7 / 23
7 気分転換はいかがですか
しおりを挟むいつもより長めの入浴を済ませて、ルーラは部屋で静かに座っていた。
泣いたせいだろう。体力を一気に消費したように頭も体も力が出ないのだ。まぶたはまだすこし重い。明日は腫れてしまうだろうか。と一瞬懸念したルーラの前に、タオルが差し出された。
「マリー」
ニコリとマリーが笑う。
お礼を言って手に取ると、思った通りしっとりと濡れてほかほかと暖かい。そっとまぶたに当てれば、暖かさがじんわりと染み込んだ。
「お嬢様。ホットチョコをお持ちしました」
「こんな夜に甘いものなんて、いけないことをしているようだわ」
「ふふ。では今日だけ贅沢ですね」
マリーの優しさが胸にしみる。笑ってカップを受け取る。ゆらゆらと揺れるカップの表面は茶色く濁っていて、ルーラの顔が映ることはない。今とてもひどい顔をしていると自覚があったから、ルーラはわずかにほっとした。
口に含めば、じんわりと体に染み入る。
「ありがとう。すこし元気が出たわ」
ルーラは自然に溢れた笑顔をそのままに、マリーを見上げた。
「お嬢様。明日は何も予定はありませんし、久しぶりに気分転換はいかがですか?」
「気分転換……」
それはルーラとマリーの間でのみ通じる言葉だった。
ルーラは昔からこっそりと街に出ることがあった。マリーを連れていくそれは気分転換と称されていて、ルーラの元気がないと必ずマリーが街に連れていってくれた。危険もあるということもあって、こっそり護衛がついてきていることを知ったのは、10代の後半に入ってからだった。
こっそりとは言えないわね。なんて思ったものだが、大事にされている証のようで嬉しくもあった。
――そういえば、ここのところ忙しくて、街に降りることはなかったわね。
街は、どうなっているのだろう。エルマルからの使節団がきたことも噂になっているだろうし、当然グレンのことも噂になっているのだろう。そしてルーラのことも。
行けば何かを突きつけられるような予感もあり、しかし同時に行かなければいけないような予感もあった。そして純粋に街をみたいという気持ちがあった。
「そう、そうね。そうしようかしら」
明るい声でそう言うと、マリーがほっとしたような顔をした。
「なぁに?」
「お嬢様、最近ずっと根をつめていらっしゃいますし。それに息抜きができていなかったので」
「心配かけてごめんね」
「まさか。謝罪など不要ですわ。お嬢様がお元気であることこそ、マリーの一番の幸せでございますもの」
本気で言っているのだろう。真剣な目でマリーが言う。
本当に、こんなに思われて幸せだとルーラは思った。
62
あなたにおすすめの小説
この恋を忘れたとしても
喜楽直人
恋愛
卒業式の前日。寮の部屋を片付けていた私は、作り付けの机の引き出しの奥に見覚えのない小箱を見つける。
ベルベットのその小箱の中には綺麗な紅玉石のペンダントが入っていた。
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
身代わりの恋だと思っていました〜記憶を失った私に、元婚約者が泣いて縋る理由〜
恋せよ恋
恋愛
「君を愛している。一目惚れだったんだ」
18歳の伯爵令嬢エリカは、9歳年上のリヒャルト伯爵から
情熱的な求婚を受け、幸せの絶頂にいた。
しかし、親族顔合わせの席で運命が狂い出す。
彼の視線の先にいたのは、エリカの伯母であり、
彼の学生時代の恋人で「初めての女性」だった……ミレイユ。
「あの子は私の身代わりでしょう」「私はあなただけなの」
伯母ミレイユの甘い誘惑と、裏切りの密会。
衝撃の事実を目撃したエリカは、階段から転落し、
彼と過ごした愛しくも残酷な二年間の記憶だけを失ってしまう。
「……あの、どちら様でしょうか?」
無垢な瞳で問いかけるエリカに、絶望し泣き崩れるリヒャルト。
裏切った男と、略奪を企てた伯母。
二人に待ち受けるのは、甘い報復と取り返しのつかない後悔だった。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
陛下を捨てた理由
甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。
そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。
※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。
【完結】私の婚約者はもう死んだので
miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」
結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。
そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。
彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。
これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。
※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに
おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」
結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。
「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」
「え?」
驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。
◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話
◇元サヤではありません
◇全56話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる