379 / 381
番外編 インバウンド(8)
しおりを挟む
※今回、話の切れ目ではないところで切っています。
* * *
動物園はその後、結局1周回って、展示されている動物を大体見てきた。バイソン、ゴリラ、ライオン、シマウマ、ゾウ、エミュー、もちろんコアラも見てきた。インバウンドでもそうするだろう。
園を出て駅に戻った頃には、日は西の地平にあり、最後の目的地である商店街にやってきた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。もっとも、季節的に日が沈むのが早いだけで、平日ならまだ奈都も私たちも部活をしている時間である。特別な旅行の最中だし、もう2時間くらいは遊びたい。
「そうは言っても、もう1万5千歩も歩いてる。涼夏さんの体力ゲージは限界に近付いてる」
涼夏が疲れたようにそう言いながら、しなだれかかってきた。二の腕が柔らかい。
「それはどうやったら回復するの? 薬草?」
奈都の質問に、涼夏がうむと頷いた。
「食べ物だな。そもそも、この町はインバウンド的にはどのように楽しめばいいのか」
帰宅部でもそれなりの頻度で来ているので、大体どこに何があるかは把握しているが、いつもと同じでは意味がない。こちらは元気いっぱいの絢音が、スマホの画面を指で弾いた。
「カルトリによると、食べ物は安くて美味しくて種類も豊富。ピザ、メキシコ料理、台湾料理、居酒屋、ラーメン、唐揚げ、バブルティーなど、いつもの料理が食べれるって」
「メキシコ料理なんて、いつも食べない」
奈都が食べたことがないと首を振ると、絢音が楽しそうに言った。
「色んな国の料理があるから、海外の旅行客でもいつもの料理が食べれるっていう意味だと思う」
「おおっ。アヤ、天才!」
奈都が感心したように手を打った。とてもからかいたい気持ちに駆られたが、生憎私も奈都と同じ勘違いをした組なので黙っておいた。
「つまり、インバウンド的にはいつもの料理、私たちには外国の食べ物を食べるのが良さそう?」
涼夏がどちらでも良いぞと問いかける。
「メキシコ料理なんてあったっけ」
そう言いながらスマホで調べると、隣で奈都が、「メキシコってどこだっけ」と言いながら地図アプリを開いた。さすがにただの確認だと思うが、私も時々ブラジルとごっちゃになる。エレベーターとエスカレーターのようなものだ。
メキシコ料理の店はたくさんあるわけではなかったが、評価の高い店が2軒ヒットした。どちらもタコスがメインで、似た雰囲気のナチョスやケサディーヤという食べ物が売っている他に、片方の店ではタコライスも提供していた。
普段なら、こういう外国人が集まってお酒を飲むような店は怖いので近寄らないが、今日は4人いるし、何事も挑戦である。
「いざとなったらカニを捧げよう」
私が神妙な面持ちでそう言うと、涼夏と絢音がわかったと頷いた。奈都は可愛らしく頬を膨らませたが、カニのムーブだろうか。
幸いにも、店内には外国人が多かったが、普通に日本人の若い女性客もいて、特段危険なことは起きなかった。ブリトーはちょっと重そうだったので、タコスを数種類と、チーズたっぷりのケサディーヤ、チキンがたっぷり乗ったナチョスを注文してみんなでシェアする。
さも色々なメキシコ料理を頼んだようだが、いずれもトルティーヤである。柔らかいトルティーヤで巻いて食べるのがタコス、チーズを挟んで焼いたものがケサディーヤ、油で揚げたトルティーヤを他の具材と一緒に食べるのがナチョスだ。もちろん、今知った。
「うん。いつもの味がする」
タコスを頬張りながら、絢音が満足そうに頷いた。独特の味が来るのではないかと身構えたが、想像の範疇を超えるようなことはなかった。店員さんは現地の人らしいが、恐らく日本人向けにアレンジされているのだろう。
「アヤ、英語ネイティブじゃなかった?」
奈都が美術館で言っていたネタを持ち出すと、絢音が「確かに」と元も子もない呟きを零した。
「じゃあ、アメリカに移住したメキシコ人って設定にする」
「強制送還されそう」
「アメリカへの偏見がひどいね」
震える奈都に、絢音がくすくすと笑った。南側に現代版万里の長城みたいなのを造っていると聞いたことがあるし、奈都の誤解もわかる。むしろ本当に誤解なのかもわからない。日本人でも結構差別されると聞くし、アメリカには少し怖いイメージがある。
* * *
動物園はその後、結局1周回って、展示されている動物を大体見てきた。バイソン、ゴリラ、ライオン、シマウマ、ゾウ、エミュー、もちろんコアラも見てきた。インバウンドでもそうするだろう。
園を出て駅に戻った頃には、日は西の地平にあり、最後の目的地である商店街にやってきた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。もっとも、季節的に日が沈むのが早いだけで、平日ならまだ奈都も私たちも部活をしている時間である。特別な旅行の最中だし、もう2時間くらいは遊びたい。
「そうは言っても、もう1万5千歩も歩いてる。涼夏さんの体力ゲージは限界に近付いてる」
涼夏が疲れたようにそう言いながら、しなだれかかってきた。二の腕が柔らかい。
「それはどうやったら回復するの? 薬草?」
奈都の質問に、涼夏がうむと頷いた。
「食べ物だな。そもそも、この町はインバウンド的にはどのように楽しめばいいのか」
帰宅部でもそれなりの頻度で来ているので、大体どこに何があるかは把握しているが、いつもと同じでは意味がない。こちらは元気いっぱいの絢音が、スマホの画面を指で弾いた。
「カルトリによると、食べ物は安くて美味しくて種類も豊富。ピザ、メキシコ料理、台湾料理、居酒屋、ラーメン、唐揚げ、バブルティーなど、いつもの料理が食べれるって」
「メキシコ料理なんて、いつも食べない」
奈都が食べたことがないと首を振ると、絢音が楽しそうに言った。
「色んな国の料理があるから、海外の旅行客でもいつもの料理が食べれるっていう意味だと思う」
「おおっ。アヤ、天才!」
奈都が感心したように手を打った。とてもからかいたい気持ちに駆られたが、生憎私も奈都と同じ勘違いをした組なので黙っておいた。
「つまり、インバウンド的にはいつもの料理、私たちには外国の食べ物を食べるのが良さそう?」
涼夏がどちらでも良いぞと問いかける。
「メキシコ料理なんてあったっけ」
そう言いながらスマホで調べると、隣で奈都が、「メキシコってどこだっけ」と言いながら地図アプリを開いた。さすがにただの確認だと思うが、私も時々ブラジルとごっちゃになる。エレベーターとエスカレーターのようなものだ。
メキシコ料理の店はたくさんあるわけではなかったが、評価の高い店が2軒ヒットした。どちらもタコスがメインで、似た雰囲気のナチョスやケサディーヤという食べ物が売っている他に、片方の店ではタコライスも提供していた。
普段なら、こういう外国人が集まってお酒を飲むような店は怖いので近寄らないが、今日は4人いるし、何事も挑戦である。
「いざとなったらカニを捧げよう」
私が神妙な面持ちでそう言うと、涼夏と絢音がわかったと頷いた。奈都は可愛らしく頬を膨らませたが、カニのムーブだろうか。
幸いにも、店内には外国人が多かったが、普通に日本人の若い女性客もいて、特段危険なことは起きなかった。ブリトーはちょっと重そうだったので、タコスを数種類と、チーズたっぷりのケサディーヤ、チキンがたっぷり乗ったナチョスを注文してみんなでシェアする。
さも色々なメキシコ料理を頼んだようだが、いずれもトルティーヤである。柔らかいトルティーヤで巻いて食べるのがタコス、チーズを挟んで焼いたものがケサディーヤ、油で揚げたトルティーヤを他の具材と一緒に食べるのがナチョスだ。もちろん、今知った。
「うん。いつもの味がする」
タコスを頬張りながら、絢音が満足そうに頷いた。独特の味が来るのではないかと身構えたが、想像の範疇を超えるようなことはなかった。店員さんは現地の人らしいが、恐らく日本人向けにアレンジされているのだろう。
「アヤ、英語ネイティブじゃなかった?」
奈都が美術館で言っていたネタを持ち出すと、絢音が「確かに」と元も子もない呟きを零した。
「じゃあ、アメリカに移住したメキシコ人って設定にする」
「強制送還されそう」
「アメリカへの偏見がひどいね」
震える奈都に、絢音がくすくすと笑った。南側に現代版万里の長城みたいなのを造っていると聞いたことがあるし、奈都の誤解もわかる。むしろ本当に誤解なのかもわからない。日本人でも結構差別されると聞くし、アメリカには少し怖いイメージがある。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
さくらと遥香
youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。
さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。
◆あらすじ
さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。
さくらは"さくちゃん"、
遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。
同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。
ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。
同期、仲間、戦友、コンビ。
2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。
そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。
イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。
配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。
さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。
2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。
遥香の力になりたいさくらは、
「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」
と申し出る。
そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて…
◆章構成と主な展開
・46時間TV編[完結]
(初キス、告白、両想い)
・付き合い始めた2人編[完結]
(交際スタート、グループ内での距離感の変化)
・かっきー1st写真集編[完結]
(少し大人なキス、肌と肌の触れ合い)
・お泊まり温泉旅行編[完結]
(お風呂、もう少し大人な関係へ)
・かっきー2回目のセンター編[完結]
(かっきーの誕生日お祝い)
・飛鳥さん卒コン編[完結]
(大好きな先輩に2人の関係を伝える)
・さくら1st写真集編[完結]
(お風呂で♡♡)
・Wセンター編[完結]
(支え合う2人)
※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる