウェル侯爵とも知らずにな。そして代わりに命を失った」

 大使としてイギリスに赴任していた六年前、志貴の父、矢嶋周は、歩道に突っ込んできた車から子供を庇い、亡くなった。
 周囲の大人の目が一瞬離れた隙に、ホテルの玄関から歩道に飛び出してきた子供は、ジェイムズの長兄の一人息子、つまり次々代のブラックウェル侯爵だった。たまたま通り掛かった周はそれを知らなかったが、昼にもかかわらず酔っ払い運転でふらふらと蛇行した挙句、急にスピードを上げて歩道に乗り上げてきた車から咄嗟にその子を庇った。奇跡的に子供はかすり傷で済み、周にも酷い外傷はなかったが、打ちどころが悪く、懸命の治療も多くの人々の祈りも及ばず、意識が戻ることがないまま三日後に静かにその生を閉じた。

 在職中の大使、しかも高名な英文学者の子息で屈指の親英家を襲った悲劇は、現地でも日本でも大々的に報じられた。
 周は君子を帯同しており、また志貴も研修生としてオックスフォードにいたため、家族が揃って最期を看取ることができたことだけは幸運だった、と志貴は思っている。外交官になった時、親の死に目に会えないことも、傍らで子の成長を見守れないことも覚悟するように、周から諭されていたのだ。
 知的で、穏やかな物腰で、進路についていつも的確な助言をしてくれた父。その助言を一つだけ、部分的に効力を失わせたのは、皮肉にも彼自身の死だった。志貴は、少なくとも父の臨終を看取り、母とともに葬儀を執り行うこともできた。

 我が身を顧みず任地の子供の命を助け客死した大使として、外交の世界で矢嶋周の名を知らない者はいない。弔問に国王の勅使が立てられたイギリスでは、周の自己犠牲的な行為を讃える者が今も多く、敵国となっても、大使館関係者はその息子である志貴に好意的だ。
 ジェイムズが頻繁に日本公使館に現れるのも、それが黙認されているのも、そのあたりの配慮がなされているのだろう。――単に、唯我独尊の異星人を誰も止められないだけなのかもしれないが。

「我が家の家訓は、『恩は倍にして返せ、仇は十倍にして返せ』だ。周はブラックウェル侯爵家の未来を守り、私と次兄の人生の自由を守った。我々は、それに倍するものを、矢嶋家に返す。志貴であろうと君子であろうと、それを妨げることはできないのだ」
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