トゥモロウ・スピーチ

音羽夏生

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13章

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 しかしこの戦争は、過去の例に当て嵌まらない。今年一月、カサブランカで行われた連合国の首脳会談で、アメリカ大統領が「無条件降伏」という姿勢を打ち出してきたからだ。
 個々の戦闘で、相手側の部隊などに無条件降伏を迫る事例はこれまでの戦争にもあったが、国に対してそれを公然と要求したのは、この戦争――連合国が初めてだろう。

 新聞で読んだカサブランカ宣言は、『枢軸国の庶民に何ら害を及ぼさないことを意味している。』と枢軸国国民の絶滅を意図しないとしながら、その直後に『しかし我々は、彼らの犯した罪で野蛮な指導者に対し、完璧な罰と報復を課すことを意味している…』と国の指導者の断罪は明言していた。
 その指導者に、誰が含まれるのか。――それが、志貴を悩ませている問題だった。
 自身の信条とは別のところで、本国を説得するために、最低限保証されるべき条件がある。つまりは、天皇を頂とする国体の護持だ。

 その点が確約されなければ、どれほどの劣勢に立たされようと、軍部はおろか内閣も受け入れまい。それに、王朝が交替するたびに反乱や革命が起き、前王朝の最後の主の首が刎ねられる他国の歴史とは異なり、母国には過去の支配者の血筋を残し、その権威を利用する傾向がある。
 終戦処理で、その権威がどう取り扱われるかは不明だが、この戦争を終わらせるために、少なくとも交渉の席では、皇統の維持を認めてもらわなければならない。その後に国家元首が誰になろうと、志貴には興味のないことだった。

 国とは、そこに住む人々とその生活。
 国家観念の固着とは無縁の存在であるコスモポリタン――志貴が忠誠を尽くす国とは、それを意味する。高潔な職業意識を備えた外交官だった父の教えでもある、志貴の信条だ。

 つい先日、母国では徴兵年齢を引き下げ、在学途中の学生すらも出征させることを決定した。神宮外苑の球技場では、鈍い雨天の中、盛大な壮行会が執り行われたという。
 大人たちの浅慮と傲慢、権威への拘泥、そして過ちを認める勇気の欠如のせいで、ろくに訓練も受けないまま若者たちが戦地へ送られる。彼らの内、一体どれほどが生きて再び故国の地を踏めるのだろう。
 大陸や南洋の島で戦死し、腐敗して蛆虫の餌食になり、やがて骨だけとなって朽ちていく。その骨すらも拾ってもらえず、打ち捨てられ家族の元に帰ることもできない屍の中に、いずれ英の世代までも放り込むことになるかもしれない。
 実際は、英が徴兵年齢に達する随分前に国力が尽き、日本という名の国は地図から消えているかもしれないが。

 少しでも彼我の犠牲を食い止めるために、早期講和を成立させたい。そのためには、同じ立憲君主制を採り、かつては手厚い皇室外交で結ばれていた連合国の欧州の盟主、イギリスを足掛かりにするのが最も穏便に事を進められるのではないか。
 ナヴァスから和平工作という甘い劇薬を注ぎ込まれて以来、志貴に取り憑いた、儚い蜘蛛の糸のような希望。手が届くところまでその糸が降りてくるのを待つしかないと思っていたが、自ら声を上げ、糸を垂らす相手に頼めというのだろうか。
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