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13章
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さっさと糸を降ろしてこの地獄から引き上げてくれ、と。
「到底お釈迦様には見えませんけどね……」
「それはそうだろう、ブッダが金髪の美男子だとは聞いていない」
向かいに座る相手に対し、うっかり洩れてしまった呟きを、ジェイムズが耳聡く聞きつけて答える。文脈もわからないのに、胸を張るように同意してくる金髪の美男子を、つい志貴は恨めしく眺めてしまった。
しかし何故か、ジェイムズは懐かしそうに志貴の顔を眺め返した。
「……何です?」
「その顔、待てをする子犬のような目。縋るように訴えかけてくる……私の小さな志貴の顔だ」
いくつになっても本当に可愛いな、と目を細められ、深く肩が落ちた。食事中でよかった、と志貴は密かに安堵する。もしソファで隣に座っていたら、抱き締められ頬擦りされていたことは想像に難くない。
ジェイムズが「私の小さな志貴」と口にした時、その優秀で碌でもないお頭には、彼と初めて会った夏が思い起こされているに違いないのだ。こちらが和平工作の糸口を掴めず悶々としているのに、人の子供時代に思いを馳せてご満悦になっているなど、相変わらず我が道しか歩まない男だ。
「何か言いたそうだな」
「遠い昔の子供時代などではなく、今、世のためになることを考えているだけです」
「ふむ。ということは、ようやく君の『大好きなジェイムズ』におねだりする気になったか?」
チェシャ猫の笑みを浮かべながらも、ジェイムズの言葉には含みがある。
「志貴は昔から、聞き分けが良いだけじゃなく、慎み深くもあったな。本当は欲しくてたまらないのに、言い出せない。与えられるまでじっと待つのがいじらしくて、つい周囲があれこれ世話を焼いてしまうんだ。――罪作りな可愛らしさだったな、あれは。君が『大好きなジェイムズ』に、」
「それ以上口にしたら、大嫌いになるかもしれません」
二十年以上前の『クマちゃん』をもらった時の話を持ち出されそうになり、志貴は冷たく遮った。
アスター家の人間がこの話をするのは、総計で七十七回目。ジェイムズだけでは五十三回目だ。いい加減、耳にタコができるというものだ。
志貴に嫌われるのは困るな、とさして困った風もなく、ジェイムズが左の頬で微笑む。指先で顎を撫で、企みごとをしている時の悪童の顔だ。
「奥ゆかしさは志貴の美徳だが、欲しいものは欲しいと口に出さないと手に入らないことを、そろそろ学ぶべきだな」
「それは……」
端緒となる最初の一歩を自身が踏み出すことに、志貴はためらいがあった。自分にできるのは、ジェイムズを通じて連合国から秘密裏に講和の二文字を引き出し、梶とともにその条件を可能な限り不利にならない――本国が承諾し得るものへ落とし込むことと考えていた。
しかし、すでにもう一月を無駄にしている。そしてジェイムズは、ただ待つのではなく、自ら請うことを望んでいる。ならばその通りにして、相手の反応を伺うのも一つの手だ。
「到底お釈迦様には見えませんけどね……」
「それはそうだろう、ブッダが金髪の美男子だとは聞いていない」
向かいに座る相手に対し、うっかり洩れてしまった呟きを、ジェイムズが耳聡く聞きつけて答える。文脈もわからないのに、胸を張るように同意してくる金髪の美男子を、つい志貴は恨めしく眺めてしまった。
しかし何故か、ジェイムズは懐かしそうに志貴の顔を眺め返した。
「……何です?」
「その顔、待てをする子犬のような目。縋るように訴えかけてくる……私の小さな志貴の顔だ」
いくつになっても本当に可愛いな、と目を細められ、深く肩が落ちた。食事中でよかった、と志貴は密かに安堵する。もしソファで隣に座っていたら、抱き締められ頬擦りされていたことは想像に難くない。
ジェイムズが「私の小さな志貴」と口にした時、その優秀で碌でもないお頭には、彼と初めて会った夏が思い起こされているに違いないのだ。こちらが和平工作の糸口を掴めず悶々としているのに、人の子供時代に思いを馳せてご満悦になっているなど、相変わらず我が道しか歩まない男だ。
「何か言いたそうだな」
「遠い昔の子供時代などではなく、今、世のためになることを考えているだけです」
「ふむ。ということは、ようやく君の『大好きなジェイムズ』におねだりする気になったか?」
チェシャ猫の笑みを浮かべながらも、ジェイムズの言葉には含みがある。
「志貴は昔から、聞き分けが良いだけじゃなく、慎み深くもあったな。本当は欲しくてたまらないのに、言い出せない。与えられるまでじっと待つのがいじらしくて、つい周囲があれこれ世話を焼いてしまうんだ。――罪作りな可愛らしさだったな、あれは。君が『大好きなジェイムズ』に、」
「それ以上口にしたら、大嫌いになるかもしれません」
二十年以上前の『クマちゃん』をもらった時の話を持ち出されそうになり、志貴は冷たく遮った。
アスター家の人間がこの話をするのは、総計で七十七回目。ジェイムズだけでは五十三回目だ。いい加減、耳にタコができるというものだ。
志貴に嫌われるのは困るな、とさして困った風もなく、ジェイムズが左の頬で微笑む。指先で顎を撫で、企みごとをしている時の悪童の顔だ。
「奥ゆかしさは志貴の美徳だが、欲しいものは欲しいと口に出さないと手に入らないことを、そろそろ学ぶべきだな」
「それは……」
端緒となる最初の一歩を自身が踏み出すことに、志貴はためらいがあった。自分にできるのは、ジェイムズを通じて連合国から秘密裏に講和の二文字を引き出し、梶とともにその条件を可能な限り不利にならない――本国が承諾し得るものへ落とし込むことと考えていた。
しかし、すでにもう一月を無駄にしている。そしてジェイムズは、ただ待つのではなく、自ら請うことを望んでいる。ならばその通りにして、相手の反応を伺うのも一つの手だ。
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