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突き動かす歯車

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 遂にやってきてしまった舞踏会当日。

 その日はいつもよりも頭にかかる靄が酷くて、それだというのに体は勝手に動く。

 煌びやかな王宮の大広間には、着飾った貴族達で溢れ返っている。

 負けじと着飾った私はダニエラ様から頂いたドレスとブローチを付けて、気品を漂わせながら会場を我が物顔のように歩いていく。

 取り巻き達に囲まれながら、低い身分の令嬢を見て鼻で笑う私はいつもの私じゃない。



「あら、そこに居るのは平民じゃない」



 私がプレゼントした淡いピンク色のドレスを着て、緊張感を漂わせるサラに向かって私はそう言い放った。

 自分の意思とは違う何かが私を操って止まることを知らない。

 こちらに気付いたサラは、一瞬身構えたように見えたがいつものように朗らかに笑った。



「こんな所にいるべき人間ではないと、まだ分からないの?本当にみすぼらしいと自覚なさい?」


「エリーザさん……」



 悲しそうな表情を浮かべるサラに心が痛むのに、スラスラとその言葉は出てくる。

 何だなんだと周囲の目がこちらに集まって、調子に乗った口は言葉を吐き続けた。



「殿下に気に入られようと必死な姿は見物でしたわ。私と言う婚約者がいると言う事を知っていても尚、そういう行動ができるなんてどういう神経をしているのかしら。それともそんな下衆な性格が平民には当たり前なことなのかしら?」



 違う、サラはそんなこと一切していない。

 可愛くおねだりしてこんな私と一緒に居てくれる大切な友達だ。

 彼女をもう傷つけないで。



「それで?そんな下衆な貴方が、一体どうしてダニエラ様の事を苦しめる選択を取ったのかこの場で教えていただきましょうか」


「何のことですか?!」


「あら?白を切るおつもりですか?私の口から話しても良いのですけれど」



 何も証拠を持っていない私がサラを犯人にできるわけがない。

 もういい加減止まって。

 怯えたサラを見たくない……これ以上、サラに嫌われたくない。



「私は何もしていません!」


「へえ。そう、なら一度頭を冷やして差し上げますわ。きっと自分の罪に気がつくでしょう」



 給仕が配る飲み物が目に入った私は、そのグラスを手に取った。

 覚えてる……サラの新薬を発表する講演会で同じような動きを取ったことを。

 綺麗で爽やかな殿下と同じ瞳の色と同じ色のドレスを着ていたサラに飲み物を掛けて、惨めだと嘲笑った。


『憎き相手は惨めでしかないのよ』
 

 どこが惨めなの?私がやっている事の方が何倍にも惨めで醜いのに。


『殿下の心に寄り添うために王妃殿下を危険に晒した女を庇うの?』
 

 サラが本当にしたっていうの?聖女の力を持つ彼女がダニエラ様に毒を盛るなんてそんあ馬鹿げたことをするはずがない。

 人々を癒し救うサラは誰よりも凄い。

 可愛くて、こんな私にも手を差し伸べてくれるくらい優しい。


『偽物の顔を向けられているとも知らずにいるのはあんたよ』
 

 そうだとしても、きちんと話し合えば分かるはず。だって、初めて出来た友達なんだから。

 殿下に何か言われてもいい。嫌われたっていい。

 こんなの間違っているって、婚約者として最後に教えなきゃ……私が私であるうちに。


『うるさい。あんたは私の想うがままに動けばいい!人形らしく最期は壊れてしまえばいい!』

 
 うるさいのはどちらよ!私は負けない。絶対に――負けない!

 
 
「っ……!!」



 手の持っていたグラスを傾けて、中に入っていた飲み物が空間から解き放たれて下へと落ちていく。

 床に零れた飲み物がシャンデリアの光を反射させ、きらりと輝いた。

 滴り落ちる水滴が静かに落ちては、小さな小さな音を奏でる。

 何かを振り切るように動かした私の体は、見事に自分に飲み物を頭から被っていた。

 

「エリーザさん……!」



 心配そうに私の目の前にやって来たサラを肩を撫でる。


 
「ごめんなさい、サラ。今までのことをずっと、ずっと……後悔してこうして謝っても、貴方に付けた傷は癒えないかもしれないけれど、私は貴方のことを大事な友達だと思っているって信じて欲しいの。許してもらうまで、何度でも謝るから、だからっ――」

 
 
 びしょびしょになっていることもお構いなしに私はサラに頭を下げると、そのまま力強くギュッと抱きしめられた。



「エリーザさんは私の友達です!もう絶対に離しませんからぁ!」


「ちょっと?!何で泣いているの?それに貴方まで濡れるじゃない!」


「これもお揃いだからいいんです!!」



 冷たい視線を浴びて、誰かに助けを求めても差し出される救いの手は無かったあの日とは違う。

 私の胸の中でなくサラの温もりが心の中に宿った何かを溶かしていく。



「なっ……エリーザ?!その子は私に毒を盛った犯罪者なのよ?!いたぶってやりなさい!!」



 国王陛下の隣に座っていたダニエラ様が立ち上がり鎖のペンダントをかざすのと同時に何処からともなく現れた殿下が、庇うように私の前に立った。

 ふとこちらを振り返って見せた殿下の笑顔に、体を支配していた靄が瞬く間に消え去り胸元で何かが弾けた。

 ざわつく会場を無視して、殿下は凛とした声でハッキリと言い放つ。


 
「母上……いや漆黒の魔女、その正体を隠しても無駄だ。母上の体を乗っ取り、愛するエリーザの意識まで奪い、この国を……世界を滅亡と導く貴様の計画はここで終わりを迎えるのだからな!」


「な、何を言っているのクラウド!」


「誰が貴様に毒を盛ったと?確かにサラは貴様に乗っ取られた母上の容態を回復させる薬は開発した。だが毒を盛ったという作り話は、俺が嘘を伝えたエリーザの意識を読み取れる貴様にしか、分からないことだ」


「!!」


「生憎、繰り返してきた記憶があるのは貴様だけではないのでな」


「あんたっ……!オートモードが切れて!?」



 ダニエラ様の口調が明らかに崩れて、気品ある王族としての動きではなくなった。

 こちらに向かってくるダニエラ様に、殿下はいきなりサラから私を引き剥がすと、唇に優しくも少し強引な何かが触れた。

 へ……?!い、今っ何を……?!

 不敵に笑う殿下の顔はすぐ目の前にあって、吸い込まれそうになる。



「もう絶対に離さない」


「殿、下っ……!」



 再び唇に何か触れる寸前、殿下を想う気持ちが溢れ出て止まらない。

 我慢するなと囁かれては、もう歯止めが効かなくなる。

 今度は私からその感覚に酔いたくなって求めに行くと、受け止めてくれるように温もりが触れた。

 さっきよりも少しだけ長く触れた温もりが離れて行くと、目があった殿下と笑い合う。



「いやぁああ!!違う!違うでしょ!エリーザの絶望の顔が見たいのに!!悪役令嬢がクラウドと結ばれるなんて有り得ない!!」



 叫びながら苦しみもがくダニエラ様は膝から崩れ落ちていく。

 そして目を疑うことに、私から零れるように出る輝く光がダニエラ様を包む影を浄化していたのだ。



「真実の愛に辿り着いたこの世界に、貴様の居場所はない。これで終わり≪ハッピーエンド≫だ」



 殿下の言い放った言葉と共に、私の光も大きくなって影を全て飲み込んだ。

 光が消えると、一瞬意識を失ったダニエラ様の瞳が開かれた。



「母上!!」



 駆け寄ったフォルスがダニエラ様の顔を覗くと、何かあったのか思い出せないようで涙目になる息子を抱きしめた。
 
 ざわついていた会場内は一人またひとりと拍手がし始め、平和が齎された瞬間だと大きな拍手が響き渡った。

 

 「今日という日にこの私の婚約者であるエリーザに聖女の力が開花した。皆、これからの国の安泰に大いに喜んでくれ!」



 殿下がそう言うものだから、私に視線が集まるけれど今の自分の格好が恥ずかしくなって殿下の後ろに隠れた。


 
「随分と大胆にくっついてくるな」


「そうではなくて……!私、格好が酷いことに!」


「水も滴るいい女だ」


「からかわないでください!」


「仕方ない、着替えに行こう。フォルス、サラ、後は頼んだ」



 いきなり横抱きにされて、会場内を歩き始めた殿下はどこか嬉しそうだけど、私にはそんな余裕はこれっぽっちもない。

 着替えるために部屋に入ったというのに、一向に殿下は部屋の外に出ようとしない。

 これじゃあ、着替えられない……のに。



「あの、殿下……?どうかされました?」


「こうして恥らうエリーザも最高に可愛いと思って眺めているんだ」


「や、やめて下さい!」

 
「本当に可愛い」


「サラの方が可愛いですわよ。愛くるしい笑顔とか仕草とか……私には到底無理ですし」


「へえ」



 どこか声のトーンが変わった殿下に抱き寄せられて、そのままベッドに二人して倒れた。



「ずっと前から俺はエリーザのことが愛おしくて愛おしくて堪らなかったのに、強制的にあんな年下好きの薬学馬鹿に愛想振り撒いていた俺の気持ちは分からないんだろう」


「え?!ちょ、殿……んっ!」



 聞きたいことが山ほどあるのに、それをさせないと殿下の唇が私の口を封じた。


 
「前に教え込むって言っただろう。丁度いい機会だ。俺がどれだけエリーザを想っているか分からせてやるから――覚悟しろ」



 殿下自ら着ていた服のボタンを取り始めて、心の準備が整っていない私に向かって口角を上げた。

 こうして私は『夜通し』、殿下の想いを教え込まされ、舞踏会には姿を現すことはなかったのだった。


 
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