水底の幽影

秋初夏生

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第三話 聞き込み

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 現場から出ると、アパート前には制服警官が二人立っていた。
 岡部が声をかける前に、その一人が手帳をめくりながら近づいてくる。

「あなたがフリーライターの岡部圭太さんですね。亡くなった仁科さんと面識があったそうで?」

 表向きは丁寧な態度だが、目の奥の値踏みするような光を隠しきれていない。岡部は苦笑しながらも真面目な顔で質問に応じた。

「ああ、半年前に取材した。彼は都市伝説マニアで、地下鉄や下水道の話を集めてたから」
「……最後に仁科さんと連絡を取ったのは?」
「三日前。“地下から水の音がする”ってメッセージが向こうから来た。俺の方からは特に何も。詳しい文面を見せようか?」

 警官のペンが一瞬止まる。しかし、表情はほとんど変わらなかった。
「そのやりとり自体は事件との関連は不明ですが、一応後でデータとして預かります」
「不明ねぇ……まあ、あんたらはそう言うしかないよな」

 横でそれとなく話を聞いていた松嶋が、思わず軽く咳払いする。
 警察相手に怪異の話をしても、まともに取り合ってもらえるわけがない——岡部もそれは分かっている。
 それでも、仁科がわざわざ自分宛にメッセージを送ってきたのだと思うと、少しくらいは手がかりとして扱わなければ彼が浮かばれない気がした。

「じゃあ、行くか。匂いが残ってるうちに」
「聞き込みですね」
 松嶋が頷いた。話が早いのは助かると内心思いながら、岡部はさっさと目的の場所へと向かった。

 最初に訪ねたのは、被害者の自宅の向かいにある家。チャイムを押すと、すぐに玄関が開き、落ち着いた色合いのエプロン姿の女性が顔を出した。
 年の頃は岡部や松嶋よりも少し上、五十代前半くらいだろう。家事の途中らしく、手には台所用の布巾を握っている。
 最初は不審そうに警戒していた女性だが、松嶋が大学の名刺を見せると、すぐに質問に応じてくれた。
 自分だけじゃ、こんなにスムーズにはいかないだろうなと岡部は思わず肩をすくめた。

「ここ一週間ぐらい、夜中にマンホールから妙な匂いがしてたんですよ。潮の匂いっていうか……内陸なのに、おかしいでしょ?」
「マンホールから?」
 松嶋がメモを取る。

「ええ。それに、夜中にチャプチャプって水の音がすることも。でも、朝になると何もないんですよ」

 岡部は短く相槌を打ちながら周囲を見回す。路地には古い鋳鉄製のマンホール蓋がいくつも並び、どれも黒く濡れたように光って見えた。

 別の家でも似た証言が得られた。
 近くに住む一人暮らしの若い男性は「裏通りの方が匂いが強い日があった」と話し、その隣人である年配の女性は「犬が夜中にやたら吠える」と付け加えた。
 どの証言にも、日常に紛れ込んだ小さな異常が混じっていた。

 最後に立ち寄ったコンビニでは、防犯カメラの映像を見せてもらえた。
 三日前の深夜二時。街灯に照らされた道路を、水滴を滴らせながら何かが横切る。
 背丈は成人ほどだが、肩が落ちすぎ、腕は水の抵抗を切るように外側へ振れている。歩幅は不規則で、足元に水滴の列が連なっていた。

「ひどく画質が悪いですね……この日は雨でも降ってました?」
 松嶋が首を傾げる。

「いいや、月も出てたし、確か晴れていましたよ」
 店長が即答する。

 岡部は画面から目を離さない。光と影の境目で、輪郭が一瞬うごめいた。

「人間っぽくない歩き方だ」
「……異様ではありますね。ただ、服に水をかぶった人間が映ればこうも見えるかもしれません」
「先生、あの揺れは海水特有の粘りだ。地下のどこかで水をまとってきた足だよ」

 松嶋はそれを聞いて曖昧に笑い、ペン先をノートに走らせる。

「証言は重要です。ただ、これだけでは決定打になりません」
「まあまあ、まだ結論を急ぐことはない。けど、決定打ってのは、ほとんどの場合、後になって“あの時の一言”だったって気づくもんだぜ、先生」

 二人は顔を上げ、次の目的地へ視線を向けた。
 向かうのは郷土資料館だ。地図と昔話を照らし合わせるために。
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