視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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光の入らない部屋と笑わない少女

気の迷い

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「ちょっと駅から遠いけど、まあまずまずだったよね」

「綺麗だしオートロック付きだしでまずまずどころか最高ですよ!」

「ならよかった。家電とか買えた?」

「とりあえず必要な分は。新生活、頑張ります」

 私がガッツポーズを取ったのを見て、彼は優しく微笑んだ。その笑みが、安心から来てるものだと私は気づいていた。

 ここで働くと決めた日、「歓迎会だあ!」と伊藤さんに連れられ3人で夜居酒屋に行った時、お酒の力も借りて私は過去の話を伊藤さんにも話していた。

 彼は泣き上戸なのか、目を真っ赤にして私の話を聞いてくれて、まるで親のようによかったねと言ってくれたのだ。

 本当、伊藤さんって出来すぎた人。

 私がニコニコしていると、ふと彼はこちらを覗き込んだ。

 そしてうんうん、と一人で頷いて言う。

「光ちゃん素顔も可愛いけど、化粧するとまた大人っぽくなって印象変わるね!どっちもいいね~」

 私ははあ、と感嘆のため息を漏らす。拝むように手を合わせて伊藤さんに言う。

「どうやったら伊藤さんみたいに育ちますか」

「ええ?」

「いつでも100点の答えです」

「やったね100点!」

 もうほんと、完璧。気遣いの神様と呼ぼう。伊藤さんと付き合う女の子は幸せだろうな。

 私は心の中でそう呟くと、事務所内をようやく見渡した。そこには、私と伊藤さん以外はいない。

「九条さんはまだなんですか?」

「ああ、今日は起きるの早くて3回目の電話で起きたからね。そろそろ来ると思うよ」

「3回目で早いんだ……」

 呆れて呟く。そもそも、いい大人がモーニングコールしなきゃ起きないってありえない、人間として。

 伊藤さんが困ったように頭をかく。

「放っておくと夕方まで寝てたりするし、その間依頼人の人が来たら待たせる羽目になるからさー。いつのまにかモーニングコールが習慣になっちゃったよね」

「寝起き悪すぎですからね九条さん……仕事中は寝なくてもシャキッとしてるくせに」

「仕事に関しては真面目だからね。しかし電話だとほんと中々起きなくて、ほかにいい方法はないか探してるんだけどねぇ~……」

 腕を組んで考える伊藤さんを不憫に思う。面倒見がいいからなぁ、伊藤さん。相手があれでは彼の気苦労は絶えないだろうに……

 そう話していた時、背後の扉がガチャリと開いた。私と伊藤さんは同時に振り返る。

 扉から出てきた人は、すらりとしたスタイルに白い肌、高い鼻。整った顔はそこいらの俳優よりよっぽど美しく、初見ならば二度見は必須なほどだった。

 白い服に黒いパンツ、黒いコート。見慣れたモノトーンなコーディネイト。彼はニコリともせず、私たち2人を見て挨拶をした。

「おはようございます」

 その人が現れた瞬間、自分の心臓が一瞬どきりとなった。顔を見るのは3日ぶりだった。

 伊藤さんが挨拶を返す。

「あ、九条さんおはようございます~!今日は早かったですね!」

「ええ、なんだか今日はスッと目が覚めたので」

「いつもこうであってくださいよ~」

 九条さんはゆっくりと私に視線をうつした。目が合った瞬間、またしても私の心は飛び跳ねる。

「黒島さん、もういいんですか」

「あ、はい、おやすみありがとうございました!」

「はい。またよろしくお願いします」

 抑揚のない言い方でそう簡潔に述べると、九条さんはスタスタと事務所内に入り、コートも着たままソファに腰掛けた。私はその光景を、目で追って見ていた。

 まあ、そうだよね。この人が伊藤さんみたいに、私のメイクした顔にコメントするなんてありえない。

 だって気遣いや配慮という言葉と一番遠いところにいる人なんだから。





 九条尚久27歳。この人が、この事務所の責任者であり私の上司、そして命の恩人でもある。

 彼も私と同じように『視える』人で、その能力を使い怪奇な現象に悩む依頼をこなしている人だ。

 ただし彼の場合、視えると言っても黒いシルエットだそう。その代わり、霊の声が聞こえて場合によっては会話もできると言う特技の持ち主だ。

 誰しもが見惚れるビジュアルをお持ちの人だが、当の本人はとんでもなくマイペースで天然、生活力なし。悪い人ではないのだがあまりに変な人すぎる。

 ……その変な人を少し意識してしまっている自分は趣味が悪いのだろうか。

 仕事の最中の真剣な眼差しや頭の回転の速さ、時折見せる優しさと笑顔にときめいてしまった私は、これを恋と断定していいのかまだ迷っている。正直に言えば、恋したくない。こんな変人を好きになっては苦労するのが目に見えてるからだ。多分叶うことはないだろう。

 一人で九条さんの横顔を見ながらこっそりため息をつく。好き、なのかなぁ。

 そう悩んでいるとき、ふと彼の黒髪が気になった。私は無言でそうっと九条さんに近寄る。

 普段寝癖が付いてる事が多い彼の髪は今日は跳ねてはいなかった。その代わり。

「……九条さん、髪濡れてません?」

 信じられない物を見た。彼の髪は半乾き状態であったのだ。

 九条さんは何か問題でも?とばかりにこちらを向いた。

「朝シャワーを浴びてまだ乾いてないんです」

「ちゃ、ちゃんと乾かしてくださいよ!今真冬ですよ!?」

「今乾かしてます」

「自然乾燥じゃなくてドライヤーで!」

「ドライヤーなんて持ってません」

「!?」

 目を丸くして九条さんを見た。嘘だ、嘘だよ。多分半分くらい禿げてるオヤジでもドライヤーくらい持ってるでしょう?!

 衝撃で固まる私の肩に、伊藤さんが手を置く。彼の表情はもはや諦めの表情だった。

「いつものことだから」

「…………」

 当の本人は飄々として、私に言った。

「ここは暖かいからすぐ乾きますよ。それより黒島さん、ポッキー取ってきてもらえませんか」

 出ました、彼が何より大好きなお菓子。私が本格的に事務所に入って最初の仕事はポッキーを運ぶ事だった。

 私は脱力したまま事務所奥でカーテン一枚に仕切られた仮眠室へ入る。

 小さな冷蔵庫にコンロ。その隣にある戸棚を開けると、ぎっしり例のお菓子が詰め込まれていた。

 ああ、私やっぱり違うよ。

 あの人を好きだなんて勘違いだ。一時の気の迷いだ。

 そう心の中で断言して、私はポッキーを掴み戻って行った。



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