十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結

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突き動かす歯車

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 あれから数週間が過ぎ、気づいたら私は心ないままに生活を送っていた。

 正確に言えばその日過ごした記憶が曖昧になることがほとんどだった。

 日記を綴ろうにもその日何があったのかはっきりと思い出せない日が続いた。

 でもそれには波があって、良い時はしっかりと記憶が……残酷で嫌な記憶が保たれていた。

 それは知らぬ間に取り巻き達が私の傍から離れなくなるようになっていて、サラとは一切関わらなくなるどころかまた今までのように虐めを始めていた。

 殿下を想う気持ちが暴走して、もうどうにもならなくなっていた。
 
 何かがおかしいとは分かっているのに、言う事や行動が自分の意志とは違うようになってしまう。

 良いのか悪いのか、サラを虐めている間は殿下は学校を休み公務に勤しんでいてこの事実を目の当たりにしていない。

 戻ってきたらきっとサラはこれまで受けてきた仕打ちを全て殿下に話して、私は成し遂げようとしていた悪役令嬢になれる。
 
 違う……こんな私は、私なんかじゃない……このままでは、最悪な結末をまた繰り返してしまう……のに。

 何かが噛み合うように私の中に溶け込んでは消えてくれない。

 

「まあ!エリーザ!とってもよく似合っているわ」



 ダニエラ様の小さくはしゃぐ声にはっと我に返る。

 今度行われる舞踏会に殿下の婚約者として呼ばれた私は、ダニエラ様が何点か選んだドレスの試着に王宮にやって来ていた。

 鏡に映る自分の姿は綺麗なドレスを身に纏っているというのに、冷たく愛想の無い顔が映っていた。

 本当の殿下の婚約者は私じゃないのに、こんなドレスで着飾っても無意味だと鏡に映る自分がそう言っている。

 

「ダニエラ様、本当に御体は大丈夫なのですか?」


「心配しないで。こんなに元気なんだから」


「そう、ですか……」



 次のドレスを用意し始めるダニエラ様は、元気にしか見えない。

 でも、どこか無理をしているように見えるのはどうしてかしら。

 疑問が湧いて出るのに、頭がぼうっとする。

 私はそのまま着せ替え人形のように次々にドレスを試着し、最終的に紫を基調としたドレスに決まった。



「とっても良く似合うわ。あとはこれを付けてっと」



 胸元に輝く黒いユリの花と鎖をモチーフにしたブローチ。

 それを付けたダニエラ様は満足気に頷いた。


 
「これで間違いなく輝くわ。そのブローチは舞踏会までエリーザが持っていて」


「はい」



 渋々受け取ろうとする私の手の平にしっかりと握らせたダニエラ様は、小さく微笑んで仕事へと向かうべく部屋から出て行った。

 やることをこなした私はそのまま真っ直ぐに家に帰ればいいのに、中々足は帰路に向かわず、王宮内をひっそりと歩いた。

 殿下の婚約者ということもあり、すれ違う人達は王宮に私が居てもなんら警戒しない。

 そのまま無心で歩いていた私は、吸い寄せられるように庭園に足を踏み入れていた。

 お茶会の時同様、咲き誇る薔薇の香りが鼻を擽った。
 
 不思議とぼうっとしていた靄がかかったような意識も晴れていくような気がした。

 久しぶりの穏やかな気持ちにそっと瞼を閉じる。

 真っ直ぐに私を見つめて優しく微笑む殿下の姿を思い浮かべては、ごめんなさいと小さく呟いた。



「その言葉は一体誰に向けた言葉なんだ?」
 


 暫く聞いていなかった透き通るのに芯があるその声に目を開けた。

 薔薇の花びらが舞い散る庭園でゆっくりとこちらに歩いてくるその姿は、まるで絵画の中から出てきたかのように美しい。



「殿下……」


「サラから全て聞いている」


「……なんの事かさっぱりですわ」



 殿下から視線を逸らして、小さく俯くしかない。

 今更ここで誤魔化しても、殿下にはすべてお見通しなことぐらい分かっている。

 信じてもらえない。

 こんなことしたくてしているんじゃないなんて言ったって、悪役令嬢の私には信じる価値なんて無いのだから。

 軽蔑した目で見つめるんでしょう?突き放すんでしょう?

 覚悟を決めて、殿下を見ると苦しそうな表情を浮かべていた。



「俺は……!」



 大きく一歩踏み出してきた殿下は、私に手を伸ばしてきたが寸前の所でその手を下ろした。

 力なく下ろされた手だったが、拳を強く握り締め瞳に宿る光を当てるように私の目を見つめた。

 

「いいか、エリーザ。次の舞踏会は、俺の言う通りにしろ」


「い、いきなり何を仰るんですの?」


「それができないと言うのなら、己で己を見定めろ」


「だから、何を――!」



 理由を求める私の言葉を遮るように、触れるか触れないかの寸前のところで唇に殿下の綺麗な指が制してきた。



「次の舞踏会で、サラを陥れろ」


「……!?」



 冷静な声でそう言われても、言っている内容がとんでも無さ過ぎて理解が全く追いつかない。

 今回の人生、狂いに狂っているとしか思えない。

 最初からそうだ。殿下から優しい言葉を貰ったり、一緒に同じ時を過ごしたり……ありもしない幸せに踊らされていた。

 私は一体どんな道を進んで、どんな死に方をするのかもう分からない。



「治療薬として開発された薬を母上に与えていた。だが、それに毒が仕込まれていてな。それを作ったのがサラ、あいつだ。少量ずつ薬に混ぜ込んでいたお陰で大事には至らなかったがな。これまでサラに色々としていたようだが片目を瞑り、汚名返上のための機会を与える」



 それだけ言って殿下は踵を返して歩き出した。

 有り得ない。こんなこと、今まで一度も無かった。

 サラがダニエラ様を?なんで?

 疑問ばかりが浮かんでくるけれど、答えを示してくれる人は誰も居ない。

 冷たい風が吹き抜けて来て、私はとりあえず疑問と共に家へと帰ることにした。

 次の日からの記憶もまた曖昧に戻り、考える時間が足りなかった。

 もう……誰も幸せになれる道に進めないのだろうか。

 

「死にたくない、そう思っていただけなのに……どうしたら……」



 考えただけ瞬く間に時間は溶けて行き、私はどうしたらいいのか分からないまま、拳をきつく握りしめることしかできなかった。



 
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